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 東京都千代田区永田町に、内閣府と呼ばれる建物がある。

 日本の行政機関の一つであり、内閣の重要政策に関与する、日本を代表する知能が集合する場所だ。

 その内閣府の一つに、内閣情報調査室がある。

 いわゆる内調と呼ばれるこの組織は、ありとあらゆる情報に通じたエキスパート集団で、人員はおよそ二〇〇人。

 天宮京哉の父泰助は、内閣府から出てくる内調の一人の男をずっと待っていた。


 遅いな、と腕時計を見やり、泰助は思った。

 一体どれほど待っていただろうか。

 泰助は泰然としていて、焦れる気配は一切ない。

 ただ、普段の退出時間を考えると、そろそろ目的の男が現れても良いはずだった。

 それからしばらくが経ち、やがて一人のスーツに身を固めた四十絡みの男が内閣府から出てきた。

 男――山本洋一はふと泰助に気付くと、その場に立ちすくみ、目を見開いた。


「天宮……!? お前がどうしてここに!?」

「久しぶりだな。聞きたいことがある。移動しよう」

「…………分かった」


 あまりにも驚きようが激しかったため、泰助は笑みを隠さなければならなかった。

 相手の意表を突く作戦は、とりあえず成功したらしい。


 泰助は迷いのない足取りで、永田町を歩く。

 内閣府は情報を扱うために、他者からの視線も厳しいチェックが入る。

 泰助自身も問題になるが、男の口にした内容次第では、彼の出世にも影響があるかもしれないことを慮った。

 山本は後ろを黙ってついてきた。


 泰助が連れて行ったのは、人気のない公園だった。

 寂れていて、小さな子どもたちの姿もなく、代わりにいい年をした大人たちがチラホラとベンチに腰掛けている。

 その背中はくたびれていて、人生の哀愁を感じさせた。


「公園か。何かの内緒話かな?」

「ああ。ここなら人の目を気にせず喋れるだろう」


 喫茶店などの近くに他人がいる場所というのは、案外防諜には向いていない。

 人の出入りが多いし、すぐ真後ろや薄壁一枚隔てた場所に待機されて聞き耳をたてられても、気付くことが出来ないからだ。

 国家の首脳陣がゴルフを好むのは、内緒話に最適だからだろう。


 泰助は自販機で缶コーヒーを買うと、それを男に手渡した。

 赤いカラーラベルのモーニングショットは、山本のお気に入りの銘柄だ。

 ずいぶんと顔を合わせていないのに、不思議とこういうことは覚えているものだ。


「本当に久しぶりだなあ。三年ぶりか。こんなこと言っちゃ悪いけれど、もう二度と顔を見ることはないと思ってたよ」

「私ももう一度永田町の地を踏むことになるとは思わなかった」

「そうだよなあ……」


 もう三年になる。

 天宮泰助は、かつて永田町を根城とする高級官僚の一人だった。

 最高学府を優秀な成績で卒業し、そのまま上級公務員になることを望んだ。

 とんとん拍子の出世街道に、ライバルでさえその先に成功の階を駆け上る姿を見ていた。


 そんな時に、京哉が失踪した。

 誘拐なのか、家出なのか、それは問題ではなかった。

 家庭において波風を立てないことが、出世には必要だった。

 泰助は出世コースから外れ、永田町を後にした。

 この場所ではありふれた光景だった。


 山本洋一は、泰助の同期の桜というやつで、ライバルであり、一番信頼できる仲間でもあった。

 お互いに協力し合う。

 けっして足を引っ張り合わない。

 どちらかが先に出世したら、その時は先に出世したやつを全力で応援する。

 入社して最初の年に、後腐れがないようにそんな約束をした。


「それで、一体何の用なんだ。わざわざ来たくもないだろう永田町に来たんだ。大事な話なんだろう」

「単刀直入に聞きたい」

「よし。任せろ」

「まだ話してないぞ。安請け合いして良いのか?」

「去っていくお前を止めれなかったからな……。罪滅ぼしってやつさ」


 山本が寂しそうに笑った。

 きっと、一人残されて大変な思いをしただろう。

 一人でも心許せる仲間がいる。

 先を争うライバルがいるという環境は、大変なときでも張り合いができる。

 それでも、かつて競争に敗れたライバルたちを思うと歩みを止めることも出来ない。

 出世街道進むものも退くものも、待っているのは茨の道だ。


 念のため、泰助は辺りを見渡した。

 近寄ってきている人の姿はなく、遠くにも見覚えのある格好は見つからない。

 近くにベンチもないから、集音器が設置されていることもないだろう。


「お前さんの知識を借りたい。そして、知らなければ立場を使って、何としてでも調べて欲しい」

「何についてだ。早く言え」

「魔術、魔法、呪術、そういった類の本物の機関を教えてほしい」

「……理由を聞いていいか?」


 迷うような山本の反応に、泰助は頷いた。

 当然、頼み事をするのだから理由は言うべきだろう。

 だが、回答すべき内容を一度胸中で考えると、泰助の胸に小さな痛みを与えた。


「失踪していた息子が帰ってきた。数年ぶりに見た息子は、見違えるほどに変わっていて、打ちひしがれていた。その姿を見て、尋常では無いことが起きたのは分かった。その息子がさ、頭を下げて頼んでくるんだ。魔術師や魔法使いと呼ばれる人間を探したい。協力してくれないかってな。最初は馬鹿げてると思った。だが、息子は真面目にそんな話をする。……ということは、本当なんだろう」

「よくそんなことを信じるな」

「今でも半信半疑だ。当たり前だろう。だが、世界中にどれだけそういった類の話が溢れている。もしかしたら本当にあるのかもしれない、という可能性は排除できなかった」

「それで俺のところか」

「そうだ。こんな話をするのに、頼れるのがお前しかいなかった」


 大きく、深く頷く。

 泰助が一番情報を調べてもらう相手として信頼している人間は、山本以外にいない。

 務めている組織もそうだし、一度腹の底まで割って話したことがある、という経験が、頼るきっかけになった。

 答えを待っていると、しばらく山本は考えていたが、やがて笑みを浮かべた。

 どうやら調べてもらえるようだ。


 泰助はいつの間にか自分が緊張していることに気づいた。

 手足がこわばり、顎に力が入っている。ワキに汗がかいていた。

 こんなにも緊張するのは、やはり対象が息子に関してのことだからだろう。

 最近では仕事でめったに緊張しなくなってしまったことを思い出し、泰助は少し笑ってしまった。


「実のところ、心あたりがないわけじゃない」

「本当か!? それは期待できるな。さすがは内調だ」

「出来るかぎり急いで調べよう。連絡は後日こちらからする」

「分かった。期待して待ってるよ」

「しかし、お前がそんな熱いやつだとは思わなかったよ」

「幻滅したか?」

「まさか、むしろ見直したよ。いい父親やってるんだなってな。……あーあ、俺もきれいな嫁さん見つけて子ども作っとくんだった」


 心底残念だ、という様子で溜息をつく山本だが、女に苦労しているようには思えない。

 若い頃からかなりモテる男だったはずだ。

 それに、子どもが出来て良いことばかりではなかった。

 再び二度と会えないかもしれない異世界に行きたい、などと言われるのは、親として堪える。


「彼女はいるんだろう? 前に一度、食事のときに連れてきていたじゃないか」

「ああ、別れたよ。今は三人ほどいる」

「刺されるぞ」

「割り切った関係だよ」


 ヒヤリとした表情で言い切る山本の言葉に、泰助もそれ以上掛ける言葉がなかった。

 人それぞれ、苦労はあるものだ。

次の更新は来週の予定です。

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