7:Dinner,Midnight assault
「へぇ、そんな事があったんですねぇ」
夕食の席で、ノルンやクリムさんに今日起きた事を話していた。盗賊団などの注意が必要な情報もあったし、一応酒の席での話も混ざっているので、情報の精査も兼ねている。クリムさんの意見も入れればより確実になるだろう。
「それにしても、そのソーマさんが作ったアクセサリー、随分高値で売れたんですね」
「ああ、おかげでとりあえずの収入には困らなさそうだ」
ちなみに食事の前にクリムさんには今日得た収入の一部を渡してある。最初は気にしなくて良いと断られたが、そういう訳には行かないと半ば強引に渡したのだ。まだ貯えがあるからとは言われたが、それは元々親子二人分の物だ。それが一度に倍になったのだから、当然その分一気に減っているはずだ。今後のためにも貯えは取っておいた方が良いと説得したのだ。
「それにしてもそんな高額で・・・ちょっと見せてもらっても良いですか?」
「ああ、こういうのなんだが・・・」
そう言ってさっき補充で新しく作った分をクリムさんに渡す。やはり女性だし気になるのだろうか。気に入ったのであればあげてしまっても良いのだが、などと考えていると、予想外の答えが返ってきた。
「これ・・・宝石も金属の部分も、凄い魔力が篭ってるんですけど」
「え・・・?」
魔力・・・?いや、そもそも俺は魔力がどういうものなのか認識すら出来ないのだが。
「なるほど、無意識だったんですね・・・これ一つで、かなり優秀な魔術道具になりますよ?」
魔術道具とは、確か魔術を使うときに触媒とする道具だったか。魔術の威力をブーストするために必要なため、魔術師などは必ず持っている物らしい。基本は宝石をつけた杖等らしいが、指輪とかもあるにはあるという。
「これが、魔術道具・・・?」
そういわれてもピンと来ない。俺としては普通に竜王魔術で作っただけなのだが・・・
「そもそも竜王魔術でこんな物を作るなんて聞いた事がありませんし、きっと作ってる途中で無意識に魔力を練りこんでしまってるんじゃないでしょうか・・・それにしても、なるほど、だからそんな高額で売れたんですね・・・」
「やはり魔術道具になると高いのか?」
「ええ、普通の装飾品の10倍はします」
「なっ!?」
という事は、普通の装飾品の8割で買ったとしても、あの店主はそれを10倍以上にして売れる訳だ。どうやら上手く売ったつもりが、やっぱりぼったくられて居たらしい。
まぁしかし、今回は仕方が無いだろう。流石にそんな事予想できなかったし、クリムさん以外誰もそれに気付けなかったのだ、今回の事は教訓として胸に刻んでおこう。それに素材は元々タダで手に入れたものだし、作るのも竜王魔術ですぐだ、特に痛む物は無い。まぁ、あの商人には二度と売るつもりは無いが。
「次からは専門に扱っている商人のところで売ったほうが良いと思いますよ。ただ、この村には居ないので隣町まで行かないといけませんけど・・・」
確か隣街までは歩いて丸一日くらいだったはずだ。得られる収入を考えれば、たまに出向いてある程度まとまったお金を稼ぐというのもありなのかもしれない。
「ああそうだ、隣街と言えば・・・」
そういえばとまだ話していなかった盗賊団の話をする。特に大きな危険な無さそうという話だが、それでも夜一人で出歩いたりは控えてもらったほうが良いだろう。
「なるほど、わかりました。数日は夜の外出は控えたほうが良さそうですね」
そう言いながらも、クリムさんはあまり不安そうな顔をしていない。襲われる可能性が低いのを理解しているのか、それとも俺達の力量を信頼しているのか、それともノルンを不安がらせないようにそういう態度を取っているだけなのか。どれにせよ、あまり暗い空気にならないのは有難い。
「それにしても『竜殺しのオルガ』ですか・・・そんな有名人も『毒竜の牙』に入団してたんですね・・・」
どうやらクリムさんもオルガの名前は知っているらしい。やはりかなりの有名人のようだ。
「そのオルガって奴は、どういう人物なんだ・・・?」
結局オルガについては「竜を殺した事がある」程度しか聞いていない。俺から見ればそこまで強いようには見えなかったが、客観的な意見も聞いてみたい。
「そうですね、元傭兵で、確か王都の武闘大会で準優勝まで行ったことがあるとか、港町に現れた水竜を、一人で倒したとか、そういう話は聞いた事がありますね・・・」
どうやら結構派手な活躍をしていたらしい。それなら確かに有名にもなるだろう。しかし水竜か・・・
「参考までに、水竜というのはどのくらいの強さなんだ?」
「え?そうですね・・・普通、竜というのは、王国騎士団の一個小隊で相手をするものだと聞きますね・・・」
ふむ、つまり単純に考えてオルガはその騎士団一個小隊と同等の強さという事になるのか。なるほど、ただの人間にしては破格の強さなのだろう。
「でも勇者様の敵じゃないですよね!だってあの竜王様すら倒しちゃったんだし!」
今度はノエルがそう話に入ってくる。だから勇者呼びはやめろと言っている・・・
「なぁ、未だにあまり実感がないんだが、あの鉱竜王っていうのは、そんなに強い存在だったのか?」
行く先々で化け物だの天災だのと、酷い言われようだ。確かに受けるプレッシャーは相当な物だったし、フォトンソードが無ければ傷一つつけるのは難しかったかもしれない。が、運が良かったとはいえかなりあっさり勝敗がついてしまったのも事実だ。どうもその「とんでもない化け物を倒した」という実感がわかないのだ。
「私からすると、寧ろそんなにあっさり倒せた事自体が信じがたい話なんですけどね・・・」
ノルンが横で「伝説の勇者様なら当然だよ!」などと言っているが今は無視する。
「そうですね、鉱竜王様の強さですけど・・・まず、あの鱗ですね。あれを切り裂いて傷をつけられる人間・・・というか、生き物は、同じ竜王以外まず存在しないと言われています。」
確かに、あの鱗は岩石と言うか、鉱石だ。しかも鉄よりも硬い、例えばダイヤモンドなども含んだ鉱石で、恐らく金属の武器ではその肉体に傷一つつけられないだろう。それこそ俺がしたように超高エネルギーで溶断する位しか方法は無さそうだ。
「竜王の中でも出来そうといわれているのが、炎竜王か、もしくは八大龍王に数えられるような存在だけだと言われています。この時点で、人間に太刀打ちできる存在ではありません」
八大龍王と言うのは、確か特に強大な竜王をそう呼んでいるのだったか。なるほど、防御に関してはこの星の生物では最強クラスという事らしい。
「それに竜王の膂力で振るわれる岩の爪や牙、一度でも当たれば人間なんてすぐにミンチになってしまいます。おまけに竜王魔術で周囲の岩も操れますから、そもそも近づく前に潰されてもおかしくありません。」
なるほど、確かにあの爪は当たったらタダじゃ済まないだろうし、鉱竜王も精錬は出来なくとも鉱石の操作は出来たのだ、例えば地面から鉱石の槍を突き出したりと、本当は色々出来たのだろう。
「その上竜は人を食べますから・・・見かけたら全力で逃げる、見つかったら諦める、というのがこの周囲で昔から言われている事です」
聞けば聞くほど、本当にあの時は運が良かったのだと思い知る。例えば近づく前に竜王魔術で攻撃されていれば、予想できない俺はあっさりその攻撃を受けていただろうし、フォトンソードじゃなくて拳銃で攻撃していれば、恐らく攻撃は防がれていただろう。まぁ拳銃に関しては、俺が銃の扱いが不得手という事で緊急を要するあの時は使わなかったのだが、それでも判断が何か一つでも違っていたら結果は逆だったのだろう。
考えてみれば、この星に来て一番最初に出くわした脅威がこの星でも最上級の脅威というのは、なんとも運の無い話だ。まぁ、結果得る物は多かったので、ある意味運が良かったとも言えるのだが・・・
「なので、ソーマさんはもっと自信を持っても大丈夫ですよ?それこそ、伝説の勇者だといってもそれに恥じない活躍だと思いますし」
クリムさんまでそんな事を言ってくる。わかっていてやっているのだろうが、勘弁して欲しい。
その後、「やっぱりソーマさんは勇者様ですよ!」などと興奮した様子のノルンをなだめたりしながら、談笑は続いていった。気がつけば、最近こういう時間を心地良いと感じている自分が居る。この星に来てから、俺や、もちろん藍も、能力だけでなく内面も少しずつ変わり始めているのかもしれない。それが良い変化なのかはどうかわからないが、今はそれを少しずつ受け入れていくしかないのだろう。
こうして夜が更けていく。俺達は、最後に念のためのある仕掛けだけをして、眠りにつくのだった――
※※※
「お頭、明かりが消えたみたいですぜ」
「おう、それじゃあもうちょっとしたら決行だな」
「へへへ、女は好きにして良いんスよね?」
「ああ、最近ご無沙汰だしな、後で俺も混ぜろよ?」
暗闇の中、男達のそんな下卑た笑い声が響く。男達が潜む森の先には、一軒の古びた民家があった。
「それにしても、こんな村はずれのボロッちい家にお宝が眠ってるなんてな」
「どういう理由かはさっぱりですが、何でも都会のボンボンが居候してるらしいですぜ?」
「それに若い女まで無防備に寝てるとなりゃあ、頂かない手は無いよなぁ?」
「ああ、全くだぜ」
そうしてまた下卑た笑いが闇夜に響く。しかしここは村はずれのさらに奥で、それに気付く村人は誰も居ない。
「けっ、面倒くせぇ」
しかし、そう一人だけ不満をつぶやく男が居た。鍛えられた体に皮鎧を来た、周囲の男達とは雰囲気の違う男だった。腕を組みながら不満げな様子をあらわにする男に、周りの男達が声をかける。
「そう言わないでくださいよオルガの旦那ぁ、一応念のためなんですから」
「ちっ・・・」
魔術道具を売った男は腰に剣を下げていた、そういう情報があったため、念のためという事でオルガと呼ばれた男が連れて来られていた。かの『竜殺しのオルガ』が相手なら、例えその男がどんな強者でも勝てるだろうと見込んで。
実際男達はそこまで警戒している訳ではなかった。所詮は都会のボンボンだろうと見下している。それでもオルガを連れてきたのは本当に念のためだった。
今回の襲撃は計画的なものではないし、何かトラブルがあれば次の街の襲撃が間に合わなくなる可能性がある。何でも王都から討伐隊が派遣されているとも聞くし、本当はあまりのんびりしている時間は無いのだ。こんな村で油を売っている時間は無いに等しい。
それでもこの民家を襲うと決めたのは、それを差し引いても魅力的だったからだ。もしあの魔術道具と同じような物が後10個もあれば、それだけで隣町で得られる収入に並ぶ可能性がある。これは放っておくには惜しすぎる。
そこで団の中でも少数精鋭を集めての襲撃という事になったのだった。今この場には10名ほどの団員が居るが、どれも熟練の精鋭達だ。万に一つも失敗は無い。
「さてと、そいじゃあそろそろお楽しみと行こうか!」
「おぉ!」
成功を確信した男達は意気揚々と民家へと向かう。だが、彼らは知らない。その民家で眠っている者が一体誰なのかを。
その眠りを妨げた事が、彼らにどんな不幸を起こす事になるのかを――