第12話 フラグクラッシャーではないんですよ?
学園祭前。
学園祭間近で浮き足立つ学園内ですが、準備期間が始まるまでは普通に授業があります。
というわけで、現在地魔術棟。
ここは魔法関連の実験教室や、担当先生たちの専用部屋があり、棟自体に強力な結界が張ってあります。
コンコン
「失礼します。2年のティモールです。ヘブン先生、今お時間よろしいですか?」
魔法陣学担当のヘブン先生にも勿論専用部屋があり、私は今日の授業内容で質問があったので伺いました。
ちなみに、ヘブン先生の部屋に入る時は形だけのノックをして返事を待たず入ります。でなければ逃げられますからね。
「……ティ、モー…ル、さ…ん」
「質問があるんですが、先生、お時間空いてますか?」
先生は革張りの椅子に座り、机に書類を広げていました。
「は…い」
「今日の授業で、召喚魔法陣について触れたところなんですが………」
了解をもらったら、さっさかと先生の方へ足を向かわせます。
そして、ヘブン先生が少し書類を片付けて空けてくれたスペースに、持ってきたノートと教科書を開き、すぐに質問を浴びせます。
この間、変に間を開ければ逃げられるので素早さが重要です。
「ここ、は……で、………これと、こっ、ちの…陣…を…」
「ああ、じゃあこっちの…」
机を挟んで教えてもらっていた時、パタパタと廊下側から足音が聞こえました。
この階は生徒に不人気なヘブン先生の専用部屋以外ないので通る人はめったにいないのに珍しいと思っていたら。
「ローザせんせぇ〜」
「!!」
「ぅぐっ!?」
妙に甘ったるい猫なで声が聞こえ、ほぼ同時に、瞬足で近付いてきたヘブン先生に腕をグイッと強く引かれ、机の下に押し込まれました。
「???」
「しっ」
困惑と混乱が混じり、ヘブン先生を見ると、真剣な声で窘められました。
な、何なんでしょう?というか、先程の声、聞き覚えが…?
ガラッ
「ロ〜ザせんせっ、来ちゃいましたぁ!」
はい。分かりました。
ヒロインの声です。
この子、まさかヘブン先生にもアプローチかましてるんですか?
ゲームではメインキャラを攻略してからのみ攻略可能キャラクターだったヘブン先生。
現実は、魅了という特殊能力のせいで、ゲームよりも、かなり…いや、極度の対人恐怖症な方。
教職に就いているのは学園にある設備目当てですし。
そんな対人恐怖症者が、空気の読めないヒロインに迫られて……。
………。
………先生、不憫。
「何、か…」
「えっとぉ、今日の授業でぇ分からなかった……」
「今日、は…も、帰る、ので」
「えぇー?いいじゃないですかぁ、教えて下さいよぉ。せっかく2人っきりなんだしぃ♪」
ああ、グイグイ押されている…!
助けに入りたいですが、ここから出たら余計面倒なことになるのは目に見えてます。
一体どうすれば…。
とりあえず、音声だけではなく、視覚による情報も得ねば。
「(【透視】)」
そう唱えると、机に阻まれた景色が視えるようになりました。
「ところでぇ、せんせって前髪長すぎぢゃないですかぁ?ピン貸してあげますよぉ、ほら!可愛い〜っ」
先生の防御力が半分下がりました。
「あれぇ?せんせって前髪で見えてなかったけど、メガネしてるんですねぇ。ちょっぴりメガネ取ってるところ見てみたいなぁ♪」
「君…も、早く…帰、りな…さい」
「そんなこと言わないで下さいよぉ!もう!帰れなんてヒドいことを言うせんせなんか…、えぃ!」
「!!」
あ。
「〜〜っっ」
ヘブン先生のメガネをヒロインが取り上げました。
まぁヒロインには魅了は効かないんですが、そんなこと知る由もない先生は、真っ青の大慌て。
先生、大丈夫です。
ソイツは確信犯です。
万が一、魅了に掛かっても、私が状態異常を解除する魔法を使えますから大丈夫ですよ!
と、心の中で先生に励ましの言葉を送っていると。
「…わぁ。綺麗」
うっとりしたような声が耳に入りました。
ヘブン先生の目は透き通った薔薇色です。
透明度が凄くて、そこらの宝石より綺麗なんですよ。
………あ、この話し方でお気づきかもしれませんが、はい、察しの通り。
私、ローザ・ヘブン先生のイベント、クラッシュ済みです(笑)。
クラッシュしたのはつい最近ですが、本当にただの偶然ですよ?
今日のように質問しに部屋を訪ねて、逃げようとする先生を捕まえようと奮闘していたら、メガネが取れまして。
「あ」
「あ」
うっかり、バッチリ、目が合ってしまい。
世の中には、魅了に掛かって先生に襲いかかってくる方ばかりではなく、ヒロインのような“状態異常無効化”体質の方がいるということをご説明致しました。
非っ常ーに珍しい体質で、世界に2、3人いるかいないかなので、あまり知られていませんけどね。教科書にも載っていません。
そもそも、先生のような魔眼持ちも、状態異常魔法の使い手もめったに居ないので、知られることもないというか。
珍し過ぎる故に、制御方法も開発されていません。先生のメガネは魔眼封じとかでもなく、ただの気休めです。
私は無効化体質ではありませんが、似たようなものです。
ローザ・ヘブン先生はメインキャラではないし、ゲーム脳のヒロインは絡んで来ないだろうと思っていたんですが、甘かったですね。
流石ビッチ、と言った方がいいでしょうか。驚きました。
何にせよ。
「先生の目、とても綺麗ですね」
「それ、を…早、く…返し、な…さい」
「……えっ?」
ゲームと同じセリフを言っても何もなりませんよ、ヒロインさん。
主人公はフラグクラッシャーではないと言い張る。
ただの偶然なのであると。




