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10/11

 京哉を取り囲む武田、福本、静岡の三人は、明らかに戸惑った様子だった。

 明らかに自分よりも年下を相手に、三人がかりで挑むという状況に困惑しているのは仕方がないことだろう。

 だが、副盟主の逢坂は、そんな様子を苛立たしげに睨んでいた。


 多人数を前に大立ち回りを演じるつもりの京哉としても、中途半端に挑まれては、デモンストレーションにならない。

 言い訳の余地もなく叩き潰し、これ以上こいつを暴れさせては危険だ、となんとしても危機感を持ってもらわないといけないのだ。

 そのためにはもう一言放ち、火に油を注いでやる必要があるだろう。


「どうも、俺の見かけが若いからか、本当にやって良いのか迷ってるみたいですね。じゃあお三人がた、こうしましょう」

「なんだ……?」

「まずは、俺と槍を持ち合って、押し合いましょう。これでケガをさせることなく、俺の力が強いことは分かるでしょう? ああ、先程も言いましたが、二人がかりでも三人がかりでも良いですからね」

「……ふんっ、馬鹿にしやがって」


 京哉の繰り返しの挑発に、最初は乗り気ではなかった武田たちも、かなり気分を害したらしい。

 表面上は大人の余裕を保ちながらも、不快そうに鼻にシワが寄った。

 目線を合わせると、生意気なガキを懲らしめるか、と示し合わせたのが分かった。

 京哉が無造作に槍を持つと、それを武田や福本たちの前に突き出し、止める。

 じっと槍を見つめながらも、男たちが先を持った。


 武田や福本、静岡の三人は、成人男性の骨格だ。

 筋肉のつき方も分厚く、絞り込まれているとはいえ、京哉とは一回り以上の差があった。

 その大の男たちが、京哉一人を相手に、勝負にならないでいる。


「むっ……ぐぐ……ば、ばかな……!」

「動かんだと……!?」

「おいおい、冗談だろう。俺をからかって……ぐぎぎ……ぐっ、ふぐぅ……! これは本気か!?」

「天宮くん……すごい……!」


 京哉は両手に槍の柄を持ったまま、足に根が生えたように微動だにしない。

 武田たちも身体強化の魔術は使っているだろうが、その強化係数が桁違いなのだ。

 男たちが顔を真っ赤にして、額から汗を流しながら全力で押し引きを繰り返す光景は異様だった。

 それまで勝利を疑っていなかった逢坂が、声を荒げた。


「何をやっているかあ! 力だけで勝負するやつがどこにいる、かかれ! まとめてかかって袋叩きにしろ!」

「ふふん、お兄さんたち、言ってるよ?」

「どうなっても知らんぞ……!」

「武田、静岡、馬鹿みたいに力が強いんだ。掴まれないように気をつけろ!」

「おう、武田、足を止めろ」


 一番にかかってきたのは、最初に友好的に話しかけてきた武田だ。

 今はもう、表情に張りつめたものをたたえ、少しの油断も隙きも見えなかった。

 槍の間合いを一瞬にして踏み込み、徒手の間合いへと肉薄してくる。

 手刀の振り下ろしは、身体強化も相まって、そのまま受けると足を止められてしまう。


 そのまま相手の策にかかっても良かったが、京哉は半身になって横に払いのける。

 小手調べと言うには十分な威力を持っていた。

 横への移動を妨げるため、武田はそのまま回し蹴りへと繋いでくる。

 京哉は一歩踏み込み、膝で相手の内ももを蹴り上げた。


「ぐぅ……!」

「お役目ご苦労様」

「俺を構うな、福本、やれ!」


 武田が大声を張り上げる。

 京哉が笑って張り手をかます。

 片足しか支えのない武田は、まともに突き飛ばされ宙を舞うと、道場の外壁に激突した。

 そのままずるずると力なく沈んでいく。


 あの衝撃で、外壁が壊れないのか、すごいな。

 京哉がそんなことを考えていると、吹き飛んだ武田の陰から、福本が飛び出してきた。

 低い姿勢から、京哉の足を取りに強烈なタックルをしかけてくる。


 おそらくはそれに呼応して、静岡が最後の詰めを任されているのだろう。

 静岡は背後に回ったのか、視界には姿が見えない。

 素晴らしい連携だ。

 どうやら本気で自分を倒すつもりらしい。


 ……だが、それには圧倒的に殺意(・・)が足らない。


 顎を蹴り上げ、かち割ることも出来た。上から叩き潰すことも可能だっただろう。

 だが、京哉は笑って受け止めた。

 腰よりも低い位置から、掬うように腿を持ち上げようとする福本の力に抵抗する。

 足の指で床を咬み、下腹部に力を入れて重心を落とす。

 福本は歯を食いしばって力を込めるが、京哉には力負けする気がしなかった。


「た、倒れない……!」

「残念でした」

「くそぉ……! 静岡頼む!」

「止めただけでもよくやったぁ!  任せておけ!」

「京哉君、危ない……!」


 福本が号令し、綾子が悲鳴を上げる。

 京哉はもう一度体を変え、背後を向き直った。

 静岡が木の棒を持って、背後から迫っていた。


 頭上から唸りを上げて襲いかかる棒は、一般人が受け止めれば死ぬような威力を秘めていた。

 油断どころか、鍛えている人間でも死ぬ恐れのある一撃だ。

 身体強化の魔術で向上されるのは、筋力だけではない。

 剛体と呼ばれる身体強度自体を上げる効果もある。

 京哉の力の源が、魔術にあると見切っての行動だろう。


 だが、甘いーー。

 京哉は肘を曲げ、二の腕を盾に真っ向から迎え撃つ。

 バキィと衝撃とともに棒が折れ、切っ先が回転しながら宙を飛ぶ。

 後には、呆然とした表情を浮かべ棒立ちになる静岡の姿。


「いやー、惜しかったね。さてと、掴まえた。これからどうしようっか」

「ひっ!? どうしてあれで傷一つないんだ。バ、バケモノか!?」

「ひどいな。傷つくよそういう発言は。ただちょーっと、人より丈夫なだけだっていうのに」

「は、離せ……くそ、ぜんぜん手が外れない……!」


 ジタバタと暴れる静岡の服の襟を掴むと、京哉はそのまま片手で床に押さえつけた。

 体の大きさだけを比べれば、子どもが大きな大人を押さえつける姿は、異様の一言だろう。

 しかも、京哉の腰元には抱きついたまま、口を開いて身じろぎをしない福本もいる。

 さて、慌てている大人を前に、京哉としては自分がどう動けば、最大のインパクトを与えられるか考えなければならない。


 これはなかなかの難題だ。

 この二人を力のままに倒し、殴りつければ、恐怖は与えられるかもしれないが、反発心を招いてしまうだろう。

 それでは意味がない。

 京哉は獣ではない。

 強力で、かつ敵に回すと厄介な理性を持った人間である、と少なくとも思ってもらわねばならない。

 ついでに怒り狂うと何をしでかすか分からないと思ってもらえれば最高だ。


 そうなると、この二人に危害を加えるのは下策か。

 上策は……と考える京哉の視界に、想定の事態に怯える逢坂の姿が映った。

 目が合うと、可哀想なほどに震え上がり、たるんだ顎の肉がぶるんぶるんと震えた。


「ひっ……ま、待て待て! 私は研究畑で実戦は得意じゃないんだ!」

「またまた。そんなこと言って、実際はめちゃくちゃ強いんでしょ? 迫ったら真の力を発揮するタイプじゃないの? 変身を三度くらい残してるタイプでしょ?」

「や、止めろ! それ以上近づくんじゃない! おい、誰か私の盾になれ! 誰か! なぜ誰も前に出ない!?」


 両手を前に突き出し、必死に接近を阻もうとする逢坂の態度を見て、もうそろそろ目的は達成できただろうか、そう考えたときだった。

 道場の出入り口から、ふらっと入ってきた妙齢の女性がいた。

 背が高く、腰まで届く墨のような黒髪。


 ーー強い。


 京哉はその女性の姿をひと目見た瞬間、目が離せなくなった。

 背筋が続々とした寒気が走り、鳥肌が立った。


 道場にいる他の人々より、遥かに強い存在感。

 異世界グランダニアで京哉が知る、英雄と呼ばれてきた傑物たちと同格。

 強者の風格をその女性から感じた。

 これまでのような余裕のある立ち振舞いはできそうになかった。


「大立ち回りをしてくれたみたいだね。ありがとうさん。お兄ちゃんこのままだとちょっと運動不足やろ? 妾がお相手してあげようねえ?」

「盟主……!」

「逢坂さん私の命令でご苦労さんな。普段の性格に似合わん仕事で、大変やったやろ」

「いえ。会長がいつ助けに来てくれるのか、そっちのほうが心配でしたよ」

「すまんねえ。どう動くのか、おかげでよう分かりましたわ」


 副盟主ともあろう人が、随分と安く挑発に乗ってくれるものだと思ったが、試されていたのはこちらの方だったらしい。

 京哉は舌打ち一つ、ここから自分の価値を見せつけるためには、どうあっても目の前の難敵を打倒するしかないことを悟った。

 対峙しているだけで胃がキリキリと締め付けられるような、見事な圧迫感。

 女はゆったりと、気が焦れるほどの緩やかな動きで京哉に向き直ると、名乗った。


「妾は日本魔術連盟の盟主を務める橘六華と申します。以後よろしゅうな」

「異世界で勇者をしていた、天宮京哉。ーー参る!」


 やるというのならば、先手必勝。

 名乗りを上げた直後、京哉は即座に間合いを詰めた。

 ほんの僅かでも意表をつければそれで良い。

 床板よ砕けよとばかりに踏み込み、一瞬にして肉薄する。

 橘六華は、笑ってそれを迎え受けた。


「気の早い子やね」


 ーー直後。

 京哉は己が相手の眼前で上下が反転、宙に浮いていることに気付いた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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