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京哉は一人、林の中にいた。
街を見下ろす丘に立つ神社の裏手である。
光が降り注ぐ林の中には、虫や鳥の姿こそあれど、京哉以外の人の気配はない。
だからこそ、人目を気にせずに行動できる。
京哉の周りを燐光がふわふわと舞い踊る。
光は大地から、あるいは空気から、あるいは木々や草花から湧き上がっているようだった。
それらの光は、一般人には認識できないものだ。
京哉は手を挙げる。
前方に突き出された手のひらに光が渦を巻いて集中していく。
光は集まると力を帯びていくようだった。
京哉の意識に従って、光が圧縮され――言葉とともに解き放たれた。
【風よ! 集い! 固まり! 突き進め!】
ゴウ、と周囲の空気を巻き込んで、手のひらから放たれた風。
木々を大いに揺らし、木の葉を飛び散らせながら林の外へと飛び出していく。
やがてゆっくりと霧散し、空気と溶け合っていくのだろう。
残ったのは静寂だ。
行動を終えた京哉は、己の手のひらをしばし見つめ、そして自身の体へと意識を向ける。
「魔力も大分回復してきたな。こんな場所があって良かった……」
ゆっくりとではあるが、京哉の魔力が回復していることからも、予想はついていた。
この地球にも、微弱ながらも魔力はある。
そしてその魔力が集まる所。
地脈、パワースポット、あるいは龍穴などさまざまな呼び名で称されるそれは、京哉の魔力の回復の一助となっていた。
かつて陰陽師や魔女、霊験者、シャーマンなど、様々な異能の使い手がいたというのも、案外嘘のたぐいではないのかもしれない。
京哉のいる林を所有する神社は、歴史こそあるもののさして有名な場所ではない。
にも関わらず、こうして力の集まる場所であるあたり、場所選びはしっかりとしているらしい。
霊場などで有名な所に赴けば、より回復が早まるのだろうか。
この世界で戦力として純粋に魔術を使うべきタイミングなど思い当たらないが、転移石を使用するためにも魔力は必要だ。
京哉はその後三度別々の方角に向けて風の魔術を放つと、自身の魔力の回復に努める。
あの魔術を見て京哉の存在に気づくものがいれば……。
その伝手から、転移に一歩近づけるかもしれない。
そう期待しての行動だった。
これは意外にも、京哉の父の提案であった。
情報とは最も気安く交換されているのに、効果な品物の一つという側面を持ち合わせている。
だから、地位ある人間は情報を集める。
そのために莫大な対価を差し出す。
比べて、天宮京哉はどうだろうか。
識者に頼る伝手がない。
情報機関に接触する知識がない。
買い集める資金がない。
そして進むべき方向さえ見定めずに動いて、たやすく見つかるほど情報は気安くない。
故に、京哉はその第一歩からして、早くも躓いていた。
「どうやって調べたもんかなあ」
「あらあら、そんなに悩んだ顔つきをして。京ちゃん何かお困り? 私で良かったら力になるわよ」
「母さん……」
平穏な自宅で飲む紅茶の香りを楽しみながら、ため息をこぼす京哉に話しかける久美子。
京哉と違い全くの一般人のはずの母ではあったが、世間と繋がっているという一点だけでも、今の京哉よりは力強い存在だ。
「母さんは俺が魔法を使えるって今も信じてくれている?」
「もちろんよ。前も言ったと思うけど、他の誰がなんと言ったって、私は京ちゃんの味方だから、言うことも全部信じるわ」
のほほんとした態度で、へにゃっとした笑顔で頷かれる。
その表情に力強さは一切ないけれど。だからこそ気負いも感じられない。
信じていい。そう思えた。
醸し出す雰囲気に、話たれた言葉の響きに、真実の色をかぎ取った。
「母さん、力を貸してくれ」
「任せなさい。母の力は偉大よー!」
京哉は自身の悩みを打ち明けた。
それは胸の中の淀みが少しずつ濾過されていくような、とても素晴らしい出来事だった。
つらさ、悩みを吐き出すにつれ、頭がクリアになっていく。
母は真剣に京哉の言葉を聞き、頷き、ときに質問を挟む。
「うーん……」
「どうかな?」
「母さんじゃ分からないかしら。あ、でもでも心配しないで。何を調べたらいいか、何となく分かった気がするから」
「そ、それは何なんだ。早く教えてくれよ」
「母さんが思うのはね、魔法とちょっと違うんだけど、日本にも陰陽師とかあるじゃない? 神社とか仏閣とか、よく分からないけど、そういうところって、何か関係があるんじゃないかしら?」
「そうか……そうかもしれないな。ありがとう。何も手がかりが思い浮かばなかったから、その筋から確かめてみるよ」
母さん役に立っちゃった。いえい、いえい、などと明るく笑う母親のそばにいると、難しく考えているのが莫迦らしくなってくる。
だが、次の一言には京哉としても眉をひそめることを止められない。
「それと、お父さんに質問してみるのも良いと思うの」
「親父に? ……でも」
「また否定されたらって心配なのね?」
「そうだよ。親父は俺の話なんて頭から否定して、信じる気がないじゃないか」
「それは違うわ」
ぴしゃりと強く言われて、京哉は言葉に詰まった。
そんな京哉を、久美子は真剣な表情で見つめてくる。
一体自分の何を間違えているというのか。
否定したのは間違いなく父泰介の方だと言うのに。
「先に折れたのは、京哉あなたよ。母さんは味方だって決めてるから信じられるけど、他の人にいきなり言って信じてもらえるような話じゃないわよ~」
「そうか……そうだな」
「あの人は人脈もすごいし、きっと普通の人では調べられないようなことも調べちゃうと思うの。あとは京哉がどれだけ本気でお願いしてみるかだと思うわ」
そうか。
そうなのだろう。
数年ぶりに帰ってきた息子が、異世界に行っていたと言われて。
たとえそれが事実であっても、信じられるものではないのかもしれない。
そんな当たり前なことに気づけないぐらいに、京哉は追い詰められていたのだ。
余裕がなかった。動転していたのだ。
だが、父泰介も同じぐらい動転していただろう。
完全に味方だと信じられる母親からの一言で、京哉はようやくそのことに気づくことが出来た。
だから、京哉は父にもう一度、話をすることに決めた。
「父さん、相談したいことがあるんだ……」
「座りなさい……」