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たろ君の秘密  作者: SHINOBI‐Z
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前編

「たろ君、私に隠してる事とかない?」、


五年の交際、同棲二年目の彼氏にこんなことを聞いてしまった。


『僕は超能力者なんだ』


数時間後、彼からそんな内容のメールがきた。

仕事から帰ってきた、たろ君を私は待ち構えてあんなおふざけメールを送った理由を問い質すことにした。



彼氏こと、たろ君はなんていうかこう…非常にミステリアスな人だ。


外見は至って普通だ。若干幸の薄そうな塩顔でヒョロヒョロもやし体型の27歳成人男性である。背も170ちょっとくらい。


無口で、ていうか肉声すら聞いた事がない。本人曰く(これも筆談だった)障害を持っている訳でもないらしいのだが、とにかく喋らない。こっそり背後から驚かせても悲鳴をあげなかった。(ていうか1ミリも驚かなかった)


これで社会人できるのかと思うけど普通にスーツ着て出勤して、仕事してお給料も貰っているから驚きだ。

職種は事務らしいが、その割には月に2度ほど出張に行く。

長い時は一週間くらいいて、お土産はティファニーとかマークジェイコブスの時計やバッグとかチョコレートとかキャンディとかを買ってくる。どうやら海外(恐らくアメリカ?)に行ってるっぽい。


無表情、とまではいかないけどあまり感情を表に出さず、何を考えているのか私でも分からない事がある。

試しに映画(動物系感動モノ)を見ているたろ君を二時間半観察したことがあるが、眉一つ動かなかった。


あと、余計に動いたりしない。物音一つしないからどこかに出掛けたのかと思ったら、ソファーに座っていてびっくりした事多数。(ちなみに休日は私が外に出ようと言わない限り引きこもる)


それでいてコミュ障なのかと聞かれたらそうではない。ちゃんと相槌をうって一果いちかの話を聞いてくれるし、たろ君に無視されたことはない。

記念日だって忘れないでいてくれる。一果の嫌がる事をたろ君がしたことは一度もない。ゆえに喧嘩もした事がない。



一果(いちか)、あんたさぁ、それ騙されてるんじゃない?」


親友の素子がロングスプーンを私の方へびしりと向けた。

久々に休みが合った素子と遊びに行った途中で寄ったカフェで思いがけずたろ君の話題になってしまった。


「え、どこが?」


「どこがって…そもそも怪しさMAXでしょうがよー。喋らない、笑わない怒らない、何考えてるかわかんないって、クールの域超えてるでしょうがよー」


「なっ世の中には色んな人がいるんだから別にいいじゃない!変人だって!」


「私も変人だとまでは言ってないわよ…」


一果こと遠藤一果と彼女、素子は大学時代からの友人で、何でも言い合える仲である。といっても私がしっかり者で世話好きな素子に一方的に叱られることが圧倒的に多い。


「…たろ君は一果の運命の王子様だもん」


「王子様ねぇー」


素子は手元のチョコレートパフェを突っつきながら話続ける。


「ていうかおかしくない?いつまでたっても勤め先も教えてくれないんでしょ?友達にも紹介してくれないから交友関係も謎のままなんでしょ、ていうかなんで全然本名違うのに、たろ君って呼ばせてるのよ」


「それは…一果が最近まで太郎って名前だと勘違いしてて、そのまま癖になっちゃったから呼び続けてるだけだよ」


「あんたら付き合って五年でしょ?なんで向こうも訂正しなかったのよ」


「そ、れはたろ君シャイだし…」


「シャイどころの騒ぎじゃないわよ、総評『胡散臭男』よ。結婚詐欺とかなんじゃないの」


「そんな結婚なんてっ…」


「照れてる場合か!そのうちお金貸してとか言われたらどうすんのよ!あんた断れる?切り捨てれる?」


「そんな〜たろ君に限ってそんな〜」


「五年付き合っても謎だらけなのに?」


「う…でもそんな時間掛けて詐欺なんてやるの?」


「人によるんじゃない?」


でもたろ君は人を騙すような人じゃないし、一果を陥れようとはしていないと思うんだ。

勿論たろ君が大好きだし、たろ君も一果のそばにいてくれる。お互いちゃんと愛情はあるはずだ。

証拠もなく、たろ君を信じていたかった。


「それでなくともあんたもう27でしょ。もーそろ結婚しなきゃ嫁き遅れの烙印押されちゃうよ?そんな胡散臭い男に構ってるのは時間の無駄なんじゃないの」


「な゛っ…!そこまで言うことないじゃん!」


「でもこれが現実だからね。27歳独女なんてもう廃棄処分に片足引っ掛けてるようなもんだよ。そうなるのが嫌なら一回カマかけるでもして秘密を聞き出したら?他に女がいるとかヤバい仕事してるとか変態だとか。絶対秘密の一つや二つあるから」


「たろ君はノーマルだもん…」


「いや、あんたを選んだ時点で相当マニアックだと思うよ」


こうして素子にボロクソに言われたあたしは、それでもやっぱり気になって、たろ君に聞くことにした。


それでもたろ君は大好きだし、

多少一果を騙そうとしたりヤバい仕事をしてたって塀の外から黄色いハンカチを掲げて待ってたっていいし、

多少浮気性でも携帯を管理して自宅監禁するだけで許してあげる、

多少変態だとしてもたろ君のためなら女王様になってピンヒールでぐりぐりしてもいい。


ただ秘密を秘密のままにしてほしくない。

ちゃんと打ち明けてほしい。たろ君のことを教えて欲しい。


そう真面目に聞いた上での「たろ君、一果に隠してる事とかない?」だったのに。

冗談で返してくるなんてひどいではないか。





「たろ君ちょっと話があるんだけど」


帰宅したたろ君は、部屋の電気も付けずに正座して待ってた一果にたろ君は無言でソファーの上に転がっていたクッションを渡した。

…なんで足が痺れて限界なのが分かったんだろう。


何食わぬ顔でたろ君は足を崩した一果の正面に座る。

その顔からは特に緊張も驚きも見当たらない。黙って此方の顔を見ている。


「…着替えてきてもいいよ」


一果が言うとたろ君は首を横に振った。

一応、真剣な雰囲気は伝わっているのだろうか。


よく分からない。

考えてみれば、たろ君の事に関して知らないことが多すぎる。


いつもこっちの話ばかりでたろ君が、何が好きで何が嫌か知らない。

たろ君がどんな子供だったのか、学生時代の思い出とかも聞いたことがない。

それどころか、どんな性格でどんな長所と短所があるかもちゃんと断言できない事に気付いた。


いつも一果が喋ってばかりで、たろ君が自分のことを喋ったことなど殆どない。

それって秘密云々よりやばいことなんじゃ…?


「たろ君、超能力ってなに。こっちは真面目に聞いてるんだよ?」


今度は上下に一回頷いた。


「いや、コクリじゃなくて!!分かってるなら冗談言わないでよ!それとも本当に超能力者だっていうの?」


コクリ。

笑いもせずに真顔で頷いたたろ君は結構悪質だと思う。そんな顔で肯定されたら、笑って許すに許せない。

それにいくら一果でもさすがにそんな子供じみた嘘に引っかかるわけがない。


いや…まて、でももしかして、たろ君はSFが好きなんだろうか。そこから話題が広がるかもしれない。たろ君のことが分かるチャンスだ。


「じゃあ、どんな能力が出来るの?言ってみてよ」


おもむろに携帯を取り出したたろ君がなにより操作して、一果の携帯にメッセージが送られた。


『人の考えていることが分かる』


シンプルにそう一言だけ書かれていた。

やはりたろ君は頑なに喋らない。


「え…テレパシー能力ってこと?」


たろ君は神妙な顔で(大抵いつも神妙な顔だが…)頷く。


「どゆこと?例えば一果の考えている事とかわかるってこと?」


自分を指差してたろ君に詰め寄ると、特に動揺した様子も無く白いコンビニ袋を私に差し出した。


「あ…醤油。ありがと」


中に入っていたのはいつも使っている銘柄のペットボトル醤油。

そうだ、今日の夕飯作る時に丁度切らしていたんだった。

明日買わなきゃなと思っていた所だったのだ。ていうか自分でもたろ君のことでいっぱいいっぱいで忘れていたのに。

思い返せば、こういう事は度々ある。味噌とかシャンプーとかリンスとか化粧品とか生理用品とか買い置きし忘れたものをたろ君が仕事帰りに仕事帰りに買ってくることがよくあった。

思い返してみれば、シャンプー・リンスはともかくたろ君をキッチンに立たせた事はあまりないし、たろ君がキッチン棚を覗く理由がない。何が足りないのか気がつくわけがないのだ。ましてや化粧品や生理用品なんて。

いままで単にたろ君が気が利くな~と思ってただけど、今気付いた。

これはちょっとおかしい…。


「え、ほんとに?ホントに私の考えている事が分かるの?」


醤油とたろ君を交互に見比べる。

たろ君は相変わらずなんともいえない顔をしている。


「じゃ、じゃあ今日の夕ご飯なにか分かる?」


多分たろ君も匂いで気付いていると思うが、フフッ…それは実はフェイクだ!


『肉じゃが(カレー味)』


なぜ分かった…。なんで、醤油が足りなくて急遽カレー粉を入れてカレーに路線変更したのが分かった。


「じゃ、じゃあっ私の今考えている事は?」


『くしゃみならすればいいんじゃないのか』


ぶぇくし!

部屋の中にうら若き20代女子のくしゃみ音が響き渡る。

気まずい空気の中、たらりと鼻水が垂れていく。


…たろ君、まじで?

本当に心で思っていることが分かっているのだろうか。

それどころか一果が隠していることも?


例えば、今日の肉じゃがカレーで使用した豚肉が若干変な匂いがしてたとか、バストサイズがCってたろ君には言ってたけど実はBなのも知っているということなんだろうか。たろ君の服の匂いを洗濯する前にこっそり嗅いでいることも、高校生時代は80キロオーバーの巨デブで渾名が「大横綱」だったこととか、全部?


一果の携帯にメッセージが届く。

そこには一言だけ。


「たろ君!?なに『ゴメン』って!?え、ちょっと嘘だと言って!ねぇ…」


うわああああああああああと私の断末魔の叫びが多分おそらくマンション中に響き渡った。





「はい…あぁ、すいません。これはただ私が取り乱してしまっただけで…今後はこのようなことはないよう努めますので…ご迷惑かけました。ええ、あ…そういう病気なんです、頭の…」


ガチャと玄関のドアを締めてやっと一息ついた。

まさか夜中に咆哮を上げたくらいで通報されるとは思わなかった。


「でも大丈夫かな。さっきの始終ぼーっとしてたけど」


そのおかげで割とすぐに帰ってもらえたけど。

取り調べってあんなに簡単なものでいいんだろうか。


「ぎゃあ!」


踵を返して部屋に戻ろうと、すぐ背後にたろ君がいた。

なんでそんなやたら滅多に気配を消すんだ、君は…。あれ…?

もしかして、これもたろ君が?


見上げるとたろ君はゆっくりとした動作で首を振った。YESと。


曰く、『軽い催眠ならかけられる。効果も数分程度までだから今後の職務には影響はないと思う』とのことだ。


どうしよう、一果の彼氏は本当に超能力者だった…。


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