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 果たしてこんな話をして信じてもらえるのだろうか。

 他でもない京哉自身が疑問に思いながら、それでも家に帰らなかった空白の時間に何があったのかを話していく。


 中学一年の夏休み、塾の帰りの途中に突如として不思議な光に包まれたこと。

 気がつけば西洋風の顔立ちの人々が住まう異世界グランダニアのラーンス王国にいたこと。

 自分が勇者として喚ばれたこと。

 人は魔族と争い、生存を賭して戦争を続けていること。

 勇者として戦い続けたこと。

 勇者として、多くの命を奪ったこと。


 そして、戦いに敗れたこと。


 人族はほぼ滅亡しかかっていたこと。

 恋人であり、女王であったアナスタシアに地球に送り返されたこと。


 父泰助は余計な言葉を挟まず、静かにすべてを聞き終えた。

 そして一言。


「その話は信じられない」

「なっ……!?」


 そう言い捨てた。


「いや、正確に言うと、今はまだそんな話を信じたくない。京哉、お前の疲れ果てた顔や、生気のない目を見れば、何か辛い目にあったのは分かる。世界には子どもを拉致して、少年兵として戦わせるようなこともあるという。お前はその辛い体験から目をそらすために、空想の世界を作ったんじゃないのか?」

「違う。本当にあったことなんだ。嘘なんて言ってないし、空想でもない」

「では何故、同じようなケースが聞かれないんだろうか。目の前に一つ例があるならば、似たようなケースは実際にはもっと有り得るんじゃないのか、と私は思う。だが、そんな話はこれまで聞いたことがない。この宇宙でさえ、各国が莫大な予算を使って知的生命体を探しているが、まだ一つとして見つからない。その上魔族に魔法か……。私はもしかしたら、お前が心を壊してしまったんじゃないかと思っている」


 泰助の冷ややかな目が、京哉を射抜いた。

 銀縁眼鏡の似合う男だ。

 理知的で、いつも冷静で、爬虫類のように体温を感じさせない。

 父は、昔からこんな人だっただろうか。


「京哉、無理はしなくていい。お前は疲れているんだ。少しゆっくりしたら医者に通って、学校にも復帰しよう」


 いたわるように言われ、京哉は言葉を失った。

 この人は俺を見ていない。

 言葉は受け止めてもらえない。


 何を言っても、自分の考え、尺度で物を測り、判断を下すだろう。

 そう思うと、もう信じてもらおうという気持ちすら湧き上がらなかった。


 異世界や魔法の存在を証明する手立てがないわけではなかった。

 一般人の体がビタミンを合成するように、京哉の体内では、少しずつではあるが魔力が蓄積されている。

 地球においても、自前の魔力を使用するならば、京哉は魔法を扱うことが出来そうだったのだ。


 炎や氷、あるいは光や闇を創りだしても良かった。

 目の前で闇が渦巻く光景を見て、まだ信じれないということもないだろう。

 だが、証明して認められたところで、それが何になるだろうか。


 この人は息子の話を信じなかった。

 ならばわざわざ信じてもらわなくてもいいじゃないか。


「……疲れた。もう休んでもいい?」

「先に風呂にだけ入りなさい。その間に部屋を整えよう」


 城では戦い、地球に戻ってからは森の中を疾走した。

 確かに体は汚れているだろう。


 三階に上がって自室を確かめると、そこもかつてと同じ姿のまま保たれていた。

 学習机も、本棚のマンガも、パソコンも、すべてが記憶にあったままだ。

 久美子が掃除しているのか、部屋はそれほど汚れているようには見えなかった。

 長らく使うものがいなかったためか、部屋に漂う人の気配だけがひどく希薄だ。


 洋タンスからタオルを取り出していると、久美子が掃除道具を手に部屋に入ってきた。

 窓を開けて換気しながら、語りかけてくる。


「京ちゃんも大変だったね―。異世界かあ。私は痛いのとか嫌だなー。私はやっぱり勇者様じゃなくってお姫様よね」

「……母さんは俺の話、信じてるの?」

「もちろんよ。私も魔法とか使えないかしら。瞬間洗濯乾燥魔法とかちょー欲しいわ。あと魔法って言ったら、やっぱり変身よね。テクマクマヤコンとか、京ちゃん知ってる?」

「知らない……」

「うーん、そっかぁ。じゃあ黄昏よりも暗きものとかは?」

「それも知らない。それよりどうしてさ。父さんは全然信じなかったぜ?」

「それは私が京ちゃんのお母さんだからです!」


 笑顔でえっへんと胸を張る久美子の姿。

 そこにはそれ以外の意味など一切含まれていないのだろう。

 本当に信じてくれている。


 なんだかすべてがバカバカしくなって、京哉は笑った。

 この人にかかっては、あらゆる出来事は楽しいものに変わるのだろう。

 まだショックから抜けたわけでもないし、これから現実を直視するのだろうが、この一瞬は、心が救われる。


「なんだよ、それ」

「私が思う母親とは、たとえ息子が凶悪犯罪者として捕まったとしても、ただ一人味方であり続ける存在なのだ! だから私はいつだって京ちゃんの味方だし、信じるのです」

「……ありがとう」

「たしかにお父さんは京ちゃんの言葉を信じなかったかもしれない。お父さんは、公務員でもエリートで四角四面な所があるから。科学的に認められてないと信用しない人だし」


 そう言って久美子が苦笑する。

 上級国家公務員だった泰助は、家族のちょっとした不祥事でさえ足を引っ張るような、生き馬の目を抜く世界に生きていた。

 京哉の失踪事件が元でトップ争いから脱落したと知ったのは、これよりずいぶんと後になってからだった。


「でも、父さんはずっと待ってたから。京哉がいつか必ず帰ってくるって、ずっと信じてたよ。この部屋にいつ帰ってきたも良いようにって、出て行った時のままにしておこうって言ってたよ。だから、ちょっと冷たいところもある人だけど、許してあげてね」

「……難しいけど、努力してみるよ」


 そうか。部屋がそのまま保たれていたのは、父さんが帰ってくるのを待ってくれていたから。

 もう二度と心を開くものかと思ったけれど、それは早計なのかもしれない。

 三年も経っていきなり帰ってきた、姿の変わり果てた息子と、距離を測りかねているのかもしれない。

 少し様子を見ようと思った。

 まだ、許したわけではないけれど。


「うん。…………で、どーよ。今の私、ちょっと素敵なお母さんぽくなかった? ねーねー」

「……最高の母親だよ」

「ちょっと、ねえ今なんて言ったの!? 声が小さくて聞こえなかった。でも褒められた気がする! もう一回、もう一回大きな声で言って! ワンモア!」

「……風呂入ってくる」

「ちょっとー、言いなさいよー。もうー照れ屋なんだから。服を脱衣カゴに入れる前に、ちゃんとポケットに物が入ってないか確認するのよー?」


 恥ずかしくてそんなの何度も言えるか。

 脱衣所で服を脱ぎながら、一人呟く。


 グランダニアの世界で織られた布は、戦闘用で防靱性に優れ、また見た目も美しい。

 多くの貴族が愛用する一着だった。

 これは洗濯機で洗っていいんだろうか。ネットに入れたら大丈夫かな。


 言われたとおりポケットを確認すると、ふと、手が覚えのないものに触れた。


「これは……転移石?」


 転移石はグランダニアで極わずかに出回っている、非常に希少性の高い鉱石だ。

 魔力が満ちた状態で、マークされた場所を思い浮かべると、その場所に移動することが出来る。

 製造法や加工法は一切わからず、いつからあるのかすら分かっていない。

 そのため神の遺物の一つとも言われる。


 それが何故自分のポケットにあるのか。

 しかも、その転移石は通常のものよりも一回りほど大きい。

 薄黒い赤色をしたその石は、京哉に何かを伝えようとしていた。

日常とサブタイトルついてますが、日常が始まるのは次からの予定です。

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