表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/32

間話 わたくしの英雄

とてもとてもお久しぶりですm(__)m

 誰でも知っているような、ありきたりで王道のストーリー。


 『英雄となった青年はお姫さまと幸せに暮らしました。めでたしめでたし。』


 まだ現実を知らずにいれた頃、幼心に憧れた物語。

 わたくしにもそんな英雄がいつか現れると、そう夢見た。






「あれがアモール侯爵家の…」

「美しいお嬢さんだ」

「魔力も第一王子の次に多いとか」

「実に将来が楽しみですな」


 その日は、わたくしの十歳の誕生日パーティーだった。

 わたくしは辟易としていた。

 何度も同じことを繰り返す挨拶、しかし隙を見せぬよう気を張らねばならない日々。

 強いられる過剰な淑女教育に、異常な難易度の魔法訓練。

 すり減り続ける精神と度重なる疲労で、わたくしの身体は限界寸前だった。

 それでもプライドにかけて、不様な姿を晒すまいと笑顔を貼りつける。



 わたくしの名は、ルルージュ・アモール。



 国で一、二を争える程度には大きな侯爵家の娘。

 聖女のように慈悲深く、将来有望な美貌を誇り、国でもトップレベルの魔力を有する、未来の王太子妃。


 それが、わたくしの評価。


 ………色々盛りすぎだと、自分でも思っているから突っ込まないで頂戴。


 我がアモール侯爵家は祖父の代で陞爵(しょうしゃく)した家。

 祖父は武人で、当時の騎士団長様の右腕と呼ばれるほど武勇に優れた方だったらしい。

 最後の戦で戦死されてしまい、わたくしはお会いしたことがないけれど、命日には必ず同期の方々が足を運んで下さる。

 それはとても誇らしいことだけれど、そんな祖父の人柄や武の才は息子、つまりわたくしの父には一切受け継がれなかった。


 半端に小賢しいけれど、その実力にそぐわない身の程知らずな野心を持った愚か者。

 それが、あの人。わたくしの父。


 侯爵家の当主なんていう器ではないと何度も思うのだけれど、祖父の子があの人以外いないのでこればかりは仕方ないこと。

 あの人は子どもを政略の道具としか見ていない。それは全く構わないのだけど。こちらも肉親の情なんて持ち合わせていないのだし。


 道具に求められるものは、完璧。

 全てが感嘆の声を上げる"完璧な淑女"。


 あの人はわたくしを第1王子の婚約者に、将来の王太子妃の地位に就かせた。

 貴族に生まれた以上、政略結婚に否はない。

 けれど。

 陛下たちに対する申し訳なさと、婚約者への嫌悪、あの人への憎悪で、わたくしはこの婚約が不満だった。

 でも現実は、わたくしがあの人に反抗することを許さない。

 不満があろうとも、疑惑があろうとも。勘当は望むところだが実際にされてしまえば、わたくし一人では生きていく術がない。

 結局、思っているだけで行動出来ない臆病者。

 真の愚か者は、わたくしなのだ。




「だいじょうぶ?」




 突然、声を掛けられた。


「…ぇ……」

「顔色悪いよ?」


 栗毛の小さな女の子。見覚えのない顔だった。名前が、分からない。

 わたくしは焦った。招待客は全て覚えたはずなのに、目の前の子が分からない。

 それは"完璧な淑女"に許されないことだった。


「無理はダメだよ、美少女さん」

「び、美少女…さん?」


 目が点になる。そんな呼び方をされたのは生まれて初めてだったから。


「あっちに美味しいケーキがあったから、一緒に食べよ? 美味しいものを食べたら元気になるよ!」

「え、いえ、わたくしは…っ」


 ぐいっと手を引かれ、テーブルへと足が歩き出す。

 はしたない! こんな姿を誰かに見られたら、と思ったところで、気付く。

 その場にいる、誰一人としてこちらを見ていないことに。

 まるで、視界にすら入っていないかのよう。


「どうして…」

「美少女さん、イチゴ好き?」

「えっ、あ、ありがとう…?」


 ショートケーキが乗った皿を渡され、戸惑いながらもつい受け取ってしまう。


「じーさまには及ばないけど、これはこれでうまし」


 もぐもぐと頬を膨らませて食べる少女に絶句する。あーんと大口開けて、マナーの欠片もない。


「はしたないわ、そんな食べ方やめなさい!」

「だいじょーぶだよ」

「何が……」


 仮にも侯爵家主催のパーティー。マナーにうるさい貴族はたくさんいる。何を以ってして大丈夫と言えるのか。

 なのに。


「ごちそうさまでした! 美少女さん、次はあっち行こ!」

「きゃっ! て、手を引っ張らないでっ」

「だって、お嬢様って足遅いんだもん」


 ああ、もう。訳がわからない。

 ホールの真ん中を走っているのに、誰も咎めない。

 クリームを口元につけているのに、誰も嘲笑しない。

 あの人さえも、わたくしとこの少女に気付かない。


「うわ〜、さすが侯爵家。庭でっか、ひっろ」

「ちょっと、あなた!」

「うん?」

「わたくしはホストよ、会場を離れられないわ!」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」


 少女はヘラリと笑い、ホールを指差して言った。


「見てみたら? だぁれも、気にしてないよ」


 賑やかに華やかに煌びやかに、談笑するその風景に混乱する。


「どうして…?」

「みんな、美少女さんのことをちょーっと気にしなくなっただけだよ」


 一体、何が起きているのだろう。

 分かるのは、この異常に目の前の少女が関わっていることくらい。無邪気に爛漫と笑う少女に警戒を抱く。


「ねぇ、美少女さん」

「…何かしら」

「美少女さんはもっと気を抜いたほうがいいと思うよ」

「どういう意味かしら?」


 警戒対象から気を抜けと言われ、余計身体に力が入る。


「完璧なんて、つまんないじゃん」

「つまらない…?」

「見目が良くて、魔力が多くて、賢くて、優しくて、何につけても素晴らしい完璧なお嬢サマ」


 蜂蜜色の瞳が、鋭くわたくしを射抜く。


「それ、たのしい?」


 楽しい?


「人生は一度きり、だよ? 最期にとびきり謳歌しきったって言える生を生きなきゃソン!」


 毎日を過ごすその理由は、…理由は?


「だよね、シルク」

『せやなぁ』


 少女が自分の肩に向かって話しかける。すると、何もなかった筈のそこに、現れたのは手のひらサイズの存在。

 驚きで思考が停止する。


「よろしくね」

『任せとき、あらよっと』


 パステルグリーンの髪を靡かせ、その超存在は右手を払う。瞬間、身体に異変が起きた。


「〜〜〜〜〜っっ!?!?!」


 ふわりと宙に浮いていた。ジタバタと動かすも足は地に着かない。

 パニックになっていると、右手をぎゅっと握られた。


「さあ! 行くよ!!」


 そして、景色は加速する。


「っきゃあああああああああ!!!!」


 ビュンッと風を切る音が耳を過ぎていく。下を見れば、人が行き交う城下町。屋敷はもう豆粒ほどにしか見えない。

 わたくしは今、空を飛んでいる。


「悠然なる大地! 猛々しい山岳! 賑わう街! 精霊! ドラゴン! 魔法! それから、とびっきり美味しいお菓子!」


 まあるい瞳はキラキラと輝き、紅をのせたように頰を染めて。身体中から歓喜が溢れ出している。

 満面の笑顔で、彼女は言った。



「こんな素敵な世界、どうして楽しまないでいられる!?」



 ふと、茜色が目に映る。

 もうすぐ訪れる闇色を混ぜた、茜空。

 ありふれた、いつだってあるはずの空なのに。

 わたくしはちゃんと見たことがあったかしら。


 空とは、こんなにも美しいものだったかしら。


 目頭が、頰が、熱くなる。

 ああ、確かに。



「………本当ね」



 気付かなかっただけで、この世界はとても美しく、とても素晴らしい。



「私の名前はキャロライン・ティモール! 一緒に遊ぼうよ、美少女さん!」


 そんな明け透けで気軽なお誘いは初めてだわ。

 けれど、不快ではない。

 抑えきれない緩んだ口元が証拠だ。


「美少女じゃないわ。わたくしは……」



 わたくしは生涯、この茜色の空を忘れないだろうと思った。







 昔、とても好きだった本があった。特にラストシーンが一番お気に入りだった。


 魔物にさらわれたお姫さまを、青年が助け出す。

 助かったはずのお姫さまは泣き続けた。

 魔物の魔法で世界から『色』が消えて、それが悲しくて仕方なかったから。

 そう語るお姫さまに、青年は剣を取った。

 青年が剣を振り抜くと、灰色だった空が割れ、見事な青空へと変わる。

 天から降り注ぐ光に照らされ、世界は色づいていく。

 美しい空を見て、お姫さまはようやく笑顔を見せた。

 そして、お姫さまと世界を救った青年は、英雄になった。


 所詮は架空の話だと、歳を重ねるに連れて、その物語は読まなくなった。

 だって、わたくしはこんなにも辛いのに。誰も助けてくれない。

 英雄などいないのだ。

 そう思っていた。


 突然現れた年下の少女。

 青年ではないし、剣も使わない。見せてくれたのは夕焼け空。


 それでも、彼女はわたくしの心を救ってくれた。



 彼女は紛れもなく、わたくしの英雄(ヒーロー)だ。


 










 

 ガラリと扉の開く音がする。


「………」

「ふん、逃げずに来たな」


 失敗を恐れ、行動出来ない臆病者。

 放り出されるのを怖れ、言われるがまま完璧を追い求める愚か者。

 それがわたくしだった。

 けれど、今は。

 立場も何もかも投げ出そうと、味方になってくれると確信出来る人がいる。

 わたくしは一人ではない。

 恐れるものなど何もない。


 わたくしは牙を剥く時を待つ者。

 あの人を断罪するために、ここに立つ。

 でも、その前に。




「さて、何のお話でしょうか?」




 この学園で蔓延る害悪の排除を。

 うるさいものが嫌いな、彼女のためにも。

 

 

屋敷に戻ってきた後の話。



「父様ー、副宰相さーん」

「キャロライン」

「美味しいものは食べれたぁ?……あれぇ?」


 少女が声をかけたのは、銀髪の麗人と灰色髪の男性。

 ティモール男爵とキッアル伯爵。

 どちらも元平民で、特に伯爵は自力で叙爵した実力者。あの人が嫌っている方々なのに、招待客に入っていたので不思議に思ったのを覚えている。


「美少女さん…じゃなかった、ルルージュ様。紹介するね。副宰相さんと私の父様だよ」

「お初にお目にかかります。アモール侯爵が娘、ルルージュです」

「うっわ、全然気付かなかったぁ。相変わらずキャリーちゃんの魔法こわぁい」

「悪用はあんまりしてないから、だいじょーぶ!」

「なにそれ不安」


 確かに不安だわ。何、あんまりって。少しは使っているのね?


「心配した」

「ごめんね、父様」

「早く帰るぞ」

「えぇーまだ遊びたい」


 少女…キャロラインさんが唇を尖らせて父親に文句を言う。娘のそんな姿に男爵は目尻を下げてデレデレだ。

 美の女神もかくやと言われる、ティモール男爵の御息女。先程名前を教えてもらった時はとても驚いたものだ。


 なんせ、社交界では有名な幻の御令嬢なのだから。


 世間にその存在が公表されたのは御息女が5歳の時。極々身近な貴族家以外には誕生すら知られていなかった。

 あの男爵の子、それも娘と聞いて誰もが一目見たいとお茶会なり何なりと理由をつけて招待状を送ったとか。中には屋敷へ押し掛けた方も居たらしい。

 高位の貴族からも誘いはあったみたいだけれど、全て断られ、婚約話を持ち出しても既にマーキュリ子爵家の男児と結んでいると言われ、成す術なく。

 男爵家が断固として人目のあるところに連れ出さないので、それが余計男爵似なのではと噂されている、注目度ならNo. 1の令嬢だ。


 何故そんな秘蔵っ子がここに?と思ったけど、この調子なら誰も気付いていないだけだったのだろう。


「ルルージュ様、だいせーかい!」

「今日はどうしてここへ?」

「ひまだった。ついでにお偉いさんのパーティーを見てみたかった。あとケーキ食べたかった」

「ケーキくらい君の家にもあるでしょ? 言えば陛下だって出してくれるよぉ?」


 …わたくしは何も聞こえていないわ。


「パーティーを見たかったの! あれでしょ、みんな談笑しながらインボウとかするんでしょ」

「何の本を読んだのさぁ…」


 まぁ、間違ってはないけれどね。


「ほら、彼女は今日の主役なんだからぁ、そろそろ解放してあげなさい」

「えー」

「あんまり捻じ曲げると魔力消費が……あー、それでかぁ」


 副宰相様が言いかけて、彼女の隣を見て、何かを納得される。キャロラインさんの隣にいるのは、とある少年(・・)

 自分に注意が向けられていると気付いた少年はニカッと笑った。


『わいが居んで、魔力の心配はいらせんで〜』

「そうそう。シルクがいるから平気!」


 パステルグリーンの髪に緑の瞳。その特徴は小さな子どもでも知っている。


「なんていうかさぁ」

「ん?」

「キャリーちゃんが良い子で良かったよねぇ、ほんと」

「あはは、何それ〜」


 ケタケタ笑う彼女に、わたくしと副宰相様は思わず遠い目になったのだった。


「私の娘はいつだって可愛い良い子だ」

「父様、恥ずい」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ