8:エピローグ、旅立ち
俺が目を覚ましたことが知れ渡ると、村人達がこぞって俺の部屋に押しかけてきた。聞こえてくるのは感謝の言葉ばかりで、イリスの俺への態度の事は知れ渡っているのか、たまにやっかみみたいなのが混じることもあったが、基本的にはそのどれもが好意的で、なんというか、あらためて皆が無事で本当に良かったと思えた。
けど同時に、軽い罪悪感も覚える。確かにみんなを守りたいと思ったのは本当だが、最後の最後、奴に止めを刺せたのは、誰かを守りたいなんて高尚なものじゃなく、ただ、アイツが・・・あの黒龍と同じ存在であるアイツが憎いという、ただそれだけの感情だったのだから。
そのことをイリスに話すと、それでも私達が感謝することには変わりないと言われてしまった。理由がどうあれ、私達が助かったのは紛れも無い事実なのだから、と。
確かに、同じ状況なら俺だって感謝自体はするだろう。だからこの感情は、ただの俺の我侭みたいなものだ。英雄願望があるとか、そういう訳ではないけれど、祖父の教育のせいか、単に曲がったことが嫌いだというだけだ。
そんな事をぼんやりと考えていると、最後に村長がやってきた
「ふむ、もう怪我の方は大丈夫そうじゃの・・・」
「ははは、なんとか回復しましたよ」
まだ多少痛みは残っているが、この短期間でもう傷はほとんど治っていた。竜王の力ってのには本当驚かされる。
「それで、事の顛末・・・聞かせて貰えるんじゃろうか?」
「・・・はい、そのつもりです」
実は村長以外の村人には、俺は氷竜王からなんとかイリスを助けて、怪我を負いながらも何とか逃げ帰ってきた、という事にしている。そして氷竜王は俺達を逃した後、どこかへ飛び去ってしまった・・・と。
恐らく氷竜王を倒したと言っても信じてもらえるか微妙だし、信じてくれたとして、俺が新しい氷竜王になったと言えばそれはそれで騒動が起きてしまうだろう。
この説明に、一部の村人達は懐疑的ではあったが、こうして二人とも無事だったという事で深く追求はしないでくれていた。けど、やはり村長には全て話しておいたほうが良いだろう。
俺は村長には事の顛末を詳細に、そして俺が異世界から来たという事を全て説明することにした。
「なんと・・・にわかには信じがたい話じゃが・・・うーむ・・・竜王魔術まで使えるとなると、信じるしかなさそうじゃな・・・」
話している最中は懐疑的だった村長も、実際に先程と同じように花瓶の水を無言で凍らせると何とか納得してくれたようだった。
「しかし異世界から来た・・・か・・・そう考えれば、あの魔術モドキやらトンデモ剣術やらも納得できるのぅ・・・」
何か酷い言われようだった。魔術モドキってのは否定しにくいが、剣術の方はちゃんと祖父から教わった由緒正しい流派だと言うのに・・・
「何はともあれヤトや・・・お主、これからどうするつもりじゃ?」
「どう・・・とは?」
「今後の身の振り方をどうするのかと聞いたんじゃ。氷竜王の力なんてとんでも無い力、このまま隠し通すつもりかのぅ・・・?」
「それは・・・」
やろうと思えば全く不可能という事は無いだろう。今後一切この力を使わなければ良いのだ。
だが、日本と比べて魔物なんてものも存在する危険なこの世界、その力に頼らないといけない場面が全くないという保証も無い。それに、その場面を誰かに見られないという保障もだ。
「それにお主、この村に骨を埋めると・・・そういう訳では無いんじゃろう?」
「・・・・・・」
村長の言葉に、すぐに答えることは出来なかった。確かに、俺はこの世界を見てみたいと思っている。けれど、同時にこの村に居心地の良さも感じているのだ。一生この村で静かに暮す、というのも、案外悪くないのかもしれないとも。
「まぁ、ずっとこの村に居るというのであれば、当然わしらは歓迎じゃがのぅ・・・・ただ、お主、色々と知りたいことがあるのであろう?例えばさっきの話に出てきた・・・黒い龍の正体だとか。」
「・・・・っ!知ってるのか!?」
そうだ、あの黒い龍・・・アイツだけは・・・!
「ま、まてまて、落ち着かんか!」
「す、すいません・・・」
興奮からか、いつの間にか掴んでしまっていた村長の肩から手を離す。
「わしが知ってることは・・・そうじゃな、轟龍王が、黒い龍らしいと、その事位じゃな・・・もちろん他にも黒い龍なんぞおるし、本当にその龍が轟竜王かはわからんがのぅ・・・」
「轟龍・・・王・・・」
先代氷竜王も言っていた、八大龍王とやらの事か。確かにあの黒龍からはアイツ以上の威圧感を感じた。そう考えるとその可能性は高いかもしれない。
「じゃが、この村に居てはこれ以上の情報を集めるのは、無理じゃろうなぁ・・・」
「・・・・・・」
その言葉に、また何も言えなくなる。そう、ヤツのことを知ろうと思えば、やはり必然的にこの村を出なければならないのだ。
「まぁ、急いで先のことを決める必要は無いじゃろう。ただ、旅に出るにせよ、村にずっと居るにせよ、わしらは協力を惜しまんとだけ伝えておこうと思っての」
迷ってる俺を気遣ってか、村長はそう言ってくれた。確かに、今すぐ結論を出さなければならないと言う程ではないだろう。ただ、今までずっと遠まわしにしてきたことに、そろそろ結論を出さないといけない、それだけだ。
「では、わしはそろそろ帰るとしようかの」
「はい、わざわざありがとうございました」
村長を見送った後、俺はもう一度考え始める。俺は、この先どうしたいのか・・・と。
「なぁ、イリス、ちょっといいかな」
「はい、何でしょう?」
怪我が治ってから数日後のある日、夕食が終わった後、俺はイリスに声をかけた。これからの事について、ようやく覚悟が決まったからだ。
やはり、俺はあの黒い龍について知りたい。知った後どうしたいかまではまだ自分でもわからない・・・けど、あの理不尽を、理不尽のまま置いておくのは嫌なのだ。あの黒い龍と、もう一度ちゃんと向き合わなければ、きっと俺は前に進めない。このまま村に居ても、きっと何かを燻らせたまま、ただ無為に時を過ごすだけになってしまう。
イリスや村の皆と離れるのは寂しいが、それでも、俺は行かないといけないのだろう。
「俺・・・やっぱりさ、あの黒い龍の事が知りたいんだ。だから・・・旅に出ようと思う。」
「旅・・・・ですか?」
「ああ、早ければ明後日にでも」
「そうですか・・・」
とうとう、告げてしまった。彼女はどう思うのだろうか。俺と同じように、別れを惜しんでくれるだろうか。
そう考えていたが、帰ってきた答えは予想外のものだった。
「それじゃあ明日は旅の準備ですね・・・旅なんて幼い頃この村に来るとき以来なので、少し楽しみかもしれません」
「ん・・・?」
「いつ帰ってこれるかわからないのでしょうから、留守中の家の管理は村の人達に任せないといけませんね・・・あ、あとはちゃんと挨拶も・・・」
何か、話がおかしな方向に向かっている気がする。
「えっと・・・イリス、もしかしてだけど、ついてくる気なのか?」
「え・・・そういう話ではないんですか?」
何を当然のことを言ってるのだという顔で返されてしまった。
「いや、それならそれで俺は嬉しいんだけど、良いのか・・・?」
「当然じゃないですか、私は貴方の所有物なんですから。どこまでもお供します」
イリスはそう言って胸を張る。うむ、やっぱり中々立派なものを・・・ではなく
「けど、多分危険な旅になるだろうし・・・」
そう、竜王を追うという事は、つまりその竜王に遭遇する可能性もあるのだ。並みの魔物くらいならイリスを守りながらでも何とかなるかもしれないが、もしまた竜王にでも出会えば、今度こそイリスを守り切れる自信は無い。
それに、俺が氷竜王であることがわかれば、その力を狙う奴らも出てくるかもしれない。そういう人間がどういう手段に出るのか、俺には想像もつかない。
「それこそ余計な心配です。前も言いましたけど、これでも私、結構強いんですよ?流石に今のヤト様や竜王クラスと比べる事はできませんけど、そこいらの魔物や夜盗位からなら、ちゃんと自分の身は自分で守れますから」
そういえばそうだった。直接見たことは無いが、これでもイリスは村の魔物退治をしていたのだ。そういう意味での危険は無いのだろう。むしろ、イリスが居なくなった後の魔物退治はどうするのかとも思ったが、今は収穫期も終わって村の男達は暇らしく、特に問題は無いようだった。
「わかった、それじゃあ改めて、よろしくお願いするよ」
正直、あまり危険なことに巻き込みたくないという思いもあるのだが、ここはイリスの言葉を信じることにしよう。それに・・・
「はい・・・ふふっ」
「・・・?何か変なこと言ったっけ?」
「いえ、さっき、一緒に来てくれたら嬉しいって言ってくださったので・・・そう思って貰えたこと事が嬉しくて」
――そんな風に満面の笑みで返されてしまっては、もう俺に選べる選択肢は一つしかないのだった。
「ヤトや・・・イリスのこと、頼んだぞ」
「まぁイリスの嬢ちゃんなら大丈夫だろうけど、二人とも達者でな!」
旅立ちの日の朝には、村長やディド、村人達が見送りに来てくれていた。旅に出ることを告げたときも皆別れを惜しんでくれたし、こうして見送りにも来てくれる、本当良い人達ばかりだ。
「ヤトや・・・お主がどう思っているかはわからんが、わしらはもうおぬしを村の一員じゃと思っておる、いつでも帰ってくるが良い」
「はい、村長・・・ありがとうございます」
皆には本当に感謝してもし足りない位だ。もし全てが終わって、心の整理がついたら、きっとこの村には戻ってこよう。
「おいヤト、イリスの嬢ちゃんの事、大事にするんだぜ?」
なぜかディドがそんな事をニヤついた顔で言ってきた。
「・・・?当然だろ、そんな事」
俺にとって命の恩人だし、同じ「痛み」を抱えた仲間でもある。また何かあれば全力で守るに決まっている。
「ひゅう、妬けるね~」
・・・何か勘違いされてる気もするが、まぁ放っておいても良いだろう。大切な存在という意味で間違いは無いのだし。
そういえばイリスも若干顔を赤らめているので、勘違いされてるのはわかったのだろうが・・・あれ、否定しないのは何でだろうか?
「そういえば目的地は・・・とりあえず隣町、そして王都と言った所かの?」
「ええ、そのつもりです」
旅の目的地については、昨日イリスと相談した結果そうなった。まずは旅をしながら収入を得るために隣町で傭兵の登録をして、次に王都で情報を集めるのが良いのではないか、と。村長もその辺りは予想していたらしい。
「なら、これをもっていくと良い」
「これは・・・」
何か封筒を2つ渡された。何だろうか
「傭兵ギルドへの紹介状じゃよ、おぬしの実績・・・まぁ一部は伏せてあるが、それが書かれておる、もう一つは一応イリスの分じゃな」
「・・・ありがとうございます、正直すっかり忘れてました」
「ふぉふぉふぉ、じゃと思ってな」
そうだった、傭兵ギルドに登録するには紹介状が必要なのだった。旅の事ばかりに気が行ってすっかり忘れていた。
「そうじゃ、隣町についたら、ゲオルグという者をたずねると良い、腕の良い鍛冶屋じゃし、信用できる者じゃから、その袋の中身も、お主が以前言っておったカタナ・・・?とかいう剣も、作ってくれるじゃろう」
「はい、何から何までありがとうございます」
袋の中には、回収した氷竜王の牙や爪、鱗などが入っている。売っても良いのかもしれないが、何か騒ぎになりそうな気もするし、ここは信用できるという人に武具へと加工してもらったほうが良いのだろう。良い武具は、そのまま旅の安全に繋がるのだろうし。
「ではな、イリスも・・・達者でのぅ」
「はい・・・村長さん」
そう言って村長が優しい目をイリスに向ける。村長にとってイリスは、孫娘のような存在だったのかもしれない。
「それじゃあ、行ってきます!」
「行ってきます!」
最後にそう大きな声で言い残し、俺達二人は門を抜け、外へと出て行く。
この旅の先に何があるのか、まだわからない。けれど、いつかここに戻ってくる、その決意を胸にして、俺達は先に進むのだった――
これで1章完結です。2章以降は現在執筆中なので、投稿ペースは落ちるかもしれません。2章はSIDE:S、未来人組みの話です




