第1話 おはようございます
私は前世の記憶を持っています。
あ、そこの貴方。電波とか言わない。
事実なんです。
前世の私は地球の日本在住の大学生でした。
趣味は読書とゲーム。
友人は数名。
特に不満なく平和に幸せに過ごしていましたが、大学卒業間際、死亡。
死因は、その時直前の記憶から察するに、友人のストーカーに刺されましたね。
友人は顔が良かったものですから。
そんな私が転生した先は、巷で流行っている乙女ゲームの世界でした。
舞台設定は、中世ヨーロッパなのに現代技術と魔法技術が混じっているという謎の世界の、王族貴族が通う学園です。
ゲームの名前やヒロイン、攻略キャラの名前は忘れましたが、国や学園の名前は覚えていたので間違いないでしょう。
まぁ、間違っていても差し支えはありませんが。
私が何に転生したか。
ヒロイン?攻略キャラ?悪役?
いいえ、作中触れもしなかったモブです。
記憶を思い出したのは幼少期だったのですが、私、とっても安心しました。
だって、そんな名前のあるキャラになったら、絶対面倒ですから。
前世も前世を思い出す前の今世も、基本排他的に生きている私には不向きです。
そんな私は現在16歳。
高等部2年生です。
あ、失礼しました。
名乗っていませんでしたね。
私、キャロライン・ティモールと申します。
男爵令嬢です。
さて、季節は春。
ヒロインは一つ年下で、入学してきたばかりなんですが、中々に恐ろしい。
王族や上位貴族の子息たち、つまり攻略キャラを次々陥落させていました。目指すは逆ハーか。
ヒロインと攻略キャラが絡むと必ず周りが五月蝿くなるので、嫌でも状況が理解出来るのです。
そんな学園に、私は今日も登校します。
「キャリーちゃん」
「カルロさん!」
声に反応し、視界にその人を確認すると、私の顔は自然に綻びます。
カルロ・デアルイさん。
学園の校務員さんです。
「おはよう、今日も早いね」
時刻は7時。
部活に入っていない限り、生徒は8時に登校するのが普通です。
「おはようございます!今日も良いお天気ですね」
「そうだね、仕事がはかどるよ」
「ふふふ、頑張って下さい」
「ありがとう」
キャー!カッコイイ!ステキです!
照れ臭そうにはにかむカルロさんは、可愛さと大人の色気があります。鼻血ものです。
「それじゃ、授業頑張ってね。また、放課後」
「はい!」
ちなみにカルロさんは、63歳の白髪混じりの紳士です。
カルロさんと別れた後、私は職員室に足を向けます。
この時間、まだ教室は開いていないので鍵を取りに行く為です。
扉をノックし、挨拶をしてから入ります。
「失礼します。2年のティモールです。2年A組の鍵を取りに来ました」
「おう、ティモールか。おはようさん。今日も早ぇな」
「おはようございます。アイスカ先生」
赤茶の髪の男性が振り返りました。
ディスク・アイスカ先生。
全学年の魔法戦闘学と1年の薬学を受け持っている方です。
ついでに言えば、先生はゲームの2週目以降に攻略可能のキャラです。
「ほいよ、教室の鍵…と図書室の鍵だ」
私は教室に荷物を置いたら、図書室に行って読書することを日課としています。
確かにそれは先生も知っていますが、アイスカ先生は怠惰の塊です。
知っていてもこんな用意の良かったことはありません。
………。
良い予感がしないので早く去りましょう。
「ありがとうございます。では失礼しました」
「あー待て待て」
ちっ。
「これ図書室に返しといてくんねぇ?」
何ですかそれは。
1000ページはあろう分厚い魔術本が6冊。
ふざけんじゃありません。
私はすぅっと息を吸って、言葉と共に吐き出しました。
「先生、ご自分で返しに行って少しでも運動した方が宜しい思いますよ」
「あん?何で…」
「最近、太りましたよね」
「ギクッ!な、何故それを…」
「1年前より明らかに丸みを帯びています。そんなんじゃ奥さん貰えませんよ」
「グハァッ!!!……わ、わかった。自分で持ってく」
「では、急いで図書室を開けに行きますので、失礼します」
そう言って私は撃沈した先生を端目に職員室を後にしました。
教室を開けた後、図書室に行き、アイスカ先生の本の返却を手伝い、目当ての本を借り、本を読んでいると司書さんが来て雑談を交わし、ベルが鳴るギリギリに教室へ戻りました。
教室では登校してきた生徒が雑談に勤しんでおり、ざわざわと五月蝿いです。
私の席は前から2列目の教卓前。
黒板が見やすく、先生の声もよく聞こえる場所です。
席に着くと同時にベルが鳴りますが、先生が来るまで生徒はお喋りを止めません。
私は1限目の用意をし終え、静かに座っています。
コツン、コツ…コツン
来たようですね。
特徴的なリズムを刻む足音が教室へ近づいてきます。
ガラリ
「…み、皆さん……静かに…してください…」
2年A組の担任、ローザ・ヘブン先生。
全学年の魔法陣学を受け持っていらっしゃいます。
気が弱く、常にぼそぼそと話し、HRも授業も生徒から逃げるように撤収する方です。
顔全体を隠せるほど伸びた前髪の下は眼鏡で目を隠しています。
会話していても、絶対目を合わせようとしません。
…合ってもわからないと思いますが。
徹底的に隠す彼の目には、目が合うとたちまち彼の虜になるという、魅了の力が宿っています。
その力に今まで振り回され、コントロール出来ないまま現在に至ります。
何故私がこんなにも詳しいか、皆さんもうお分かりですね?
彼も攻略キャラです。
アイスカ先生と同じく2週目から攻略出来ます。
ヒロインがその悩みを解決し、先生は前髪を切り、そして素顔はイケメンで女子生徒の話題を攫うとか、そんなストーリーだった気がします。
アイスカ先生より詳しく説明しているのは、単にアイスカ先生のストーリーをあんまり覚えてないだけです。
「…今日の…連絡は…、魔法、戦闘学で…精霊…召喚をする…そうので、体操服に着替えてくること…だそうです……以上っ」
今日もヘブン先生は脱兎のごとく去って行きました。
この時だけ、先生は驚くほど俊敏になります。
そういえば、2週目の攻略キャラばかりで、メインを説明していませんでしたね。
メインは7人。
3年生、俺様
3年生、腹黒
2年生、尻軽
2年生、爽やか
1年生、双子
1年生、従順
以上。
説明が雑?
いいんです。
私、彼らのこと好きじゃありませんから。
さて、1限目は歴史です。
この国の歴史は中々に波乱万丈で面白く、前世で時代劇と戦国時代が好きだった私は戦法などを余談で喋ってくれる歴史の先生が好きです。
と、歴史に思いを馳せていたら肩に虫が止まりました。嫌ですね。
バシッ
「痛っ!?う、後ろ見てないのに何で…」
「最近の虫は口を利きますか。気持ちが悪いので徹底的に潰さねばなりませんね」
「虫!?僕、虫扱い!?」
「失礼。害虫でしたか」
「グレードアップ!!」
気持ちが悪くて仕方がありません。
ああ、嫌ですが紹介しますね。
害虫こと攻略キャラの尻軽です。
容姿は…まぁ乙女ゲームですしイケメンなんじゃないですか?
ボケじゃありませんよ。
記憶に残したくなかっただけです。
しかしストーリーは覚えていますよ。
まず、何故あだ名がヤリ○ンとかチャラ男ではなく尻軽なのか。
本当に尻軽だからです。
受け専門の男色家なのです。簡潔に言えばBL。
女生徒に優しいことは優しいですが、抱かれるのは男。
それをフルオープン。
ということで、実家からは疎まれ、家の跡継ぎは他にいるから学園卒業後は絶縁だと言われて、学園に放り込まれるのです。
そしてヒロイン入学。
1年生の教室に行って、美少女のヒロインに声を掛けて軽くナンパし、目の前で男色家発言をかまします。
それに見惚れていた女生徒たちは嫌な顔、声を上げますが、ヒロインは平然と受け入れ、それを尻軽は気に入る、までがオープニング。
そして好感度を上げ行き、その内尻軽の心がヒロインに向くというストーリー。
…でしたかね?
今思うと、男色家をオトすって無理があるような気がしなくもありません。
それはともかく、恋愛対象が違うという点から尻軽が1番難易度が高くて無駄に負けん気を発揮してやり込んだ記憶がありますが、リアルではごめんです。
ついでに言えば、ゲームのストーリーってヒロインと攻略キャラ視点しかないんですよねぇ。
だから、虐待されているとか嫌われているとか、メインたちの感覚でしかないんですよ。
まぁ、それは置いておきましょう。
今は害虫退治が先です。
「話しかけないで下さいと何度言えば理解出来ますか?お粗末な頭ですね」
「辛辣だね~。僕、伯爵家なんだけど?」
「生徒会の一員ともあろうお方が、この学園の特徴をお忘れですか?家の格は関係なく実力のみを評価する。そういうところですよ?伯爵家の害虫様」
あ、この言い方だと尻軽が伯爵家にとっての害虫だと言っているようですね。
尻軽も黙り込みましたし。
「用件はございませんね?それでは失礼して下さい、邪魔です」
「………わかったよ」
意気消沈と言った風体で一番後ろの席へと戻って行きました。
………消えて下さいの方が良かったでしょうか?
しばらくキャラ紹介かな?