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間話 わたくしのお姉様

 少し前から、王城に謎の男がやってくるらしい。

 その男はとてもとても強く、騎士たちは全く適わないらしい。

 その男は、陛下の友人で、無礼なことに陛下相手に傍若無人と振る舞うらしい。

 正体不明だが確実にいる謎の男。


 そんな噂。






「あら?」


 当時、数え7歳。

 婚約者に会いに王城内を歩いていたら、廊下をうろうろしている不審者を見つけました。


「お嬢様、お下がりください」


 護衛が警戒していますが、大丈夫ですわ。

 不審者の格好は官吏のものですし、何より知っている方ですわ。


「何をしていらっしゃるんです?ティモール男爵」

「おや、リンシル家のお嬢様。ご機嫌麗しゅう」


 ニコリと一寸の隙もない笑みを浮かべるその方。

 髪留めで一つにまとめた腰まである銀髪に、透き通った海色の瞳、全く日に焼けていない肌は雪のように白く、真っ赤な唇が浮き立つ。

 社交界では知らぬ者などいない、男性とは到底思えない傾国クラスの美貌人。

 それがティモール男爵ですわ。


「ごきげんよう。何していらっしゃるんですの?」

「リンシル嬢には関係のないことでございますので、お気になさらず」

「…そうですか」

「はい」


 嗚呼、何て胡散臭い笑顔なんでしょう!

 文句をつけたいですが、悔しいことにわたくしでは口で勝つことは出来ませんわ。

 この邪気まみれの胡散臭い笑顔と、ペラペラと上手に話す口先に一体どれほどの女性…いえ男性もでしたね、騙されたのでしょうか。


「…それにしても、珍しいですわね。書庫から全く出ない貴方様が、このようなところにいるのは」

「仕事ですよ」

「なら、どうして先程からこの辺りを徘徊していらっしゃるのかしら?…もしかして、迷っていらっしゃるとか?」


 思いっきりバカにした顔でティモール男爵の顔を覗きました、ら。


「……はっ」


 なっ!

 こ、この人、今鼻で笑いましたわ!


「っわたくし、もう失礼致しますわ!」

「どうぞ。……ああ、そうだ、リンシル嬢」

「何ですの?」

「貴女、黒いローブを着た男性を見ませんでしたか?190くらい背がある方です」

「いえ。見ていませんわ」


 そんな特徴的な男性、見たら忘れませんわ。

 というか。


「そんな方、城に入らせてもらえる訳ないじゃないですか」

「そうですか。引き留めてすみませんでした」


 わたくしの言葉は無視し、男爵はさっさと踵を返し、去って行きました。

 んもう!本当に腹が立ちますわ!




「だからリーナはそんなに荒れているんだね」

「荒れてなんかいませんわ!」

「うん。私の分も食べる?」


 わたくしは婚約者のサイラスの部屋で、サイラスと一緒にケーキを食べています。

 まぁサイラスの分はわたくしがもらったのですが。


「ティモール男爵と言えば…、リーナ知ってる?」

「何をですの?」

「男爵は実は人間じゃないんじゃないかっていう噂」

「は?」


 予期せぬ言葉に口が塞がりませんでしたわ。


「何かね、彼の出勤も退出も、誰も見たことないんだって。門番もだよ?いつの間にか仕事場の書庫に居て、定時になるといつの間にか居なくなってるんだって」

「いつの間にかって…」

「城では許可持ってない人以外は魔法使えないし、何より男爵は魔法の適性が低いらしいから、魔法の線はなしでしょ?」

「そうですわね」

「そうすると、男爵はどうやって出勤して屋敷に帰っているのか分からないでしょ?だから…」

「だから、男爵は人間ではなく、人外の力で出勤していると?」

「うん。まぁそれだけじゃなくて、容姿も噂に拍車を掛けてるみたいだけどね」

「……」


 馬鹿馬鹿しいと一蹴しようとして、口を噤みました。

 それは仕方ありませんわ。

 男爵の容姿は確かに人外じみていますもの。

 あれが男性とか…、女性でも女神と例えられそうな容姿ですのに!


「面白いでしょ?その噂で男爵の美貌を納得した人もいるらしいよ」

「でも、誰も見ないというのは変ですわ。城に泊まっているでは?」

「それはないよ。男爵はご息女をとても大切にしているもの。一度彼がご息女のことを語っているところに出くわしたことがあるけれど……、凄かった」


 サイラスがふっと遠い目を明日の方向にやりました。


「父上も宰相殿も真っ白になってたなぁ。盲目的に語っているのに意識飛ばした瞬間拳が飛んで来るんだもの。どうして分かったのかなぁ、本当に人外なんじゃないかな…」

「さ、サイラス…?」


 何だかサイラスの様子が怖いですわ…。

 その時、扉がノックされました。


「何?」

「はっ!陛下からのご伝言です!サイラス殿下、陛下が執務室に来るようにと仰せでございます!」

「父上が?分かった、すぐ行く。ごめんね、リーナ」

「お気になさらないで」


 陛下がお呼びなんですもの。

 如何なる時でも応じるのが臣下ですわ。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 サイラスを見送って、しばらく1人で書物を読んでいた時です。


 バンッ!


 扉が勢いよく開きました。

 驚いて振り返ると。


「きゃあ!ふ、不審者!」


 黒いローブを着て、片足を掲げて立った体勢の人がいました。

 誰がどう見ても不審者ですわ。

 というか、その体勢もしかして扉を蹴破ったのですか?

 騎士は何をしていますの!?


「…あー、ここも違った」

「だから言ったではないですかー!」

「クビになったらどうしてくれるんですかキリ様!」

「悪ぃ。クビになったら仕事先見つけてやるから許せ」


 ど、どういうことですの?

 どうして騎士たちは不審者に敬語を使っているんですの?

 一体この不審者は………ん?黒いローブで背の高い男?


「申し訳ございません!メルリーナ様!」

「すぐに下がりますので…」

「待ちなさい」


 椅子から立ち上がり、不審者を見ます。

 顔はフードを深く被っていて分かりません。

 警戒を解くことはせず、不審者と距離を取ってから口を開きました。


「貴方、ティモール男爵と面識がありますか?」

「聞いて何にする」

「特には。ただ、男爵が仕事場から離れてまで貴方を探していたから、気になって。分かりやすい外見をしていますから、貴方でしょう」

「いや?違うな」

「……本当に?」

「勿論。嘘なんてつく筈ないだろ」


 ……。

 このしれっと言っている感…、男爵に似てますわ。


「貴方…」


「キリ!」

「キリ様!」


 言いかけた時、聞き覚えのある声が飛んできました。

 何やら焦った様子です。


「おぉ、王と宰相」


 不審者が片手を上げて声に応じました。

 無礼な!

 叱りたかったですが、わたくしや騎士や侍女は臣下の礼を取ります。


「お前、何やってんだよ」

「素は隠した方がいいんじゃないか?私室じゃないんだし」

「お前のせいで仮面被る元気ねぇんだよ」

「何があった」

「お前が迷って色々やらかしたからに決まってんだろ!?」

「まぁまぁ。これやるから」


 珍しく怒っておられる陛下に不審者がどこからともなく紙の束を出しました。

 それを受け取り確認した陛下は盛大な溜め息を吐き、宰相様に渡しました。


「はぁー。お前って奴は…」

「またこんなに…。ご丁寧に言い逃れ不可能な証拠まで」

「好きに使え。暇つぶしでまとめたやつだからな」

「暇つぶしで貴族の汚職拾うなよ」

「使えるだろ?」

「そうだけどよ…。はぁ」

「報酬は菓子で」

「俺の部屋に最高級のもんが置いてあるよ」

「よし行くぞ」

「ちょっとは待て!部屋の主を待て!…ったく。メルリーナ、顔を上げていいぞ」


 許しを得て、顔を上げます。


「はい。あの、そちらのふし…男性はどちら様なんですの?」

「ああ、メルリーナ様は初対面でしたね。こちらはキリ様です。陛下のご友人です」

「陛下の…」


 こんな、礼儀のれの字も知らないような方が…。

 不審者改めキリ様というこの方を何故誰も咎めないのでしょう。

 冷徹で真面目と名高い宰相様までこの態度を許しているだなんて、有り得ません。

 いえ、有り得てはいけませんわ。

 なのに。

 本当に何者なのでしょうか。


「格好は不審極まりないですが、身元も素性もハッキリしていますし、キリ様は良い方ですよ。無愛想なだけで」

「おう。キリはスゲー無愛想なのに加えて暴力的だ」

「うるさい、黙れ」

「その暴力も手や足じゃなくて魔法だから質悪ぃのなんのって!」

「………」

「うぁちっ!熱ぅ!おいバカ!魔法止めろ!」


 …え?魔法?でも、詠唱は!?

 魔法を使う時に必須な詠唱が、なかった。

 まさか、でも、そんなこと聞いたことありませんわ。

 聞き逃しただけ、ですわよね…?


「あら?騒がしいから来てみたら、キリじゃな〜い」

「王妃か」

「久しぶりね〜」

「ああ。だが、抱き付くのは止めた方がいいぞ、王妃」

「どうして?」

「お前の旦那の目がヤバい」

「陛下、相手はキリですよ。抑えて下さい」

「分かっていてもムカつくっ」


 陛下は本当に王妃様が好きですから。

 ベリッとキリ様に抱き付く王妃様を剥がし、腕の中に閉じ込めた陛下は満足げです。

 それにしても。


「王妃様」

「あら。メルちゃんじゃない、いらっしゃ〜い」

「え、あ、はい。あの、王妃様。差し出がましいかと思いますが、他の目がある場所で陛下以外の殿方に抱き付くというのは、如何なものかと思いますわ」


 王族のプライベート室しかない所で、貴族たちが居ないとはいえ、使用人たちが変に噂をしたら、あっという間に城内に広がりますわ。危険です。


「うふふ、心配してくれてるの?ありがとう。でも大丈夫よ。だってキリだもの」


 意味が分かりませんわ。


「メルリーナ様。キリ様のことは城内にいる者全てがご存知です。無闇に安易な噂をする者などおりません。万が一、あらぬ噂をしようものなら…」

「しようものなら?」


 言葉を反復すると、普段無表情な宰相様が、ニッコリと、とても素敵な笑顔を向けてくださいました。

 ………。

 恐らく、聞かない方が身の為ということですわね。

 わたくしは空気を読んで貝になることにしました。

 と、そこに。


「きゃ…キリ!」


 銀髪の美貌人、ティモール男爵が現れました。

 何故だかキラキラした喜色満面の笑顔で。

 な、何ですの?このいつもの邪気が全くない笑顔は!

 男爵のそっくりさんですか!?


「…ティモール男爵」

「キリは今日も可愛いな!」

「男爵、ちょっと静かにしようか。王、早く行くぞ」

「ああ、バレる前にな」

「もうバレている気がします…」

「じゃあな、メルリーナ。ああ、もう少しでサイラスも戻ってくると思うから」

「は、はい」


 男爵の口を塞いだキリ様と陛下と宰相様は、若干早足で去って行きました。

 バレる?

 一体何がバレるのでしょ…ハッ!

 あの男爵が目尻も鼻下も口元もゆるゆるにしてデレデレな(さま)

 ま、まさか……。




「あの時は、キリ様とティモール男爵が交際しているのだと思いましたわ」

「ブッ!」

「あはははははっ!」


 あの日から2年後。

 わたくしは9歳になり、謎の男キリ様の正体は本人から教えてもらいました。


「お、親父さんと、キリが、カップル!?あはははっ、ウケる!」

「あの父様(ちちさま)がっ、母様(かかさま)ラブの父様が!まさかのBL!」

「何せあの美貌だからな、男がいても不思議じゃねー!」

「ウェル、それ父様に告げ口してやろうか」

「ごめんなさいすいませんやめてくださいキャリー様」

『キリと交際とは、何とも面妖な』

『キリは大男設定なのにね〜』


 お姉様とウェルさんが軽口を叩き合っている隣で、お姉様と契約をしている闇の精霊様と光の精霊様がお茶受けを手に取りながら、そうおっしゃいました。

 全くもってその通りですわ。

 実の娘と交際していることになってしまいますものね。

 見た目はともかく愛娘だったから、あんなデレデレだったんですわね。気持ち悪いくらいに。


「にしても、メルって父様と仲悪いよね。何で?」

「とにかく、いけ好かないのですわ」

「うーん、父様と全く同じ答えか。父様の場合、リンシル公爵もらしいけど」

「まぁこれはあれだよな。単に相性が悪いんだよ」

「私はそんなことないのになぁ」

「お姉様はお姉様ですわ!男爵とは全く似ておりません!」

「そう?私、父様とは結構似てると思うんだけど」


 いいえ!お姉様は胡散臭くありませんし、最高のお姉様ですもの!


「や〜、でもあの時はまだ若かったな〜。陛下にも平気でむちゃくちゃやったもん」

「まだ10歳か?身分制度をちゃんと意識してなかったもんな。前の意識でナメてたわー貴族社会」

「今思い出しても、ホント打ち首もの!」

「陛下に魔法だもんな!マジヤッベェ!」


 ケラケラとお姉様とウェルさんが笑っている理由はよく分かりませんけど、お姉様が楽しそうなので良しとしましょう。


「ところでお姉様」

「ん?」

「キリ様の噂に、騎士も歯が立たないほど強い、とありましたけど、あれって本当なんですの?」


 そう問うてみれば、お姉様はニヤリと笑って、一言。こうおっしゃいました。


「さあね?」


 結局、噂の真実は分かりませんでした。

 でもきっと、お姉様の隣に座るウェルさんもニヤニヤ笑っているので、そういうことなのでしょう。





 そして、その5年後の今。

 当時の感想は、精霊の適性が無かった為、精霊魔法のことをよく知らずにいたからこそだと思いましたわ。

 今では分かります。


 わたくしのお姉様は優しくて有能で素敵で美しくて、この世で最もお強い方ですわ!





男爵の噂については、サイラス視点の「私の姉上」で主人公たちが城への道のりに通ったところが原因。一部は知っている。

理由、愛娘に早く会いたいから。その一言に尽きる。



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