表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双刻の竜王-異界迷子のドラゴンロード-  作者: 十六夜月音
2章:SIDE:S 鉱竜王ミダース編
16/23

6:Public house,Bandit

その建物に入ってまず感じるのは、にぎやかを通り過ぎて煩いとまで思える喧騒、そして次にアルコールの匂い、遅れて様々な料理の匂いだった。

 入り口を入ってすぐのホールには様々な人が思い思いに過ごしている。テーブルで飲み比べをしている奴、カウンターで一人静かに飲んでる奴、ものすごい勢いで料理を掻きこんでいる奴、女性の店員に色目を使っている奴、様々だ。

「ここが、酒場という物なんですね・・・」

 藍が目の前の光景に目を白黒させながらそう呟く。そう、俺達が次に来た場所、ここが『酒場』と呼ばれる場所だった。クリムさんに情報収集に良い場所は無いかと聞いたところ、出てきた場所がこの酒場だった。ここには旅の人間や仕事を終えた行商人などが多く集まるので、色々な人と話すには良いだろう、と。ただ、柄の悪い人間も多いのでオススメはしないと言われたが、まぁその辺りは何とかなるだろう。

「いらっしゃいませ!2名様でよろしいですか?」

「ああ」

「ただいまカウンターの方しかお席が空いてないんですが、よろしいでしょうか?」

「それで頼む」

 店員とそんなやり取りをしながらカウンターへと進む。案内してくれたのは茶髪で小柄な少女で、藍とそう年は変わらないように見える。中々可愛らしい顔をしていて、年の割りにグラマラスな体つきをしているし、きっと看板娘などと呼ばれる存在なのだろう。

 中々こなれた感じだし、きっとここで働いて長いのだろう。こんな少女がこんな場所で長い間働くとは、中々苦労しているのだなぁと感慨深く思っていると、何故か隣の藍が不機嫌になっていく空気を感じた。何故だ・・・

 藍の視線が何故か彼女の胸に行っている気もするが、妹の名誉のために深く考えるのはやめておこう。本人がコンプレックスに思っている物を、俺の言葉程度では何ともしがたいかもしれないが、せめて俺は判断の基準にはしないぞとやんわりと伝えるべきだろうか・・・いや、この年頃は難しいと聞くし、触れないほうが良いかもしれない。

「ご注文は?」

 そんなことをぼんやりと考えていた所を、急にかけられた声で現実に引き戻される。どうやら注文を聞かれたようだ。

「生憎この地方の特産なんかがわからなくてな・・・オススメがあればそれを頼む」

「私は・・・果実水で」

 俺も藍も、示し合わせたわけではないが、すでに注文は決めていた。俺はこの周辺の出身ではない、しかしある程度は旅慣れているという事を装うために店主のオススメを、藍は単純に酒が飲めないため果実水を、という事だ。

「そうだな、じゃあそっちの兄ちゃんにはドヴェルグの火酒、嬢ちゃんには木苺水で良いかい?」

 そう目の前の男が聞いてくる。禿げ上がった頭に日焼けした肌、鍛えられた肉体と、一見粗野な印象を受けるが、物腰は思ったよりも落ち着いている。恐らく彼がこの店のマスターなのだろう。

「ああ、それで頼む。」

「私もそれでお願いします」

「あいよ、少々お待ちを」

 そう言って、こなれた感じで飲み物を棚から出し、グラスに注いでいく。木苺のさわやかな香りと、かなり強いであろうアルコールの香りが辺りに立ち込める。

「お待たせ、兄ちゃんにはこっちと、嬢ちゃんにはこっちだな」

 出されたものをとりあえず舐めるように飲んでみる。ふむ、かなり度数の高い酒のようだ。藍のほうは普通においしいらしく、一瞬驚いた顔をした後は普通に飲んでいる。

「なんだ兄ちゃん、ドヴェルグの火酒かい?やめときな、兄ちゃんのひょろい体じゃあ一瞬でつぶれてお陀仏だぜ?マスターも人が悪いぜ」

 隣にいた男がそう馬鹿にしたような口調で話しかけてくる。どうやら目の前の男はやはりマスターであっていたようだ。

 というか、やはりというか予想通りというか、早速絡まれた。俺達の見た目はこういう場所に来るには少し若く見えるし、余り見かけない顔だ。どこかで声をかけられるのではと思っていたが、まさにその通りだった。

 普段ならこういう手合いは無視するのだが、今回の目的は情報収集、現地の人間とコミュニケーションを取る事だ。そう意味でアルコールが入った人間なら警戒心が薄く、こちらとしても丁度良い。まぁ、情報の信頼度が落ちるという欠点はあるが、その点は他の人間の意見も参考にすれば良いだろう。

 という訳で、男の興味を引くためにある事をする。まぁ危険行為でもあるので普段はしないのだが・・・

「な・・・っ」

 男が驚いた顔をしている。まぁ当然だろう、この酒はかなり強いし、癖があって飲みにくい。


 それを表情一つ変えず一瞬で飲み干す姿を見れば、多少は驚くだろう。


「結構いけるな・・・もう一杯貰えるか?面倒だし、今度はジョッキでくれ」

「あ、ああ・・・」

 俺はあえて男を無視してマスターにさらに注文をする。マスターの顔が若干引きつっているように見えるが、気のせいではないだろう。

「おいおい兄ちゃん・・・やせ我慢・・・じゃないよな?」

 男が若干心配そうな顔でこちらを見てくる、まぁ当然か、この度数の酒を一気飲みすれば、普通は急性アルコール中毒の可能性もある。男もそれを心配しているのだろう。そう考えると案外根はそこまで悪いやつではないのかもしれない。

「大丈夫も何も・・・水だろ?これ」

 俺は不思議そうな顔を作り、そうおどけて見せる。この程度の酒に、何を恐れる必要があるのかと言う風に。

「くっ、ははははっ!凄ぇな兄ちゃん!いやさっきのは悪かった、まさかその年でそこまでの酒豪だとはな!」

 演技の甲斐もあってか、男の態度が途端に友好的になる。やはりこの手はこちらでも・・・・・有効なようだ。・・・まぁ、半分以上演技では無いのだが。

 隣で藍がジト目でこちらを見ているが、仕方が無いのだ、今回は情報収集のためなのだから。決して個人的に酒が飲みたかったからではない、うん。

 そう、どうやら俺はかなり酒に強いらしく、地球でも似たような事をやって友人を作っていたのだ。軍というのはやはり粗野な奴が結構多いからか、こういうパフォーマンスをすると、一目置かれる傾向があるのだ。

 もちろん、余り強すぎる酒ではやらない。が、この『ドヴェルグの火酒』というのは、度数的には焼酎と呼ばれる酒に近かった。普段飲んでいたのがウィスキー等、倍以上度数のある酒なのだ、今更この位は抵抗が無い。

 それに、昔は無かったらしいが今はアルコールを急速分解出来る薬もある。飲みすぎたと思えばそれを飲めばすぐに元の状態に戻れるのだ。何でもその薬が開発されてからアルコール業界は急速に活性化したらしいと、歴史の本で読んだことがある。・・・まぁ、俺はあまり使った事はないのだが。

「驚いたな兄ちゃん・・・そいつはこの国で手に入る中では一番強い酒で、ちょっと驚かせてやるつもりで出したんだがな・・・」

 なるほど、恐らくこの国ではまだ蒸留酒と言うのはあまり発達していないのだろう。個人的にはもっと度数の高い酒が好きなので残念・・・いや、今回の目的は情報収集だ、何も問題は無かったな、うん。

「そうなのか、ここに来てからまだ日が浅くてな・・・面白い話があるなら聞かせて貰えるか?」

「おういいぜ!兄ちゃん面白そうだしな!」

 とりあえず目論見は達成した、さて、話を聞かせてもらおう――


「へぇ、そんな奴らが・・・」

「おう、全く物騒な世の中だぜ」

 最初は軽い世間話、そして今の話は王都を騒がせるという大盗賊団の話になっていた。

「『毒竜の牙』か・・・なるべくなら出会いたくはねーな」

 マスターもそう迷惑そうに嘆いている。何でも、『毒竜の牙』とか呼ばれる盗賊団が、うわさだとこの近辺に潜んでいるという話だった。

「まぁ、この村にはヤツらの標的になるようなもんは無いだろうし、特に何事も無いとは思うけどなぁ」

 男の話だと、盗賊団が狙うのは貴金属類がメインで、この村でそれらを扱っているのは基本的に行商人だけらしく、よっぽどのことがなければ村が襲われる可能性は低いという。食料などが無くなればこういう小さな村が襲われる事もあるかもしれないが、何でもつい最近近くの穀倉地帯の街が襲われたばかりで、食料はたんまり持っているはずだ、と。

「隣にはもっとデカい街があるし、こんなところで油売るくらいならとっととそっちに行くだろうさ」

 何でもかなり大規模で手練も多いという話で、ターゲットにするならこの村ではなく見返りが多い隣の街を襲うのだろう、というのが皆の見解らしい。隣の街では、鉱竜王のすんでいた山で取れた宝石を加工し販売する店が多いらしく、奴らにとっては絶好のターゲットらしい。なので今頃は恐らく迎え撃つ準備をしているのでは、と。

 それならこの村からも協力者を向かわせればとも思うが、人は多く見えてもその大半は旅人や行商人で、村に住んでいる人間はそう多くないのだ、恐らくその余裕は無いのだろう。冷たいと思うかもしれないが、それが現実だ。

「まぁ小遣い稼ぎ程度にどっかの家が襲われる位はあるかもしれないが・・・それに関しては警戒の仕様が無いしなぁ」

 逆に変に警戒をすれば相手を刺激しかねないという。つまり、ノーガードで脅威が過ぎるまでひたすら待つ事しか出来ないらしい。

 これが数人の夜盗程度なら村の自警団などで対処できるのだろうが、大規模な盗賊団となればこの村では対処できないのだろう。せめて王都から騎士様が間に合ってくれれば、などとどこかから聞こえてくるがその声色は低い。つまり可能性としては低いのだろう。

 つまり、たとえどこかの家が襲われたとしても何も出来ないという事だろう。自力で守る事ができれば良いのだろうが、恐らくそれが出来る家はあるまい。介入すれば今度は自分の家も対象になってしまうだろうし、冷たいだろうが、どこかが襲われれば見殺しという事になるのだろう。

「そんな訳で俺達は、こうしていつ襲われるかわからない恐怖を、酒で紛らわせて寝るしかないのさ」

 そうおどけた風に男は言うが、実際どこかが襲われる可能性自体低いのだろう。有名な盗賊団らしいし、きっと今までこういう小さな村が襲われたという話があれば耳に入るはずだ。それが無いという事はおそらく今までそういう事は無かったという事なのだろう。

「まぁなんにせよ、出会っちまえば終わりだし、気にしてもしょうがないってのは実際の所だろうな・・・何でも、最近あの『竜殺しのオルガ』まで団に加入したって話し出しな」

「げ、マジかよ!?あんなのまで入っちまったらそれこそ王国騎士団が一部隊動かさないとどうしようもなんないだろ」

 マスターと男がさらにそんな話で盛り上がる。どうやら『竜殺しのオルガ』というのも中々有名人のようだ。

「ああ、それでとうとう討伐隊を編成してるってさっき別の奴が言ってたぜ。まぁ到着は多分団の奴らがこの村を去った後だろうがな。もしかしたら隣町を奴らが襲うよりは早く着くかもな」

「へぇ、なら隣街の連中も、そう悲観したもんじゃないのかもな」

 さっき騎士様が、と聞こえていたのはこの話だろうか。ふむ、恐らく国家権力に繋がるものだろうし、そちらは接触するのはまだ早いかもしれないな・・・

 国家権力に俺達の素性を明らかにするという事は、つまりかなり大規模の人間にそれを明らかにするという事だ。現状ではまだ面倒事の方が多そうだ。

 そんな事を考えていると、話題は次の話に移る。

「それにしても『竜殺しのオルガ』か・・・ついでだし、あの鉱竜王も倒してくれないものかね」

「ははは、流石に竜殺しと言っても竜王クラスは別だろうさ。オルガがどんな竜を倒したのかは知らないが、竜王は別次元の化け物だしな。あんなの、それこそ人間じゃあはるか遠くの剣龍王さま位だろ倒せるのは」

「はははっ、違いねぇ!」

 ・・・・うむ、その化け物を割りとあっさり倒してしまった者が目の前にいるのは、言わないほうが良さそうだ。

「けど、最近妙な噂があってよ、どうやらここ最近、鉱竜王の姿を見ないらしいんだ」

「姿を見ない・・・?良いことじゃないか、特に隣街の奴らには、まぁ、どうせたまたまだろ?」

「俺もそう思うけどな・・・けど、もう鉱竜王は誰かに倒されたんじゃないか、なんて言う奴も居てよ」

「まさか、それこそありえねーだろ」

「だからそういう奴には、油断して近づくんじゃねーぞって忠告はするようにしてるんだけどよ」

 どうやらもう鉱竜王の事は噂になっているらしい。まぁ有名な奴だったらしいし、それが急に姿を見せなくなれば噂になって当然だろうか。

「まぁ本当に鉱竜王を倒せるような奴がいるなら、それこそ『毒竜の牙』やら『竜殺しのオルガ』が来ても余裕だろうな」

「はははっ、本当に居ればな!そのまま退治してくれれば良いのによ!」

 そう言ってマスターと男が笑う中、藍がちらちらとこちらを見てくるが、俺はそれに反応せず目の前のジョッキに手を伸ばす。

 恐らく、盗賊団の事を何とかしないのかと言いたいのだろうが、俺にそのつもりは無い。確かに俺達の戦力なら盗賊団の殲滅も不可能ではないだろう。何せ対多数戦闘の訓練も受けた現役の軍人が二人も居るのだ、その上フォトンソード等の過剰ともいえる攻撃力を持つ武器も所持している。上手く立ち回れば不可能ではないという自負がある。

 しかし、それは流石に目立ちすぎるのだ。個人的には盗賊団などという不逞の輩、成敗してやりたいという気持ちはある。しかし今の状況では余り目立つ動きは控えたい。

 それに、俺達がそんな大規模戦闘に介入すれば、それはこの星への、いわば内政干渉にも当たりかねないのだ。この星ときちんと交流が持てた時、この事がどう響くか予想がつかない。まぁ全員無傷で捕らえることが出来れば問題ないかもしれないが、それは流石に不可能だろう。

 俺がゆっくりと首を振ると、藍もその意図が理解できたのかそれ以上の反応は無くなった。長年一緒にやってきたのだ、それくらいは伝わってくれたらしい。

 

「や、やめてください!」

 そろそろ頃合だし、帰ろうかと考えていたところ、店の奥からそんな声が聞こえてきた。この声は恐らく最初に俺達を案内してくれた店員の物だろう。

 店の奥に目を向けると、どうやら酔っ払いにしつこく絡まれているようだった。詳しい内容は聞こえてこないが、まぁ定番の内容なのだろう。

「あいつ・・・ウチの娘になにしてやがる・・・!」

 マスターが額に青筋を立てながらそちらを睨んでいる。そうか、あの店員はマスターの娘なのか・・・言っては悪いが、全く似てないのでその発想は出なかった。

「おいお前、今似てないとか思ったろ」

 おっとどうやら顔に出ていたらしい。少しは酔いが回ってきたからだろうか。

「まぁ、アンは嫁さん似だからな、将来さらに美人になるぞ!やらんがな!」

 そう言って今度はこちらも睨んでくる。なるほどあの店員はアンという名前なのか。

 特にそういう事は考えていないから安心しろと言いたいが、こうい手合いの場合、それはそれで今度はウチの娘に魅力が無いのかなどと怒り出すのだ、実に面倒くさい。

 それより放っておいても良いのかともう一度店の奥を見ると、マスターもようやく状況を思い出したらしい。

「あのやろう、俺の目の前で娘に手出すとは良い度胸じゃねぇか・・・ちょっとわからせてやらないとな・・・」

 そう言って般若のごとき形相でカウンターから出ようとする。だが、それより先に動く者が居た。

「気に入りませんね・・・」

 さっきまで隣でチビチビと木苺水を飲んでいた藍が、いつの間にか席を立ち店の奥に移動していた。

なんだか目が据わっているような気がするのは気のせいだろうか。

「あなた、その子、嫌がってるじゃないですか、おとなしく引き下がったらどうですか?」

「なんだとてめぇ、関係ないだろうが引っ込んでやがれ!」

 そしてアンに絡んでいた男に突っかかって行く。普段大人しい藍には珍しい、というより滅多に無い行動だ。ある条件・・・・を満たしたとき以外はそんな事はしないのだが・・・

「な、まさかっ!」

 思い当たる事があり、急いで藍が飲んでいた果実水の匂いをかぐ。やはりか、この匂いは間違いない。

「マスター、藍が頼んだのは果実水だよな?」

「ん?ああ、注文どおり果実水だぜ?」

「それならなんで・・・アルコールの匂いがするんだ?」

 そう、藍が飲んでいたのは果実水ではなく、果実酒だったのだ。

「いやお前、そりゃ酒場で果実水って頼んだら、普通出てくるのは果実酒の水割りの事だろ」

 すると隣の男が不思議そうに補足してくる。なんだと・・・

「そうだったのか・・・」

 それは全く予想外だった。ノルンの家では果実水といえば普通に果実の汁の水割りだったので、てっきり同じだと思っていた。だが考えてみれば地球でだって同じ名前でも場所や店によって中身は違うなんていう事はよくあることなのだ、そこまで考えがいたらなかった俺の責任だろう。

 しかし参った。藍は俺と違って酒に強くないのだ。そして、酔うと気が大きくなるタイプだ。しかも、それが徐々に変化していくのだから、気がつきにくく性質が悪い。

「周りの人の迷惑だと言ってるのです、さっさと出て行ってくれませんか?」

「なんだとてめぇ!」

 藍は元々正義感が強い。それこそ、その性質は俺以上かもしれない。それが酔って気が大きくなったせいでああいう行動を取らせてしまったのだろう。もしかしたら男が激情して藍に手を出そうとするかもしれないが、藍も現役の軍人だ。その上強化義腕まであるのだし、男には悪いが勝ち目は無いだろう。あっさり畳まれて終わりになるはずだ。そう考えていると・・・

「へへっ、なんだよ嬢ちゃんもよく見たらかわいい顔してるじゃねーか、アンタが代わりに相手してくれるってんなら引き下がってやっても良いぜ」


 なにやら聞き捨てなら無い台詞を聞いた。


「ほう、俺の目の前で藍に手を出そうというのか・・・」

 どうやらあの男には少し教育が必要らしい。俺は腰に下げた刀に手を添えながら店の奥に向かっていく。

「お、おい兄ちゃん流石に剣抜くのまずいぜ!」

「そそ、そうだ兄ちゃん、店の中で人傷沙汰は勘弁してくれ!」

 隣の男とマスターが青い顔で俺を止めようとするが、済まないが優先順位というものがある。例えこの事が後で星間問題になろうとも、この事態を見逃すわけには行かないのだ・・・!

「うるせぇ!静かにしやがれ!」

「のわぁああ!」

 俺か藍か、どちらが先に男に手を出すかと言うところで、不意に男の後ろから大声が響き、そのまま男は店の外に投げ飛ばされていった。どうやら俺達よりも先に我慢の限界が来た奴が居たらしい。

「て、てめぇ何しやがる!」

 投げ飛ばされた男がその男に怒鳴り返す、だがその男の顔を見ると、急に青い顔をし、大人しくなる。

「りゅ、竜殺しのオルガ・・・」

 竜殺しのオルガ、そう呼ばれた男はニヤリと表情をゆがませる。周囲では「アイツがあの・・・」などとざわめきが起きていた。

「何だよ、俺様の事知ってるのか?その上で喧嘩売ってるって事だよな、あぁ?」

「い、いえ、とんでもないです!スッ、スイマセンでしたぁ!」

 そう言って先ほどの男は走って逃げていく。なるほど、こいつがさっき話しに出ていた『竜殺しのオルガ』とかいう男か。確かに良く鍛えられた体をしていて、動きからも武芸者特有の隙の無さが伺える。実際こお星ではかなりの実力者なのだろう。

(とは言え、俺からするとまだまだだがな・・・)

 そう、あくまでもこの星では、だ。オルガから感じる威圧感は師範たる俺の祖父と比べるとまだまだだし、それこそあの鉱竜王ミダースと比べたら大人と子供以上の差だ。まぁ、話にも出てた通り竜王と比べるのが間違いなのだろうが。

(しかし、そいつが居るって事は例の盗賊団がこの村の近辺に潜んでるってのは間違いないんだろうな)

 どうやらやはり少し面倒くさい状況らしい。まぁ、その中でも有名らしいオルガが白昼堂々と村の酒場に居るということは、逆に言えば目立つ事はするつもりがないと捉えても良いのだろうか。

「けっ、興が冷めちまった。おい親父!俺は帰るぞ!」

「あ、ああ、毎度どうも」

 そんな事を考えていると、どうやらオルガは帰るようだった。まぁ特に絡む必要も無いし、そのまま見送ろう。あの男に『教育』が出来なかったのは残念だが、そういう空気でもないし仕方があるまい。

「あ、あの・・・ありがとうございました!」

「・・・・・」

 アンが感謝の言葉をオルガにかけるが、オルガはそれを煩わしそうに一瞥した後そのまま出て行った。心底興味が無いという感じだった。

 しかし、店を出る前、何故か奴は俺と藍の方を一瞥して行った。何だったのだろうか・・・

「あの、お二方も、ありがとうございました!」

 そう言ってアンは今度は俺と藍にも感謝の言葉をかけてくれる。しかし藍は、おじぎをするとき揺れる彼女の胸をちらりと見ると、その後自分の胸をまたちらりと見て、何故か不機嫌な様子を見せる。妹よ、不機嫌になるならば何故助けた。

「俺達はたいした事はしていない、気にするな」

 実際何かをする前に解決してしまったのだ。藍に感謝こそすれ、俺にする必要は無い。気にするなと、たまに藍にするように頭に手を載せくしゃくしゃと撫でる。

「あ、あぅ・・・」

 娘が何故か顔を赤くしながら上目遣いに見上げてくるが、何かおかしなことをしただろうか。藍も何故かさらに不機嫌な様子を見せるが、だからそれなら何故助けたのかと。

「おい、娘に手を出したら・・・」

 そしてマスターもいい加減にして欲しい。そういう状況ではないと一目見てわかるだろうに。全く、俺のように一時の感情に流されず、冷静になって欲しい物だ。

「・・・・・・」

 隣の男が何か言いたそうにこちらを見ているが、気にしない事にする。


「さてと、俺達はそろそろお暇しよう」

 色々あったし、本当にそろそろ頃合だろう。

「ああ、悪いな何か色々」

 マスターが申し訳なさそうに会計を受け取る。しかし、こちらとしては色々と得る物もあったし、あまり気にしては居ないというのが本音だ。

「まぁ、また会えれば一緒に飲もうぜ!」

「ああ、そうだな」

 隣の男も中々楽しい男だった。こちらとしてもそれはやぶさかではない。

「じゃあな、まいどあり!またよろしくたのむぜ!」

「ありがとうございました!またのお越しを!」

 マスターとアンに見送られて店を後にする。多少トラブルはあったが、情報収集という意味ではかなりの成果だろう。世間話でこの国の情勢などもわかったし、盗賊団と言う脅威も把握できた。心配ないとは思うが、一応家の警備体制を多少整えておこう。

「・・・申し訳ありません、兄様。」

 ようやく酔いが抜けたらしい藍が、そう謝ってくる。どうやらさっきの自分の軽率な行動を思い出したらしい。

「いや、気にするな、藍が酔うとああなるのはわかってたし、それを止めれなかったのは俺の責任だ」

「・・・すいません」

 そう言ってさらに小さくなる藍。実際今回の事は俺の失態だと思っている。あまり気にしないで欲しいのだが・・・

「それに、結果的に得る物はあったしな」

 そう、あの『竜殺しのオルガ』とかいう男、この世界での実力者と言う物が、どの程度の強さかと言うのがなんとなく理解できた。これはこの星での脅威を認定するためには、必要な情報だ。それを少しでも得る事ができたのは大きい。結論から言えば、人間という存在に対しては、大きな脅威と認定しなくて良いという事がわかったのだから。

「それより、とっとと帰ろう。あんまり待たせてもノルン達に悪いしな」

 恐らく夕飯の用意をしてくれているはずだ、 あまり遅くなるのも悪い。それに、一応やらなければならない事もできた。

「・・・はい」 

 さっきの娘と同じように頭をくしゃくしゃと撫でると、藍もようやく、そう返事をしながら笑顔を向けてくれた。俺はその笑顔に満足し、並んで家路へとつくのだった――





※※※



「くくくっ、こんな村でも居るじゃねーか、化け物みたいな奴」

 酒場からの帰り、さっき会った男女のことを思い出す。

「あの男の殺気・・・ありゃあ素人どころか、熟練の傭兵レベルだな・・・体裁きも一切隙が無かったし、目立たねぇが体も相当鍛えてやがったな」

 実際戦ってみないとわからないが、下手すると俺と同じくらいの力量はあるかもしれない。案の細い体からは、何故かそれほどの迫力を感じた。

「あの嬢ちゃんも素人じゃねーな、怒鳴られても怯むどころか、あの目は完全にどう料理してやろうか考えてる狩人の目だった」

 あの胆力に、酔ってても全くぶれない体幹、見かけによらず相当鍛えているのだろう。

「ああいうのとやりあえないままこの村を出るってのは勿体無い気もするが・・・・まぁ、しゃーねーか」

 今はこの盗賊団に世話になってる身だ。あんまり勝手な行動をするのはまずいだろう。いくら俺様一人で全員を相手に出来るからと言っても、飯のタネがなくなるのはこちらとしても困る。

「まぁ、どっかでやり合う機会もあるだろ」

 恐らく相当な実力者だろうし、それならいずれぶつかり合う事もあるかもしれない。ならば今はそれを期待しよう。

「この『竜殺しのオルガ』様を楽しませてくれる奴、どっかに居ないもんかね」

 最強種と呼ばれる竜を倒して以来、敵と呼べるような強者にはめぐり合えて居ない。そろそろ、この退屈な日々に嫌気が差してきたぜ・・・


 


 



『竜殺しのオルガ』そう呼ばれる男がつぶやいたその言葉は叶えられる。そしてある意味それを裏切られる事にもなった。

 その事件は、これよりほんの数時間後に起こる――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ