4:Smithery,Swordsmanship
竜王魔術、その実験を続けているうちに、いくつかのことがわかってきた。
まず一つ、この能力はあくまでも鉱石を操作する能力であって、新しく金属や宝石を生み出すことは出来ない、という事。
これは当然だろう。流石に何も無いところから物質を生成するというのは物理法則に反し過ぎている。
ならば他の魔術ならどうか、だが、聞いた話から推測すると、あれらも、すでにあるもの、例えば土の魔術なら地面を操作する魔術だし、水の魔術なら空気中の水分を集めて行使されているようだ。炎や光などは、魔力を純粋にエネルギーとして行使しているのだろう。
ただ、例えば水属性の魔術では、物によっては砂漠に津波を起こせるような物も存在しているらしい。しかし、それを行うためにはどう考えても空気中の水分だけでは足りないはずだ。ならばそれはどこから来ているのかと言うと、まだ仮説の域を出ないが、『魔力』と呼ばれる存在で、分子間を埋め、擬似的に質量を増加させているのではないだろうか。
魔力と言う存在の性質は、現状だとまだ謎が多すぎて何ともいえない所だが、あえて現象に理由をつけるとするならばそのくらいしか考え付かない。ちゃんとした設備があるならその辺りの研究も出来るのだろうが・・・
どちらにせよ、現状では「そういうもの」として納得するしかないだろう。
次にわかったことは、鉱石から抽出したものを変形させる場合、明確なイメージがないと成功しない、という事だ。
例えば、壊れた回路を修理しようとした時、漠然と思い浮かべるのではなく、配線の一本一本まで正確にイメージする必要がある、という事だ。これもある程度予想できたが、おかげで余りにも専門的過ぎるものは修理できなさそうだ。脱出ポットの完全修復は諦めたほうが良いかもしれない。
次に、操作できるのは自分で鉱石から精錬したものだけ、という事だ。例えばはじめから存在している鍋や包丁から別のものを作り出すことは出来なかった。ただし、自分で鉱石から精錬した金属に関しては、何度でも変形させることが出来た。これはつまり、劣化してきた場合、簡単に修復できるという事だ。これはかなり便利な部分だ。
そしてもう一つ、『操作』の中には『変質』や『融合』も含まれる、と言う事だった。
つまり、石炭からダイヤモンドを作成できることでもあり、鉄鉱石とあわせて鋼鉄を作ることも出来る、という事だ。
ならばこの能力を使えば、この星の技術基準で言えば、非常に高性能な武器を作成できるという事だ。
護身用の武器は、確実な安全が確保されているといえない以上必要だろう。ノルンの話から、先の竜王程ではないにせよ、例えば『魔物』と呼ばれる危険生物はかなりいるらしいということがわかっている。
それに今のところまだ殆ど接触していないが、村の人間に俺達に敵意を持つ存在が居ないとは断言できない。この村の治安がどのくらい安定しているのかわからない以上、備えは必要だろう。
もちろん、現状武器が存在しない訳ではない。フォトンソードは後数度はつかえるだろうし、旧式だが、拳銃も俺と藍の分が2丁ある。本来ならポッドに自動小銃なども用意してあったのだが、着陸のときに残念ながら破損してしまったし、強化プラスチック製なので修理も出来なかった。
そう、あるにはあるのだが、それらは全て消耗品だ。つまり、弾やエネルギーを使い切ってしまえばもう補充が出来ないのだ。
なので、消耗しない、もしくは消耗してもこの星で補充できる武器が必要になる。候補としては刀、槍などの刀剣類、弓矢等だろうか。銃器類も端末で資料を探せば作ることは可能だろうが、現状だと弾薬になるものが無い、これはその問題が解決してからで良いだろう。
毎回その場で砂鉄から練成する、というのも手ではあるのだが、やはり急増品では限界があるだろう。ある程度攻撃力の高い武器というものも用意しておきたい。
とりあえず、鉄鉱石等はかなりの量また採掘してきた。いくつか試作品を作ってみようか。
「うわぁ・・・また凄いですね・・・」
ノルンが庭に並べられた武器の数々を見て驚いている。俺は今日一日をかけて、およそ10個程の武器を作成していた。
「勇者様は鍛冶師でもあったんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだがな・・・これも竜王魔術の応用だ」
「これもですか・・・鉱竜王さまって、とにかく頑丈ってイメージしかなかったんですけど、本当はこんなことも出来たんですね・・・」
「それだけの知識があれば、だけどな・・・多分だが、鉱竜王には無理だったと思うぞ」
同じことをするには、金属や武器に対しての詳しい知識が必要だ。だが、あの竜がそこまでの知性や知識を持っていたとは考えにくい。大体そうであったなら、全身を鉱石で覆うなんて非効率的な方法ではなく、精錬した金属で覆えば良かったのだ。鉱石でもある程度高い防御力は得られるだろうが、精錬した金属とは比べ物にならないのだから。
そう考えながら、そういえばこの家に来てから最初の夜、何か変な夢を見たのを思い出した。あの竜に何か話しかけられる夢だった気がするのだが、どんな内容だったか・・・
まぁ今はそんな事は良いだろう。それよりも完成した武器の方だ、とりあえず使い勝手を確認しておかなければならないだろう。
「ノルン、藍を呼んで来てもらって良いか?」
「あ、はい、わかりました」
これらの武器は藍にも使ってもらう必要があるかもしれない。どうせなら全員で一度に確認してしまおう。
ヒュン――ズガッ――
軽快な風切音の後、続けて何かが突き刺さる鋭い音が響く。
「いいですね、この弓・・・矢も金属製なのに軽くて丈夫ですし、これなら十分実践で使えると思います」
藍が試し撃ちをしているのは、2m程もある巨大な金属弓だ。藍は小さな頃から、武道として弓道を学んでいた。そのため作ってみたのだが、どうやら正解だったようだ。
和弓ではなく、複合金属によるコンポジット・ボウなのだが、藍は問題なく扱えるようだ。軽快な音を立てながらどんどん的の中心を射抜いていく。
「うわぁ・・・」
その様子を、ノルンが信じられないものを見るような目で呆然と眺めている。だがこれは、おそらく的の中心を射抜く技量ではなく、別の部分で驚いているのだろう。
「何で・・・弓矢で金属の的を貫通出来るんですか・・・」
そう、藍が射抜いている的は、俺が作った分厚い金属の板で出来ていた。約10センチは厚さのあるその的を藍は軽々と貫通させていたのだ。これは、使用している弓の張力が非常に高いものだからだった。本来はバリスタと呼ばれるような、複数人で運用するような威力の弓だ。何故そんなものを一人で扱えるのか、これには理由がある。
「私の腕は、生身じゃありませんから」
そう言って少し寂しそうに藍が笑顔を見せる。そう、藍の本来の両腕は、昔事故で失われてしまったのだ。今の藍の両腕は、サイボーグ技術による機械の義腕なのだった。
この義碗は、軍用という事もあり、かなり最先端の技術が使われている。表面は人口皮膚に覆われていて生身と見分けがつかないし、触角や痛覚まで備えている。両肩の神経と直結しているため、通常の義腕のように着脱は出来ないが、藍曰く、代わりに生身の腕とほぼ変わらない感覚を伝えてくれるらしい。
入隊後この義碗が支給され、手術を終えた後、目に涙を浮かべながら喜んでいた藍の姿は、今でも忘れられない。それだけ生身の腕と同じようの感じられるのだろう。
もちろんこの腕の機能はそれだけではなく、今この弓を使っているように、設定次第では人間をはるかに超える膂力を生み出すことも可能となる。普段は平均よりも少し大きめ程度の膂力設定だが、戦闘用設定にすれば、最大で大型重機に匹敵する力を出せるらしい。余り長期間その設定を維持するのは危険を伴うため出来ないが、丸一日程度ならその設定のまま過ごせるらしく、今の俺達の戦力の中では、切り札の一つになるかもしれない。
「このクロスボウ?っていうのも凄いですね・・・簡単に矢を番えれて、しかも威力も凄いなんて・・・命中もさせやすいし・・・」
ノルンが今手にしているのは、クロスボウと呼ばれる武器だ。感心しているところを見ると、やはりこの星にはまだ無い技術のようだ。端末で資料を見ながらパーツが多く、おまけに銃床の部分は木を削りだして作ったので、一番時間がかかった気がする。だが、代わりに誰が使ってもある程度扱え、威力もあるものが出来た。
聞けば、ノルンたち親子は今まで自衛のための手段というものを殆ど持っていなかったらしい。強いて言うならクリムさんが水属性の魔術を使える程度で、ノルンにいたっては俺達と同じように魔力の変換資質が無いらしく、魔術は一切使えないという。今まで良く無事だったとは思うが、どうやらたまたまそういう危険に会わなかっただけらしい。
しかし、そうなるとやはり自衛の手段は必要だろう。言い方は悪いが、人の心なんて、いつ魔が差して凶行に走るのかわからないのだし、村の外には魔物も居るという、それがいつこちらに牙を向けるかはわからないのだ。治安レベルが高いという訳でもなさそうだし、備えはあったほうが良い。
そこで考え付いた武器がクロスボウだった。ノルンたちはきちんとした戦闘訓練を受けた訳ではない、ならば普通の刀剣類よりも、機械式の武器の方が扱いやすいだろう。クロスボウならば、極論で言えば「狙って、レバーを引く」それだけで良いのだ。銃器ほどではないが、普通の弓矢よりははるかに扱いやすい。
また、女性でも扱いやすいよう、弓巻き機にゴーツフットと呼ばれる梃子式のレバーをつけてある。これなら少し練習すれば矢の装填もすぐ出来るようになるだろう。試作もかねて4丁ほど作ったので、クリムさんの分を合わせてもとりあえずは十分だろう。
「さて、次は俺のほうか・・・」
俺は庭に立てた直径30cm程の丸太の目の前に立ち、腰に下げた剣を構える。
「・・・・ハッ!」
気合を込め、剣を抜き放ち、そのまま丸太を両断する。一度宙に浮いた丸太は、そのままドサリと音を立てて地面に転がった。久しぶりに使った技だが、どうやら衰えてはいないようだ。
地球ではこの太さの丸太を両断なんて出来ないだろうが、やはり予想通りと言うか、この星の木は地球のものよりも脆い。この辺が重力環境の違いと言う物だろうか。
(とはいえまだまだだけどな・・・師範なら、切った後宙に舞ったりしないで、そのまま滑り落ちるものな。)
今のは、『抜刀術』と呼ばれる伝統武術のようなものだ。昔祖父に教わった技術だが、まだなんとか使えるらしい。
この剣、『刀』と呼ばれる物を使った技術で、抜刀と同時に相手を攻撃する技術だ。今では実際の戦闘で使われることはほぼ無い技術で、演舞の意味合いの強いものだが、この星ではまだ有効に使えるだろう。
「凄い・・・」
なにやらキラキラした目でノルンがこちらを見つめてくる。これは、また何か変な誤解をさせたのだろうか・・・
「もしかして、それも勇者様の『聖剣』とか、そういうのなんですか!?」
「違う」
即答で否定する。
「でも、すっごい綺麗な剣だし、切れ味も見たこと無いくらい凄いし・・・」
「いや、これは『日本刀』っていう武器で、炭素含有量の違う複数の鋼鉄を組み合わせて作った剣だ」
「たん・・そ・・・?こう・・・てつ・・・?」
どうやら知識がノルンからすると専門的過ぎたらしい。確かに、鍛冶職人でもない人間に説明してもよくわからないかもしれない。
「まぁ、とにかくよく切れるってだけの剣だ。何か特別な力があるとかそういう訳じゃない」
「はぁ・・・そうなんですか・・・」
まだ何か納得いってないようだった。しかし実際端末にあった資料を参考に作っただけの刀で、特別と言うほどではないのだ。竜王魔術なしで作るとなると、かなり複雑な工程が必要なため、恐らくこの星には無い製法なのだとは思うが・・・。
ちなみに、刀の形状、素材の炭素含有量等は『大倶利伽羅』と呼ばれる刀をモデルにしてみた。この刀にしたのは、刀身に彫りで竜が彫ってあるからだ。精密加工の練習になるし、『竜王魔術』という名前にちなんだ物だったのだが、その見た目のせいで余計にそういう特別なイメージを持ってしまったのかもしれない。
(けどまぁ、性能は十分かな・・・)
振ってみた感覚、切れ味、共に申し分ない。手前味噌だが、初めて作ったにしては中々上出来ではないだろうか。一応日本刀以外にも、この世界での主流らしい大型のブロードソードや、軽いレイピアなども作ってみたが、やはりある程度扱い慣れている刀を中心に使うのがよさそうだ。
ともあれ、これで最低限の護身は出来るだろう。明日からは、今度は本格的に村での調査を開始しよう・・・