第21話 胃薬とのど飴は売り切れです。
あけましておめでとうございます。
※この話は三人称です。
その日、季節に相応しい見事な秋晴れを迎えた。
ざわざわざわ……
「すげぇ人だな」
「見ろよ、騎士サマだぜ」
「魔法師もいやがる」
「嘘だろ? 上位ランカーまで!?」
「なんだってんだ、たかが学生の決闘だろ?」
「依頼主サマはよっぽどお相手が気にいらねぇんだろ」
「まっ、俺らはちゃんと報酬さえ貰えりゃ構わねぇがな!」
「そりゃそうだ!」
「「「はははははっ」」」
昨日の夕方、突然ギルドの掲示板に張り出された依頼。
曰く学生同士の決闘。
曰く双方人数を引き連れての乱闘戦。
雇うのは百人まで。
報酬一人二十万。
目立った功績を挙げた者には、褒賞一千万シル。
あまりにも怪しい内容だ。
王都の学園は確かに貴族が多いが、殺しなしのたかが学生の決闘。こんな馬鹿げた額を書くなんて、余程の阿呆か大馬鹿野郎だ。
そもそも百人に二十万ずつ、その時点で二千万。褒賞プラスして三千万以上。学生なら家督を継いでいることはほぼないだろう。普通に考えて、貴族の子息が払える金額ではない。
しかし、依頼主の名前を見て、全員が受付へ走った。
デュランダル・ラリアンシル。
この国の、王太子である。
以上をもって、学園の闘技場には似つかわしくない荒くれ者たちが集まっていた。
「あっ、赤獅子なんじゃん!」
「赤獅子なのん!」
「ア? 双頭かァ」
この二人…いや、三人も同じく。
赤の獅子団リーダー“赤獅子”と、“双頭の蛇”。
どちらも冒険者ギルドの上位ランカーである。
「赤獅子がこういう依頼受けるなんて珍しいのん」
「俺じゃねェ、アイツらが勝手に受けたんだよォ」
「他のメンバーはどこ行ったんじゃん?」
双頭の蛇の片割れが訊くと、赤獅子から不穏なオーラが湧き出てくる。
「……ここ着いた途端、ナンか嫌な予感するっつって俺置いて逃げやがったァ」
「わお☆ 相変わらず、君のチームはみんなイイ性格してるのん!」
「のわぁ! あ、危ないんじゃん!」
「るせェ」
パーティーメンバーに体良く依頼を押し付けられた赤獅子は、とりあえず近場の双頭を蹴りつけた。
八つ当たりも済み、平静になった赤獅子が双頭へと水を向ける。
「テメェらこそ、珍しいんじゃねェの? こんな馬鹿げた依頼なんざよ」
「それはそれ!」
「なんか面白そうだったからなんじゃん!」
「学生の決闘なんて観たことないしなのん!」
「それに、この過剰戦力をブチかましたい相手とか気になるんじゃん!」
双頭が笑顔で言うと、赤獅子も自身の無精髭を撫でながら、闘技場に着いて思ったことを呟いた。
「それだよなァ。冒険者百人だけでも相当なのに、近衛騎士に王宮騎士、王宮魔法師まで揃い踏みたァ……一体ナニに挑むつもりなんだ? この国の王太子サマはよォ」
「近衛騎士なのん?」
「鎧の紋様が違ェ奴らがいんだろォ」
「へぇ〜」
「王族の護衛専門職ってェのは、決闘にまで出張ってくるモンかァ?」
赤の獅子団は強い。
上位ランカーは伊達ではない。地獄だ死地だと思うような、最低最悪な魔物討伐や戦争の経験だって数えきれない。
そんな死線を潜り抜けてきたパーティーメンバーが、予感だけでそそくさと逃げ出したくなるモノとは?
「…チッ、アイツら後で絶対シメてやらァ」
日頃、鈍いだの図太いだの鈍感だの言われる自分が。
じわりと背後に感じる悪寒に、冷汗を流した。
一方、その頃。
「……………………………………」
「いやぁ〜悪ぃな、学園長!」
「お久しぶりでございます、学園長殿」
「おぉ、バートル君。君はいつも礼儀正しいのぅ。それに比べて…」
「まだくたばってなかったのかいクソジジイ」
「こっちのセリフだクソババア」
「いい歳して、全く変わらぬなお前たち」
「…耳障りな」
魔法戦闘学専攻の教師、ディスク・アイスカ。
彼は混乱と混沌の真っ只中にいた。
「(なんっっっっだこの面子は!?!??)」
彼の厄日は、始まったばかりである。
闘技場、貴賓室。
「ルルージュ様!」
「まぁ、メルリーナ様。サイラス殿下とロコロ様も、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ルルージュ嬢」
「こんにちは」
こちらでは第二王子と公爵令嬢、侯爵令息の三人が、侯爵令嬢と合流していた。
「あれ? 父上たちはまだですか?」
「はい。きっと学園長室でお話が弾んでいらっしゃるのではないでしょうか?」
「もう、叔父様ったら! お姉様が動いてくれてますのに!」
「今日はうちのじい様も来るって言ってましたよ」
「ふふ、前騎士団長様とギルドマスター様もいらっしゃってますよ」
「え゛?!」
「あの二人が!?」
「…それで遅くなってるのか」
飛び出た名前にサイラスとメルリーナがぎょっと驚き、ロコロは何かを察して呆れて溜息を吐いた。
「誰があの二人を呼んだのさ…」
「父上が面白がって言ったかな」
「宰相様も怪しいですわ」
中等部生たちが顔を突き合わせて話していると、ふいに彼女が口元を緩めた。
「ふふふ」
「ルルージュ様、何だか楽しそうですわ」
「あら、やはり分かりますか?」
彼女は口元を手で隠す。しかし、また笑みが溢れてしまう。いつものように感情を律そうとするが、中々上手くいかない。
「今日はきっと、とても賑やかな一日になりますわ」
ルルージュ・アモールは晴れやかな気分で微笑んだ。
大輪の薔薇が咲き誇ったような、それはそれは美しい笑みだった。
闘技場、一般観客席。
「なんなの…これ……」
ブロッサム・リェチルは愕然とリングを見た。
昨日の夕方に副会長から知らされた情報。
大切な友人が、会長とまた決闘をするという。それも、人数制限のないほぼルール無用の乱闘戦。
心配だった。
友人は弱いわけではない。だが、ブロッサムは会長が天才だと知っていた。
性格や態度に難あれど、かの王太子は紛うことない最強の一人なのだ。
そんな会長や生徒会役員に加えて、あの女子生徒も一緒だという。
世界でも珍しい、光属性の適性を持つ女の子。
あまり勉強は好きではないみたいだし、得意属性でもなさそうだったけど。
だけど、彼女には精霊魔法の適性もあった。
精霊を召喚するにあたって、必要不可欠なものが。
精霊魔法の適性とは、言わばその者が精霊に好かれやすいか否かの判別である。
学園では中等部の最後に、とある魔法陣で適性の有無を必ず調べる。そして適性があった者のみ高等部で精霊魔法科に進むかを決めることが出来るのだ。
適性がある者は絶対に精霊魔法を学べ、というわけではない。古代魔法に興味があるなら、そちらへ進んでも構わない。
では、何故調べるのか。
それは、適性のない者に絶対何が何でも精霊召喚をさせないためだ。
四散するから。
精霊は魔力の化身であるが故に、魔力の好き嫌いが激しい。嫌いな魔力の波長を持つものが己らを喚ぼうものなら散り散りさせる程。
だから適性を調べるのだ。死なないために。
ここで不思議に思う者もいるだろう。そんなリスクがあるなら精霊召喚をやめればいい、そもそも何故精霊を召喚しようとするのか、と。
それは自分の適性にない属性を使える精霊が来る可能性、その一点に由来する。
使えないものが使える。大変魅力的であり、大変強みとなる力だ。とはいえ、精霊の好みは自分の属性の適性が強い者なので、得意属性に準じることが多いのだが。
そんな厄介な天才や光精霊の契約者と、このふざけた人数。
「殿下…」
「人間性疑うねー……んにゃ、それは前からだった!」
副会長と双子弟もブロッサムの隣で、信じられないと目を見張る。
相手の彼女が何人連れてくるのかは分からないが、これでは勝ち目は絶望的だ。
「キャリーちゃん…っ」
ブロッサムは控え室のある方へ濡れた眼差しを送った。
リング上。
「あの子、来ないねー!」
「ふん、逃げ出したか」
「怖くなったんじゃないかな?」
「…………君は?」
決闘の当事者である王太子と、生徒会役員も揃っていた。
その4人の真ん中に陣取る少女。
「あたしは謝ってくれさえしたら、それでいいですよ!」
蛍光ドピンクのボブヘアーに、緑(原色)の瞳の美少女。
別世界の記憶を持ち、この世界と酷似したゲームを知っている転生者。
「君って子は…」
「あんな無礼な奴に慈悲などいらんぞ」
「優しすぎるよ! 怪我までさせられたのに!」
「あたしは優しくなんかないですよ。普通です。謝ってくれるなら、許さない理由なんてないでしょう?」
今を仮想世界だと信じる彼女は笑う。
「(こんなイベント知らないけどぉ、きっとあたしが死んだあとにファンディスクでも出たのね! リェチル先輩や副会長がいないのは不満だわ。好感度が足りなかったのかな、悔しぃ〜〜! まぁその代わり、会長たちはあたしのこと大好きだし! プレゼントだってキスだってお願いしたら何だって、い〜っぱいくれるもん! 好感度高い攻略キャラと仲を深めるチャンスよ! リェチル先輩たちはこのイベントあとで落とせばいいわ。うふふ、落ちない訳ないもん。だって)」
だが酷似は酷似である。同じではない。
「あたしはこ〜んなに可愛い、ヒロインなんだから」
そのことを、彼女は理解していなかった。
審判を務めるアイスカがリングへと上がってくる。
アイスカは事前に提出された書類で双方が呼ぶ人数を把握していたが、王太子側を見て改めて眉を顰めた。
「(プライドはねぇのか、こいつ)」
騎士65人、王宮魔術師35人、冒険者100人。計200人。
昨日のやり取りを聞いていたアイスカからしてみれば、決闘を売られ煽りに煽られてその怒りのままに彼女の言葉を鵜呑みにしたとしか思えない。
普通、何人でも参加可能と設定したからといって、年下の女子相手にこの人数を集めるか?
アイスカはこめかみを抑えながら、リングを見回す。
「…ティモールはまだか」
「俺に恐れをなして逃げ出したのだろうよ」
帰りたい。アイスカが切実にそう思った時。
「デュランダル」
観客席の高みから王太子の名前を呼ぶ声がした。
一般観客席より仕切られ造りが違う貴賓席、王族用の席にいる金髪碧眼の精悍な男。
「父上!?」
ラリアンシル国国王。王太子の父親だ。
「よぉ、見に来てやったぜ」
「光栄です、父上。しかしこの様な細事に御足労頂かなくとも…」
「気にすんな。俺は小さな友人を見に来ただけだからな」
「は?」
頭を下げる王太子に、王はニヤニヤと笑う。
父王の見たことのない表情に王太子は驚き、そのセリフの意味を考えなかった。
「おいおいおい、なんだよあれ…」
「なんつぅ…」
「生ける伝説揃い踏みじゃねぇか」
王の登場に気を取られた王太子らは気付いていないが、王の後ろにいる人物たちにリング上が騒然となる。
「ふむ、随分と集めましたな…」
口髭を蓄えた壮年の男。腰に佩いた剣は王に害なす者を裁くため。
ラリアンシル国騎士団長は、感心した様子で頷きながら口髭を撫でた。
「カッカッカッ! まるで今から戦でも始めるような空気だな! 血が騒ぐわい!」
御歳75になるにも関わらず屈強な体格を維持する男。数十年前の大戦では数々の伝説を残した英雄。
前騎士団長は、感じとった物々しい気配を面白そうに笑い飛ばした。
「…あの子はまだか」
その昔たった12歳にして前騎士団長たちと戦場に立ち、圧倒的かつ暴力的な魔法で共に敵国を震え上がらせた英雄の一人。
王宮魔法師長は、その鷲鼻を不満そうに鳴らして集まる視線へ冷たい一瞥を向けた。
「王太子殿下とあの孫は相変わらずのようじゃなぁ」
表の顔は侯爵家先代当主、裏の顔は国の暗部を司る王の影。
ある者には御隠居と呼ばれる好々爺然とした男は、次代への呆れを隠さずに溜息を吐いた。
「くだらないね」
前騎士団長と同年の女性。盲目という生まれつきの障がいを持ちながらも、女だてらに戦功を挙げ続けた猛者。
ギルドマスターは一言そう言い捨てた。
夢のオールスターな状況に戸惑いは広がっていく。
特に前騎士団長とギルドマスター。この二人は仲が悪い。途轍もなく悪い。顔を合わすたびに殺し合いに発展するのは周知の事実だ。
そればかりか、魔法狂いの魔法師長が研究所から出てきているのも驚きだ。
ギルドで少し薄暗い依頼をこなしていれば、裏の噂を聞く機会もある。国は明るいことだけでは成り立たないと理解もする。何よりその身のこなしから、察するものがある。
王太子がいるとはいえ、国王が学生の決闘に何故出張ってくるのだ。おかしいだろう。
一体、何が起ころうとしているのか。
彼らは数分後に知ることになる。
ギィ…ィ……と鈍い音を立てながら、扉が開いた。
藁で出来ているらしき面妖な帽子を目深に被り、薄汚れた外套を見にまとって、風を切りながら歩いてくる二つの影。
帽子が邪魔して顔が全く分からない。分かるのは二人の身長差くらいだ。
「うっわー、変な格好ー!」
「あの子、なのかな?」
その身長差と、この国に馴染みのない変な格好を好む存在に、ギルド員や騎士たちはどこか覚えがあった。
「来たな」
控え室で知っていたアイスカは二人の姿を確認すると、双方の間に向き直った。
「両者揃ったのでルールの説明始めるぞ。この決闘は人数と時間ともに無制限。どちらか一方が勝利した場合のみ終了とする。勝利条件は相手側全員の戦闘不能。禁止事項は殺害と禁忌魔法、行使した場合は即捕縛即逮捕即牢屋な。それ以外なら何をしても何を使っても構わねぇ」
初めて聞くルール条件に、集められた王太子側の人間は騒めく。
「え、あっち二人じゃん」
「この人数差じゃ、弱い者いじめじゃないの」
「けったくそ悪ぃなぁ…」
得意げに笑う王太子に、騎士やギルド員たちが顔をしかめる。
「それでは、三年S組デュランダル・ラリアンシル対2年Aぐ」
「待て!」
アイスカが開始の宣言を述べていた途中で、王太子が割って入った。
「俺を前に顔を隠したままでいる気か? 本当にあの女かも怪しいわ。さっさとそのボロ切れを脱げ!」
「会長の言うとおりだよー!」
「そうだね。いくら会長が寛大だからって、最低限の礼儀は守るべきだよ」
「しかも何だ、そのふざけた格好は」
王太子のこのセリフ。
それが合図となった。
「なんだかんだと聞かれたら!」
「答えてあげるのが世の情け」
突然謎の二人が高らかに声を上げる。
「ある時は歩く傍若無人、またある時は男爵令嬢」
「ある時は前騎士団長の弟子、またある時は子爵令息」
生徒会役員以外が凍りつく。
「世界の破壊を防ぐため!」
「世界の平和を守るため!」
「愛と真実の悪を貫く」
「ラブリー・チャーミーな敵役!」
二人が菅笠と外套をバッと投げ捨てる。
「キャロライン!」
「ウェルス!」
満開のイイ笑顔で二人は続ける。
「銀河をかけるロケ○ト団の二人には!」
「ホワイトホール、白い明日が待ってるぜ!」
「「「にゃーんてな!」」」
一拍置いて、全員の思考停止が解けた。
「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」」」
「「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」」」
「「「おたすけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」」」
「「「パパーーーママーーーーー!!!!」」」
「「「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
「「「おうちかえるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!!」」」
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんっっっ!!!!」」」
「「「キャァァァァァァァァァァァァァァァァっっっ!!!!」」」
阿鼻叫喚。
この言葉がピッタリな状況もそうはあるまい。
「な、なんだ貴様ら、どうしたというのだ!」
「おい王太子!」
「契約は破棄させてもらう!!」
「俺もだ!!」
「アタシも!!」
恐怖に支配されたギルド員たちは必死に言い募る。その言い分に、王太子は怒りで血がのぼる。
「ふざけるな!! 何を勝手な…」
「ふざけてんのはどっちだ!!」
「よりによって、アイツらに喧嘩売るなんざ!」
「「「正気の沙汰じゃねぇ!!!!」」」
真っ青を通り越して真っ白な顔色で叫んだ彼らに、流石の王太子も唖然とする。
詰め寄ってくるのはギルド員たちだけではない。
「殿下、我ら近衛と他騎士たちも撤退させていただきます」
「なっ?! き、騎士たるものが情けない! クビにするぞ!!」
「出来るとは思いませぬが、どうぞご随意に」
「我らは貴方様のために命を散らす覚悟も、忠誠心もございません」
「おま、仮にも王族によく言うわー」
「顔笑ってますけど?」
「ついな。ま、ウェル坊も陛下たちも居るんだ、大丈夫だろ」
「キリ様と闘うとか無理過ぎるわー」
己の言葉に平然と逆らう騎士たち。王太子はいよいよ困惑を隠せなかった。
何だというのだ。あの二人が登場した途端、この有様である。
これだけの人数だぞ? 中にはトップレベルの実力者だっている。それが何故!
王太子の賢い頭を持ってしても、理解が追いつかない。
「おい筋肉馬鹿ども!」
「なんだ魔法馬鹿ども」
王宮魔法師たちが騎士に詰め寄る。何やら凄く興奮していた。
「ああああの方はもしや!!」
「本当に、あのお方なのか!?」
「…バラしちゃっていいのか?」
「自分で言ってたし、いいんじゃね?」
「そうだ。かの傍若無人様だ」
騎士の肯定に魔法師たちは喜色に湧いた。
「きゃあああああっっ!!!」
「ほ、本物!」
「今日こそは私に魔法を!」
「いや僕だ!」
「私よ!!」
魔法師たちのハイテンションに、騎士たちはドン引きする。どうして魔法を当てて欲しがるのか、謎でしかない。
魔法師と騎士の溝は、深い。
「三人ともタイミングばっちりだったよ〜」
「悪ふざけするお姉様も素敵ですわ!」
「姉上! 頑張ってくださいね!」
「クスクス……みんなイイ悲鳴だったね」
王たちの登場に紛れてやってきた中等部生三人は、姉貴分に褒められて嬉しそうに笑う。彼女とその婚約者の奇行には慣れっこの三人は合いの手だってバッチリなのだ。
「サイラスとメル!?」
「何でお前らまで!」
「つか、そこ王族席なんだろ? 居たらダメなん……………………待てよ」
見覚えのある面子にギルド員たちは驚くが、何かを察して再び固まった。
そこに遠慮なく爆弾が投下される。
「聞いて驚け☆ サイラスは第二王子、メルは公爵家のお嬢様だ!」
「ふふ、ビックリしました?」
「いつバレるかとドキドキでしたわ!」
「「「は、はぁああああああああああああっっっ?!?!??!!!?」」」
「嘘だろおいっ!!???」
「俺フツーに肩組んだりしてたんだけど!?」
「いや雰囲気とか仕草とかで貴族だとは思ってたけどさ!?」
「王族と公爵!? バカじゃねぇの!?」
「もう止めてくれよおいぃぃぃ!!!」
「俺たちのノミの心臓はもう保たねぇよおおおお!!!」
膝から崩れ落ちて床に突っ伏すギルド員たちに、騎士たちが同情の目をやる。
「マジで気付いてなかったんすね、この人ら」
「何人かは俺らに気付いてたけどな」
「あ、やっぱメルたちの周りうろついてた気配って護衛だったんだ?」
「そうそう。騎士も大変なんだよ」
「正味キリ様…いや、キャロライン嬢が居れば良いと思うんす俺」
「それな」
「分かる」
お忍びで城を抜け出してギルドへ行く第二王子と公爵令嬢を影ながら護衛していた騎士たち。
平気で討伐依頼も受けるので、毎回ドッキドキのハラハラだ。
「おい、センセイ! 俺たちは降参…」
「勝利条件、聞いてた?」
「先生のお話はちゃんと聞かなきゃダメだぜ?」
ニヤニヤと出会った頃から変わらない悪戯っ子の笑み。
全員の額に青筋が入った。
「それじゃアイスカ先生、合図を」
「王太子が遮っちまったからな」
アイスカは考えるのを止めた。もう知らん。
「…これより三年S組デュランダル・ラリアンシル対二年A組キャロライン・ティモール、両者の決闘を、開始する!!!」
瞬間、二人に向かって数百の魔法が放たれた。
あまりの数にアイスカは最悪を想定して青褪める。
「ティモール!」
ズバッッッ
斬れた。
結界で防ぐことも難しいような、様々な属性と等級の魔法だった。
それが。
「静まれぇーい」
「こちらのお方をどなたと心得るー」
魔法ごと真っ二つにされたリングに自分の目を疑う。
「刀で魔法を斬るっつー浪漫を実現させたウェルス様だぜ?」
「きゃー! ウェルってばカッコイイー!」
背後に着弾した魔法の土煙が、唐突に吹いた風に煽られて晴れる。
そこには、傷一つない二人が堂々といた。
「うるせーこの非常識!!」
「降参なしとかふざけんな!」
「命だいじに!! うちのギルドのスローガンだぞ!!」
「お前らのせいで出来たんだけどな!」
剣を抜き、魔道具を掲げ、魔力を込めて詠唱を始める。
「いきなり切り掛かってくんなよ危ねーな」
「あっさり受け流しといて何言ってんだ【大鬼刃竜巻ッッッ】」
「ほいっと。ていうか、喋ってる時に攻撃するとか酷くない?」
「な。お話はちゃんと聞くもんだぜ」
止めどなく降りかかる斬撃、襲いかかる魔法。猛烈な攻撃によって割れたリングは更に姿を変える。
「貴方たちに言われたくありません!!」
「俺らは忘れてねぇっすよ!!」
「五年前、魔障化した盗賊が語ってる最中に、魔法で拘束して真っ二つにしたことを!!!」
背中合わせに動く二人を分断せんと試みるが、全てをいなされ躱され粉砕される。
二人は見るからに余裕の様子だが、向こうも各々喋って叫んだりしてるので、何だかんだ余力はあるのだろう。
「酷い! 人をろくでなしみたいにー」
「俺たち以上に善良で心優しい一般人はいねーぞ?」
「「「嘘つけーーーーーっっっ!!!」」」
「どこが一般人だ!!」
「一般人に謝れ!!」
「お前らと一緒にしたら一般人が可哀想だわ!!」
「つーか、そもそもの話! 魔法! を! 斬るん! じゃ! ねぇ、よッッッ!」
「その通り! 騎士にも出来ないことをすんな!!」
「ハードル上げないで下さい!!」
「気合いだ! 気合いとやる気とガッツと根性で大抵のことは出来る!!」
「「「出来るかぁっっっっ!!!!」」」
全員がツッコんだ。
「んだよ、みんなして…」
「よしよし」
「いちゃついてんじゃねーぞバカップルが!!!」
「滅べ!!【闇沼】」
「爆せろ!!【火燈蓮撃】!」
「羨ましくなんかねぇんだからなァァァ!!」
ぶすくれる婚約者を慰めていると、一部から嫉妬による怒りの声が上がる。それらを障壁で防ぎ、二人もやり返す。
「そんな腑抜けたこと言ってるようじゃ、前団長さんは超えられないよ!」
「生ける伝説じゃねーか!」
「あの人はもう人間じゃねーよ!!」
「んなこと言ってるから勝てねーんだよ。大丈夫大丈夫、俺だって勝てたんだから、みんなイケるって」
「「「はぁぁぁぁぁ!!???」」」
「ウェル坊、おま、はっ!?」
「“鬼神ユレイル”に勝てんの!?」
「い、いつの間に…」
「ありえねぇ!!!」
伝説は数十年前の話。かつての鬼神も既に老人である。しかし、力は衰えるどころか何故か増すばかりという化け物。未だ前騎士団長を完全に打ち負かした者はいなかった。
それをここに来ての新事実に、みんなはもう頭が割れそうだ。
「ほざけウェルス! 俺はまだ負けたと思っとらんぞ!!」
「ぬかせジジイ! 頭から地面埋まって、抜くの手伝ってもらっといて何が負けてねーだ!! 今度こそ土に還すぞ!!」
観客席からの怒声に怒声で返す。伝説の男は往生際が悪かった。戦時中はそのお陰でもぎ取った勝利もあったのだが。今の状況では格好悪いじいさんである。
「ちょっと陛下、聞きました? 揃いも揃って情けないですよ!」
「おー。仕方ねぇから騎士全員、エドガーにキャンプ連れて行ってもらえ」
「お任せ下され! 更なる屈強な騎士に仕上げてやるわ!」
「ギルマスさーん、ギルドの方にも弱音吐いてる奴らがいましたー」
「軟弱者が増えたようだね、鍛え直しだよ」
「……………」
「……………」
「……………」
「………いや、ギルマスと仲良いのは知ってるけどよ」
「何で王様とそんな気軽に話してるわけ!?」
「貴族ってそんなんで良いのか!?」
何やら不穏かつ恐ろしい内容は聞かなかったことにして。
ギルド員や一般の騎士たちは、親しげに会話する彼女たちに本日何度目かの驚愕する。
「んわけあるか。キャロラインは俺の友人だから許してるだけだ」
「え、私とウェル、最初からこんなだったような…」
「黙っとけばバレねーって」
「そだね」
「「「聞こえてんだよっっ!!!」」」
キリの正体を知っていた近衛騎士たちは、国王ではなく王都冒険者ギルドのマスターとの関係に感心していた。
「流石キリ様、ギルマス殿とも旧知でしたか」
「何となくは予想ついてたっすけど、もしかしなくても今日ここにいるメンバーって…」
「友人」
「クソガキ」
「弟子とその婚約者」
「愛し子」
「孫の姉貴分」
「うちのギルド員だよ」
全員の心で、やっぱり、が揃った瞬間であった。
「さよならホームラン!」
「「「ぐぁッ」」」
「紐なしバンジー行ってらっしゃーい」
「「「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」」」
再確認しよう。
S級の魔物をさくっと屠れる上位ランカー含む冒険者ギルドの者たち。
完全実力主義の騎士と、その中でも精鋭しかなれない近衛騎士たち。
マッドだが最上級魔法を呼吸するように行使できる王宮魔法師たち。
実力は確かで、信頼も厚く(魔法師は違う意味で)、皆が憧れる存在。
そんな高みに立っている者たちが、軽く、あっさりと、お遊び半分で、たった二人の高等部生に、倒されていく。
「なんなんだ……」
王太子は呆然とその馬鹿げた光景を見ていた。
「どうなっているんだこれは…」
まるで悪夢だと、目の前の現実を受け入れられない。背後にいる生徒会役員も同様である。
勝利が約束されたワンサイドゲームだと思っていた。だって、200人だ。それもただの有象無象ではない、精鋭も含めた200人だ。
それが蓋を開けてみればどうだ。
相手が分かった途端、全員が逃げ出そうとして、逃げられないと知ると自棄気味に攻撃を仕掛けた。そして、全て防がれた。相手は元気にリングに立っている。
二人だ。たった二人。
それなのに、どうして。
「なんだかんだも無いです。キリ様…いえ、キャロライン様はキャロライン様です」
王太子の声を拾った女魔法師が言った。
「何だと?」
「仮にも王族なら、噂くらい聞いたことあるでしょう? 歩く傍若無人の名を」
「あぁ…その正体があの女だというのだろう? 知っている、先程あの女自ら」
「だから」
王太子の言葉を遮って、女魔法師は続ける。
「言っているじゃないですか、傍若無人、と。あの方は存在そのものが傍若無人なんです。理解不能なんです、有り得ないんです。でなければ、あんな反則的な魔法が実現するわけがない」
「魔法、だと?」
遮られたことに不満を持つ余裕もなく、話している間も崇拝対象から一瞥も離すことのない女魔法師の言葉に引っかかりを覚える。
初級魔法を操りながら回避する対戦相手に再度視線をやる。
「か弱い淑女に集団で攻撃してくるなんて、それでも血の通った人間なの!?」
「馬鹿言うな!!!」
「か弱い淑女は無詠唱したり相手の魔法を乗っ取ったり、常識に真っ向から喧嘩売るようなマネしねぇんだよっっ!!!」
「そんな柔な常識捨てちゃえ!!!」
丁度というべきか、対戦相手とギルド員が馬鹿げた内容を話していた。
「無詠唱…? 魔法を乗っ取る…?!」
「あぁ、いつ見ても素敵な魔力操作! 弄られたい…!」
そういえば。
父王や弟王子の態度、騎士とギルド員たちの反応、圧倒している対戦相手に驚いて、きちんと見ていなかった。
常識外の行為を。
剣が、魔法が迫って来た時。地面が陥没した時、婚約者が狙われていた時。あの対戦相手は魔法で対抗していた。しかし。
詠唱を、していたか…?
魔法を発動する上で、詠唱は必要不可欠である。魔力を集め、詠唱を唱えて魔力にイメージを付与する。そうして魔法は成るのだ。それが世界の当たり前であり、真理である。
「よし、そろそろお遊びはやめようか」
「終わりか?」
「飽きてきた」
「把握」
既にリングに立っているのは約50人程度。
対して二人は無傷でないにしろ、元気そうに話している。
「頑張って防いでね」
途端、彼女の目の前に一般的な大きさを遥かに超えた火球が浮かぶ。
翳した手のひら。小指からゆっくり折り曲げ握り拳に変えると、真っ赤だった炎は青白くなる。
常識外の存在はニッコリ笑って言った。
「発射ー」
「「「「「ばっ、ばっかやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!!」」」」」
各々の渾身の叫びは、派手な音を立てて着弾した魔法に掻き消されたのだった。
店員「申し訳ございません!本日、胃薬とのど飴は既に売り切れですっ(汗)」
「「「な、ん………………」」」←声カスカスで出ない。
店員「申し訳ありませんんんっ」
薬屋でそんなやり取りが繰り返されたとかなんとか。




