第6話
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町の中心から少し外れた場所にある、小さな丘。
幾つも並んでいる中のひとつの墓の前で、ヴァージニアは膝をついた。
それは刻字された名がはっきりと読み取れる、まだ新しい墓石。その前に、抱えていた花束をそっと置いた。
「…………」
空になった手を胸の前に運ぶと控えめに十字を切り、両手を組む。
周囲を満たす、人工的な音の排除されたどこか厳かな静謐。太陽さえも遠慮しているような穏やかな静けさの中、ヴァージニアは長く長く祈りを捧げていた。
狭く小奇麗な墓地が漂わせる、時間に取り残されたような錯覚。
その奇妙な静謐と沈黙の中で、どれくらいそうしていただろう。
やがて組んでいた手を解くと、ヴァージニアはおもむろに立ち上がった。しばらく名残惜しそうに墓石を眺めていたかと思うと、最後に一言だけ声をかけて踵を返す。
そしてこの行動は、すでに二度目だった。
二つの、まだ新しい墓石の下に眠る故人の死は、今でもヴァージニアにとっては忘れられない鮮明な記憶として刻まれており、その反面で未だ全てを受け入れられていないのも確かだった。
墓に背を向けたヴァージニアが目線を上げると、少し離れた場所にその姿を認めてそちらの方向へとつま先を向ける。
そして声をかけるにはすでに近い距離まで歩み寄ると、奇異なものを見るような、それでいて興味深げな表情をした青年に頭を下げた。
「ありがとう」
それは心からの感謝のつもりだったが、対する青年は何故か複雑そうな表情を作った。
「礼を言われるようなことはしていない」
僅かに困惑したような声色。この青年が人間ならば単純な謙遜にも聞こえたのだろうが、明らかにそれとは違う。
「でも、あなたがいてくれなかったら、叶わなかったわ」
「…………」
ヴァージニアが真っすぐに向けた微笑みに、青年は呆れたように目を逸らした。
「最後に、あの子達の所に行っておきたいの」
ヴァージニアは力なく、しかしはっきりとした口調で言った。
「多分、私はあの日まで生きられない。もし生きていたとしても動くことなんてできない。それは、あなたの方がよく知ってるんじゃないかしら」
「…………」
青年は何も言わない。事実だからだろう、そうヴァージニアは確信した。
やはりと思う反面、突然心の奥で何かがぽっかりと抜け落ちたような感覚に襲われた。
喉元までせり上がってきた強烈な寂寞感と喪失感を寸前のところで嚥下し、ヴァージニアは自分を見下ろす緋色の目を睨むように見返していた。
そして。
「……分かった」
返ってきたのは簡潔な承諾。
この青年は恐らく拒絶するだろうと思っていただけに、意外にもあっさりと聞き入れられたことにヴァージニアは驚きを隠せなかった。
「本当に……?」
念押しするように訊ねると青年は迷わず首肯し、濃密な翳りを滲み出させている黒い外套を大きく翻した。
……………………
逸らされた緋い目を、ヴァージニアの視線が追う。
こうして傍に寄ると、青年を構成するあらゆるパーツが改めて作り物のように見える。それは目や肌の色からくる印象だけではなく、もっと根本的な何かのように思えてならない。
「……何だ」
まじまじと眺められて決まりが悪いのだろうか、奇妙に整った貌の眉間に皺が寄ったのが分かった。
ヴァージニアは楽しそうに含み笑いを浮かべながら「何も」と返すと、別の話題に切り替える。
「ねえ……私から頼んでおいて今更訊くのも変だけど、こんなことして良かったの? 誰かから咎められたりしない?」
黒フードの下の人形のような貌を見上げながら訊ねる。すると今まで困惑に近かった青年の表情が、一瞬のうちに真剣なものに変わった。
「問題があるなら迷わず拒否した。それに万一何らかの問題が生じても対処ができるように、こうして俺がついている」
青年の言う問題というのがヴァージニアを憂慮したものではなく、ヴァージニアが外部へ与える影響のことを指しているのは想像に難くない。
何故なら、本来ヴァージニアはこの場所にいてはおかしいのだから。
「そう。それならよかった」
一切気を遣うことをしないレギの発言に気分を害した風もなく、その会話すら楽しんでいるようにヴァージニアは小さく笑った。
そう言えば、死神にも一種の禁忌の類が存在すると青年は言っていた。
病気の影響を失くして自由な行動を可能にすることはできても、明確な死期を告げたり、ましてや延命などは絶対にできないのだと。
実際にヴァージニアに赦されたのは、知る由もない余命分の時間だけ。目的を果たさずに突然その時を迎える可能性も十二分にあったのだ。
けれど、まだその瞬間は訪れていない。
ヴァージニアは少し悩む素振りを見せた後、悪戯っぽく笑って言った。
「ね、まだ時間があるみたいだから、もう一箇所……付き合ってくれない?」