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 京哉は投げられたまま転がっていた綾子に手を伸ばす。

 綾子は手を掴むと、素早い動きで起き上がった。

 ぎこちなさは感じられず、どうやら大きな怪我はなさそうだった。


 掴んだ手は女の子らしい柔らかさだった。

 竹刀だこはできていないらしい。

 起き上がった綾子は、京哉をまじまじと観察すると、感嘆したように言った。


「しっかし、天宮くん、アナタ強いわね。年はいくつ?」

「……たぶん、一八」

「多分って何よ。ていうか私と同い年じゃない。同い年で私より強いや人って、初めて会ったわ」

「そりゃどうも。あなたも充分強かったですよ」


 年がはっきり言えないのは、実年齢と地球での時間軸に微妙な差異があるためだが、そんなことを正直に言っても、唐突過ぎて意味がわからないだろう。

 結局、濁すような返答になってしまう。

 綾子はそれから気にした様子もなく、ふーん、そっか、一八か……と呟くと、ズボンを叩いて、落ち葉や枯れ枝を払い落とす。

 だが、背中や艶やかな長い髪には、まだまだいくつも残りが付いていた。


「背中のゴミ、取るよ。それと、一応気を付けたけれど大きなケガはない?」

「大丈夫よ、ありがとうね。ねえ、天宮くんはどうしてそんなに強いの?」

「ちょっと訳があって、五年ほどずっと実戦を積んでたんだ。強くなくっちゃ生き残れないから、嫌でも強くなった」

「そっか、スゴイんだね」

「別に凄くはない。基礎とか基本を飛ばして戦ってたから、理論とかは分からないしな」


 できれば、もう一度グランダニアの地を踏むまでの間に、なんとかして基礎を学びたい。

 それで会得できるとは思っていない。

 だが、基礎の基礎を学び、鍛錬の仕方を知れば、いつでもどこでもそれを繰り返すことが出来る。

 野球選手にとってのバットの素振りの仕方、サッカー選手にとってのドリブルの仕方、そういう最初の型を知りたい。

 だが、それを学ぶには、京哉はあまりにも知り合いがいなかった。


 もちろん、向こうの世界でも多少は習ったのだ。

 だが、あまりにも忙しすぎたし、当時の京哉は無知に過ぎた。

 そして知らないことに気付いた時、教えてくれる人はもう傍にいなくなってしまっていたのだ。


「ふーん、そっか……じゃあこれって教え合いすれば」

「なんだよ……」

「べっつにー」


 意味深な笑みを浮かべる綾子に、京哉は不審に思ったが、問いただした所でこういうタイプの女性ははぐらかしてまともに答えようとはしないだろう。

 しかたなく諦めて、京哉はため息を吐いた。

 勇者の力も平和な日本では何の役にも立たない。

 いくら力あっても、こういうコミュニケーションが上手になるわけではないし、苦労が減るわけではない。

 ただ、力尽くで言うことをきかせる際に、ちょっと役に立つ程度だ。


「ねえ、天宮くんは――」

「さっきから質問ばっかりだな」

「そりゃそうでしょう。私、天宮君のこと何一つ知らないんですもの。お互いを知るためにも、質問しあわなきゃ」

「じゃあ、先に俺から質問しよう。君は――」

「綾子って呼んで」

「初対面で馴れ馴れしすぎないか?」


 いきなり名前で呼べと言ってくる綾子に、京哉は面食らった。

 だが、綾子は真剣な表情で首を横に振る。


「はじめて私より強い同年代に会ったんだもの。それだけで尊敬に値するわ」

「それじゃあ、綾子……は、魔術結社のお偉いさんに話ができるように、紹介を頼みたいんだが、可能か?」

「すぐに見ず知らずの人間を紹介できないわ。名前以外に出自も明かせるの?」

「大丈夫だよ。何の変哲もない一般家庭だからな」

「あら! 家族は魔術と関係ないの?」


 綾子が口を開いて、ものすごく驚いた。

 綾子が言うには、普通は魔術師は一族で代々継承していく伝統技術であり、秘匿技術なのだそうだ。

 だから、一般人が魔術を知ることは滅多にない。


「ああ。まったく。どこにでもある一般家庭だよ。……ちょっと変わり者だけど。綾子の家は違うのか?」

「私の家は先祖代々魔術師の家系なの。もうずーっと、ずっと昔から」

「他の仕事に就く人はいないのか?」

「いるわよ。でもほとんどの親戚は、自分たちの仕事に誇りを持ってるから。でも、一般人が魔術の世界に足を踏み込んで、しかも五年も実戦を積んでるって、むちゃくちゃな人生を送ってるわね。よく生きてるわ」

「その自覚はある。事情はいつか、機会があれば説明するよ。今回紹介をお願いしたいこととも密接に関係しているんだ」


 初対面の人間に話すようなことではない。

 京哉は今もまだ、問題の渦中にいると自覚しているのだ。

 話をする機会があるとすれば、紹介が叶って、目的を話す時だけだろう。


「紹介できるかどうかは確約できないわ。でも、ちゃんと報告はします。それでいい?」

「ああ、よろしくお願いします」

「頼まれました」


 お互いに頭を軽く下げて、それから連絡先を交換した。

 携帯電話を持っていない、という話をすると、綾子は絶句していたが、仕方がない話だと思う。

 京哉は憮然とした表情を浮かべるしかなかったが、それを綾子が面白そうに笑って眺めていた。


「天宮くんって、本当に変わった人ね」

「変わりたくて変わったわけじゃない。昔はどこにでもいる普通の男子学生だったさ。環境がそれを許さなかったんだ」

「そっか。ごめんなさい、失礼なことを言ってしまったわね。誤ります」


 からかったかと思うと、急に真面目になって深々と頭を下げる。

 綾子のそんな態度に、京哉は先ほどから翻弄されっぱなしだ。

 だが、根は真面目で良い人間なのだろう。

 嫌な気分には不思議とならなかった。


 お互いのことを少しだけ話した。

 綾子は甘いお菓子が好きで、特に学校帰りにクレープを食べるのが楽しみらしい。

 女子高生らしく、甘いものを食べた後はダイエットが大変だと笑っていた。

 魔術の鍛錬もあって、学校は帰宅部。

 本当は陸上部をやりたかった、と言っていた。

 魔術師の家系というのも、あまり楽ではないのかもしれない。

 綾子のように優れた才能を持っていれば、なおさら。


 森を抜け、神社で別れた。

 一人残った京哉は、しばらくじっと綾子の背中を見ていたが、やがて腰だめに拳を握りしめた。

 まだ先は遠い。

 本当に、紹介された人間が異世界への道を開いてくれるのか確かめなければならないし、そもそも協力してくれる保証はどこにもない。

 驚くような対価をふっかけられるかもしれないし、それどころか危険視されてしまうかもしれない。

 さまざまな危険や困難も予想された。

 だが、確実に今、目的に向かって一歩進んだ実感があった。

最近、読者の方がブックマークしてくれたり、評価してくれたりしてすっごい嬉しいです!

ありがとうございます! 本当に感謝!

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