第2話
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この日も、ヴァージニアは近所の公園のベンチで一人静かに本に目を落としていた。
太陽の匂いを含んだ初夏を告げる涼風が、心地よく枝葉を鳴らす。その隙間から零れる光が不規則に形を変えて、膝の上に広げられた本の上で遊んでいた。
草木以外は土肌を露出させただけに近い散歩道と、忘れられたようにぽつりぽつりと置かれたベンチがあるだけの小さな公園。視界の開けているこの場所からでも、目に付く通行人はまばらだった。
明るい静けさに溢れたこの公園が、ヴァージニアのお気に入りの場所になったのは割と最近のことだ。特別読書家というわけでもないのに、気付けば足繁くここに通い、穏やかに流れる時間に身を委ねるのが日課となっていた。
そうでもしていなければ、気持ちがどんどん後ろ向きになってしまう気がするから。
「…………」
ヴァージニアは読みかけのページに栞を挟むと、そっと本を閉じた。間に挟まれた空気が逃げてゆく感覚が本を通して伝わる。そして小さく息をついて、枝葉の向こうの青空を見上げた。
そろそろ家に戻る時間だ。
今更大した意味をなさないと思ってはいても、そういう部分にひどく几帳面なヴァージニアは決められた薬の時間を毎日守っていた。それは今日も例外ではない。
空の青を映して濃度を増した瞳。そこに窺く虚しさを追い払うようにして、おもむろに目を閉じる。
そして自分に気合を入れ直すように小さく「よし」と呟くと、膝の上に乗せていた本を脇の鞄に仕舞った。鞄の口をきっちりと閉じ、立ち上がろうと目線を正面に戻す。
「あれ……?」
不意に漏れた疑問符は、突然強く吹いた一陣の風によってさらわれた。落ち葉と、新しく枝から離された葉が舞い上げられ、思わず顔を庇うようにして背ける。
目を逸らした時間は、ほんの一瞬。
風が止み、次にヴァージニアが同じ場所へと視線を向けた時。そこには何も変わった様子はなく、見慣れた公園の景色が広がるだけ。
「……?」
ヴァージニアは小さく首を傾げながら、一帯をぐるりと見回した。不自然なものは何ひとつない。
……見間違い?
すぐにそう思ったが納得はいかず、訝しげに眉を寄せた。
果たして見間違うだろうか。
“あんなもの”を。
しばらく何もない空間を見つめていたヴァージニアだったが、やがてはっとした表情を作ると、
「そうだ、帰らないと」
鞄を肩に引っ掛けつつベンチから腰を上げ、自宅方向へとその足を向けた。
風を切る爽やかな感覚を肌に感じながら、公園を後にする。
「…………」
その途中で一度だけ振り返った。
そこにはたった今までヴァージニアが座っていたベンチが置き去りにされている。
……やっぱり気のせいだったんだわ。
強い懐疑心を抱きながらも無理矢理にそう自分を納得させ、黒い翳から逃げるように帰路を急いだ。
……………………