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間話 俺の悪友どもと小さな友人

 これは、俺がまだ学生だった頃。

 俺はーーいや、俺らは。


 ただひたすら、愉快に痛快にふざけて遊び回っていた。




「誰じゃあぁあああ!!学園長室に馬鹿みたいな落書きをした大馬鹿モンはぁあああっっ!!!」




「わあ〜、学園長先生ってば凄く怒ってるねぇ〜」

「煩い」

「血が上って倒れないかな? お歳だし、心配だね」

「貴方たち、今度は何してきたんです?」

「アッハハハハハッ!! 腹イッテェ!!!」


 今では伯爵位を冠し副宰相を務めているが、当時は平民だった特待生のベルチ。

 同じく平民だが、その傾国級の美貌でアホみてぇに目立っていたオリヴァーノ。

 物腰が柔らかく貴公子然としたアドニス・マーキュリ。

 一つ歳上で生徒会会長をしていたクレイグ・ミニュエル。

 そして、第三王子の俺。


 肩書きや容姿は華やかで豪勢な俺らだが。

 毎度毎度、騒動を起こしては引っ掻き回し、騒いで賑やかして、そして逃亡という、迷惑以外の何物でもないことの繰り返す、誰もが頭を抱える見事なまでの問題児だった。


「アドニス殿、説明」

「学園長室に落書きしてきたんです。壁から机からソファから天井まで隅々と」

「我ながら子どものような悪口を書いてきたよぉ〜。バカ、アホ、まぬけ、ハゲ、う○こ、先月末に二十代女性と個室で密会していた、とか〜」

「ぶふっ! 何ですかそれ。というか、最後悪口じゃないでしょう。事実なんですか?」

「本当だよぉ〜、僕見たも〜ん」

「学園長…、ベルチに見られたのが運の尽きでしたね」

「それな! はー、くっそ笑ったわー」

「まぁ、それは後で適度に言いふらすとして」

「お前もイイ性格してるぜ」


 クレイグは生徒会長をやるだけあってお手本のような優等生だ。

 だが、コイツの根っこは愉快犯。

 俺らの逃亡劇や隠蔽に何度も手を貸している、立派な共犯者だ。


「ベルチ、オリヴァーノ。貴方たちは平民なんですから、悪目立ちするようなことは程々にしなさい。殿下に付き合う必要はないんですから」


 身分を振りかざさない、という校則。あれ、俺らが卒業した後に出来たものなんだよ。

 だからヒエラルキーが下位の2人にこれ以上良くない方向で名を上げないよう注意するが。


「今回は私発案だが?」

「オリヴァーノ…!」


 この時はその平民の片方が発端と分かり、クレイグはぐったりしていた。

 とまぁ、問題を起こしまくってる俺らだが、停学や退学など重大な処罰はなく、毎度注意と怒声と陰口だけで終わる。

 何故なら、筆頭にいるのが王族の俺だったからだ。


 誰も強く注意出来ない中、俺らをまとめて捕獲して正座させて説教をかます強者が、一人存在した。



「ーーまた悪いこと、しましたね?」



 レイラ・ティモール男爵令嬢。

 常に微笑みを絶やさない淑女。

 笑った目の奥には澄んだ蜂蜜色が存在し、真っ直ぐな栗毛は艶がある。

 素朴で可愛らしいが社交界に出れば壁の花になる地味な容姿の令嬢。

 それなのに、どうしてか背筋を正してしまう迫力があった。逆らえない雰囲気があった。

 水属性を得意属性とし、補助系統に特化した使い手で、学園から俺らを捕縛する為に魔法使用許可をもぎ取って、容赦なくぶっ放されたもんだ。

 男爵令嬢とは思えない度胸の良さだぜ。


「レイラ、今日も可愛いな。結婚してくれ」

「まぁ、オリヴァーノ様。ちょっとそこへ正座してください」

「分かった」


 俺らの中でも一、二を争う面倒くせー男オリヴァーノの告白をサラリと躱して、一番に床に座らせ。


「あら、ベルチ様。どちらへ?」

「ちっ」


 レイラが来ると魔法を行使してでも逃げようとするベルチを捕縛して、同じく床に座らせる。

 毎度、手際が鮮やか過ぎて何か言う暇もねぇ。


「他の方々はどうされます?」


 そう聞かれて、すぐさま一列になるのは言うまでもねーよな。





 オリヴァーノがレイラに惚れたのはいつだったか?

 そうだな…。

 気が付いたら、もうその光景があったな。

 無表情か蔑みや嘲笑に歪めた顔が通常で、氷の美貌とあだ名されるオリヴァーノが、別人かと言いたくなるような蕩けた笑顔で毎日求婚してる。

 あれは驚愕で学園を騒がせたな。なんせ、美貌が美貌だから。

 しかも相手は下級貴族、地味めの容姿ときた。


 凄かったぞー? 主に嫉妬の嵐が。


 流石に俺らの目が届くとこではなかったけど、(求婚)のせいでレイラは他の令嬢からスゲー嫌がらせされてたぞ。オリヴァーノを信仰してるような奴もいたから令嬢以外からも攻撃されてたし。

 ついでに俺らと一緒に居たりもするから、火種に油注ぎ込んだ感じになってよ。

 フツーの令嬢なら傷付いて人間不信くらいなるんじゃねーかってくらい過激だったけど……。


「こちらの方々が皆さまとお知り合いになりたいそうですよ」


 いつもの微笑みのまま、仕掛けてきた奴らを魔法でふん縛って俺らの前まで引き摺ってきてたからな。本当、レイラは見た目に反して強かだよな。

 そして、その時の奴らの顔と来たら!

 たまに突然捕まえられて!とか言ってレイラに濡れ衣着せようとする奴も居たけど、んなの信じる訳ねーし。俺らの信用失って終わりだわな。

 つーか、俺らを御せるレイラに何で勝てると思ったんだろーな? 理解不能だぜ。





 さっきも言ったように、オリヴァーノとベルチは平民だ。

 今でこそ平民でも払える程度の学費だが、この頃は戦後から数十年ほど。経済状況はまだまだ芳しくなく、巨大な学園設備には色々入り用で学費が馬鹿にならないくらい高かった。

 それゆえに、平民は特待生制度を取らなければまず入学出来ないのが現状で。

 幼少期から英才教育を施されてきた貴族たちを抜くのは、口で言うのは簡単だがとても難易度が高い話だ。

 それをサクッとサラッとこなすのが、あの2人。


 オリヴァーノは、魔法が一切使えない代わりに、座学、実技込みの総合でも学年首席。

 ベルチは、魔法実技の首席。座学でも上位。


 普段の言動が酷いけど、スゲーんだよアイツら。

 何で特待生制度を受けた理由を聞いてみたことがある。

 すると、2人とも権力が欲しいという簡潔なものだった。

 何事にも執着の薄いオリヴァーノが権力欲しいなんてらしくねーと言えば。


「何度、権力者に(かどわ)かされそうになったか。教えてやろうか?」


 アイツの闇に触れた。

 ベルチに至っては「上に立って、偉そうにしてるクズどもを見下して踏み躙ってやりたいからぁ〜」だと。下剋上万歳精神コワイわー。

 ま、何が言いたいかっつーと、アイツらは貴族(権力者)が大嫌いだっつーこと。


「おい、聞いているのか!」

「ねぇ〜オリヴァー、何か聞こえる〜?」

「耳鳴りか?」

「羽虫がブーンって飛んでる音がするんだけど〜、僕の気のせいかなぁ〜」

「気のせいだろう」

「なっ! 馬鹿にするのも大概にしろ!!」

「馬鹿を馬鹿にして何が悪いの〜?」


 なので馬鹿な貴族が言い掛かりをつけようとやって来たら、ベルチはわざと、オリヴァーノは素で煽る煽る。


「平民の分際で、図に乗るな!」

「恐れ多くも殿下たちの周りをうろつきよって…」

「その顔で取り入ったんだろう、卑しい貧民め」

「クスクス、本当は女なんじゃないか?」

「身の程を知れよ!」


 色々と悪目立ちする俺らは、それでも王族、侯爵家とヒエラルキーのトップにいる。

 マーキュリ家は子爵位の新興貴族だが、外交・商業が発展しているので下品に言えば金がある。

 その上、クレイグとアドニスは第一子。所謂お世継ぎだ。俺も公爵家に婿入り予定なので同じく跡取り。

 どれに取り入っても美味しいトリオとつるむ、身分も後見人もないオリヴァーノとベルチは、野心ある貴族からすると嫉妬の的であり、一番攻撃をしかけやすい奴らだった。


 だ、け、ど。


 だからって、アイツらが大人しく攻撃を受けるはずがねーわな!


「気色悪い。ただでさえ醜悪な面を更に歪ませて、見るに耐えかねん。加えて臭い。直ちに消え失せろ」

「勉強でも魔法でも、ついでに見た目も、平民の僕に劣る分際で楯突かないでよね。そっちこそ(わきま)えなよ」


 オリヴァーノが笑顔と敬語を使い始めたのは、結婚後レイラによる教育の賜物だったので、この頃はまぁ凄かった。

 ベルチと合わさると更に最悪。ベルチは人畜無害そうな笑顔で猛毒吐きだからな。あちらこちらに喧嘩の大安売りだ。

 あん? ああ、その通り。当然恨みつらみ買いまくってたぜ。

 けど、ベルチは抜かりなく弱味を握って抗議を握り潰してたし、オリヴァーノに至ってはちょっと愛想笑いしたら相手がその美しさに魂を抜かれて終了。

 嘘みてぇな話だよなー。





「アドニス様よ、今日も素敵だわ」

「あら駄目よ、アドニス様は婚約者様一筋なんだから」

「溺愛って噂、本当でしたの?」

「それはもう、こちらが照れてしまうくらいに」

「婚約者様が羨ましいですわ」


 見目の良い貴公子は、異性から注目の的だ。

 俺らの中で一番まともに見られるのはアドニスで、実際そう。

 婚約者が絡まない限り、な。

 俺も人のこと言えたもんじゃねーし、オリヴァーノだってレイラへの執着は尋常じゃない。

 けど、アドニスのはそれすらも超える。

 一見本当に普通なんだ。それだけにタチが悪い。


「彼女を愛してるから、全てを知りたいし大事にしたいんです」


 爽やかな笑顔の後で。



「だから、大切に保管してるんですよ」



 そうのたまうんだから、始末に追えねー。


 毛髪から始まり、口をつけた食器、小さくなった古着、小瓶に入った体液などなどなど…!

 おかしいだろ?

 何で保管してんの。どうやって回収したワケ。

 匂い嗅いでどーすんの、てか匂いなんてもう消えてんだろ。

 婚約者の行動が分刻みで事細かく書かれた日記とか何なんだよ。

 クラス違うのに授業中の様子まで書いてあっから、どーやって?って訊いたら、わざわざ人雇って監視してたんだと。監視じゃない、愛だって言い張ってたけど、よく言えるもんだぜ。

 おかしい通り越して、怖ぇわアイツ。





 ん? そんなんじゃ結婚まで難しかったんじゃないか?

 いや、アドニスの結婚はスムーズだったぞ? なんせ彼女…今はマーキュリ夫人か。

 夫人、一切合切気付いてねーから。

 本当、本当。なんっっっにも気付いてねーの。

 優しくて格好良くて素敵なアドニス様、を絶対に崩さなかったからな、アイツ。

 周りにも悟らせなかったし、アドニスの異常性は俺らくらいしか知らなかったんじゃねーかな?


 オリヴァーノとレイラ?

 アイツらは……まぁ、オリヴァーノが譲るワケなかったし。レイラは善良だから、好意のみを向けてくる奴に手酷く出来るような奴じゃねーし。

 押して押して押しまくったオリヴァーノの粘り勝ち。

 っつっても、身分は貴族と平民。その上、レイラは一人娘。

 婚約・婚姻は難しいと思ってたんだけど、全ての問題をその圧倒的美貌でねじ伏せてた。

 あれは凄かったぞ? 「平民と婚姻なんて!」っつってた先代男爵がニコリと微笑まれた瞬間「ようこそ!」って迎え入れてたからな?

 おっそろしいわー。美もあそこまでいくと立派な武器になるって再確認したぜ。まさか身分制度の壁も超えるとは。


 よく考えたら俺の周りって、タチ悪くて面倒くさくて怖ぇ奴ばっかじゃね?







「そんなの、陛下がタチ悪くて面倒くさくて怖ぇやつだからでしょ」

「類友類友〜」


 俺の若かりし頃の話を聞いて、ケラケラと笑うのは2人の子ども。

 キャロライン・ティモールとウェルス・マーキュリ。

 件の悪友どもの子だ。


「うっせーな、誰がだ」

「え? 陛下ったら自覚ないんですか?」

「うーわー、痛い、痛いわー。自覚なしとか痛すぎるって」

父様(ちちさま)やおじ様たちと友人ってだけで、あれだよね」

「だよなー」


 性格父親似な上、父親の言動を見ているキャロラインは平気で俺をからかってくる。王族に敬意欠片もねぇ。両親の特徴を上手に織り交ぜたウェルスも然り。


「お前らなぁ…」

「何ですか?」

「何すか?」

「…………」


 きょとんと無邪気な顔に、毒気を抜かれる。

 堅苦しく接してこられるより、気が楽だからいーけどよ。

 親も親だしな。レイラが止めねー時点で俺に勝ち目はほぼないし。

 ……悪友っつったら。

 ニヤァと口元がつり上がるのが分かる。


「んなこと言ってよー。それならお前らも含まれるからな? なぁ、る・い・と・も?」


 ギクッ、と揃って肩を揺らすとこはまだまだガキだな。

 年相応にはしゃいで悪戯ばかりなこの2人は、たまに年不相応に落ち着いた態度を取る。

 まるで俺らと変わらぬ年の大人のように。

 明らかに違和感になりうるだろうそれは、違和感になりえない。

 自然と子どもと大人を併せ持つ、俺の小さな友人たち。


「へ、陛下とは友人だけど、別に類友じゃないしー」

「俺たち、極普通の子どもだしー」

「国王と友達って時点で普通じゃねーだろ」

「オウサマのくせに子どもと友達な陛下が変なんですぅー!」

「んだと、小さな友人ども!」

「あ、その呼び方物申す。俺小さくねぇから。180はあっから。まだ成長期だし」


 (身長的な意味で)小さな友人だった2人は、成長して高等部生になっている。

 ウェルスも申告通り、背が伸びて“小さな”友人とは呼べないかもしんねーけど。


「キャロラインは範囲内だよな」

「うるさいですよ! 余計なお世話ですよ!!」


 ウェルスと同い年だと言うのに、次男や姪よりも年上だと言うのに、キャロラインの身長は数年前から止まったままだった。


「誰に似たんだかなぁ?」

「親父さんもレイラさんも背高いのにな」

「うぅぅぅぅ〜〜〜っっ」


 チビッコなのを気にしてる小さな友人が、母親譲りの蜂蜜色の目で恨めしげに睨んでくる。

 そんな睨んでも全く怖くねーわ。レイラの威圧ある微笑みの方がよっぽど怖ぇ。

  身長は受け継がれなかったみたいだが、見た目が母親そっくりそのままのキャロラインを見てると、懐かしい気分になる。

 もう高等部生なんだよなぁ。俺も年とる筈だわ。

 ついこの前まで生まれたばかりの赤子だったのにな。

 小さくて、ふにゃりと柔らかくて、頼りない、庇護欲を駆られる存在。

 あの時はまさかそんな赤子と友人になるなんて思いもしなかったけど。



「案外悪くねーよな」



 おかしな悪友どもに似て、規格外に育った小さな友人と過ごすのは、とても刺激的でこれ以上なく面白ぇ!!

「それにしても、キャロラインは本当にレイラそっくりだな」

「そうですか? 父様要素がないのは知ってますけど」

「アイツの要素ちょっとでも継いでたら、今頃騒がれまくってんぜ」

「うげ」

「何て顔してんだ。女の子なら美人願望とか、異性に持て囃されたいとか、ねーの?」

「ひっそり生きたい」

「だよな。キャリーは騒がれなくていいの。そんな奴は俺が即叩っ斬ってやるから、すぐ言えよ!」

「ウェル…っ! ありがとう! 理解ある婚約者を持って幸せだよ!」


 力強く言うウェルスに感激したキャロラインがウェルスの手を握って礼を伝える。

 ……………絶対違ぇ。

 ウェルスの性格というか性質は、残念なことに父親寄りなってしまったようだ。


「いや、父さんみたいに病んではねぇから」

「似たようなもんだろーが」


 収集癖がないからって免罪になる訳じゃねーんだぞ。

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