1:水の都、出会い
かなり期間が空いてしまいましたが、新章開始します。投稿ペースはゆっくり目になると思いますが、よければお付き合いください。
水の都「エランド」、アルカ村の東にあるこの街は、そう呼ばれているらしい。
水の都というのは、その名の通り、この街が巨大な湖の畔にあるからだ。王都に向かうためにはこの巨大湖、『アードレア湖』を越えて行かなければならない。
話だけを聞くと辺境で寂れているイメージだが、実は案外そうでもない。何故なら、アードレア湖の北側には高い山脈が連なっており、その山脈を越えた先にある北方の国々には、エランドの対岸方面からは険しすぎて行く事が出来ず、そちらに向かうためにはこの湖を越えて、エランドを経由し山脈を迂回しなければならないからだ。イリスの故郷である狼人族の国も、かつてはその山脈を越えた先にあったらしい。
北方にはバルツ帝国と呼ばれる大国があり、ここはその国との通商の中継地になるため、大陸の端、辺境の方でありながらも、この街はかなり栄えていた。今も忙しそうに、目の前を水夫が走り去っていく――
「おぉ・・・」
俺は、そんな光景に圧倒されていた。単純な人の多さなら、旅行先で見たアメリカの街や、それこそ東京なんかに比べたら全然少ない部類だ。それでもこんなに沢山の人間を見たのは久しぶりだし、こういうファンタジーな世界での都市と言うのも初めて見たのだ、嫌でも気分が高揚してくる。
「さぁ、ヤト様、まずは宿を取りに行きましょうか」
「あ、ああ・・・」
流石と言うか、イリスはやはりこういう光景も見慣れているのか、いつも通りの口調でそう提案してくる。こういうときにはやはりこの世界の人間が一緒に居てくれるのは心強い。
「さて、どこにしましょうか・・・」
イリスは落ち着いた様子で周りの建物を見回す。恐らく宿屋を探しているのだろうが・・・
(・・・・ん?)
良く見ると、態度は落ち着いているが尻尾はぶんぶんと揺れていた。これはあれだろうか、犬類の習性と同じと考えて良いのだろうか・・・。だとしたらイリスも内心ではやはり浮き足立ってるという事だろうか。
「そうですね、あの宿にしましょうか、値段も手頃みたいですし」
俺が目の前で揺れる尻尾に心を和ませている間に、どうやらイリスは良さそうな宿を見つけたらしい。正直俺にこの世界の宿の良し悪しなどわからないし、ここはイリスに全て任せてしまおう。
俺たちは並んでその宿に入っていく。どうやら一回は酒場も兼ねているようで、まだ開店準備前のテーブルには椅子が上げられている。
「すいません、2名でお願いしたいんですが」
「はいよ、朝食付きで一人5000Cだね」
Cと言うのはこの国の通貨で、東方のカルネリア王国や、北方のバルツ帝国など、大国ではどこも同じ通貨を使っているらしい。そのため、事実上の統一通貨として使用されているそうだ。
ただ貨幣自体は国によって発行されている物が違うため、それぞれ例えばアルテランド銀貨なら1枚5千Cでも、例えばバルツ銀貨では1枚7000Cだったりと、この世界総合で見るとかなり多くの種類の貨幣が存在するらしい。もちろん全てを一般人が覚えるのは難しいという事で、この世界にも両替商と言うのは存在するそうだ。大国の貨幣ならばある程度どこでも使えるが、そうでない国やすでに滅んだ国の通貨などを他の国で使う場合は、一度両替商に両替を頼んでからでないと使えないらしい。
だが、ここはまだアルテランド王国内で、俺たちが持っている通貨ももちろんアルテランド貨幣だ、その辺は今のところ問題ない。いずれ他国に行く事になれば両替商に世話になる事もあるかもしれないが、まぁその時に考えよう。
そしてこの5000Cと言う値段だが、まぁ妥当な値段だと思う。イリスの菜園で取れる大根のような野菜が確か一本100Cなので、まぁ日本円に近い感覚なのだろう。そう考えると日本での田舎のビジネスホテル位の値段だろうか。
「それでは、それでお願いします」
イリスが宿屋の主人にお金を渡す。どうやら前払いが普通らしい。
「あいよ、部屋は一つで良いのかい?」
「はい」
「それじゃあ2回の奥の部屋だな、ごゆっくり」
ん・・・?何か今さらっと凄い事を言われたような・・・
「って、いやいやいや!流石に同じ部屋はまずいだろう!」
そりゃあ同じ家で暮らしてはいたが、部屋は別々だったのだ。俺もイリスも一応年若い男女という事になるのだし、流石に世間体が悪いだろう
「・・・?だってもう何度も二人で野宿をしてるじゃないですか」
「いや、それはどうだけど・・・」
確かにこの街に来るまで二日ほど野営はしている。けどそれは交代で仮眠を取ってというもので、こういうのとは何か違うと言うか・・・
「私の事なら気にしないでください。私はあなたの所有物なんですから、好きに扱って構わないんですよ?もちろん邪魔だと言うなら私だけ外で寝ますが・・・」
「いや、それは流石にさせられないって!そうじゃなくてもう一部屋借りればって話しで・・・」
「そうするとさらにお金が掛かってしまいますから。今はあまりお金がある訳でもないんですし、こういうところは節約しませんと」
「う・・・それはそうなんだが・・・」
確かに今は二人とも実質無職のような物だ、節約はするべきなんだろう。しかし・・・
「それとも、やはり私が一緒だと嫌・・・でしょうか・・・?」
イリスはそう言って少し悲しそうに目を伏せる。そんな顔をされてしまってはこちらは何も言えなくなる。
「・・・わかった、そうしよう」
要は俺が自制できれば良いだけの話なのだ、今まで大丈夫だったのだし、今回も大丈夫だ、多分・・・
『何?この金貨はここでは使えないのか!?』
『いやね、お客さん、流石にそんな金貨出されても・・・どこの貨幣だか俺にはわからないしなぁ・・・』
俺たちがそんなやり取りをしている間に、新しく客が入ってきたらしい。聞こえてくる会話からするに、どうやらアルテランド貨幣等の有名ではない貨幣で支払いをしようとしていたらしいが・・・
「これはノーマン王国の貨幣だ。ノーマン金貨一枚で1万Cにはなるはずなのだが・・・」
「ノーマン王国って、確か何年か前に滅んだってあの国かい?なら余計俺には価値なんてわからんしなぁ・・・スマンが両替商で両替してきてからにしてくれ」
店主と会話をしているのは、甲冑を着た若い女性だった。赤みがかった金髪の、長い髪の凛々しい女性で、まさに女騎士という出で立ちだった。そういえば弟から借りたゲームにこんなキャラクターが居たような気もする。
「な、ノーマン王国の貨幣を知らないだと!?滅んだとはいえ、かつてはかなりの大国だったのだぞ!?」
「良いんです、アゼリア、元々このアルテランド王国とはあまり国交の無かった国ですから、仕方ありません。諦めて両替商を探しましょう」
「シエラ様・・・」
女騎士をなだめるのはフードを被った、声からしてこちらも若い女性のようだ。どうやらこの二人で宿を借りる予定だったらしいが・・・
「あの・・・お困りでしたら、良ければ両替しましょうか?」
困った様子を見かねてか、イリスが二人にそう声を掛ける。どうやらイリスはそのノーマン貨幣がどのくらいの価値なのかわかるらしい。
「あなたは・・・?」
フードの女性が怪訝そうにこちらを見る。まぁ確かにいきなり都合よく両替をしましょうかと提案されても、お金の事だし少し身構えるだろう。
「あ、申し送れました。私はイリスという者です。昔ノーマン王国には行ったことがありますので、貨幣の価値ならわかります。それに、実はこれから向かう予定の鍛冶師さんが、ノーマン出身の方でして、その方でしたら貨幣価値もわかりますので、その方への支払いに使おうかと・・・」
イリスはそう丁寧に説明をする。なるほど、鍛冶師のゲオルグという人はノーマン出身なのか。
「そうなのですか・・・ところでその鍛冶師という方はどういうお名前でしょうか?」
「はい、ゲオルグという方らしいです。私も話を聞いただけで会ったことはないのですが・・・」
「なんと、ゲオルグ殿が?そうか、彼がこの街に・・・」
どうやらアゼリアと呼ばれた女騎士の方はゲオルグという男の事を知っているらしい。という事はやはり有名な鍛冶師なのだろうか。
「彼には昔良く世話になった物だ・・・お会いした時、アゼリアがよろしく言っていたと伝えてくれると助かる」
「はい、そう伝えておきます」
アゼリアさんはそう言って何かを懐かしむような顔をする。ふむ、どうやらこの二人はノーマン王国出身で、その時にゲオルグさんとも知り合いだったようだ。
「そういうことでしたら、お願いしてもよろしいでしょうか?あ、申し送れましたが、私はシエラという者です」
そう言ってシエラさんは被っていたフードを外す。フード越しでは気付かなかったが、かなりの美人だった。こちらはベージュに近い金髪を肩口で切り揃えていて、同じ髪色でも隣のアゼリアさんとは随分雰囲気が違う。そして何より目を引くのが、その髪の合間から覗く――長い耳だった。
「・・・何か?」
「いえ、アールヴ族の方を初めて見たもので・・・」
そう、イリス達狼人族のほかにも、この世界には亜人種とも呼ばれる種族が存在する。その中の一つがこのアールヴ族で、特徴は長い寿命と耳、そして高い魔力らしい。話には聞いていていて、まるでファンタジーに出てくるエルフみたいだとは思っていたが、どうやら見た目も想像していた通りのようだ。
「そうなのですか?失礼ですが、イリスさんの狼人族よりは人里に多く居ると思うのですが・・・」
「いえ、最近までずっと田舎の方に居て、そこから出た事が無かったもので・・・」
流石に異世界から来たので初めて見ましたとは言えない。ここはとりあえずそうごまかす事にした。それにアルカ村は田舎といえば田舎だし、あの村にはイリス以外人間種しか居なかったので嘘ではない。
「そうだったのですか」
そうシエラさんは落ち着いた穏やかな笑みを見せる。随分と落ち着いた物腰だが、アールヴ族は長命であまり見た目の年を取らないと聞くし、彼女ももしかしたら見た目よりもずっと高齢なのかもしれない。
「ふふっ、ちなみに私はまだ17ですよ」
そんな事を考えていたらそう釘を刺されてしまった。もしかして顔に出てたのだろうか。
「そんな顔をなさらないでください、年上に見られるのはもう慣れましたから」
そう言ってふぅ、とため息をつく姿からは、今まで同じように誤解されてきた苦労が伺える。確かにこれだけ落ち着いていて、しかも長命なアールヴ族となれば誤解されてしまうのだろう。俺もまさか年下だとは思わなかった。
「私はアゼリアだ、よろしく頼む」
そんなやり取りに苦笑しながら今度は隣のアゼリアさんがそう自己紹介をし、手を差し出す。
俺とイリスは二人それぞれと握手を交わす。シエラさんの手は女性らしい柔らかな手だったが、アゼリアさんの手は戦士のそれだった。握手をしただけでも女性ながらかなり鍛錬を積んできたのがわかる。向こうも俺の手がそれだとわかるのか、手を取った後わずかに驚いた顔をしていた。
「・・・・・・」
ふと隣を見ると、イリスが何か言いたげな顔でシエラさんの顔を見ていた。何かあっただろうか。
「・・どうかしましたか?イリスさん」
シエラさんもそれに気付いたらしくイリスに声を掛ける。
「いえ・・・もしかして、どこかでお会いした事が無かったかなぁ・・・と」
「いえ、初対面のはず・・・ですけど・・・でも確かに・・・」
どうやら二人とも何故かお互いに既視感を覚えているようだった。だが二人ともそれが何時の何処かまでは思い出せないようだった。
「まぁ、同じ宿に泊まるんだし、思い出せばその時にもう一度話せば良いんじゃないのか?」
「それもそうですね」
「はい・・・そうします」
俺の提案に二人ともそう頷いてくれた。俺たちは資金稼ぎもあるためしばらくこの街に滞在する予定だし、聞いてみると、二人もしばらくはこの宿に滞在する予定らしいので、機会は何度もあるだろう。
俺たちはその場は解散し、それぞれの部屋に向かう事にした。慣れない徒歩での長旅で疲れていたし、今日のところはゆっくりして早く疲れを癒やしたい。
そして二人と話していたせいですっかり忘れていたが、俺とイリスが同じ部屋だという事を部屋の前についてから思い出し、また悶々とする嵌めになるのは、また別の話だ――