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間話 僕の友人

前話までと重複する箇所があります。

 僕の名前は、ブロッサム・リェチル。

 一応伯爵家の三男。


 父は国の中枢を司る1人で、母は社交界を彩る女傑。

 兄たちは城の高管理職に就いている。

 昔から、僕は兄たちより出来が悪かった。

 何をしても兄たちより、あるいは周りよりも下。

 日々を劣等感コンプレックスに苛まれ、生きることも億劫になってきていたある日、好きな人が出来た。

 出来の悪い僕に優しくしてくれて、そんな僕でもいいと言ってくれた人、だった。

 身体が繋がって、心も繋がったと思ってた。

 でも、結局その人は『リェチル伯爵家』のネームバリューが欲しかっただけだった。

 薄々気付いていたけど、面と向かって「男なんか本気になる筈ないだろ、気持ち悪い」と言われた時は、大分堪えた。


 高等部に無事進級が決定した頃、父に呼ばれた。


「高等部では今以上の成績を修めろ。それから、3年間で卒業後の身の振り方も良く考えておけ。場合によっては支援を絶つ」


 ああ、捨てられるんだと、思った。

 頭が悪いから、魔法も下手だから出来が悪いから、…捨てられるんだ。


 そう思ったら、何か、どうでも良くなって、性癖を隠すことをやめ、元々人見知りで被っていた親しみやすそうな軽くてバカな男の仮面を完璧に装うことにした。


 最初は、僕の性癖を知った奴が近付いてきた時は、少しだけ、希望を持ったりもした。

 でも、やっぱりダメだった。

 誰かに期待することを完全に止め、僕は近づいてくる男に抱かれ、女の子には彼女たちが喜ぶセリフを機械のように吐き、1年間上手くやり過ごした。

 そして2年生になり、僕は変わるきっかけを得る。


「すみません」

「ん~?僕に用かなぁ~?子猫ちゃん」

「アイスカ先生からの伝言で、昼休みに職員室へ来てくれ、だそうです。では、伝えましたので」


 連絡事項を伝えたらもう用はないとばかりに、さっさと踵を返す女の子。

 僕は、その後ろ姿を呆然と見送った。


 僕の周りには、いつもたくさんの女の子たちがいる。

 その子たちは、僕の顔や家が目当てで、僕に媚びを売ってきている。

 けど、どの子にも目の奥には侮蔑が宿っていた。

 世間に認められていない、性癖。

 それをみんなが蔑んでいた。

 なのに、あの女の子の目には、それがなかった。


 期待なんて、もう持たないと決めたのに。

 少しだけ、と自分に言い訳をして。

 女の子を観察し始めた。


 女の子の名前は、キャロライン・ティモール。

 社交界にめったに姿を現さず、その類稀なる美貌から月の精やら女神ヴィーナスやらと呼ばれているティモール男爵のご息女だった。


 観察していて、分かったこと。

 彼女は、とことん人に興味がなかった。

 クラスメイトで特別親しくしている人も居らず、1人黙々と過ごしていた。

 僕への目も、興味がないからこそだと理解した。

 ある日、授業でグループ課題が出た。チャンスだと思い、僕は彼女を誘うことにした。


「キャロラインちゃんだよね~?一緒に組まな~い?」

「ティモールです。誘っていただき光栄ですが、他の方とする約束をしていますので、失礼します」


 キッパリ断られた。

 ここまで来ると清々しい気もするが、少し意地が出てくる。

 …絶対に彼女に興味を持ってもらう!


「話しかけないで下さいと何度言えば理解出来ますか?お粗末な頭ですね」


 彼女の言葉はいつもグッサリと心を抉られる。

 鋭利な刃物や強力な攻撃魔法と比べても何の遜色もないと思う。


「生徒会の一員ともあろうお方が、この学園の特徴をお忘れですか?家の格は関係なく実力のみを評価する。そういうところですよ?伯爵家の害虫様」


 伯爵家の害虫。

 その言葉に怒りは浮かず、何て的を得ているのだろうと思った。

 ずっと自分で思ってきたことだ。…今更、悲しくは思わない。

 それから数日後。

 彼女がかいちょーと決闘をしたという噂を聞いた。


「キャロラインちゃん!」

「セクハラです。それからティモールです」


 朝、彼女が教室に入ってきたと同時に、僕は彼女に飛びついた。…綺麗な回し蹴りを貰いました。痛い。

 噂の真偽を尋ねると、肯定が返ってきた。

 なんてことだ!


「大丈夫だった!?ふくかいちょーがさっき教えてくれたんだけど、結果ははぐらかれるし、かいちょーは今日休みだし、キャロラインちゃんケガしてない!?」

「……、?」


 まくし立てて言っても、彼女はキョトンと首を傾げるだけ。可愛いけど、そうじゃなくて!

 かいちょーはあんなんだけど、その魔力量は王国一で最上級生のSクラスだ。

 痕に残るような傷がついていたら…、かいちょーマジクズ。

 もう1つ気になるのは、勝者の権限について。

 学園で行われる決闘は、命のやり取りは出来ないけど、勝者が敗者への絶対の命令権が得られる。

 自分が世界の中心で、何でも思い通りになると本気で思ってる人だもの。一体どんな命令をされたのか、考えただけでも恐ろしい。

 そんなことを考えていたら、彼女の顔が少し青褪めていた、ような気がした。


「キャロラインちゃん?」

「どいて下さい。ベルが鳴るでしょう」

「ダメ!キャロラインちゃんのケガの具合聞いてから!じゃないとはぐらかすでしょ!」

「…ケガはありません」

「ホントに?」

「はい、なのでどいて下さい」

「良かったぁ…っ」


 僕はその場にへなへなとしゃがみこんだ。

 本当に良かった。だが、安堵のあまり、肝心の権限の方のことを聞いていないことに気づいた。

 そのあと、しつこくどんな命令をされたのかを聞こうとしていたら、昼休みに撒かれるはめになった。

 翌日。


「きゃ…ティモールちゃん!今日こそは教えてもらうからね!」


 またまた教室の前に立ちふさがってそう言ったものの、昨日みたく蹴られたりするんだろうと思っていた。

 が。


「……うーん、迷うなぁ」

「へ?」


 聞こえたのは予想外のセリフ。


「ちょっと来て下さい」

「う、うん…?」


 連れられて行ったのは空き教室。

 彼女は真っ直ぐに僕の目を見て、訊いてきた。

 僕が彼女に構う理由。

 生徒会役員が夢中になっている一年の女子生徒のこと。

 女子生徒の方は意味が分からなかったけど、正直に答えた。


「私、貴方と仲良くする気は全くありませんでした」

「ぅ、うん」

「いつもしつこく話しかけてきて、殴っても暴言を吐いても、毎日向かってくる」

「ごめんなさい」

「その姿はとても魅力的でした」

「ごめ…、え!?」


 今の空耳?魅力的とかどうとか…。


「……私が仲良くする気がなかった理由、興味がなかった以外にもう一つあるんですよ。分かります?」

「?」


 唐突に変わった話題だが、問いかけの答えは分からず、首を傾げた。

 そして紡がれた言葉は。


「アンタらイケメンがいると、周りがうるさくて不愉快なんだよね」


 何だか、あまりにも彼女らしいものだった。


「ふはっ。もう、らしいなぁ~」

「あ、カワイイ」

「へ?」

「うんうん、なんかチャライのは対外用っぽいし、素はカワイイ子なのかな?なお良し。ねぇ、名前なんだっけ?」

「あ、やっぱり覚えられてなかったんだ…。ブロッサム・リェチルだよ」

「ブロッサムね、じゃあブロウって呼んでいい?」

「え?」

「私のことはキャリーでいいよ。ああ、言い忘れてた。ブロウ、私と友達になってください。お願いします」


 もう、急展開過ぎてついていけない。


 そうして、僕は生涯の友となる友人を得た。


 その生涯の友に「さっさと行ってこい!」と、文字通り蹴り出されたのが30分前。

 ただいま、家の前で立ち竦んでいます。


 どうしようか。

 キャリーちゃんに言われて家に来たまではいいものの、何も考えていない。

 というか、何でこんなことになってるのかさえ、よく理解しきれていない。

 キャリーちゃんはどうしてあんなに食い下がってきたんだろう?

 僕が家族に良く思われているはずがないのに。


「おや?ブロッサム坊ちゃま?」


 ドキーッ!

 驚いて、肩が跳ね上がった。


「せ、セバスチャンか」

「お久しゅうございます、ブロッサム坊ちゃま。本日はどうなされたので?」

「えと、その…」


 適当に誤魔化して去ろうかと思ったが、キャリーちゃんの「嘘つきは嫌いになる」という言葉を思い出し、踏みとどまった。…キャリーちゃんのばか。


「今日、泊まっていってもいいかな?」




「久しぶりね、ブロウ」

「はい。顔を見せられず、申し訳ありません、母上」

「顔を上げて席に着きなさい」

「はい」


 あ~、緊張するっ!

 母上は表情が抜け落ちたかのような冷たい顔でいる。

 そりゃそうだろう。可愛くもない息子が長期休暇でもないのに帰ってきたのだから。


「奥様、旦那様と若様たちがもうすぐお戻りになられるそうです」

「そう。…今日は出迎えはよしておくわ。代わりに、帰ってこられたらすぐにここへ来てもらうよう伝えて」

「かしこまりました」


 父上たちも戻ってくるのか…、はぁ。


「ブロウ、学園はどうです?」

「はい。毎日楽しいです」

「勉強は?」

「精進しています」

「実技の方は?」

「契約精霊と上手く関係を築けていると思いますし、先日模擬戦で高評価をいただきました」


 淡々と、抑揚のない声が飛び交う。

 季節はもう夏に近いというのに、寒い。


 コンコン


 ノックが響き、扉が開いた。


「あなた、返事の前に戸を開けるなんて非常識ですよ」

「すまない。気が急いていた」

「ブロウ、久しいな」

「よっ。新年以来だな~」

「父上、兄上、お帰りなさいませ。ご無沙汰しています」

「ああ」

「で、何だってこんな平日に帰ってきて、しかも泊まってくんだ?寮でも追い出されたか?」


 精悍な父と、父親似の上の兄。続いて入ってきた下の兄はケラケラ笑いながら、軽いフットワークで僕の隣の席に腰をかけた。


「いえ、寮は追い出されてません」

「じゃあ、何の用で帰ってきたんだよ」


 父と上の兄もそれぞれ席に着いて、僕を見てくる。


「ぇと、その…」

「?」


 怖い。

 血の繋がりがあるはずのこの人たちに、純粋な恐怖しか浮かばない。

 この威圧感が、恐ろしくて、窮屈で。

 やっぱり、好かれているとか、無いよ…。



“後悔したくなかったら――さっさと行って来い!”



 ……キャリーちゃんって、考えなしに行動するような子だっけ?

 “後悔したくなかったら?”

 何に?

 こんなにもハッキリと断言して、まるで、このままだと僕が必ず後悔するかのよう。

 キャリーちゃんは“何か”を知っている?


「おーい、ブロウ。どうした?」

「………」


 賭けてみようか。

 信じてみようか。


「聞きたいことが、あるんです」




 僕の大切な友人を。







主人公に背中を押された彼は勇気を振り絞った。




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