1:Report,D-virus
「エリアβ43番星c、現地呼称「ティエムス」に関する一次報告」
2095年9月15日、現地呼称時間「ホルンの月15日」、エリアβ43番星c、現地呼称「ティエムス」に不時着。調査の結果、驚くべきことに、この惑星は大気組成、重力など、地球とほぼ同じ環境が構築されていることが確認された。
また、生物の存在も確認されており、さらに驚くことに、地球人類とほぼ同じ体構造を持つ知的生物も発見、これとコンタクトを取ることに成功した。
この知的生物(以降、現地人と呼称)は、現在理由は調査中だが、何故か地球に存在するある希少言語での会話が成立しており、そこからさまざまな情報を得ることに成功した。
まず現地人たちは、ある程度高い文明を持っており、国、村などの社会的コミュニティを形成していた。我々が調査、及び生活のために逗留している場所は、現地呼称で、ベルン大陸の東端、カルネリア王国の辺境、ローア村と呼ばれる場所である。現在、その外れに住んでいる、とある親娘の庇護下となっている。
文明レベルはおおよそ、地球での中世レベルに近く、封建制が取られているようだ。情勢等については、追って詳しい調査が必要と思われる。
また、この惑星の生物の特徴として、多くのも物が『魔術』と呼ばれる技能を所持していることがあげられる。現地人の多くと、また『魔物』と呼ばれる一部生物がその技能を行使可能であるという。
原理はいまだ正確には解明できていないが、現在地球で研究中の「生命エネルギー操作」の研究と類似点が見られる事から、「気」と呼ばれる存在と関わりがあるのではないかと推測される。
『魔術』は、『魔力』と呼ばれる姓名エネルギーを超自然的なエネルギー、及び物質に変換する技能であり、原理が解析できない現状、物理法則を無視した現象であると言える。
この惑星の大気には、微量ではあるが未知の粒子も検出されており、現段階では、その粒子と生命エネルギーの反応によってこの不可解な現象が発現しているのではないかという推論しか出来ない。
我々もその技能の習得に挑戦したが、残念ながら神楽藍兵曹長は習得出来なかった。どうやら『魔術』の習得には先天的にある程度の才能、適正が必要らしく、神楽藍兵曹長の場合、それが欠けていたせいだと考えられる。
私は一応習得できたが、これは一般的な『魔術』とは少々異なる技術、現地呼称『竜王魔術』と呼ばれる物のようで、純粋に習得できたとは言い難い。
この技術を習得可能になった原因として、現地人とコンタクトの際、戦闘になった現地動物、現地呼称『鉱竜王』の体液から感染したと思われる特殊なウイルスの影響が考えられるが、こちらの報告はまた別件に纏めたいと思う。
以上が現状で報告可能な一次報告である。引き続き調査を続行したい。
「・・・ふぅ、こんなもんか」
携帯端末の文書作成ソフトを終了させ、一息つく。報告書としてはまだまだ足りない部分ばかりだが、現状で書けるのはこの位しかないのだ、仕方が無いだろう。どちらにせよ通信が届かない以上、報告書の提出は救助が来た後になるのだ、足りない部分は後々追加していけば良いだろう。
「お疲れ様です、兄様」
「ありがとう、藍」
丁度タイミング良く、妹の藍がお茶を入れて持ってきてくれた。カップの中で真っ黒な液体が湯気を立てている。ここでは黒茶と呼ばれている物で、コーヒーに似た味と香りなので俺は気に入っている。
口に含むと香ばしい香りと、確かな苦味が気分を落ち着かせてくれる。ふと窓の外を見ると、穏やかな陽光が降り注ぎ、小鳥のさえずりも聞こえてくる。この部屋の木造の内装も相まって、まるで大昔にタイムスリップでもしたような気分にさせてくれる。今の地球でこんな光景を拝める場所はもうほぼ存在しないだろう。
「うん、やっぱり藍の淹れるお茶は美味いな」
「ありがとうございます、兄様。けど、クリムさんに比べたらまだまだですよ」
クリムというのは、俺達兄妹が今世話になっているこの家の主で、先日俺達が助けた少女の母親の名前だ。元々料理屋をやっていたらしく、お茶を淹れる技術も当然確かなものだった。この黒茶の淹れ方を藍に教えてくれたのも彼女らしい。
「さてと、次は『竜王魔術』についての報告書を纏めないとな・・・」
「お力になれず、すいません兄様」
「仕方ないさ、感染したのは俺だけだしな」
そう、『竜王魔術』、そう呼ばれる能力を俺は気がつけば習得していた。どうやら俺が以前倒したあの竜は竜王と呼ばれる存在・・・『鉱竜王ミダース』と呼ばれる存在だったらしい。そして、竜王を倒し、その血を自らに取り込むことで、その力を得ることが出来ると、そういう話が伝わっているらしい。
何でも鉱竜王の力を得れば鉱石を自在に操れるという事らしく、眉唾だろうと思いながらも、試しに地面から砂鉄を集め、槍を作るイメージををしたところ・・・あっさり成功してしまった。
最初はあまりの非現実的な光景に面食らったが、どうやらこの世界には『魔術』という、『魔力』と呼ばれる生命エネルギーの一種を、超自然的現象に変換する特殊な技術が存在するとも聞き、とりあえずはそういう物だと納得することにした。原理がいまだに不明瞭なので理解は出来てはいないが。
この『魔術』の方も習得できないかと二人とも試してはみたのだが、どちらも習得は出来なかった。藍は魔力を操作するという事は出来たようだが、何でもそれを魔術として行使するための変換資質と呼ばれる物が無いらしく、魔術として発動できず、俺に至ってはその魔力とやらを感じることすら出来なかった。しかし『竜王魔術』は使えるので、恐らくこれは魔術とは根本的に異なる技能なのだろう。
そして、竜王魔術の「竜王から血を取り込む」という特徴から、俺はある可能性を疑った。それは、「何か未知のウイルスが体を変異させている」のではないかという可能性だ。
脱出ポットに残っていた医療キットで検査を行ったところ、結果はどうやら正解らしかった。血液を媒介にするらしい、未知のウイルスが俺の体内から検出されたのだ。そういえばあの時掠り傷を負っていた、恐らくそこから感染したのだろう。
ウイルスの検出に伴い、俺の体に起きた異変も明確になっていった。遺伝子におけるテロメアの延長、及びそれによる寿命の変化、代謝能力の上昇による治癒力の上昇、そしておそらく竜王魔術を使うためと思われる、脳細胞の未知の変化などだ。
このウイルスを、今は便宜上「ドラゴンロード・ウィルス」と名付け、通称としてDウィルスと呼んでいる。また、このウィルスの感染者、Dウィルスキャリアーを、便宜上、現地住民と同じように「竜王」と呼ぶ事にしている。
このウィルスはかなり特殊な特性を持っているらしく、伝え聞いた竜王の誕生の方法を当てはめると、感染するためには、まず宿主が死亡すること、そしてその直後の数秒の間でなければ感染できないという特性が考えられる。今まで同じ竜王が複数現れなかったのはその感染難易度の高さからと予想される。そのため、条件さえ整えば同じ竜王を複数誕生させることも可能かもしれない。ただ、現状そのための施設などを用意するのは難しく、確認できる竜王の数も少ないことから、実際に実験をすることは憚られるだろう。もちろん、自分がその検体になるつもりも今のところ無い。
また、ウイルス自体も各竜王ごとに変異しているらしく、それぞれ扱える能力が違うようだ。俺のDウイルスは鉱石を操作することが出来るようになるものだが、他にも色々な力を操作できる竜王がいるらしい。例えば、ここから遥か北の大地には、かつて氷を操る氷竜王と呼ばれる存在が居たと言う。
何にせよ便利な力ではある。特に鉱石の操作というのが、今の状況では大きくプラスに働いている。何せ鉱石という事は、金属を操れるという事であり、つまり金属を使用しているもの、半壊した脱出ポットの設備を修理できるという事だからだ。
流石に合成樹脂など金属以外の部品は直せないが、回路などは修復可能という事であり、おかげで被害の少なかったいくつかの機能は取り戻すことが出来た。例えば、長距離移動時用のコールドスリープ装置などだ。もっとも、救助が来るまでこの星から動けない以上、今のところ使う必要は無いのだが。
「ソーマさん、アイさん、夕飯の支度できましたよ!」
丁度報告書の作成もひと段落ついた頃、階段を登る足音と共にそんな声が聞こえてきた。気がつけば日はもう落ちていて、思っていたよりも作業に集中していたらしい。
「わかった、今降りる」
そう返して藍と一緒に部屋を出て行く。俺達が使わせてもらっている部屋は二階にあり、食事は階下の食堂で揃って取るのが最近の通例になっている。誰かと食事を取るという事をあまりしてこなかった身としては、中々新鮮な体験でもあった。
「今日のご飯は、私も作るの手伝ったんです、楽しみにしててくださいね、ソーマさん」
扉の前には、金髪のショートヘアーの少女が立っていた。少し垢抜けない感じはするが、かわいらしいと言える見た目をしているだろう。特徴といえば、少し耳が他の人よりも長めで、尖っている事位だろうか。ファンタジーコミックに出てくるエルフのような耳を、もっと短くして人間寄りにしたような感じといえば良いだろうか、違和感があるほどではなく、不思議と似合っていて彼女のチャームポイントになっている。
「なるほど、胃薬を用意しておくか・・・」
「うわ、酷いっ」
そんな軽口を返すと、心外だという顔で睨まれる、そんな怒った顔もどこか愛嬌があり、こうしてついからかってしまう。
「まぁ、冗談だ。ちゃんと料理が上手いのは知っているさ。クリムさんほどじゃないがな」
「むぅ、お母さんと比べるのは卑怯ですよー」
今度はそう言って拗ねてしまう。こういう反応が面白いのでついからかってしまうのだが、今度は隣で藍までこっちを睨んできているし、今回はこの位にしておこう。
「それよりそろそろ食堂に行こう、あんまりのんびりしてたら料理が冷めるんだろ?ノルン」
「はい、たくさん食べてくださいね!勇者様!」
「・・・だから、その呼び方はやめてくれ」
――ノルン・メグスラシル、それが俺を勇者と呼ぶこの少女の名前だ。
俺達が最初の戦闘で助けた少女であり、同時に、この家に俺達を住まわせてくれている恩人でもあった。
2章開始、今度はSIDESです。現状ストックが殆どなくなってしまったので、更新ペースは落ちそうな気がします・・・