8:Intercept,Goddess of moon
ピピッ、ピピッ、ピピッ――
深夜の寝室で、枕元の端末から電子音が発せられる。それは時報ではなく、警報だった。しかしその音はあまり大きな音ではない、何故なら侵入者にそれと気付かれる可能性があるからだ。
そう、これは侵入者が居ることを示す警報だ。就寝前、俺は念のためにと家の周囲に警報装置を設置していた。
これはポッドから持ってきた道具の一つで、赤外線を利用した簡単な物だが小さくて見つかりにくく、相手に警戒を抱かせないという中々優秀な装置だ。反応があればこうして携帯端末に反応が送られてくるよう設定されている。
俺はさらに枕元においてあったバイザーを装着し、暗視モードに設定する。これは状況によって可視光線以外に、赤外線、紫外線などを認識し、いかなる状況でも視界を確保できるという装備だ。警報装置もこれも本来は野営用の装備なのだが、一応ポッドから持ち出しておいて良かった。
「藍、起きてるか?」
隣のベッドで寝ていたはずの妹にそう声をかける。すると、すぐに返事が返ってきた。
「はい、兄様。ノルンたちが心配です、すぐに向かいましょう」
どうやら藍もすぐに気がついて俺と同じように準備を終えていたらしい。頭にはすでに俺と同じようにバイザーが掛けられている。
「ああ、わかってる」
俺達はすぐに各々の武器を手に、一階のノルンたちの寝室に向かった。
「ノルン・・・起きろ、緊急事態だ」
寝室に着くと、どうやらまだノルン達は眠っているらしかった。当然だろう、俺達は警報のおかげで気付けたが、周囲に人の気配は殆ど無い。恐らく中々訓練されているのだろう、訓練されている俺達ですら眠っていれば気付けなかっただろう。
「ふぇ・・・・・へ?ソーマしゃん・・・?」
「起きたか?」
「何でソーマさんがここに・・・あれ夢・・・?」
「夢じゃない」
「え、じゃあ、まさか、そういう・・・・え、ええええ!そそんな駄目ですよ横にお母さんも居るのにっ」
起きたかと思ったら今度は何故か顔を赤くして悶えている。どうやらまだ寝ぼけているらしかった。
「良いから落ち着け、緊急事態だ。・・・恐らく盗賊団が周囲を囲っている」
「・・・・え?」
その一言でようやく現実に帰ってきたらしい。そう、気配を消して周囲を取り囲む・・・こんな深夜にそんな事をするのは、例の盗賊団とやらで間違いないだろう。
「そ、そんな!どうしてウチなんかを!」
「わからない、けど事実こうして周囲に来ている以上、何かしら理由があるんだろう」
考えてみればその可能性は低いというだけで、0ではなかったのだ、こうして起きてしまった以上現実を受け入れるしかない。
「兄様、どうやら2名ほど、先に中に入ってくるみたいです」
藍が裏口に設置した警報の反応を確認し、そう教えてくれた。なるほど、とりあえずの先遣隊という事か。丁度良い、捕らえて事情を聞いてみようか。
「藍、ノルンとクリムさんを頼む。俺は、ちょっと行ってくる」
「・・・はい、お気をつけて」
藍にようやく目を覚ましたクリムさんとノルンの事を頼む。気配の察知などに関しては、俺よりも実は寧ろ藍の方が得意だったりする。もし別ルートなどで侵入されても、藍なら上手く対処できるだろう。
俺はまずは2名の招かれざる客に対応するため、その場を後にした――
※※※
「おう、どうだ?開きそうか?」
「へへっ、楽勝よこの程度」
目標の家の裏口で、俺達は鍵開けをやっている。まずは俺達二人が様子見で侵入することになったのだ。俺はいつもの要領で鍵を開けていく。見た目どおり旧式の鍵で、特に苦労なく簡単に開きそうだ。
「うっし、開いた」
ガチャリと言う音と同時にあっさりと鍵は開いた。俺達は息を潜めてそのまま扉の中に入っていく。
明かりが消えてから随分経つし、恐らく住民はもう寝静まっている頃だろう。俺達の仕事は、まず気付かれないように部屋の配置などを確認する事だ。その後、時間になったらお頭達の本隊が突入し、のんきに寝ている住民度もを一気に制圧するという手はずになっている。俺達はそこまでの道案内と言う訳だ。
「さてと、ちゃっちゃと調べちまおうぜ」
俺はそう相棒に声を掛ける。この仕事が上手く行けば、女は最初に頂いて良いとお頭に話がついている。これは是が非でも成功させなくては。
「・・・・・」
「・・・おい、どうした?」
おかしい、相棒からの返事が無い。今更この程度の仕事で緊張してるなんてありえないし、どうしたんだろうか?
「なぁ、どうしたん・・・っ!?」
肩に手を触れようとした途端、相棒が急にドサリと倒れこんだ。一体何が起きて・・・
「っ!」
首筋に、急にヒヤリとした感触を感じる。この感触は知っている・・・鋭利な刃物だ。
恐らく少しでも動けばそのまま首の血管が切れ、血を噴出して死んでしまうだろう。その位この刃は鋭く、しかもぴったりと俺の首筋に当てられていた。
「動いたら、わかるな?それから声もだ。一言でも喋ろうとすれば、その声が出る前にその首を落とす」
後ろから感情のこもっていない、まるで死神のような冷酷な声が響く。そうか、相棒はコイツにやられたのか。
「今からする質問に、はいなら2回、いいえなら1回地面を指で叩け。別に嘘をついてもかまわないが、その場合、俺はお前の様子や、脈拍からそれを感じ取る事ができる。そこに意味はないし、俺の機嫌を損ねるだけだ。そして機嫌を損ねるという事は・・・わかるな?」
俺は震えながら地面を指で2回叩く。男のいう事は恐らく事実だろう。以前、はいか、いいえかの質問に対してのみ、必ず嘘を見抜けるという奴に会ったことがある。そのときも、確か脈拍を見るとか言っていた気がする。恐らく、これはそういう技術なのだろう。
そして同時に恐らくコイツは機嫌を損ねれば簡単に俺の命を奪うのだろうという事も本能で理解できた。その位この男の声には感情がこもっていない。まるで、俺達の事を虫けらか何かと同じようにしか見ていなのではないかと感じる。
刃物という事は、恐らくこいつが報告にあった男なのだろう。どうやって俺達に気付いたのか、一体いつから俺達の背後に潜んでいたのか。どうやって相棒を一瞬で無力化したのか。わからないことは山ほどある。
ただ一つわかるのは、俺達がとんでもない存在を、眠りから覚ませてしまったという事。ただそれだけだった――
※※※
「なるほど、外に約8人か・・・藍ならとりあえず半数以下には出来るか」
俺は目の前に転がっている男から得た情報を整理する。どうやら後数分で残りのメンバーが突入してくるという手はずらしい。
裏口に先遣隊が来ていると知った俺は、二階に昇り、裏口の真上にある窓から飛び降り、すぐに峰打ちで1名を無力化、続く2名を尋問し、その後同じように気絶させた。潜入訓練で似たような事は何度もやってきたのだ、この程度なら簡単な物だ。
「とりあえず鍵は掛けなおして・・・俺と藍で、家の中に入れないよう対処する方が安全か」
わざわざ家の中に入れてやる必要は無い。すべて外で決着をつけてしまおう。
先ほどの男達は武器を持ってきていた。ということは、単なる窃盗犯という事は無いだろう。聞いた話では例の盗賊団は単なる窃盗ではなく、強盗、強姦など、かなり悪どい事をやってきていると聞くし、そいつらで間違いないのだろう。ならば、こちらとしても容赦をするつもりは無い。正当防衛の元切り伏せさせてもらう。
「藍、寝室に鍵をかけたら、とりあえず屋根に上ってそこから狙撃を頼む。緊急事態であるから、対象の生死は問わない」
「・・・はい、了解しました兄様」
「・・・すまないな」
「いえ・・・私だって軍属ですから。それに、初めてではありませんし」
生死を問わないとは言うが、藍の使う弓矢は、通常の弓矢の威力ではない。当たればまず間違いなく相手は即死だろう。
しかし、非殺傷の武器も無い上、この人数差で相手を殺さずに捕らえるなど不可能だ。先行組の二人は気絶させるだけで捉えることが出来たが、俺も基本的に相手の命を奪うつもりで戦う。
相手は俺達とほぼ同じ人間だ。そこに罪悪感は無いのかと言われれば嘘になるだろう。だが、俺達は藍も言ったとおり軍属なのだ。今までも、命令で命を奪ってきた事はある。
今回は自分の判断とも言えるが、基本的におっれたちの命は連邦軍の財産であり、それを不当に奪おうとする物は排除しなければならない。軍規に照らし合わせれば、緊急事態では例え相手を殺傷してでも生き残らなければならないのだ。
それでも、たはり精神的に辛い内容なのは変わらない。出来れば藍にはそういう経験はあまり多くして欲しくないというのが本音だ。
「藍・・・こう言うのは何だが、相手は地球人ではなく、現段階では未知の知的生命という扱いだ。気負わなくても・・・」
「兄様」
だから、鉱続けたのだが、それ以上は藍に止められてしまった。
「その考えは、ノルンやクリムさん達も、同じようにどうでもも良い存在という考えになります。私は、あの方達をそういう風に考えたくはありません」
「藍・・・」
「心配しないでください、兄様。今までもそうでしたし、今回もちゃんと受け止められます」
「・・・わかった、頼む、藍」
「はい、お任せください」
どうやら我が妹は、俺が思っていたよりもずっとしっかりしていたらしい。余計な心配だったようだ。
なら、兄である俺はもっとしっかりしないといけないだろう。迷っているつもりは無かったが、改めて覚悟を決める。
「では、状況を開始する――!」
※※※
「・・・さてと、そろそろ時間か」
先に送り込んだアイツらは上手くやってるだろうか?戻ってこないところを見ると上手く行ってるのだろうが・・・
まぁ心配は要らないだろう。あの二人は団の中でも古株のベテランだ。例えトラップなんかがあってもすぐに気付いて解除できるし、気配の消し方も一流だ、まず気付ける人間は居まい。
もし万一例の男が起きていて戦闘になったとしても、その場合はすぐに逃げてくる手はずになっている。それにその場合は明かりもつくだろうし、こちらでもわかる。
あの男が暗闇でも動けて、あの二人を瞬殺出来るというなら話は別かもしれないが、あの二人だってその道のエキスパートだ、そんな事、そこに居る『竜殺し』にだって無理だろう。
つまり、これは成功の合図だ。ならば俺達も予定通り動こう。
「ようし野郎共!お楽しみの時間だ!」
俺は部下達に合図を送る。さぁ、いよいよ突入だ――
ヒュウ――
ズガンッ――
「ぎゃぁああ!」
「な、何だっ・・・!?」
風切音の後、何かの激しい衝撃音が響き、隣に居た部下の悲鳴が聞こえた。一体なにが・・・
「な・・・っ!」
悲鳴が聞こえた方を見ると、そこに居たはずの部下が居なかった。いや、居るにはいたのだが、ソレが部下だとすぐには認識できなかったのだ。
――なぜなら、ソレには、上半身が無かったのだから
「て、敵襲っ!敵襲だ!」
誰かがそう叫ぶ。そう、間違いなく敵の攻撃だろう。だが、何が起きたのかは理解できない。どうしてアイツは下半身だけになっているのか。
周囲を見回すと、あった、あいつの上半身だ。良く見ると下半身のすぐ後ろに落ちていた。だが腹部周辺の肉が、まるで吹き飛ばされたかのように無くなっていた。
そしてその後ろの木に、オレはその原因となったであろう物を見つけた。そう、巨木に深々と突き刺さった、金属の矢を・・・
「ありえねぇだろ・・・」
思わずそうつぶやく。確かに、この金属製の矢の重量なら、アイツをあんな風に殺す事ができるだろう。だが、そのためにはあの矢を放たなければならない訳で、あの重さの矢を放つには、それこそ攻城用のバリスタが必要なはずだ。
だが、そんな目立つ物どこにも無いし、バリスタの運用にはある程度の人数が必要なはずだ、あの家には例の男と、女が3人しかいないはずだ。
「ぐわぁっ!」
また別の方角から悲鳴が聞こえる。今度の奴は、右肩から先が無くなっていた。まだ息はあるみたいだが、あの怪我だと保って後数分と言う所だろう。
「くそっ!」
オレは矢が飛んできたであろう方角をじっと見る。恐らくは屋根の上からだろう。だが、バリスタのような物なんてどこにも・・・
「嘘だろ・・・」
矢の飛んできた方向、そこにあったのはバリスタなんかじゃなかった。そんな大掛かりな物じゃなく、もっと単純な物。そう・・・弓矢を番える人影だった。
月明かりに照らされてその人影の姿が顕わになる。弓矢を番えていたのは、一人の女だった。
長い黒髪を後ろで一つに纏めた美しい女。それがまるでバリスタのような強弓を軽々と扱う。部下達を屠ったのは、一種幻想じみたそんな存在だった。
「月の女神・・・」
確か昔聞かされた伝承で、そんな存在がいたことをふと思い出した。月の女神は弓矢を司る女神で、さらに人に生死を司る黄泉の支配者でもあると・・・
ふと、女と目が合う。その目は悲しそうで、まるでこれから奪う命への慈悲を湛えているようにも見えた。そう、彼女は敵である俺達をも、本当は殺したくなど無いのだろう。
(綺麗だ・・・)
その彼女の悲しみを湛えた顔を、オレは純粋に綺麗だと感じた。きっと、伝承の月の女神もこんな風に美しいのだろう。
そう思った次の瞬間、オレの意識は永遠に途絶える事になった。その女神の姿を、目に焼き付けたまま・・・