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双刻の竜王-異界迷子のドラゴンロード-  作者: 十六夜月音
2章:SIDE:S 鉱竜王ミダース編
20/23

10:Sleeping Beauty,Departure

「動くんじゃねぇ!」

 盗賊の男は、素早くノルンをクリムさんから引き離し抱きかかえると、その首筋に剣を突きつける。

「へへっ、鍵が掛かってたからまさかと思ったが、まだまだ俺の悪運も捨てたモンじゃねぇみたいだな」

 そうニヤけた顔で男がノルンをまわす。男の俺から見ても不快な視線だ。さらに男の左手はノルンの胸に周り、揉みしだいているらしい。嫌悪感と恐怖とで、ノルンは今にも泣きそうな顔をしていた。

「いいか、そのまま大人しく武器を捨てるんだ、少しでもおかしな行動をすれば・・・わかるな?」

「ちっ・・・」

 俺は仕方なく持っていた刀を地面に置く。部屋の中ではさっきのように竜王魔術でどうにかという事も出来ないし、今は言う事を聞くしかないだろう。

「へっへっへっ、そうそう、大人しくしてろよ?そっちの女も、妙な事すんじゃねぇぞ?」

 クリムさんも悔しそうな顔で男の方を睨んでいる。おそらく易々と娘を奪われてしまった事が相当悔しいのだろう。握り締めた手は真っ白になっている。

(この状況、どうする・・・竜王魔術も刀も使えない今、どうすればノルンを助ける事ができる・・・?)

 こうなると、手持ちの武器は拳銃とフォトンソードだけだ。恐らくそのどちらもこの星の武器らしい形はしていないため、すぐに武器だとは気付かれないだろう。問題は、それを使ってどうノルンを助けるかだ。助けるときにノルンを傷つけてしまっては元も子もない。

(そうなると拳銃は却下だな)

 俺の銃の腕ではノルンを誤射しないという自信はない。こんな事なら苦手だからと言い訳せず、もっと訓練を積んでおくべきだったと後悔するが、今となってはもう遅い。

 そうなると後はフォトンソードだが、これはこれで威力が大きすぎるのだ、一歩間違えればノルンも大怪我では済まない。

(なら他に手は・・・・そうだ!)

 拳銃とフォトンソードが使えないのなら、後はやはり刀と竜王魔術だ。ここは部屋の中で本来なら竜王魔術に使える鉱石はないのだが、使える物が一つだけあった。

 そう、今地面に置いた刀、これは竜王魔術で作った物だ。ならば、また竜王魔術で変形させてやる事ができる。

 ならば、不意をつけば何とかできるだろうか。一気に細長く変形させ、踏みつけて跳ね飛ばせば、奴の手を狙える。奴から武器さえ奪えればどうとでもなるはずだ。

 そう思い機会を伺うが、次の瞬間、それは無駄になってしまった。


「ノルン、クリムさん、無事ですか!?」

 藍が、矢を番えたまま部屋に駆け込んできてしまったのだ

「な、藍やめろっ!」

 迂闊だった、藍には相手を逆上させないためにも待機してもらうべきだったのだ。俺自身多少冷静さを失っていた為、そこまで思い至らなかった。

「てめぇ!動くなって言っただろうがぁ!」

 とっさの事に動転し、逆上した男が、ノルンを手放し、切りかかる。

(駄目だ、この距離じゃ間に合わない・・・っ!)

 俺はとっさにフォトンソードを抜くが、この距離からだと俺が男の首を刎ねるよりも早く、凶刃がノルンを切り裂くだろう。

 そして予想通り、次の瞬間血飛沫が宙に舞う


「え・・・?」


 ノルンが呆けた顔でその光景を見つめる。まるで訳が分からないというように。

 そして血飛沫を上げるソレは、ドサリと地面に崩れ落ちた。


 ノルンの目の前に・・・・・・・・


「おかあ・・・さん・・・?」

 ノルンの目の前に崩れ落ちたのは、背中を大きく切り裂かれた、クリムさんだった。

「な、邪魔しやがってこのアマ!もう何でも良い!全員死にやが・・・」

 その先を男が口にする事はなかった。何故なら、その声をあげるための器官諸共、フォトンソードで吹き飛ばされたからだ。

 男の首がゴロンと地面に転がる。恐らくこれで襲撃者は全員だろう。けれどそんな事より今はクリムさんの方だ。男がノルンに切りかかった瞬間、近くに居たクリムさんはとっさにノルンをかばい、代わりにその刃を身に受けたのだ。今も背中からはおびただしい血があふれ出している。

「いやっ、いやぁあ!!!」

 目の前の光景にノルンが軽いパニックになっている。それも当然だろう、いきなり人質にされたかと思いきや、次の瞬間には母親が血を流して倒れたのだ。冷静で居ろというほうが酷だろう。

「藍、ノルンを頼む!」

「はい、兄様」

 とりあえずノルンのことは藍に任せよう。こういう時は、やはり同性の藍の方が適任だろう。そして俺はクリムさんの容態を確認する。どうやら背中の傷はかなりの重症のようで、このままでは長くないだろう。

(今持ってるキットじゃあ応急処置以上は出来ないか・・・どうすれば・・・)

 この傷の治療には地球絵も大掛かりな設備が必要になるレベルだろう、専門的な医学知識を持つ訳ではない俺たちには恐らく不可能だろう。

(となると、治癒魔術ってのに頼るしかないか・・・)

 何でも魔術には水属性の魔術で怪我を治療したりする物もあるらしい。それがどの程度の怪我に有効なのかはわからないが、俺たちの知識で不可能ならば、後はそれしかない。

「ノルン!村に治癒魔術を使える奴は居るのか?」

「・・・この村には居ないはず。隣街にまで行けば居るけど・・・そんな大怪我を治せるような凄い治癒魔術を使える人は、王都の神官さま位だよ」

 藍の介抱のおかげで少し冷静さを取り戻したらしいノルンが、そう答えてくれる。どうやら、どちらにせよすぐ来てもらうという事は出来ないようだ。

「くっ・・・どうすれば・・・!」

 何か方法は無いだろうか・・・せめて、その治癒術士を連れてくるまでもたせることが出来れば・・・

「そうだ!藍、ポッドまで運ぶぞ!」

「ポッドに・・・?っ!なるほど!」


 そう、もたせるだけなら可能だ。この前修復できた脱出ポッドの機能、「コールドスリープ」機能を使えば。

「とりあえず応急処置だけは済ませた!藍、ノルン!運ぶのを手伝ってくれ!」

「はい!」

「う、うん!」

 藍に、まだよくわかっていないノルンに手伝ってもらい、俺たちはクリムさんを脱出ポッドまで運ぶのだった。



「ねぇソーマさん・・・お母さんは・・・助かるんだよね・・・?」

 クリムさんの体をコールドスリープ装置まで運ぶ途中、ノルンに何度もそう聞かれた。

「あ、大丈夫だ。俺が勇者だというなら、そのくらいできて当然だろう?」

 俺はそのたびにそう返す。本当は勇者だなんて認めたくは無いが、今はソレで少しでもノルンの不安が和らぐのなら構わない。

「兄様、準備できました!」

 装置の設定を終えたらしい藍がそう声を掛けてくれた。あとは装置にクリムさんを入れれば、とりあえず怪我の進行を止める事は出来る。コールドスリープ装置は、人体を瞬間的に冷凍し、その老化や代謝を止める事で、いわば装置に入った人間の「時間を止める」装置だ。本来は、例えば年単位の長時間の移動の時などに使われる装置だが、こうして重症患者の症状の進行を、一時的に止めるという目的でも使用されると聞く。それなら俺たちのどちらかがそういう状況になったら使えただろうが、装置はもう一つあるしもしそうなれば使う事にしよう。そうすると一人あぶれてしまうのだが、どちらにせよ軍からの救助の連絡を待つためには最低でも片方はスリープ状態に入るわけには行かないし、今使う事に問題は無い。

 

「う・・・ノル・・・ン・・・?」

「お母さん!」

 意識を取り戻したらしいクリムさんがノルンの名前を呼ぶ。だがその声は弱々しく、命の灯火が今にも消えそうになっている事がわかる。

「良かっ・・・た・・・怪我は・・・ない・・・?」

「うん、大丈夫だよっ、だからお母さんも・・・早く元気になって・・・っ」

 ノルンが泣きそうになりながらもそうクリムさんに語りかける。

「ごめん・・・ね・・・ノルン・・・多分・・・私・・・」

 クリムさんはそう言って目を伏せる。恐らく、このままだとそう長くは無いというのがわかるのだろう。

「大丈夫っ!勇者様が、何とかしてくれるから・・・っ!」

 ノルンは無理やり笑顔を作って、クリムさんにそう語りかける。恐らくコールドスリープの原理なども良くわかっていないだろうし、本心では不安で一杯だろう。それでも、俺たちを信じてそうやって笑顔を作ってくれている。

「ああ、安心してくれ、治す方法はある。ただ、それまで少し、眠ってもらわないといけないだけだ」

 だから俺は自信があるようにそう答える。二人の不安を少しでも和らげるために・・・

「兄様、そろそろ・・・」

「ああ、頼む」

 クリムさんの体はそろそろ限界だ、もう装置を起動しなければならない。

「ソーマさん・・・・」

「・・・なんだ?」

 クリムさんが最後に語りかけてくる・

「娘を・・・よろしくお願いします」

「・・・ああ、わかった」

 数日前にも聞いた台詞に、今度は真摯にそう答える。あの時と意味合いは違うが、ノルンを守ってやって欲しいという願いには違いはないだろうから。

 ゆっくりと装置の扉が閉じていく。最後に見たクリムさんの顔は、安心しきった、穏やかな笑顔だった――









「あの、ソーマさん、これから、どうすれば良いんでしょう・・・」

 クリムさんを装置に入れ、しばらくして落ち着いた頃、ノルンがそう問いかけてきた。

「とりあえず、その王都とやらに行って、あの怪我を治せる神官とやらを連れてくるしかないだろうな・・・」

 流石にこの装置を持っていくことは出来ない。ならば、やはりその高位の治癒魔術を使える人物を連れてくるしかないだろう。

「じゃあ王都に旅・・・ですか・・・」

「そうなるな・・・済まないが、そういう理由でしばらく家を空ける。一人にしてしまうが、大丈夫か?」

「いえ、私も一緒に行きます」

 コールドスリープ中とはいえ、クリムさんのそばに居たいだろうし、ノルンには留守を任せようと思って居たのだが・・・

「・・・旅はかなり大変だと思うが、良いのか?」

「はい、私も、お母さんを助ける手伝いがしたいんです!」

 どうやら意思は固いようだった。確かに、クリムさんにもよろしく頼むといわれている以上、一緒に居てくれたほうがこちらとしても安心は出来る。装置はかなり頑丈に出来ているし、俺たち以外外部から操作する事はできないので、放っておいてもまず安心ではある。それならいっそのこと全員で家を空けて旅に出たほうが良いのかもしれない。

「・・・わかった、よろしく頼む」

「はい・・・!」

 ノルンの顔には決意が溢れていた。やはり自分の母親の事なのだ、何もしないで居る事など出来ないのだろう。

 そこで、ふと何かに気付いたような顔をして、その後不安げにこう聞いてきた。

「けど、どうしてソーマさん達は私達にここまでしてくれるんですか?」

「それは・・・」

 確かにどうしてだろうか。良く考えたら、盗賊たちに襲撃されたとき、俺たちだけなら逃げる事もできたし、二人を見捨てるという選択肢も取れたはずだ。そうすればあんな殺戮を繰り広げる必要も無かったし、今こうしてコールドスリープ装置を使う必要も無かった。

 一宿一飯の恩義と言う物もあるが、それならば一応金銭的な補填はしているし、ノルンとクリムさんを助けた事に関しては、情報提供という報酬を貰う事で十分に相殺されている。

 本来は、もっとビジネスライクな関係のつもりだった。それが何故今こうして必死になって彼女達を助けようとしているのか。盗賊たちは容赦なく切り伏せたのに、彼女達には何故そうしないのか・・・

「それは、家族だからですよ」

「家族・・・・」

 俺に代わって藍がそう答える。家族、そうか・・・確かにそうかもしれない。

「一緒の家で寝泊りをして、一緒に食事をして・・・それはもう、十分に家族といえる関係だと、私は思いますよ」

 実家に居た頃から、忙しかった両親や祖父母と俺たち兄妹は疎遠だった。家に帰っても居るのは藍だけで、食事は大概一人か藍と二人きりで、この家に来るまで、こうして一つの食卓を囲んで一緒の食事をするというのは、殆ど無かったのだ。軍の仲間や友人達と食卓を囲む事はあっても、それはこの家での食事のように心安らぐ物ではなかった。こういう経験は、この家に来てから殆ど初めて経験したのだ。

 この環境に、気付けば俺は心地よさを感じていたし、藍もそれは同じだろう。だから、今こうして『家族』と言う単語が出たのだろう。

「ソーマさんもそう思ってくれてるんですか・・・?」

 ノルンが俺にそう問いかけてくる。けれど、素直にそう答えるのはなにやら気恥ずかしく・・・

「・・・さぁな」

 ついぶっきらぼうにそう答えてしまう。

「兄様は照れてるだけですから、気にしないでください」

 藍がノルンにそうフォローを入れてくれるが、出来ればそういうのは本人に聞こえないようにしてもらいたい。

「そうですか・・ふふ」

 だがまぁ、ノルンが元気になったのなら、今は良いだろう。それよりも、旅立つ前にやらねければならない事がある。

「とりあえずノルンと藍には旅の準備を頼んでも良いか?・・・・あー、家に入るときと出るときは藍、ノルンの目は塞いでやってくれ。」

「はい、わかりました」

 そういえば家の周りには盗賊たちの死体が散乱しているのだ。かなり酷い死に方をしている死体もあるし、耐性が無さそうなノルンには中々ショッキングな光景だろう。

「ソーマさんはどうするんですか?」

「俺か?俺は、そうだな・・・後片付け・・だな・・・」

 流石にあの死体たちをそのままにしておく訳にはいくまい。家の中のあの男の死体もまとめて、人の余り寄らなさそうな場所・・・そうだな、鉱竜王の元住処にでも放り込んでしまおうか。

 そして、生け捕りにした最初のあの二人、あいつらにも用事がある。後片付けと言うのは、別に死体の後片付けだけではない。

「・・・?よくわかりませんけど、大変そうなら手伝いますよ?」

「いや良い、一人で十分だ」

 良くわかっていないであろうノルンに、顔を見せずにそう答える。恐らく今の俺の顔は、ノルンには見せられないだろう。これからする行いのために、きっと酷く冷徹な顔をしている。そんな顔を見せて、怖がられてしまうのは良くないだろう。

「兄様・・・お気をつけて」

「・・・ああ」

 藍はこれから俺が何をしようとしているのか感づいたらしい。ただ気をつけてとだけ言い、触れないでくれている。本当、良く出来た妹だ。

「今はとりあえず一度帰ろう。そして明日の朝には、出発だ。ハードな旅になるだろうから、二人ともしっかりと体を休めておいてくれ」

「はい!」

「了解です、兄様」

 二人の声を聞きながら、俺たちは家への岐路に着く。後片付け・・・・が終われば朝には出発だ。俺はゆっくりと休む暇は無さそうだが、仕方が無い。クリムさんを置いていく以上、不安要素は完全に潰さないといけないのだから――








 その後ローア村に到着した王国騎士団たちは、奇妙な事件と遭遇する。それはなんと、討伐しに来たはずの盗賊団『毒竜の牙』が、すでに全滅したらしいという話だった。

 なんでも、この村のはずれにある山には鉱竜王と呼ばれる竜王が棲んでいて、盗賊団は全員その住処で死体となって発見されたらしい。

 鉱竜王の姿自体は見当たらなかったが、遺体は皆、一撃で体を両断されたり腹に大穴を空けられたりと、普通の人間には出来ないような殺され方をしており、なによりあの『竜殺しのオルガ』もそこで同じような殺され方をした死体として発見された事から、鉱竜王にやられたと見て間違いないらしい。あの男をそんな簡単に殺せるのはそれこそ竜王だけだろう、と。

 ただ不思議なのは、何故盗賊団が全員でそんな所に向かったのか、という事だった。『毒竜の牙』は大きな盗賊団で、そのメンバーには実働部隊だけでなく、例えば獲物の売買や食事を用意する料理人など、裏方に徹するメンバーも存在する。だが、そんな裏方専門のメンバーすらもその場で死体となって見つかったと言う。考えられる可能性としては、鉱竜王が盗賊団のアジトを襲い、皆殺しにした後巣に死体を持ち帰ったという可能性だが、何故そんな事をしたかの理由がわからない。食べるためならその場で食べれば良いし、そもそもそんなに大量の人間の死体はいくら鉱竜王と言えども一度に大量に運ぶことは出来ない。つまり何度も往復して死体を運んだという事だが、鉱竜王がそんな習性を持っているなどと聞いた事がある人間は誰も居なかった。

 その答えを知るのは鉱竜王だけだが、残念ながらというか幸運と言うか、最近その姿を見た物は居ないと言う。しかし、この事件から鉱竜王はますます恐れられる存在となり、鉱竜王の住処に近寄る物はさらに居なくなったという――

これで2章終了です。次は3章、SIDE:Yになります

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