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京哉と綾子がはじめて接触してから二日後。
二人は綾子が連れてきた道場で手合わせをしていた。
板張りの広い道場は、日本魔術連盟に由縁のある場所らしい。
京哉は綾子に技を習いたい。
綾子は京哉のような実戦豊富な相手と手合わせしたい。
両者の思惑が一致し、どうせならば屋外ではなく、道場で訓練しようということになった。
日本魔術連盟の調査能力は非常に有能で、ほんの二日の間に、京哉の家庭環境や前歴をある程度把握してきた。
連盟の会長は恐ろしく物事を決めるのが速いらしく、面会は即座に決定された。
今日、この鍛錬の後には面会が行われる手はずになっている。
道場では二人しか動くものがいない。
壁際には他の訓練をしていた人たちが今は休憩し、京哉たちの動きを眺めていた。
京哉と綾子、二人が縦横無尽に駆け回る。
その動きは極めて速い。
足を止めず、板張りの床を蹴立てながら高速移動を行いつつ、槍先が空間を走る。
戦場で武器を選ばない京哉は、剣はもちろんのこと、槍や斧も使う。
対峙した敵から武器を奪い、そのまま振り回すのだ。
手にする槍は木製だが、特殊な魔力加工が施されているらしく、かなり頑丈だ。
京哉が多少無理に扱った所で、壊れそうにはなかった。
突き、払い、打ち下ろしーー。基本となる動きを十分な慣性を用いて振り回す。
「そこっ、ほら、甘い甘いよ! 私の好きなクレープより突きが甘い!」
「くっ、くそっ、なんのっ! おい綾子、ちょっとは手加減しろ!」
「ふふん、やなこった!」
にやっと綾子が笑い、槍を鋭く突き刺してくる。
京哉はそれを紙一重でかわし、反撃しようとするが、即座にそれを中止。再び回避に移る。
グランダニアの異世界で一番良く使ったのは、槍だった。
いつだって、数の上では京哉たち勇者一行は劣勢だったから。
常に敵に囲まれた環境だからこそ、間合いの近い剣ではなく槍を使って多数を相手にする必要があった。
もっとも経験し、取り回しに慣れているのが槍だ。
だというのに今、京哉は綾子を相手に劣勢が続いていた。
「君は強いのに、技量がなっちゃいないなあ」
「分かってるから、今鍛えてるんだよ!」
「ふふん、精進しなさい」
「くっそこいつ、一度本気出してボッコボコにしてやろうか……」
というのも、京哉は綾子の身体能力に合わせて、力を大幅にセーブしている状態だからだ。
京哉が普段の力を出せば、あっという間に訓練が終わってしまう。
初めて対峙したときのように、物の数秒も保たないだろう。
だが、それでは京哉の技量を上げるという効果が期待できない。
力や動きを同等まで落とすと、京哉の動きにはクセが多く、また力に頼る傾向があった。
持ち前の馬鹿力で大抵の敵を圧倒できたがために、技量を磨く必要性が少なかった。
だが、負けたのだ。
魔族を相手に、勇者一行と人族は敗北したのだ。
それでは足りない、と現実が突きつけられた。
京哉は本気で力をつけるつもりだった。
そのためには、命のかかっていない訓練でいくら負け、恥をかこうとそれを忌避するつもりはなかった。
綾子の技量は確かだ。
長い年月をかけて洗練された技があり、技を活かすだけの力もある。
京哉の本当の実力を知った上で、バカにされていると怒らない分別もある。
ありがたい存在だった。
綾子が距離を詰め、圧力をかけながら槍を振るってくる。
京哉は一つ一つ、それを打ち払っていく。
隙きを探そうとするが、同じ速度や力で戦うと、綾子の隙きは非常に小さく攻めあぐねてしまう。
だが、京哉は焦らない。
「くっそ、あと一歩なのに、しぶといわね!」
「しぶとくなきゃ、生き残ってない」
「しかもこれだけ動いて汗一つかいてないってどういう体力してるのよ!!」
「二十四時間戦えますか? って言われてハイって応えられるぐらいかな」
「このバケモノめ!」
「よく言われたよ」
戦場で生き残るには、倒す強さよりも倒されないしぶとさが必要になる。
時たま、戦場には大して活躍もできていないのに、最初から最後までずっと参戦している兵士がいた。
そういう人間は不死身だとか不沈だとか、色々な諱が付けられる。
京哉は初参戦以来、勇者としてずっとずっと前線で戦ってきた。
誰よりも前に出た。誰よりも危険に飛び込んだ。
今では危険に対する感覚が可視化し、死線が見えるようになっている。
倒せはしないが、倒されることはない。
そして、刻一刻と綾子の動きを吸収し、自分の動きに磨きをかける。
綾子の動きは柔らかく、槍先が撓るように走ってくる。
特に手首や肘の使い方が巧い。
力はないが、下半身の力を上手に伝達し、各関節で見事な加速を実現させているのが分かる。
京哉の膨大な戦闘経験が、訓練という絶好の機会を得て、相手の確かな技術を吸収し、一段上の身の振り方を身につける。
肩で息をする綾子が焦った声を上げた。
「ちょ、ちょっと君、動きが良くなるの早すぎじゃない!?」
「綾子先生の指導が良いからな」
「ちょっ……ほんとズルい! ナニコレ……ありえないんですけど!?」
本気で悔しがってくれるのが嬉しい。
自分でも、大振りだったのが小さく、しかし鋭くなっていくのが分かった。
槍先同士がぶつかり合い、乾いた大きな音を立てて、お互いの体を突き放した。
綾子の疲労の色が濃い。
終わらせるべきだろう。
京哉は深々と頭を下げた。得るものの多い、実に良い鍛錬になった。
「ありがとうございました」
「……ありがとうございました。……ふぅー、疲れたー。君って本当に体力あるよね。それにセンス良すぎ」
「褒めすぎだよ」
綾子が道場の端へと移動し、タオルで顔を汗を拭う。
綾子は用意していたよく冷えたペットボトルのスポーツドリンクを一口口に含むと、それを京哉に手渡した。
京哉も一口飲む。疲れていなくとも、その味はじんわりと体に染み渡った。
気付くと綾子がじっと京哉を見つめていた。
「なんだよ……?」
「べつに……」
パチパチパチ、と乾いた拍手の音が響いた。
京哉が見ると、それまで見学していた他の訓練生たちが、感心したように拍手を送っている。
京哉は照れくさく感じながらも、軽く頭を下げた。
一人のいかつい四十ほどの男が、京哉たちに近寄った。
「はじめまして、武田だ。見させてもらったが、なかなかいい動きだった。それに体力もすごいな」
「どうも天宮です。技術が伴ってませんので、いい勉強になりました」
「そんなに謙遜せんでも良い。最後には倉本がタジタジだったではないか」
「武田さん、言っておきますけど、天宮君は本気になったら私よりも全然強いですよ?」
「ほほう、倉本が男を褒めるなんて珍しい……それは一手交えるのが楽しみだな」
「ちょっと、なんだか含みのある言い方やめてください」
綾子が照れたように武田に釘を差した。
にっこりと笑う武田は、好戦的な言葉とは裏腹にはやる気持ちもなく、どっしりと落ち着いた印象だ。
相当な鍛錬を積んでいるのだろう、綾子の目にも信頼が伺えた。
紹介するね、と綾子が京哉に人となりを教えてくれたところ、この武田という男は魔術連盟でも武よりの構成員の一人で、後輩の指導員も兼ねているらしい。
京哉に対しても非常に親しみを持って接し、好印象な男だった。
反面、京哉にはどうも嫌な印象を覚える男がいた。
冷ややかな視線を向けてくる男が、道場の片隅に立っている。
壁にもたれかかったその男逢坂は、道場に似つかわしくなく、三つ揃えを来ていた。
細面と神経質そうな金属質のフレームのメガネ。
反面体は肥えていて、どう見ても道場に似合わない風格だ。
これでも研究関係ではかなりの実績を挙げていて、魔術連盟ではなんと副会長の座にあるらしい。
「ふん、会長に面会を求める子どもがかなりの実力者だと言うから見に来たら、大したこともなかったな」
「ああ、力を抑えているのも見抜けないような節穴でしたか。これは失礼しました。なんでしたらもっと本気の力も見てみますか?」
「なんだと……。ガキが調子に乗って、あとで吠え面をかくことになるんだ。デカい口を叩くんじゃあない!」
「なるほど。やはり節穴はどれだけ言っても節穴か。副会長と言うから少しは期待したけれど、こりゃ期待はずれだったかな」
「き、貴様……!!」
「天宮君!?」
京哉はあえて挑発した。
魔術連盟の副会長というからには、かなりの発言権を持っているだろう。
そんな人間に好き勝手を言わせてしまえば、要求が通らない恐れがある。
それに、ここで実力を見せつけてしまおうと考えていた。
力ないものの要求は、容易に無視される。
だが、京哉がここで実力を見せつければ、異世界転移に協力する要求も、通る可能性が高くなる。
「そこまで言うなら、覚悟はできているんだろうな。武田、相手をしてやれ!」
「一人と言わず、複数でも結構ですよ」
「……後悔するんじゃあないぞ。福本、静岡! お前たちもやるんだ」
「しかし……」
「やれ! ここまで虚仮にされて黙っている必要はない! 叩きのめせ!」
「さて、それができるかな?」
激昂する逢坂は、道場にいる連盟員たちを次々と模擬戦に参加するよう命令し始めた。
京哉は笑って、先ほどまで押さえていた魔力を身体強化に回し始めた。
ちょっとずつだけど動き始めたのです。
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