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間話 おれの姉貴分

「ブロウー、頑張れー!」


 届かない声を友人に送る隣の女性。

 栗毛に透き通ったはちみつ色の目をした、おれの姉貴分。



 おれの姉貴分は変わっている。



 我がハイネル家は特殊な家だと自負している。

 我が家は代々王家直属の影。

 密偵や暗殺など表沙汰に出来ないようなことを一手に引き受けている暗部の長だ。

 だというのに、侯爵の地位を頂いている。

 可笑しな話だ。


 裏の世界の者が何故表の身分を持っているのか。

 それは偏に、じいちゃんと父さんが影として使うだけでは勿体無いくらいに優秀過ぎたからだ。

 じいちゃんの世代の戦争で人が死に、父さんの世代で復興に着手するには圧倒的人手不足だった。

 そこで先代陛下と今上陛下によって引っ張り出されたのが、下手な貴族より統治能力なんてあったじいちゃんたちだ。

 王家の読みはピタリと当たり、情報に強い我が一族は瞬く間に治めてみせた。

 叙爵はしたものの、他にじいちゃんたち以上に優秀で、影の長を任せられるような者がいる訳でもなく。


 結果、暗部を司る侯爵家という変な家が出来た。


 さて。

 我が家のことは王族でも知らない奴はいる。王太子(ぼんくら)とかね。

 知っているのは陛下や宰相など上層部の一部。本当に少ない。

 なのに。


「ん?どうかした?ロコちゃん」


 たかが男爵令嬢でしかないキャロライン・ティモールが、我が家の裏まで知っていて、その上で普通に付き合いをしているのは。


「何もないよ?」

「そう? ところで、ご隠居はいつになったら天井裏から出てくるのかな?」


 持ち前の非凡が理由だった。…何で貴族令嬢が潜んでる生涯現役と叫ぶじいちゃんを察知出来るのかとかおれは突っ込まない。突っ込まないったら突っ込まない。


 キャリーとは仕事先で出会った。

 正確には、キャリーがターゲットだったのだ。

 事の始まりはこうだ。


「お前がハイネルの秘蔵っ子か。……マジで可愛い顔してんなぁ、男に見えねぇぞ」

「おそれいります」

「あー、楽にしていいぜ?今プライベートだしさぁ」

「陛下、目上の者には敬語を使うように教育中なんじゃ。ちょっと静かにしておって下され」

「はい」


 その日、おれはじいちゃんと一緒に陛下と対面していた。

 じいちゃんが直々に訓練している孫を見てみたいと仰せだったらしい。

 ちなみに、この時既にじいちゃんはあのクソ花畑を跡取りに向かないと切り捨てていた。


「ロコロだっけ?仕事は?もう、してんの?」

「きょういく係についてもらいながらしています」

「そーかそーか、聞いてた通り優秀だなー」

「ありがとうございます」

「んー、なぁロコロ」

「はい」

「お前に依頼をお願いしたいんだけど、いいか?」

「えっ!?…っおれ、じゃない、わ、わたしで良ければ!」


 突然降って出た、あのじいちゃんや父さんが仕えている陛下からの依頼。

 どんな内容でも、良かった。

 ただ、尊敬しているじいちゃんたちと同じように仕事をしてみたかった。


「依頼内容は、ターゲットに恥をかかせること!どんなことをしてもいいぜ!」

「恥…、ですか?」

「ああ。アイツ、マジ容赦ねぇからな。かといって俺の罠には引っかからねぇしよ。俺ばっかで面白くねぇ!」

「そのターゲットとは?」

「俺の友人だ。名前はキリ。神出鬼没の大男だよ」


 と、からかいを多分に含んだ、要は悪戯を依頼された。


「えっと、それは、いいのですか?陛下のご友人に、その、いたずらなど…」


 一見ぞんざいな依頼内容だが、相手が許容してくれるという信頼があってのことだと見受けられた。

 つまりは、口では何と言いつつも、仲の良いご友人なんだろう。

 そんな方を相手に、しかも陛下のご友人なら高位貴族の可能性が高い。

 なのに、本当にやっていいのかと、確認を取ってみたところ。


「だいじょーぶだいじょーぶ、思いっきりヤっちまえ☆」

彼奴(きゃつ)なら大丈夫じゃ、心配など無用」


 じいちゃんからもお墨付きを貰った。どんな人なんだろ。


 ターゲット、キリという名の男。

 依頼内容、手段は問わず恥をかかせること。


 尚、ターゲットの情報収集は自力で会得すること。

 1時間後にターゲットが出城する予定になっているとのことなので、それから依頼(ミッション)開始。

 何をしてもいいが、他に被害がないようにすること。

 そして、じいちゃんから付け加えられた要項。

 ターゲットに絶対見られないこと。

 ピンポイントで仕掛けるので察せられても良いが、姿を見られたら失敗。即終了だ。


「頑張れよー」

「良い報告を期待しておるぞ」


 2人の声に見送られながら、おれは陛下の私室を後にした。




 1時間後。


 ……………………何なの?


 情報収集を粗方終わらしたおれの頭の中を巡るのは、その言葉。


 キリ。

 常に黒いローブを身にまとっている、姿も素性も年齢も不明の謎の男。

 4年前に突然陛下の友人と名乗り現れ、警戒した騎士たちを熟練の王宮魔法師たちも驚愕するような魔法で薙ぎ倒し、王城の騎士から魔法師、使用人たちに恐れられ、一部に慕われる存在。

 性格は、傍若無人の一言。

 陛下相手に、周囲に人が居ようとも不遜な態度を崩さない。

 タメ口、暴言、軽い暴力、軽い魔法は普通らしい。


 ……………………………アウトでしょ、これ。


 陛下、友人は選ばれた方がいいと思います。

 不思議なのは、陛下がそんな扱われ方をしているのに誰も何も言わないことと、絶対に舐められる要因となりそうなのに悪意ある貴族たちが大人しくしていること。

 良いネタになりそうなのに食いつかないなんて、これは一体…。



 カンカンカンカンッッッ!!!



「うわ!?」


 突如城内にけたたましく鳴り響く鐘の音に驚く。

 な、何!? 警鐘!?


「緊急警報!緊急警報!!」

「何ですって!?」

「クソッ!何で今日なんだ!非番の日に来いよ!」

「ベテランは新人を見学に連れてけ!あの方は実際に見た方が早い!」

「それ以外の者は最低限の人数を残して退避!免疫の低い者から順に避難しなさい!急いで!」

「前の襲来から2ヶ月だな!久しぶりにあの方を拝見出来る…!」

「出来たら魔法を私に撃ってくれないだろうか…」

「あ!ズルいですよ!それなら私だって!」


 それは、混沌(カオス)の一言だった。

 流れるように避難する使用人たち。

 一気に臨戦態勢に入る騎士たち。

 頬を乙女のように赤らめ興奮して争いだす魔法師たち。

 そして鮮やかに、2人一組になって新人を連れたベテラン。これは騎士も魔法師も使用人も一緒。

 な、何なの…。

 その疑問に答えるように、門番の騎士がその扉を開け、高らかに告げた。


「キリ様、入ります!!」


 真っ黒なローブで全身を覆い隠した怪しさしかない2mを超えていそうな大男が入城した。

 あれがキリか…。


「………」


 よし。早速行動開始だ。

 まずは定番。

 土属性は苦手だけど、使えないことはない。全く使えないのは水属性だけだ。


「(よ、っと)」


 床を弄って、ターゲットの進行方向に突起を出現させる。


「…………、!」


 バッターンッッ!!


 ターゲットは見事過ぎるくらい見事に顔からスッ転んだ。

 え、えぇぇ?

 転ばしておいて何だけど、そんな簡単に引っかかっていいの!?

 ターゲットはむくりと立ち上がると、何もなかったかのようにまた歩き始めた。

 ……恥、かいたのかな?

 周りの人は驚きで固まって動かなくなってるし、ターゲットは平気で歩いてるし。

 …………恥かかすのって難しいね。


 気を取り直して、次。

 風魔法を使って、バカと書いた紙を真っ黒ローブの後ろにペタッと貼り付けた。


「………」


 ターゲットは貼り紙をつけたまま、スタスタと歩いていく。

 周りの人は今度は蒼ざめてその背中を見ている。

 ……これも失敗かなぁ?


「きききききキリ様!」


 どうしようか悩んでいたら、生命体としてヤバいくらいに真っ青になった騎士がターゲットに近付いて行った。


「せせせせ背中に何か付いておりますよ!おおおおお取りしますね!!」

「背中?いい、自分で取る」


 ふーん、声はそんな感じか。

 ターゲットは魔力を操って貼り紙を手元へと運ぶ。

 …………無詠唱。

 本当に居たんだ、そんな芸当が出来るヒト。


「………」

「き、キリ様、あの……」

「右向け右」

「はいっ!」


 ペタ


「今日1日貼っとけ」

「うぇぇぇ!?」

「不満か?」

「滅相もない!!喜んで、キリ様!!」


 やっぱりダメか…。次何しよう。

 そして色々やった。

 窓から入ってきた突風に見せかけた風でローブをめくろうとしてみたり、ペイント弾をターゲット目がけて撃ったり、空から虫の死骸を大量に降らせたりetc…。

 途中から自分でも何やってるか分からなくなってた。

 だって何しても堪えた様子がないんだもん!

 あ、でも虫をばら撒いたのは反省した。周りの人が悲鳴上げて逃げて行っちゃったし。

 まぁ、ターゲットが始末しちゃったんだけど。また無詠唱で燃やしてた。この人の適性ってどうなってるんだろ?


 そして、依頼を全くクリアしてない状態で、ターゲットはついに目的地に辿り着いてしまった。


「入るぞ」


 んなッ!?

 ターゲットは、陛下の執務室へと続く扉をノックもせず、あろうことか足で蹴破って入って行った。

 えぇぇぇ!?

 部屋の中には頭の痛そうな陛下と呆れ顔のじいちゃん。


「キリ…。お前さ、いい加減、蹴って入ってくんのやめろよな」

「お前が蹴破ってもいいと言ったんだろうが」

「そりゃ毎度扉を魔法で大破されられちゃたまんねぇからな!!」

「許可証もないのにのぅ」


 ……王城では魔法師たちが引き篭もって研究している塔以外、基本魔法禁止だ。

 だが、緊急時などに陛下や貴族たちの護衛が魔法を使えないなんてなったら目も当てられないので、騎士など護衛職に就く者には魔法使用の許可証が渡されている。おれやじいちゃんも持ってる。

 使用を出来るのはそれを持った人だけで、それ以外には魔法を使えないように魔力を練っても霧散する魔法が城にかかっていて、不可能な筈なんだけど?


「……ところで」

「あん?」


 今までの常識と百八十度違うことが目の前にある現実に頭を抱えていると、ターゲットが藪から棒に問うた。


「いつまでだ?」

「無制限。気付かれたらアウト」


 ?

 陛下は主語のない質問に平然と答えたけど、何のことだろう?


「隠居」

「まぁ、よくやった方じゃな。いいじゃろう」


 じいちゃんも分かっているみたい。

 そして、ターゲットがくるりと振り向いたかと思うと。


「全く、こんなカワイイ子に狙われるなんて、今日はツイてるぜ」

「ッッッ!?!?!」


 おれの背後に居た。

 どうやって!?

 というか…。


「い、いつから!?」

「気付いたのか?正直に言うと最初からだ」

「なぁ?!」


 ターゲットはショックで固まるおれを小脇に抱えて、天井裏から飛び降りた。

 気配の消し方は教育係にもお墨付きを貰えるほど自信あったのに、最初からバレてたなんて……。


「てかマジカワイイな。天使か」

「ワシの孫じゃからな」

「きっとご隠居以外の遺伝子が良い仕事したんですね。クソカワ」

「ワシそっくりじゃろうが!」

「どこがですか。鏡見たことあります?何なら今すぐにでも水鏡出してあげましょうか?天使とは真逆の悪魔、むしろ死神でしょうが」


 な、なんかさっきまでと態度が全然違うんだけど、どういうこと?


「キリ、素が出てんぞ」

「え?あー、まぁ良いでしょ。ご隠居の孫だし」

「なら、さっさと幻影を解け。キリの声で元の口調に戻ると気色悪くて敵わん」

「失礼ですね。ナフィ、お願い」

『はいはーい』


 ひょこっとフードの中から現れたのは、白髪に歪な笑顔の仮面を被った、手の平に収まる大きさの生き物。


『マスターが願うなら、いくらでも!』


 精霊。

 しかも、その色彩は……。


『【解除】』


 そうして、出会った。



「改めて、初めましてご隠居のお孫の天使くん。私はキャロライン。キャリーって呼んでねっ」



 悪戯っぽく笑ってそう言った、キラキラ輝く瞳に目を奪われた。

 当時おれが6歳だった時の話。




「んー、やっぱ副会長さん強いなー。これは決まりかなぁ」


 そう呟くキャリーは今、不可視に加えて消音などの魔法を行使している。

 この魔法を覚えられたら、侵入とか探索も楽になるのになぁ。

 似たような魔法なら使えるが、こっちの方が魔力消費が少ないし有効的だ。

 というか、出来るなら無詠唱を出来るようになりたいんだよ。声出さなくていいって、隠密では凄いアドバンテージになるよね。

 でも無詠唱はじいちゃんたちでも出来ないしなぁ。だから、じいちゃんたちは隠密で魔法はあまり使わない。魔力探知されてバレたら目も当てられないしね。

 そのことを考えると、やっぱりあの国の城はおかしいね。魔力探知魔法がなかったから闇魔法を駆使して寝所まで侵入してやったけど、あのまま普通に首獲れたよ?あんな雑なのにうちの国を敵視するなんて、滅亡願望でもあるのかな?


「あちゃー、これは決まったね」

「だな」

「まだあんな最上級魔法を使う魔力が残っていらしたのですね」

「隠してたんでしょうね。流石最上級生、上手いです」


 リングでは決着がついていた。

 勝ったのは、副宰相様のご子息。

 まぁ、順当な結果だね。


「キャリー」

「ん?」

「今日この後ヒマかな?」

「この後はウェルと出掛ける予定…」

「また新作ケーキ作ったから食べて欲しいんだけど」

「行こう」


 平凡を主張する非凡なおれの姉貴分は、甘いものが大好きで簡単に釣れる。

 そういうところも含めて、好きだよ?


「なっ、……ロコロ〜!」


 姉貴分の婚約者さんがデートを楽しみにしてるのを分かった上で、誘うくらいには。


「独り占めはダメだよ?ウェルくん」


 おれは姉貴分に天使と称される顔でニッコリと笑った。


おまけ。


 キリの正体を知った後日、キリについて何も言わない貴族たちが気になったので使用人の子供に扮して調べてみた。


「あのぉ、すみません」

「うむ?…使用人のガキか、無礼な」

「聞きたいことがあるんですけど、キリって方につい……」


 キリの名前を出した瞬間、そのおじさんは真っ青を通り越して真っ白な顔になり、冷や汗か脂汗か分からない液体を身体中から噴き出した。


「きききききキ、リ、きりりりりりりりり$¥♪#=○&g×j@」


 最終的に泡を吹いて倒れた。

 …………成程。



当時ロコロ6歳、キャロライン10歳


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