SIDE:Y
初投稿です。普段は絵や漫画等で活動していますが、試験的に始めてみました。
慣れていないので色々と稚拙なところも多いと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。
高校卒業後、春休みを利用した家族旅行は、親父が一念奮起して連れてきてくれた海外旅行だった。今はフロリダからプエルトリコへ向かう飛行機の中だ。
アメリカに旅行だなんて、しがないサラリーマンの父にしてはよく頑張ったと思う。母も弟もいつもよりテンションが高いみたいだ。
思えば高校3年間、色々なことがあったと思う。中でも剣道のインターハイで優勝できたのは格別だ。道場をやっていた祖父に小さい頃からずっと鍛えられていたのが、やっと報われた気がする。
(厳しかったからなぁ・・・爺さん・・・)
父方の祖父は厳格な人で、父はもちろん、俺も厳しくしつけられてきた。武芸全般に精通した人でもあったので、剣道、弓道、柔道、空手、薙刀など、ひと通り教わってきた。中には居合道なんて中々教わる機会のなさそうな物まであった。祖父は真剣も持っていたので、稽古のとき内緒でちょくちょく使わせてもらっていたが、本物の日本刀を扱ったことがある高校生っていうのは、中々居ない気もする。
(逆に婆さんは優しかったけど・・・)
こっちは母方の祖母で、とても温和な人だった。弟の優馬なんかはこちらにべったりだったものだ。祖父は本当は優馬にも俺と同じように武道を教えたかったらしいのだが、嫌がった弟を祖母がかばったため、結局習わないで済んでいた。どうやら祖父は祖母に頭が上がらないらしい。その結果弟は見事に文系へと走り、今では立派なオタク高校生だ。
(いや、俺もそういうの嫌いじゃないけど・・・)
弟からはよくマンガやゲームを借りたりしてるので、嫌いという訳では決して無い。ただ弟ほどのめり込んでいないだけだ。
(そういえば、当然なんだろうけどやっぱり通じなかったな、あの言葉・・・)
文系という単語でふと思い出した。アメリカで、俺はとある言語を試しに外で使用してみたのだった。
それは母方の家から代々教えられてきている、「外国語」の事だ。母親はもちろん、俺も弟もそれで日常会話が出来る程度には習得している。
なぜ「外国語」と呼んでいるのか。それは、この言葉がどこの国の言葉かわからないからだ。旅行中一応使ってみたは良いものの、やはりというか当然、アメリカでは通じなかった。
何でそんな言語の習得を?と思うかもしれないが、どうやら、これが失われそうになっている貴重な言語らしいからだ。日本で言うアイヌ語のような物らしく、日本で話せるのは恐らく我が家の家系以外では殆ど居ないという事らしい。なんでも曾祖母がその言語を使う小国の出身だったらしく、しかもその国は今では存在しないという話で、このままではこの言語が消えてしまうから、という理由で代々子どもたちに教えてきたらしい。
世界には消滅しそうな希少言語が約3000種類もあって、この言葉もその一つみたいだから、僕達が守っていかないといけない、とは弟の談だ。弟も昔ネットとかでどこの国の言葉か調べたらしいのだが、一部の単語がドイツ語やスペイン語に似てる事以外結局わからなかったらしい。つまり、それだけマイナーな言語ということだろう。
弟は「もしかしたら異世界の言葉だったりして」なんて言っていたが、さすがにそれは無いだろう。けど、たしかにそう考えると中々夢があって、そんな言葉を使えることがちょっと嬉しくなる。まぁ、実際の使い道は人前で内緒話をする時くらいしか無いのだが・・・
(人によってはそれって便利なんだろうけど・・・)
祖父から厳格に育てられた身としては、そもそも人前で内緒話をする機会自体そうそうないので、結局使えて役に立ったという実感は全くない。なんて残念なバイリンガルだろうか・・・。
(どうせなら英語を小さい頃から教えてくれてれば・・・)
そうすればもっと学校の成績も良かっただろうし、今流れている機内放送の意味も理解できるのだが・・・
「そろそろ着くらしいぞ」
そう父が声をかけてくる。どうやら今の放送はそういう内容らしい。
「へぇ、わかるんだ父さん」
「お前なぁ、春から大学生なんだし、そのくらいはわかれよ・・・」
「ははは、スポーツ推薦の身に何を期待してるのさ」
正直学校の成績は丁度平均より下位で、お世辞にも良い方とは言えなかった。インターハイ優勝の実績があったからなんとか楽に進学できるようなものだ。
「開き直りやがったなこいつ・・・」
「まぁ、必要になったら覚えるよ、うん」
「ふふふ、どうかしら?」
「兄貴だしなぁ・・・結局覚えないまま適当に済ますんじゃない?」
「お前ら・・・」
弟も母親も同意見らしい。そんなに適当に見えるのだろうか俺は・・・
ちなみに弟は成績優秀で、テストの成績などは学年でもトップクラスらしい。本当正反対に育ったものだ・・・
まぁ英語に関しては、今回は旅行だけだったのであまり覚える気はなかったのだが。けど、実際仕事などで海外とか遠くに行かないといけなくなったりしたら、必死に勉強すると思う。もしもの話だが
そう、もしもの話だったのだこの時は。結局英語を覚える必要はなかったが・・・
この時は、こんな日常がずっと続いていくのだと、そう思っていたのだから――
放送が終わってしばらくした後、突如、ガタンという音と共に飛行機が激しく揺れ始めた。
「な、何だ!?」
周りの乗客も全員軽くパニック状態になっているようだ。あまり飛行機には乗り慣れていないので、もしかしたら乱気流とかでこんな風に揺れることはよくあるのかとも思ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。
窓から外を見ると、確かに天気は悪く、嵐のようだったが、それでもこの揺れは異常だった。まるで何かに掴まれて直接揺らされているような・・・
そう思いながらもう一度窓を見ると、そこにはありえないものが存在していた。
―― 黄金色に光る巨大な瞳が、こちらを覗きこんでいたのだ
「うわぁあああ!」
思わず悲鳴を上げてしまう。誰だってそうだろうこんな非常識な光景を見せられたら。
黄金の瞳を持つ、巨大な黒い怪物が、こちらを覗きこんでいるのだから。
(一体何が!?)
わからない。夢でも見ているのかと錯覚する。けれど、他の乗客の悲痛な叫びがこれを現実だと認識させる。
皆本能でわかっているのだ。自分たちはきっとコイツに殺される。
この怪物は・・・
「捕食者」だと―――
まるで雷のような叫びを上げながら、怪物はその鋭い爪を飛行機に振り落とす。
呆気無く半分に割れた機体からは、叫びを上げる間もなく乗客たちが放り出されていった。
幸い飛行機は低空を飛んでいたので、運が良ければ海に落ちて助かるかもしれない。それでも大半は駄目だろう。
そして助かる可能性はさらに下がることになる。
――何故なら、黒い怪物は、落下している乗客たちを空中で捕まえ、喰っているのだから。
怪物は縦横無尽に空を飛び回り、その巨大な顎で乗客たちを一飲みにしていく。
鋭い爪に、大きな顎、前進を黒く覆う鱗に、爬虫類のようなフォルム。
ああ、そういえば弟から借りた漫画やアニメのDVDで見たことがある。アイツは――ドラゴンと呼ばれる怪物だ。
それはまさに悪夢だった。何であんなフィクションでしか存在しないはずの化け物が俺たちを襲っているのだろうか。楽しい海外旅行、そのはずだったのに何なんだろうかこの光景は。
あたりに響く雷音や、落下による風切り音で悲鳴は聞こえないが、遠くに見える乗客たちはみな等しく凄まじい表情をしている。そうか、死を前にした時、人はこんな表情をするのかと、どこか場違いな感想が浮かぶ。
そして俺自身も、今きっと同じ表情をしているのだろう。
絶望に包まれる中、何故か周囲が白い光で覆い尽くされていく。
そしてだんだんと意識を失う中、俺、神楽哉刀が最後に見た光景は―――
「父さん!母さん・・・・・!」
黒龍の顎に呑まれていく、両親の姿だった――――
「・・・・・・っ!ここは?」
目が覚めると、俺は見知らぬベットに寝かされていた。
なんだか随分悪い夢を見ていた気がする。そうだ、確か飛行機が巨大なドラゴンに襲われて、父さんと母さんがそれに喰われて――
「・・・ッ!」
全身の痛みがそれが夢なんかじゃなく、実際に起こった事実だということを思い出させる。幸い骨折などの大きな怪我は無いようだが、やはり全身が打ち身のようになっていて、体を動かすたびに鈍い痛みが走る。
(誰かが手当してくれたのか・・・)
恐らくは海に落ちたのだろうが、その後どこかに流れ着いたのだろう。そしてどうやら手当までしてくれていたらしい。
周りをよく見ると、どうやらここはどこかの民家らしい。昔テレビでみたヨーロッパの民家が、こんな内装の部屋だった気がする。
(俺は・・・・助かったんだ・・・)
あの惨劇から助かった、その事実に心から安堵する。
けれども同時に・・・
(父さん・・・母さん・・・優馬・・・ッ!)
目の前で黒龍に喰われた両親、そして恐らく俺と同じように海に落ちていった弟。俺の家族が・・・もう戻ってこないという事実に絶望することになった。
「あ‥‥‥目が覚めたんですね!」
その事実に挫けそうになっていた時、声をかけられようやく気がついた。
いつの間にか部屋に入って来ていたのか、見知らぬ少女が話しかけてきていた。恐らくこの少女か、近しい人が助けてくれたのだろう。
(そうだ、まずはお礼を言わないと・・・)
悲しむのは後だ、まずは助けてもらったことに礼を尽くさなければならない。すぐにこう考えられる所は、祖父の教育の賜物だろうか。
そこであることに気がついた。恐らく外国であるはずのここで、少女の話した言葉を理解できたということに。
(今のは・・・「外国語」・・・?)
そう、我が家に伝わる希少言語だった。まさか本当に使っている国があるとは思わなかったが・・・
「ありがとう、君が助けてくれたのかい?」
何にせよ、言葉が通じるのならありがたい。最悪な状況だが、この奇跡のようなめぐり合わせに、わずかに救われた気分だ。
「ええ、海辺で倒れているのを見つけて・・・もう大丈夫なんですか?」
「おかげさまで何とか。本当にありがとう」
「い、いえ、困ってる時はやっぱり助け合わないといけませんし・・・」
そう言って照れたような顔を見せる少女は、よく見るとすごく綺麗な顔をしていた。外国人だから余計にそう見えるのかとも思ったが、綺麗な銀髪に真っ白な肌、整った目鼻、美少女と言って間違いないだろう。強いて言うなら、頭に犬耳のような変わったアクセサリー・・・ウィッグ・・・?のようなものをしてるのが不思議ではあったが、まぁそこは趣味だろうし不思議と似合っているので問題ないだろう。
年の頃は俺と同じくらいだろうか。こんな可愛い子が助けてくれたというのは、ラッキーだったのかもしれない。・・・うん、少しでも前向きに考えていこう。
「ところで、ここはどこなんだろう?飛行機の事故で海に落ちて流されたみたいなんだけど・・・この言葉を使ってる国も知らないし・・・そもそも今はいつなんだい?」
とにかく今は情報が足りない。ここはどこで今は何月の何日か、それさえわからないのではこの先の事も考えられない。あの龍のこととか、海に落ちた他の人・・・優馬は無事なのかとか、色々確かめたいことはあるが、まずはそこからだ。恐らく目的地であるプエルトリコ周辺、カリブ海のどこかの島で・・・気を失っていたのも長くて2日~3日位だとは思うのだが・・・・。
だが、彼女の言葉は俺の予想を根本から覆すものだった。
「ヒコウキ・・・?っていうのはちょっとわからないですけど、ここはベルン大陸の端の、アルカ村ですよ。言葉は大陸共有のカルナ語なのでむしろ知らない方が珍しいんですけど・・・もしかしてどこか辺境出身なんでしょうか?ちなみに今はホルンの月の3日で、あなたが倒れてるのを見つけてからは、2日目ですよ」
「‥‥‥‥ちょっと待って・・・・え・・・・?」
いきなり予想外の答えが来た。倒れていたのが2~3日ということは予想通りだったが、ほかは全部斜め上の回答だ。まず、他の固有名詞は全部聞いたことのない単語だ。使いこなせてると思っていたこの外国語だが、やはり現地に来ると違うということだろうか。
「ごめん、ちょっとわからないかな・・・地図か何かでで表示してくれるとわかるかもしれないけど・・・」
本当はスマホやPCがあれば一発なのだが、見たとことろこの部屋には電化製品が一切ない。きっとかなりの辺境なのだろう。ちなみに自分のスマホは鞄の中に入れていたためまず間違いなくここには無いだろう。
「地図ですか・・・?ちょっと待ってくださいね」
そう言って彼女が戸棚から取り出した地図は、紙製ではなく何かの皮で出来てるようで・・・
(あれが羊皮紙ってやつかな?)
随分とアンティークな品が出てきたものだと思いながら、地図をのぞき込み、そして驚愕した。
「これが・・・地図・・・?」
そこには地球の地図とは明らかに異なる大陸図が描かれていたからだ。
「アルカ村はこの大陸の端のここで・・・あれ、どうかしました?」
(えっと・・・・マジ・・・・?)
何かのドッキリだろうかとも思ったが、正直そんなことをする理由が思いつかない。それに、それはつまりあの黒龍もドッキリの一貫という事になり、そんなことはありえないと本能が理解する。あんな恐ろしい存在感、作り物では絶対に出せない。
そのことから導かれるのは、今のこの状況は現実ということ。そして、それはこの地図も現実ということだ。そして最後に周囲にあふれていた謎の光・・・ああ、そういえば昔読んだ漫画で似たようなシチュエーションを見たことがある気がする。
つまり・・・・
(俺・・・・異世界って奴に・・・飛ばされたのか・・・?)
弟から借りたマンガやゲームでありがちなシチュエーションが、実際に起きたということだった。