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さようならマイ・ブレイブ

不定期連載。ぼちぼちと書いていきます。

 ずずん、と大きな音とともに、振動が走った。


 美しい白亜の城の天井の一部が、崩落した音だった。

 濛々(もうもう)と土煙が上がり、開けた天井からは、黒煙が立ち上った。

 火は勢いよく燃え盛り、城を赤く染め上げていく。


 兵士の悲鳴と怒号が響きわたり、剣と楯がぶつかり合い火花を散らす。

 築城以来数百年、一度として外敵の侵攻を許したことのないラーンス王国の首都が今、魔族に侵攻を受けて陥落しようとしていた。




 玉座の下に、小さな空間がある。

 地上のあらゆる喧噪も、この場所には届かない。

 時折地響きにも似た振動音が、わずかに聞こえてくるばかりだ。


 その地下空間に、一組の男女がいた。

 年の頃は二人して十八か、そこら。

 目を引く美しい女性は、ふんだんに刺繍を散りばめた美しいドレスを身に纏っていたが、汚れるのも気にせず、固い石床に寝転がっていた。

 もはや役に立たない玉杖と王冠を、無造作に床に置いている。


 視線は天井に向かっていたが、それが何かを捉えているわけではなかった。

 真っ白な肌の細い指が、少年の手を優しく握っていた。

 少年が少女に向かって、深く頭を下げた。


「アン、すまない……。俺は君を……この国を守れなかった」


 少年の声が余りにも痛切だったから。

 少女、アナスタシア女王は少年の体をかき抱いた。

 柔らかな感触が、少年の全身を暖かく包み込む。


「キョウヤ、あなたがこの世界に来てから五年、必死に戦ってくれていたのを、私は知っています。勝敗は兵家の常と云うではないですか」

「だけど、リックもヘグもフィーも、みんな死んでしまった。全部、俺のせいだ」

「こことは違う世界から無理矢理この世界に喚び出したのは、私たち王族です。責任に問われるなら、あなたではなく私にこそあるはずです」


 人族と魔族との決戦が行われて五年。

 「勇者」として召喚された京哉は、当時一三歳。

 恐るべき闘いの天稟を持っていたが、あまりにも性状が真っ直ぐにすぎた。

 世間を、戦争を知らなすぎた。

 戦力だけを見れば魔王を倒してしかるべき実力を持ちながらも、陽動や人質といった搦め手によって、勇者一行は一人、また一人と討ち取られてしまった。


 それだけではない。

 当時前線都市まで鼓舞のために出撃していた王や后に対して、魔族は強襲を行った。

 王、王太子、后が一度に没するという悲劇が起こり、首都に残っていたアナスタシアが、弱冠一五歳にして女王として即位することになったのだ。


 そのとき京哉たちは魔族領の奥深くに進軍中であり、補給を絶たれ、進むことも戻ることもままならなくなってしまった。

 どれもこれも、自分の見識の甘さが招いた事件だと、京哉は思っている。


 もっと力があれば。

 戦術の知識があれば。

 先を見通す目があれば。

 勇者としての評判など投げ捨てる覚悟と、悪役としてでも敵を倒す意志があれば。


 違う結末も、あったかもしれないのに――。


 自責の念から逃れるようにして、京哉はアナスタシアの細い腰をかき抱き、頭に手を回し、唇を求めた。

 舌が絡み、ぴちゃぴちゃと水音が立った。

 世界を救うために召喚された勇者と、迎え入れた元王女。


 明日をも知れぬ危機を前に、特別な存在の二人が惹かれ合うのは、自然な成り行きだったのだろう。

 二人の仲が発展し、恋人の関係となるのに時間はかからなかった。

 お互いの存在を確かめ合い、唇が離れると、銀色の糸がキラキラと光った。


 少し落ち着いたのか、口元を拭いながら、京哉が言った。


「クラウスは無事に逃げられたかな」

「こういった事態に備えて、逃走路や身を隠す場所はいくつも用意されています。無事に逃げおおせるでしょう」


 クラウスはアナスタシアの弟だ。

 アナスタシアに子がない以上、次の王位を継ぐのはクラウスになるだろう。

 今年十歳になったばかりだが、時がくれば人族のために蜂起する手はずになっている。


 両親が死に、兄が死に、今姉が死のうとしている。

 過酷な人生だ。

 十歳の頃と言えば、自分は何をしていただろうかと、京哉は思う。

 人生にこんな辛いことがあるなんて、思いもしていなかった時期だ。


「そうか……良かった」

「キョウヤこそ大丈夫なのですか?」

「いや、ダメだな」


 心配するアナスタシアに、あっさりと京哉は言った。

 首都防衛のために、京哉もまた剣を振るって魔族と相対した。

 だが、いかに勇者といえど多勢に無勢だ。

 将軍クラスの首級を五つ挙げた対価として、全魔力を喪失し、愛剣を失った。


 勇者の驚異的な戦闘能力は、積み重ねてきた技術によるものではない。

 技術を研鑽するには、あまりに時間がなかった。

 勇者の「クラス」を得ることによって高まった身体能力に加え、その身に宿る膨大な量の魔力が能力を底上げし、魔族を超えるほどの膂力を発揮させる。

 つまり、今の京哉はその力のほとんどが使えない状態だ。


 また外からは正常に見えるが、その内側は激戦を繰り返したために、ボロボロになってしまっていた。

 いかに高い回復力があろうと、長期の休養が必要だ。

 つまり、今後の戦いにおいて、彼は足手まといにしかならない。

 アナスタシアが城と共に果てようというのなら、共に死のうと思っていた。

 それが人類を救えなかった勇者に出来る、最後の仕事だろうと。


「……不思議と怖くないんだ」

「キョウヤ……」

「どうしてかな。もっと死は恐ろしくて、自分にはきっと堪えられないと思っていた。でも、今は違う。リックやヘグ、フィーが待っている。彼らの元に行くんだと思うと、心が落ち着いている」


 それに、アンも一緒だし。

 そう言って笑う京哉の顔は、酷く寂しげだ。

 落ち着いてはいても、死にたいわけではない。


 救えるなら、なんとしてでも救いたかった。

 だが、現状を知っている。

 常に最前線を戦い続けてきただけに、見通しが余りに暗いのも、よく知っていた。

 恐らく人は、助からない。

 遠からず滅亡するか、魔族に従属することになるだろう。


「キョウヤ、目をつむってください」

「なんだい?」

「ほら。早く早く」


 アナスタシアに急かされ、訳も分からず京哉は目をつむる。

 ビックリさせたいですから、しばらく開けちゃダメですよ。

 可愛らしくそう言われて、京哉は言うとおりにする。


 本当に一体、こんな時に何をしようと言うんだろうか。

 しばらくジッとしていた。

 ふと、アナスタシアが非常に小さな声で、何かを呟いていることに気づいた。


 そして、急速に周りに漂い始めた、濃厚な魔力。

 尋常な事態ではないと気づいて、京哉が目を開く。

 地面から魔法陣に沿って、光が発していた。


「これはーー!?」

「……送還術です。両親からはきつく止められていましたが、今は私は女王ですから、言ってしまって構わないでしょう。以前、帰る方法がないのかと訊ねたあなたに、父は一方通行で帰る方法はないと答えました。でも、異世界から人を呼び出す召喚術の対となる送喚術は、実はあったんです。騙していて、ゴメンナサイ」

「……そうだったのか……。まあ、それはいいさ。今となってはこの世界を見捨てて帰りたいなんて欠片も思ってない。でも何で今更……?」

「私はこの国の女王です。この国と運命を共にする立場にあります。でも、あなたは違う。ある日何も知らないあなたは、私たちに強制的に召喚されただけではありませんか。あなたが死ぬ必要が、どこにあります」

「止めろ、アン! 止めてくれ!」


 アナスタシアの言葉から、何をしようとしているのか察して、京哉は慌てた。

 今更帰るだって?

 勇者として呼ばれてその役目も果たせずに、自分だけが助かる。

 冗談じゃない。


 光が溢れる。

 地脈として走る膨大な魔力が奔流し、魔術式に従って一つの事象を引き起こす。

 存在がぶれるような、急激な力を受けながら、それでも京哉はこの場に留まろうと、愛するアナスタシアの元に残ろうと足掻き、手を伸ばした。

 京哉の絶叫が、地下に響きわたる。


「愛しているんだ! 俺を君と一緒に死なせてくれ……っ!」

「私も……愛しています。だからこそ、あなたには生きていて欲しいんです……!」

「いやだ……いやだ!!」


 見送るアナスタシアの顔は、ぞっとするほどに優しい。

 伸ばされた手は空を切り、京哉の顔が絶望に染まる。


 頼む。こんな魔法、失敗してくれ――!

 転移魔法は一度発動してしまえば、内部外部を問わず、いかなり影響も受けない。


 もはや京哉自身には、どうすることも出来なかった。

 心から、この場に留まることを願う。


「アン―――――ッ!」


 ひときわ大きく光が発し、二人の視界が白く染まった。

 光が収まったとき、そこにはアナスタシア一人しかいなかった。


 空間に京哉の気配が、まだ漂っていた。


 強く、優しい人だった。

 人生でただ一人、愛した人。


 耳鳴りしそうなほどの静寂の中、アナスタシアが立ち尽くしている。

 先ほどまでの笑顔はない。

 嗚咽をこぼしながら、彼女は膝を折った。


「さようなら…………私の勇者(マイブレイブ)




プロローグ さようならマイ・ブレイブ


続く


第一話 天宮京哉の日常

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