夜桜〜花びらに願いを込めて〜
先日、夜桜を見に行きました。
凄く綺麗で、自然と涙が出てしまいました。
いつからだろう。
俺は昼に見る桜より、夜に見る桜の方が好きになっていた。
周りは「花見は昼にするもんだ」と云うけれど、俺は夜に桜を見ることだって立派な花見だと思う。
それに、自分の名前でもあるし…
「夜桜ー、今日一緒に夜桜見物しない?」
「夏花…夜桜見物って、どっちの?」
話しかけてきたのは隣に住むクラスメイト、花咲夏花だ。こいつはしょっちゅう俺の家に来ては俺を連れ回す、ちょっと面倒臭い奴である。
おまけにすごく失礼な事を俺だけにズバズバと云う。本当、容赦なく。
「桜の方に決まってるじゃない」
「なら、桜の方だって云ってくれないと分からないよ」
「そう?私にとってあんたを見るのなんて見物にならないんだけど」
それは酷い。俺は同級生の中でもそこそこ顔は良い方だと思うのだが…
まぁ、自分で云ってしまえばただのナルシストになってしまうな。
「あ、そう」
「で、夜桜見物する?しない?」
「別にいいけど、時間にもよる」
「時間かぁ…えーっと、じゃあ八時位はどう?」
「いいよ、八時で。どこで待ち合わせにする?」
おっと、これは失言だったか。ここは普通、「じゃあ八時に家に迎えにいくよ」とでも云った方が良かったのだろうか…?
「待ち合わせねぇ…えっt「や、やっぱり、俺が迎えにいくよ」
「え?何?迎えに?」
「じゃ、じゃあ八時にねっっ」
俺はそう云って、ダッシュで自分の部屋に駆け込んだのだった。
「もう…なんなのよ急に…」
約束の午後八時に、俺は夏花を迎えに行った。
「夏花ーっ、準備できたかーっ?もう行くぞー」
「ま、待ってよ。まだ靴履けてないんだからっ」
先に玄関を出ようとする俺を引き止めながら、夏花は靴を履いた。
「よっと…じゃ、行きますか?」
家の前の階段を飛び降りて振り返り、夏花の手をとった。
いつもより温かい気がした。
「服…着替えたんだな」
朝見た時は白のフリースに黄色の上着で下は紺のズボンだったのに、今は薄桃色のワンピースに白いカーデガンを着ていて、いかにも女の子って感じの服になっていた。
「まぁ、ね」
なんだか返事が素っ気なかった。
「その服…似合ってるよ」
そう云って夏花の顔を見ると、夏花の頬は辺りの桜の色と同じ色に染まっていた。
なんだか可笑しくなって、つい笑ってしまう。
「な、なに笑ってるのよっっ」
「いやあ、夏花が可愛いなぁって思ってね」
そう云うと増々赤くなる夏花を見て、俺は心臓がドキドキしている事に気がついた。
あぁ、きっとこれが、恋なのだな…などと考えていると、目的の場所に着いてしまった。
場所は近くの森林公園。桜の木が多くあり、夜でも凄く綺麗に見えるのだ。
「やっぱり綺麗だな、此処の桜は」
「そうね…」
変にライトアップされていないから綺麗に見えるのだ。まぁたしかにライトアップされているのも綺麗だが、こうして自然な方が俺は好みだ。
ふと俺は、桜を見ながら桜の花びらにまつわる伝説を思い出した。
「「あのさ」」
「え…?」
「あ、えっと、夜桜からで良いよっ」
まさかハモるとは思わなかったので、少し驚いてしまう。なぜなら、俺と夏花の息が合うなんてことは、
これまで無かったからだ。
「えっと…夏花はもう知ってるかもしれないんだけど、桜の花びらを地面につく迄に手でキャッチすれば願い事が叶うって伝説があるんだ。まぁ、あんまりあてにされてないみたいなんだけどさ」
「そっか…でも、私も知ってるよ。その話」
「そう…か。」
なんだか少し、寂しくなってしまった。
「どうしたの?悲しそうな顔しちゃって」
「ん?まぁ、俺が教えてやろうと思ってたのに、お前がもう知ってたのがちょっと悲しいなって思っちゃってさ」
「なによそれ。そんなに悲しそうな顔することなの?」
「することだよ」
そんな話をしながら、俺たちは公園のベンチに腰掛けた。
「夜桜」
ふとしたように、夏花が口を開いた。
「私ね…夜桜が好きなんだ」
「うん。俺も」
「そ、そっちじゃなくてっ」
慌てて訂正が入る。
「え?そっちじゃなくて?ん?」
「だ、だから…その…あんたのことが好きって云ってんのよっ」
へ…?夏花が、俺を好きだって…?
「な、夏花、それ、本当?」
「ううう嘘なんか吐かないわよっ」
リンゴみたいに顔を赤くして云う夏花が、とてつもなく可愛かった。
「じゃあ信じてもいいんだね」
「当たり前よ…」
風が吹き、花びらが風に乗って飛んでくる。素早くキャッチした俺は瞳を瞑り、その花びらに願いを込めた。
「何を…お願いしたの?」
小首をかしげる夏花に、俺は云った。
「夏花とずっと一緒にいることができますようにって願ったんだ」
「///ば、馬鹿っっ」
耳まで真っ赤に染める姿に、やはり可愛いと思ってしまう。それに、夏花を誰にも渡したくないとも思ってしまう。
「夏花…こんな俺で良いのなら、一緒にいるけど…?」
不安になって、俺は聞いた。
すると、キョトンとしたように夏花は云った。
「馬鹿ね。あんたが好きだから私は側にいるのよ?
それに、さっき云ってたじゃない…『ずっと一緒にいることができますように』って。だから…一緒にいなさいっ!」
最後の方は命令形だったけれど、これが夏花の精一杯なのだろう。
ちょっと残念だけど、やっぱり嬉しい。
「うん…ありがと」
そう云って俺たちは、再び手を繋いで歩き出した。
「そういえばさ、夏花は髪を下ろしてても可愛いけど、こういうのも似合うと思うんだよね」
夏花の髪の毛に、自然に出来た桜の簪をさして云った。
「…ありがと…」
「どういたしまして」
フフッと笑い合って、俺たちは…口づけを交わした。
桜の神様。
俺が思うに、あの花びらの伝説は本当なんだと思います。
以前お願いした願い事も叶いましたし、今回お願いしたこともきっと叶うと思うんです。
だから神様。俺たちの願いをどうか叶えてください。
俺は、夏花が好きだから、ずっと一緒にいたいんです。
なぜなら夏花を好きになってよかったって、思えたから。