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第一話「それが四人の始まり」



 きっと世の中は、誤魔化さなければ生きづらいものなのだろう。

 そんなことをふと考えてしまう、うら若き少年である立花(たちばな)真司(しんじ)は今日から高校生である。


 特に勉強を頑張る気になれず大した目標も持っていなかった俺は「とりあえず高校には行くか」なんて軽い気持ちで自分の家から一番近い高校を受験し、なんとか合格した。

 試験の時わからない問題が出て、落ちたらどうしようと心底怯えてしまったのはここだけの秘密だ。


 そんなこんなで、今日は初登校の日なのである。おニューのブレザーを身にまとい、新しい生活に思いを馳せ、ちょっぴりうきうきな高校一年生だ。

 子どもみたいにはしゃぐ歳ではないと思うが、それでも新しい生活というものにわくわくしてしまうのは仕方がないことだろう。


「いってきます」


 そう言って家を出る。

 自転車に跨り、ゆっくりと漕いで歩道を走っていく。俺の家は市の中心部からは少し離れた田舎にあるので、田んぼや畑がやたらと目につく。

 それから十分ほどで学校に到着し、一年生用の駐輪場に自転車を止める。

 どうやら生徒たちが本格的になだれ込む前であるらしく、止めてある自転車の数はそう多くない。


 そうして駐輪場から学生用玄関に向かう。

 と、そこで改めて『高校』という建物と相対した。

 ……建物、意外と古い。



 入試の時はテンパってたから良く見てなかったもんなー、とか、よく見れば可愛いとか世の中では人を評するしこれもそれの一種なんだろう、とか思いながら靴を脱ぎ、下駄箱に納めた。


「……一Bか」


 生徒用玄関に貼られていたクラス分けの紙で、自分の教室を確認した後、目的地へ向かう。

 どうやら、一年生は一階の教室……という訳ではないらしく、二階の教室だそうだ。なんでも、一階には家庭科室や二年の教室があるからそうなっているとか。


「……これから毎日階段上んのかよ……」


 と、若干ゲンナリしつつ小声で呟き、階段に足をかける。

 階段を登りきると教室が見えてきた。教室の入口に掲げられているクラス表記を見て、自分の教室で間違いがない事を確認し中に入る。


 ――教室の中は、ぱっと見で四十人分ぐらいの席が用意されており、十数人だろうか、それくらいの生徒が来ていた。

 席が隣同士のやつらは、どこの中学から来たかだとか、どんなものが好きかだとか、楽しそうに話していた。

 一人で暇そうにしているやつは恐らく同じ中学のやつが来るのを待っているのだろう。あるいは……。


 まあ、何はともあれ自分の席を見つけ、座り込んで一息つく。


 俺の席は、真ん中の列の後ろから二番目だ。窓際が良かったのだが、文句は言うまい。最前列に比べればなんてことはない。

 椅子にだらりと腰掛け黒板を眺めつつ、これから入学式かー、とぼんやりしていた。


 そうしていると、右隣りで椅子を引く音がした。どうやら右隣の席の人が来たようだ。視界の端に映る人影がある。


 ――エロい人、というか我がいやらしき友人が言うには、人間関係は初めの印象が大事らしい。例えどんなに人間として終わった性格をしていても、第一印象さえ良ければ友達はつくれるとやつは仰っていた。

 ならばここはやつの言葉にのっとり、あいさつをすべきだろうか。


 笑顔で? さわやかに? 


 一度、まるでアイドルグループの一員であるかのようなさわやかな笑顔を浮かべた自分を思い浮かべてみた。歯がキランと光る。……気持ち悪い。

 無理無理、キャラじゃない、そう結論付けて先ほどの不愉快な映像を心の戸棚に投げ入れる。


 けど、仲良くなりたいとは思うしな。 


 そんな事を一瞬ごちゃごちゃ考えたが、考えても悶々とするだけなのでとにかく行動を起こすことにした。失敗したらエロい人にアイアンクローだ。

 身を翻そうと、身体各所に力を込める。と、

 

「隣の席だね。これからよろしく」

 

 ……思わずズッコケそうになった。

 今のあいさつは俺が発したものではない、隣の席の人だ。どうやらその人物もあいさつをするかどうか考えていたらしい。

 俺のなけなしの勇気はどうすれば……弁償しなさいよぉ! と、内心ブーブー文句をたれながら右隣りの声の主を見やる。

 

 ――そこには可愛いらしい女の子が座っていた。

 

 細身ではあるが凹凸(おうとつ)もあり、左の前髪をヘアピンで止めた長く艶のある髪に、可愛らしさと綺麗さを併せ持った容姿。でも、深窓の令嬢ってわけではなく。表情のせいなのか、どこか快活さも感じさせる、そんな印象を受ける女の子だ。


 可愛い子だな、と俺は内心思いながらその子をみつめ……――いや待て。今はそんなことより返事をしないと。


「あ、ああ、よろしく。――はじめまして、俺、立花真司っていうんだ」


「はじめまして。……立花真司君……かぁ……。わたしは清水(しみず)香里(かおり)っていうの。好きに呼んでくれていいよ」


「ん。じゃあ、清水さんて呼ぶから。俺の名前も好きに呼んでくれていいぞ」


 努めて冷静に返すが、心の内はおっかなびっくりだった。

 こういう時、どう行動するのが正しいのだろう。苗字+さん付けで呼んだほうが無難なのはわかる。だが、名字呼びはどこか壁を感じさせる。だからって名前呼びは……思春期の内気な少年(仮)である自分にはハードルが高い。エロい人は、こういうときは名前で呼べって言ってたけどなぁ。


 ビクビクしながら、彼女の言葉を待つ。


「……そっか。じゃあ、わたしはあなたの事、立花君て呼ばせてもらうね?」


「おう」


 彼女は自分の呼称について言及しなかった。

 どうやら名字呼びで問題なかったようだ。ああ良かったと心底安堵する。

 もし名前呼びして、「それはちょっと……」みたいな事になっていたら、エロい人の頭蓋が砕けてしまうところだった。ついでに俺の心も。


 そんな事を考えていると清水さんが、いかにも気になるといった様子で問いかけてきた。


「ねえねえ。立花君てさ、どこの中学から来たの?」


「俺はこの近くの中学からだよ。……そういうお前はどこから来たんだ?」


 俺の返答を聴いて、彼女は一瞬ほっとした顔を見せた。が、俺が質問を返すと今度は、はっとした表情をした。コロコロ表情が変わって面白いやつだな、と思う。


 だが、その後彼女は誤魔化すように態度を変えた。……なぜか、よりにもよって不遜な感じに。


「女の子にあまり不躾な質問をするものではないよ、ハッハッハ」


 彼女は冷や汗を流しながら、キランとでも目が光りそうなぐらいわざとらしい言葉遣いと表情でそう言った。


「……いや、誰だよお前……というかそこまで不躾か?」


「……さっき言ったよね?」


「いや、今のは名前を訊いたわけではなくてだなっ。俺が聞いてるのは――」


「……」


 無垢な瞳でこちらを見てくる。


「……あの……」


「……」


 小動物を思わせる潤んだ瞳でこちらを見てくる。それ以上言うな、とでも言いたげに。


「もういいですぅ……」


 なんだか悪いことをしている気分になってしまい、思わず両手で顔を覆ってしまった。



 清水さんの奇行はさっきの一回きりで、今は平常運転で俺と会話をしている。

 とりとめのないこと、まあ普段何してるかとかそういったものから、俺たちはお互いの事を話した。……教えてくれない項目のほうが多かったのだが。


「………私の事、知っても良い事ないよ」


と、申し訳なさそうな顔で言われてしまえば、不躾に質問した自分が悪いと思い、追及はできなかった。そもそも食い下がってまで聞くような内容でもない。ちなみに、彼女の趣味は読書だそうだ。


 和気あいあいと話していた俺たちだが、そんな時ピンチが訪れる。


 ――そろそろ限界だ。インドア派な俺は会話のボキャブラリーに乏しい。すでに会話のネタは尽きかけている。このままでは浅はかな人間だと彼女にバレてしまう。

 などと、さほど危機感を持っていないにもかかわらず心の内で大げさに表現した俺は、そろそろ会話をきりあげようかと考えていた。

 すると、


「おっす。もう友達できたのかー? 真司にしちゃあ手が早いな」


 なんて、陽気というか軽い感じの声が聞こえてきた。この声には聞き覚えがある。つい昨日も聞いた声で、うちにエロ本を疎開させてきた人物だ。

 俺はさっと右後方の声の主を見やる。


「よう、エロい人。昨日ぶり」


 俺はそうあいさつを返した。その人物はその言葉を聞いて「え、ちょ」と慌てていた。図星だからだろうか?


「え、この人……えぇー」


 清水さんは俺の発言を聴いて、その人物に目を向ける。その視線はなんとも冷たい。


「初っ端からこの扱いかよぉ!! ひどいっ……」


 ボサついた髪をした長身のそいつはわざとらしく、よよよと泣き真似をしながらあまりにもひどい自分の扱いに抗議してきた。

 こいつの名前は来栖(くるす)悠一ゆういち。中学から一緒で、友人といっても差し支えない人物だ。

 一応フォローしておくと、『エロい人』というのは俺が勝手に呼んでいるだけで、こいつは一般的なエロについてしか知識を持ち合わせていないはずだ。たぶん……きっと……そうだといいなー。


 ちなみに、こいつが昨日俺の家に置いていったエロ本はドМ向けのものだった。表紙に映るボンテージのお姉様と猿轡噛まされたおっさんが非常に眩しかったですまる。


 そんな内心はさておき。


「冗談だって。……で、この子はさっき知り合った子で、清水さんっていうんだ」


 とりあえず、悠一に清水さんのことを紹介する。すると、清水さんはいすまいを正し彼の方を向く。


「ええと、清水香里っていいます。よろしくね」


 彼女は悠一のことを若干警戒しつつも、自己紹介をしてくれた。


「おー、よろしく。来栖悠一っていいます。真司の友達な、一応」


 彼女のそんな微妙な雰囲気を気にした様子もなく、悠一はニカッと笑いながらそう言い、カバンを肩から下ろす。


「一応ってなんだよ」


「冗談冗談。俺ぇ、お前ぇ、友達ぃぃー」


 悠一は指をさしながら、やたら間伸びしたしゃべりかたでそう言った。その言い方にイラッと来た俺は、こいつを少しからかってみることにした。


「……今まで言いだせなかったんだが……友達じゃないぞ俺たち?」


「ハァァ? な、なんだよそれ!」


「ごめんね、勘違いさせちゃって。でも俺、そんなつもりじゃなかったの。――これからは、赤の他人でいようね?」


「俺は勘違いして惚れたモテない男ですかッ!? ていうか、裏声やめろキモい!」


「お前のエロさには負けるよ」


「……いくら俺でも泣くからなっ! ちくしょうっ」


 そういって両手を机につき、ズーンとでも聴こえてきそうな勢いで落ち込んでいる。

 こいつは普段はこんなだがなんだかんだでルックスも良く、優しく気がきくため、わりとモテる。だが浮気はせず彼女一筋だ。……そう、彼女がいる。

 世のモテない男子に変わり、アイアンクローをしてしまったほうがいいだろうか。


 そこまで考えて、こいつがいつもと違うことに気付く。


「おい、はるかは一緒じゃないのか?」


 違和感の原因である人物の所在を悠一に問う。


「えっと、遥さんて?」


 清水さんが疑問を口にする。


「こいつの彼女だよ。いつもこいつと一緒なのに今日はいないから」


 そう、いつも一緒だ。

 中学二年で同じクラスになった俺たちは、暇な時は三人で過ごした。

 中学三年の時、二人が付き合うことにしたと聞き、これで三人で遊ぶ事は減っていくんだろうなと、柄にもなく寂しく思ったものだ。

 だが実際はそうではなく、いつもと変わらない毎日があるだけだった。

 怪訝に思い我慢できなくなった俺は、ある日、何故二人で過ごさないのか、二人で居たくないのかと問い詰めてみたことがある。

 しかし、


「二人の時間はちゃんととってるっつの、バカ」


「真司ってさ、時々すっごくアホだよね」


 などと、二人から不名誉な罵倒をうけることになってしまった。何で聞いただけでバカだのアホだの言われなければならないのか。


 まあそれは良しとして。

 何故今日は一人なのだろう。遥もこの高校に合格したはずだ。合格したー、祝えー、と騒いできたのは遥本人ではないか。


 すると悠一は目を細め遠くを見やり悲しそうな表情をした。


「あいつは……あいつはな……っ!」


 悠一はそう言い、最後に自分の不甲斐なさを悔やむように下唇を噛みしめ、押し黙ってしまった。

 それを見た俺はついうろたえてしまう。


「……え、何そのリアクション? おいおい冗談だろ。あいつに何かあったとか、そんなんじゃないんだろ? ほら、清水さんも空気の重さを感じて不安そうな顔してるぞ」


 不安げな顔で友人を見やる。


 すると、奴の表情は一変。


「あいつだけ別のクラスなんだぜ!」

 

 満面の笑みでそう言った。その表情はまるで、引っかかりやがったなバーカとでも言っているかのようだった。


「……」


 俺はすくっと立ち上がり、ブツを掴み手に力を込める。ミチミチとブツが嫌な音を奏でる。憎しみも込めると本当に砕けるんじゃないかと思うぐらい本気になれるから不思議だなー。悠一の叫びなんて聴こえないぜ。


 と、そんな時に一人の人物が教室に入ってきた。

 髪はセミロングより少し短く、髪色はやや茶髪寄り。背丈は155前後だろうか。表情は勝気といった具合の女の子だ。


「おいーっす。寂しくなかったかね、野郎ども。あたしが遊びに来てやったぞーってどんな状況!?」


 目にした光景にうろたえるその人物。その人物に何か言われる前に、俺は一応自己弁護をしておくことにした。


「俺は悪くねえ」


 状況整理。一、友人の頭を締め付ける俺。あ、有罪だわ。

 それはそれ、これはこれ。


 挨拶し、そのままツッコミに移行したこいつが、悠一の彼女である朝倉(あさくら)(はるか)だ。

 まあ、遊びに来たら彼氏が叫びながらアイアンクローくらってて、その実行犯である俺、そして犯行を見せつけられている見ず知らずの怯えた少女、という構図だ。ビックリするよな、普通。


 そろそろいいか、とパッと悠一の頭を離す。すると悠一は、床にゴトンッと音を立てて頭から崩れ落ちた。

 そして俺はそれを尻目に「俺悪くねーっす、こいつが全部悪いんす」とでも言いたげな顔をして椅子にふてぶてしく座る。


 一仕事終えた後は心地よい疲労を感じるよね!


「そこ! 充足感に浸っている暇があったら説明しなさいって!!」


「うぇー、非常にめんどくさいです。黙秘権を行使しまーす」


「――早よ言え」


「お、おっす!」


 俺が渋ると、目で脅された。……目が怖い。たぶん何人か殺ってる。俺はしぶしぶ状況を説明し、清水さんのことも紹介する。

 説明を終えるとどうやら納得してもらえたらしく、遥は清水さんに名乗った後、「そりゃこいつが悪いわ」と床に倒れたままの悠一の頭をペシッと叩く。

 その衝撃で目が覚めたのか、緩慢な動作で起き上がった悠一は、反省してます、といった表情で遥に平謝りしていた。


 しかしそれも少しの間だけで、すぐに悠一はからかうような口調で遥に話しかける。


「それにしてもよー、お前だけ別のクラスなんてな。今までずっと同じクラスだったのによー」


「いやあ運が悪いよね、あたしって」


 テヘッ、とでも言いたげな可愛げのある表情でそう言った遥を見て、俺たちは真顔にもどり各々意見を述べる。


「日頃の行いじゃねーの? 俺を叩くし、ヘッドロックなんて日常だぜ? きっとバチがあたったんだ」


「それと前世の行いもプラスな。きっと残虐非道な輩だったに違いない」


「……うふふ」


 遥は俺たちの言葉にいたく感銘を受けたらしい。その遥の笑みにつられて、俺と悠一も朗らかに笑う。

 人を褒めるのって相手の心はポカポカするし、言った方もどうしてこんなに心が暖かくなるのだろう。不思議。

 しかし、それも少しの間だけですぐに彼女は豹変する。


「――――叩かれるか。――――引っこ抜かれるか。……選びなさい」


「「すみませんッ」」


 遥のあまりにも恐ろしい表情に、即座に全面降伏する野郎二人。……引っこ抜くってなんですか……首ですか、それとも別のものですか。


 閑話休題。


 いつものやりとりだ。俺か悠一がふざけ、遥がツッコミをいれる。……そのツッコミが少々苦痛を伴うときもあるのだが……。だが、そんな日常の一幕に俺は居心地の良さを感じている。


 だがしかし、清水さんは居心地が悪そうに苦笑いしていた。

 考えてみればあたりまえだ。清水さんは慣れ親しんだ間柄ではないし、初対面の人物ばかりだ。戸惑って当然というものだろう。

 そしてそんな彼女を見た俺の中に、余計な感情が首を擡げ始めていた。


 新しい環境というものは、誰もが等しく戸惑うものだ。それはあたりまえの反応で、仕方のないものだ。だからこそ、戸惑っている彼女を見ていると、以前の自分を見ているようで心苦しかった。

 これはきっと、余計なお世話と気遣いなのだろう。そしてきっと、俺のエゴだ。


 でも、それでもなんとかしてあげたいと……そう思ったから。


「……ところでさ、清水さん、お昼から予定空いてるか?」


「え? 空いてるけど、どうして?」


 唐突に予定を聞いてきた俺に、清水さんは驚いているようだ。まあ、何の脈絡もなく予定を聞かれれば、驚くのは当然か。

 彼女の雰囲気が緊張を帯びていくのがわかる。話を切り出すタイミングが掴めない。


 すると、悠一がニヤニヤしながら割って入ってきた。


「なんだぁ? 告白でもすんのか真司ぃ? あっはっはっはいひゃいいひゃいっ!」


「はぁ……あんたは黙ってなさいって」


 茶化そうとした悠一を遥が頬を抓って黙らせてくれた。


「あー、まあ、その……な? お昼から三人で遊びに行こうと思ってるんだけど。清水さんもいっしょにどうかなー……って」


 悠一と遥に確認はとっていないが、きっとこちらの意図は理解してくれるはずだ。

 俺は清水さんの返答を待ちつつ、反応を伺う。

 彼女は、始めはビックリした様子だったが、徐々に戸惑いを示す。


「……いいの? 私なんかが一緒に行っても……」


 彼女は不安そうに二の腕辺りをギュッと握り目線を逸らしつつ、そう問いかけてきた。


 彼女のその姿に、俺は既視感を覚える。

 あの頃の自分と同じなのだ。自分の周囲の人間との関係をうまく図れず、戸惑うばかりだった自分。突っ撥ねて、独りでいることを肯定しようと必死だった自分。


 ほんの少しの周りとのズレで、こんな状態に人は陥る。よっぽど人づきあいに慣れた人物か図々しい人物ならば、ケロッとした顔で強引についてくるぐらいはするのだろうが、彼女は違う。


 なら、掛ける言葉は決まっている。ただあたりまえに、自分の気持ちを正面からぶつけるのだ。

 

「あたりまえだろ。……もう、友達……なんだし」

 

 ……少し言い淀んでしまったし、なんだか横目でチラチラ見ながら言ってしまったが、これは紛れもない俺の本心だ。

 着飾った言葉はどこか嘘くさい。なら、多少ぶっきらぼうでも普通に伝えた方がいいだろうから。


 俺の言葉を吟味した清水さんは視線を彷徨わせながらしばし逡巡していたが、

 

「……うん。じゃあわたしも……行く」

 

 彼女はふっと笑って、その瑞々しい唇でそっと言葉を紡いだ。


 この時の彼女の笑顔を、俺はきっと忘れない。

 それは見る者の心を暖かくするような、嬉しさのみを湛えた笑顔だったから。

 

 これが俺たちの始まりで、三人の終わり。

 いつまでこの関係が続くのか、この時の俺にはわからなかった。

 でも、大切にしたい……、少なくとも今はそう思っていた。

 俺たちの高校生活が、始まろうとしていた。



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