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ああああ  作者: ああああ
1st QUEST
8/17

2-3

 ようやく、わたしと勇者様は大陸を縦断する山を繰り抜いた洞窟を抜けることが出来ました。背後には入った側とは逆の山の側面が見えます。それは入る側と見た目に大きな違いはありませんでした。

 しかし、山と反対側の眺めは違いました。既にここは大陸の最西端。遠く向こうには、おぼろ気ながら街の姿が見えます。そしてその奥側には、海。よく分かりませんが、あの海に浮かぶ白い点が船なのでしょうか。あの赤い点かもしれません。港町までの道筋には、丘や草原など比較的見晴らしのよい朴訥とした平和な風景が横たわっています。

 これはしばらくの間、遠足のような楽しい時間を過ごせる事が期待できます。うっかりすると、スキップしながら歩いてしまいそうです。颯爽と移動をはじめる勇者様。わたしもウキウキしながら、後に続きました。

 勇者様とのパーティを再結成してから四十日。

 既に攻略したダンジョンは二つ。目の前の街は、始まりの街から数えて四つ目になります。

 勇者様は反省してか、あれから異常な振る舞いはありませんでした。わたしもすっかり気を許してしまっています。二人旅は危険にも思えますが、伝説の勇者様は強く、わたしは強い勇者様に守られての冒険を今は楽しんでいます。

 わたし達は街道脇の草原や木々、花々を鑑賞しながら平和に歩いていました。

 平和。平和です。モンスターも遠くで草を食べる様子などは見えますが、人が通るこの街道には近づいて来ません。二組ほど行商人の方とすれ違いました。笑顔であいさつを交わします。戦いのある危険な旅であることを忘れてしまいそう。のどかで心穏やかな感じ。なんだかレベルも下がる思いです。

 遠く見えていた街もだいぶ近くに見えるようになって来ました。まだ昼を少し回ったぐらいです。街は宿には早い時間に着けることでしょう。そうなれば、少し街を散策することができそうです。港に行って船を見てみましょうか。わたしはいよいよスキップをしていました。


 街にはすぐに入れませんでした。

 大きな丸太を組み合わせた大扉を前に、わたしと勇者様は街へ入るための承認の順番待ちをしております。

 何かあったのでしょうか。兵士さん達は何人もいて、やたらに警戒をしている様子。いつものことではないのか、慌ただしい兵士さん達の仕事はスムースではなく、列は一向に進みません。

 街に入ろうとする旅人の方たちも、この事態は初めてなのかあたりでざわめきたっています。

「なんだ、どうしたっていうんだ? いつもろくなチェックもせずに入れてくれるじゃないか」

「そうだよな。俺なんか普段顔パスだったっていうのに、何があったんだ?」

「さっき街を出てきた知り合いに聞いたんだが、なんでも子どもが街に侵入した野盗に誘拐されて……殺されちまったって」

「えっ!? この街でそんな物騒な事件があったのか」

「ひらけたいい街だったのに。こりゃしばらく入街審査が厳しくなるな。通行税も高くなるだろう」

「マジかよ……関税も便乗して上げられたらたまらないぞ」

 ――聞き耳をたてていた私は、少し青ざめていました。子どもが……殺された。先ほどまでの楽しい気分は、一気に地にまで落ちました。わたしは両の手の指を絡めて胸の前で組み、祈ります。

 勇者様は、例によっていつもの薄い笑みをたたえたままでしたが、動きが少しの間ピタリと止まり、わたしには少し驚いているように見えました。しかし、しばらくするとまた体ごとクルクルと回転して落ち着きなくされます。子どもの話を耳にしても少し驚くだけで心を痛めた様子も見せないなんて、ちょっと勇者様にはガッカリです。

 やがてわたし達の順番がきて、審査を受けました。無口な勇者様は審査が始まるまで涼しい顔で虚空を見つめていましたが、審査官の方に身元を尋ねられると、突然パクパクと口だけ操られたように動かし始め「僕は勇者だ。この街で何があったんだ?」と、人が変わったように流暢に喋り出して、質問返しを始めました。

 相変わらず目線は遠くを見ていたので、怪しいことこの上なかったのですが、審査官の方はちょっと訝しんだぐらいでそれほどそこには気を留めず、勇者様を勇者様と認め、先ほどチラリとわたし達が耳にした事件の概要を教えてくれました。

 話は簡単でした。

 ある家の子どもが街に入り込んだ賊に攫われて、身代金が要求されました。お金はなく、母親は街をいく強そうな方々に救出をお願いするも受けてくれる人はなく。最後に街の治安部隊に駆け込むと、賊の街への不法侵入の負い目もあって兵を外へ派遣してくれたものの、返り討ちにあい。結果、息子さんは帰らぬ人になったとのこと。

 母親にはいくらかの違約金が払われ、街は入街審査が厳重になったようです。

 重い話でした。

 街に入る頃には、審査待ちで時間がたっぷりと過ぎており、空は赤味をさしていました。今日はこのまま宿に向かうことになりそうです。わたしは審査官の人に聞いた宿への道を歩き出そうとしました。しかし、


【しゅうごう】


 まったく別の方向へと走り出していた勇者様に呼ばれ、わたしは慌てて後を追いました。

「ど、どうしたんですかっ!?」

 勇者様は答えず、駆け足をしながら器用にお腹を抱えて笑われます。急にどうしたというのでしょう。どこに向かっているのでしょう。右へ左へと迷いなく道を進んでいく勇者様。勇者様はこの街へ来たことがあるのでしょうか。

 ある小さな家の前。

 肩で息をするわたしを置いて、勇者様は扉に向かいます。この家は一体誰の家なのでしょうか。

「……はい」

 扉を開けて顔を見せたのは、疲れた表情をした女性でした。

「どちら様でしょうか」

 当然の質問をされます。勇者様は知っていてこの家を尋ねたのではなかったのでしょうか。相手はこちらの事を知る様子もなく、むしろちょっと警戒している感じです。

「ぼくはゆうしゃだ こどもがころされた じけんについて ききたい」

『!?』

 女性もわたしも驚きました。この人が、例の事件の子どもの母親。

「ぼくはこころをいためている とうぞくをたおしたい こどもがころされた――」

「あの、ここではその。……中へどうぞ」

 玄関先でまくし立てる勇者様に、母親は慌てて中へ入るよう言いました。何人かの通行人が眉根を寄せてこちらを見ています。ズカズカと家に入っていく勇者様。なんだか申し訳ない気持ちでわたしも後に続いて、お邪魔させてもらいました。

「おのれとうぞくめ ぼくはゆうしゃだ ゆるせない」

 席に着くなりペラペラと勇者様はそうのたまわれました。中には形ばかりの慰めの言葉も含まれます。普段の勇者様から受ける印象とはまるで別人。よく喋るのに、喋らない時よりもわたしには感情が読み取れません。心がこもっていないのです。わたしは、喋っている時の勇者様をどうも好きになれません。

「……勇者……様?」

 ただただ押されていて、勇者様とは別の意味で心ここにあらずといった風だった母親は、ようやく訪ねてきた人物が、かの伝説の勇者様だということに気付いたようでした。

「その、勇者様が一体何の御用で……」

「ぼくはゆうしゃだ ぼくはこころをいためている とうぞくをたおしたい」

「ああ……その、ありがとう……ございます」

「ぼくはゆうしゃだ」

 ……なんだか見ていられませんでした。

 そのあと勇者様は盗賊たちの住処を聞き出し、意気揚々と「仇は取るから!」などと言って、母親の背中を叩いたりしました。母親は終始泣きそうな顔で、盗賊たちが憎くはあるのでしょうが、しかしもう今さらという気持ちである事が、わたしには分かりました。

 盗賊たちを討伐することは、今後の街のことを考えても意味のあることだというのは分かります。わたしは複雑な思いでしたが、伝説の勇者様のなす行動にきっと間違いはありません。仲間である今は、全力でそれをサポートするだけです。



 街を出て、のどかな平原の中に横たわる街道を横に逸れて逸れてなおも逸れると、ゴツゴツとした岩肌が増えてくるのが見えます。草木も段々背を高くし、どこか薄暗い林の入り口が見えてきます。徐々に姿を見せ始めるモンスター達を危なげなく倒しながら、さらに奥深くまで歩を進めると、そこには小山の横穴を占拠している盗賊たちの住処がありました。

 母親と治安部隊に聞いた話で、居場所はだいたい分かっていたものの、途中はそれなりに鬱蒼とした迷路のようなところもありました。けれども勇者様は途中道に迷うことなく、なんなら宝箱も見つけながらここへとやって来ました。これは何なのでしょう。野生の勘? 天性の土地勘? 兎にも角にも、たったの二人パーティでありながら、大した体力、法力のロスもなくここまでやってこれました。ひとえに勇者様の導きのおかげです。

 昨日とは打って変わって言葉もなく、わたしから見ていつも通りに戻った勇者様は、今、わたしに服の裾を掴まれ、つんのめっています。何が起こったか分からない様子で、辺りをキョロキョロと見回す勇者様。ちょんちょんと肩を叩き、わたしである事を知らせて、横穴の出口のその隣を指差しました。

 そこにはやる気ない様子で腰を落としているガラの悪そうな若いあんちゃんがいます。頭にはバンダナが巻かれ、スッポリと頭部を覆い隠しています。髭がまばらに生えていて、目付きはギョロギョロとしています。服の裾はボタンをかけ違えているのか、長さが違っています。ズボンは裾にいくにしたがって汚れ、破れがちになっていました。

「……ほら勇者様、いきなり突っ込もうとしないでください。見張りがいますよ。土汚れで小汚いから地面と一体化して見えたのでしょうけれど、あそこに一人陣取っています」

 横穴に向かって迷いなくノシノシ近づいていこうとした勇者様を慌てて止めて、状況説明をするわたし。そんなわたしに、勇者様が振り向き、グッと指を立ててきます。

「勇者様は勇敢なお方ですが、時々単なる無鉄砲なんじゃないかって思います……あっ、いえ、失礼しました。わたしったら伝説の勇者様に対してなんてことを。きっと出会いのせいです。ああ、そうではなくてその……」

 勇者様がジーっとわたしを見ていました。

「……こほん。さて、これから、どうしましょうか?」

 勇者様がクルクルと体ごと回転して落ち着きなく横穴とわたしを交互に見ます。何を考えているのかサッパリです。いえ、なんとなく分かりました。勇者様は作戦とか考えるタイプではないのです。言葉にするなら「どうでもいいから、さっさと乗り込もうよ」という感じでしょうか。ジッとしてられない子どもみたいで、わたしはため息をつきました。

「わたし達は二人だけなんですよ。盗賊たちはどれだけ奥にいるのか分かりませんし、いくら勇者様が過度のレベリングをしているからって、大人数を一度に相手するのは難しいでしょう?」

 勇者様がグルングルン体を回して聞き分けない態度を見せます。ううううう、どうしてこうなんでしょうこの人は。いっその事、一人だけで盗賊のアジトに突っ込ませてみたい。それで元気に暴れまわるも、後から後から押し寄せてくる敵に、あたふたし始める様を見たい。わたしに助けを求めるも、わたしは遠く離れた場所にいて、あっかんべーをしながら「だから言ったんですよー!」と言ってその場を走り去りたい。そうしたらわたしと勇者様との縁も切れます。いい考えかもしれません。

 わたしは出来もしないことを妄想し、溜飲を下げました。

「……少しでも各個撃破して数を減らしたいですよね。まずは騒がれないようにあの見張りの小汚い…………勇者様?」

 勇者様はまたもテクテクと横穴に向かって歩いていました。アクビをして向こうを向いている見張りはそれに気づいていません。その距離はもう数メートルほどしか離れていませんでした。

「ダメですって、勇者様っ! …………あ」

 わたしはつい大きめの声を上げてしまいました。アクビを噛み殺しながら「なんだ?」という感じでこちらを見る見張りの盗賊。その目の前には勇者様。

 勇者様の股越しに盗賊の目が見開いていくのが見えました。ダメだ、応援を呼ばれる。そうわたしが思ったのと同時に、勇者様が一閃。盗賊は眼と口を大きく開いたまま、ドサリ、と小さな音を立てて横に崩折れました。

「…………」

 こちらを向いてグッと親指を立てる勇者様。草むらから覗いていた私は唖然とするばかりです。まごまごとして遅い旅立ちの間、勇者様は一体どれだけレベルを上げていたのでしょうか?

 足音をなるべく立てないようにわたしは勇者様の側へ駆け寄りました。

 グッ、グッ。

 繰り返し親指を立てて得意げにしている勇者様。わたしは褒めるべきか諌めるべきか迷います。そこへ穴の中から声がしました。

「おーい。なんかあったかー?」

 おっさんの声です。物音が聞こえたのでしょう。どうにかごまかせるでしょうか。勇者様を見ると、こちらを涼しい顔をしてただ見ていました。

「……レベルはいくつなんですか?」

 勇者様は、


【ステータス:あつのり レベル 27】

【     :マリア  レベル 14】


 示してくれたレベルは27。すごい、城の筆頭騎士レベルじゃないですか。

 またもやグッと親指を立てる勇者様。穴の中からは不審に思ったのか、さきほどのおっさんの声はやみ、かわりにゆっくり慎重に歩を進める、重い足音が近づいてきています。

「……いけるんですね?」

 わたしの問いに何度目かの親指を立てるポーズで応える勇者様。

「わたしが後ろから回復して補助します。それが途切れたら法力が尽きたということです。それまでに決着できなかったらすぐに退散して出直しましょう。死んじゃったら終わりですから。そこまでの無茶だけはしないでくださいね」

 ゆっくりとした仕草で力強く親指を突き立てた勇者様。穴の中の足音は、暗がりの中にその姿をまだ見せない所まで来て止まり、

「誰かいるな……おまえら何者だっ!」

「ゴーです! 勇者様っ!」

 勇者様が弾かれたように穴の中に突進。警戒していたにもかかわらず、勇者様の剣閃に手に持っていたナイフを合わせることも出来ないまま、年配の盗賊は袈裟斬りに斬られて倒れました。

 地面を蹴り、足音が鳴るのも一向に気にせず走りだす勇者様。わたしも急いで後を追います。

「なんだっ!? ……ぐわっ!」

「てっ、てめえっ! ……うぐっ!」

 中は松明がところどころにあり、そこそこの明るさは保たれていました。けれども外ほどでは到底なく、足場も自然に任せたままで移動には難がありました。わたしがもたもたと足元を確認しながら進んでいると、勇者様はどんどん先に行ってしまいます。

(すごい)

 さすが伝説の勇者様、といったところなのでしょう。足場の悪さなど物ともせず、地面を蹴ってまるで飛ぶように移動しています。盗賊の潜んでいる場所も分かっていたかのように、倒しては次、倒しては次、と無駄な寄り道をせず薙ぎ倒していきます。

 途中にある宝箱も無視している様子でした。どちらかと言うとミミックまで漏らさず空けて回る勇者様にしては珍しい。いえ、もちろん今そのような行動を取られると大変なのですが。今は盗賊を倒すことに集中しています。討伐後に回収するつもりなのでしょうか。わりと冷静に物事を考えているのかもしれません。そうであればちょっと見直しちゃいます。

 わたしは回復魔法を唱え、杖を振って出た青い光の玉を勇者様に投げつけました。対象を狙ってある程度自動補正するとはいえ、遠くで元気に暴れまわる勇者様に無事届かないとも限りません。わたしも急ぎ、もっと近くに寄らなければ。

「あっ……」

 ドテ。

 わたしは可愛い音を立てて正面からうつ伏せに転びました。

「いたた…………ぎゃんっ!」

 背中に強い痛み。わたしは激痛に振り向いてその原因を確かめることもできません。おそらくは盗賊からの一撃。わたしは反射的に逃げようとして、起き上がることを試みます。地面に手をついて体を起こそうとしたら、手が空を切り、体が背中方向にそるようにして急激に起き上がりました。

「いやっ……痛い……」

 髪の毛を引っ張られる痛み。わたしは自分を殴った盗賊に髪を掴まれ、起こされていました。抵抗しようとしますが、背中の痛みが重い鈍痛に変わっていて、それが抵抗する力を出すことを妨げています。

「おいっ、そこのヤツっ! いい加減にしねえと、この女を殺……お、おいテメエっ!」

 勇者様は、わたしが囚われたことに気づくとすぐにこちらに体の向きを変えて向かって来ました。盗賊の脅迫を待たずに……いえ、脅迫の口上が始まってからもその勢いは止まることがなく、すぐそこまで接近した勇者様に、わたしを掴んでいた盗賊はわたしを横に投げ捨てるように押しやり、不恰好にナイフを構えました。そして、走りこんできた勇者様がその勢いを乗せた剣を槍のように盗賊に突き立て、盗賊はそのまま物言わぬ骸に。

「うう……」

 突き飛ばされたわたしは体力を大きく失い、上半身を起こしましたが、目眩がしてクラクラします。背中の鈍痛もまだ続いていました。

 青い光が体を包み、わたしの傷が静かに癒えて、やがて痛みも引いていきます。勇者様がそばに立って辺りを警戒していました。

 勇者様の先ほどの行動は、結果的にかもしれませんが、最善の手段だったと思います。わたしは助かり、勇者様にも被害はありません。わたしが人質に取られたことで、わたしに固執する勇者様が簡単に盗賊に屈服するということも十分に考えられました。そうなったら、子どもを攫って殺した盗賊たちのこと。勇者様を生かして返すはずがありません。そうなれば世界の危機です。もちろんわたしだって無事に返してくれる保証なんてありません。なので、あの場面ではわたしのことに構わず行動した勇者様には何も間違いがないのです。

「勇者様。わたしはもう大丈夫です。行きましょう」

 笑顔を向けてわたしは元気をアピールします。

 ぎゅっ……。

 そんなわたしを抱きしめる勇者様。わたしはそれを振り払いませんでした。かわりに考えます。わたしをやたらに大事にしようとする勇者様。愛情のようなものを向けてくる勇者様。

 先ほどの私はそれなりに命の危機でした。場合によっては、忠告を無視して突進してきた勇者様に逆上し、盗賊にわたしはとどめを刺されていたかもしれません。それが勇者様には分からなかったはずはありません。従った所で二人無事に帰れた保証がないことも明確ですが、どこか行動に引っ掛かりを覚えます。勇者様は最悪わたしが死んでしまってもいいと考えていた? そうなのでしょうか。

「勇者様」

「…………」

「次にわたしが捕まっても、同じようにしてくださいね。旅立ちの時から心の準備はできていますから」

 グッと親指を立てる勇者様。その涼しいお顔には迷いなんて見えません。

 わたし達は意外と深かった洞窟の最深部へと、たどり着きました。


「お前さん達は何者なんだ……?」

 相変わらず洞窟内ではありましたが、その広い空間の壁際には調度品やお宝が置かれ、また垂れ幕もいくつか掛けられていて、ボスの住まう部屋として十分に飾り立てられていました。

 部屋の奥には眼帯をした一際人相の悪い大男が座っており、その人を中心に五人ほどの腕が立ちそうな盗賊の仲間が部屋にはいました。住処を襲った数々の損害に対し、慌てたり、恐れていたりする様子は見えません。なかなかの強敵であることが伺えます。

「ぼくはゆうしゃだ おのれとうぞくめ」

 盗賊の方達がどっしりと構えている中、わたしだけが急に喋った勇者様にビクッとなり、驚きます。そんなわたしの様子には構うことなく、盗賊の親玉は勇者様だけを睨みつけて口を開きました。

「勇者……? 魔王を倒す伝説の勇者って奴か。そんなお方が何故こんな薄汚ねえところまでお越しになったんでさぁ?」

「こどもがころされた じけんについて ぼくはこころをいためている ぼくはゆうしゃだ とうぞくをたおしたい」

 正義を語る勇者様。正論からくる怒りの言葉に、何故だかわたしは共感できません。

「そいつはすまなかったな。俺らにとってはその辺のモンスターも人間も大して変わりなくってよ。ある程度はモンスターから奪えるが、それ以上は人間から奪うしかないんだ。まあ殺すのが目的だったわけじゃねえが、今後のためにも見せしめは必要だ」

「ぼくはこころをいためている とうぞくをたおしたい」

「……おやおや。勇者様ってのはずいぶん感情的なヤツなんだな。しかしこっちも簡単に殺されちまうわけにはいかねえんで、な」

 そう言って親玉が目配せ。部屋の右端にいた盗賊が軽く頷いて壁を拳で叩くのが見えました。あれは、スイッチ? よく見るとわたし達は部屋の中央にいますが、盗賊の方々はどちらもそれを囲うようにして部屋の壁よりにいます。

 これは……罠――!

「勇者さ――」

 危険を伝えようと口を開くわたしは、体が大きく沈みこんでバランスを崩し、それ以上言葉を紡げませんでした。

 落とし穴。

 体制を崩し、開いた床を滑り落ちるわたしが見たもの。それは落とし穴が開いたかどうかといった瞬間ジャンプして、おそらくは盗賊の親玉に斬りかかっていく勇者様の姿。

 なんという反応速度。罠を知っていたとしか思えないほどのタイミング。

 落ちながらわたしは、勇者様が親玉を袈裟斬りに斬り捨てるを見届けました。



「……っ」

 体の節々からの痛みによって、わたしは目を覚ましました。

 そこは落とし穴によって落ちたはずの盗賊の親玉がいたボス部屋でした。わたしは布が適当に敷き詰められた簡易ベッドに横たわっていました。

(くさい!)

 すごく臭い。おそらくは盗賊の親玉が寝るのに使っていたベッドなのでしょう。ロクにお風呂に入らないガッシリとした大男の万年床だなんて、その辺の床にでも転がしてくれたほうがまだマシってものです。これは堪らない。

 眉根にシワを寄せて起き上がるわたし。全身に痛みがあり、まだ体は休息を欲していますが、頭はここでの休息を嫌がっています。取り敢えず場所だけでも移動しないといけません。乙女の危機です。

 グイ。

 側にいたらしい勇者様が、起きたわたしに気づいて体当たりでわたしの移動を妨げてきました。

「あの……勇者様?」

 グイ。

 ベッドから起こさないつもりでしょうか。執拗に体当たりをして、わたしがベッドから離れるのを邪魔してきます。

「あの、勇者様。わたしはもう大丈夫ですから、ここから起こさせてください」


【ステータス:マリア HP 34/87】


 勇者様がわたしの体力が万全でないことを具体的に伝えてきました。それは分かっていますが、しかし……。

 なおも起き上がってベッドから離れたがるわたし。それを体当たりでグイグイと押し留める勇者様。しばらく無言の抵抗をお互い繰り返し、やがて、

 ビシィッ!

「んいっ!」

 体の節々の痛みに加え、新鮮なおでこからの痛みに、しばらく額を抑えてうずくまります。

 ちらりと見上げると、涼しい顔をした勇者様のお顔。どこかしら勝利の匂いを感じます。失礼ながらもムッとしてしまったわたしは、

「ヒドイです! そんな事をする勇者様は……キライです!」

 と言ってしまいました。

 すぐに後悔しますが、体力的にも弱っているわたしは謝るのもしんどくて、またも額を抑えてうずくまりました。

 勇者様はショックだったのか、ノタノタとその場を離れ、部屋の隅に行ってしまわれました。わたしはベッドから離れ、床に膝を抱えて座りながら法力の回復を待ちました。そして回復魔法に必要なだけ法力が体に宿ると、すぐに回復魔法を唱えて体力を強制的に戻しました。

「勇者様……」

 わたしは部屋の隅に壁に向かって突っ立っている勇者様に近づきました。

「先程はすみませんでした。体の痛みで気が立っていたのです。あと、あのベッドすごく臭かったんです」

 勇者様は向こうを向いたままです。

「?」

 どうかされたのかな、と思い、わたしが勇者様の顔を覗き込もうとすると、ガバっとこちらを急に振り向かれました。そして、


【どうぐ:こどものくつ】


 呆然とするわたし。勇者様が横に移動すると、その床にあるものがわたしの目に入ってきました。

「……う」

 それは――子どもの亡骸。

 元々この部屋にはなかったはずです。どこかにあったのを勇者様が見つけ、ここまで持ってきたのでしょう。

 それは、何故?

「…………」

 勇者様がこちらを向いていました。わたしはその亡骸を見て、顔だけ勇者様を振り向きます。勇者様は相変わらず涼しく、張り付いたような笑顔をしていました。わたしはその勇者様のお顔に、一瞬ゾッとします。

(一体何をお考えに?)

 わたしは疑問顔で勇者様を見ていました。どうすればいいのかわからず、ただただ時間が過ぎます。やがて勇者様がしびれを切らしたのか、クルリクルリと体を回転させてきました。何かを訴えている。何を伝えようとしているのか、いつもと違ってわたしにはまるで見当もつきませんでした。

 チョップをされます。

 お腹を抱えて笑われます。

 親指を立てられます。

 抱きしめられました。

 わたしは力いっぱい抵抗して、勇者様の両腕から逃れます。そんなわたしをなおも涼しい顔で見る勇者様。わたしは、

「勇者様、何を言いたいのですか? わたし、分かりません。分からないんです」

 少し怯えつつ、わたしは勇者様に訴えました。勇者様はしばらくボーっとして、やがてクルクルと回転して、


【どうぐ:やくそう】


 薬草を示してきました。わたしを向いて、子どもの亡骸を向いて、そしてさらには、


【さくせん:いのちをだいじに】


 戦闘の作戦指示。

 どういうことなのか。わたしにはまだわかりません。子どもの亡骸を見つけてきた勇者様。もう日が経っていて、ほぼ骨だけになっています。痛ましい。それでも、あの母親の元へと届けるべきでしょう。勇者様はそれを言っているのでしょうか。しかし、

 ――薬草――いのちをだいじに――

「……っ!」

 わたしは一つの事に気付きました。しかし、それはこの世界の人ならば誰だって知っていること。でもまさか、勇者様が知らないなんてことが……。

 勇者様はおそらく物分かりの悪いわたしにやきもきしているのでしょう。落ち着きなく伝える手段を考えて、なおもクルクルと回転しています。わたしは言いました。

「…………子どもを、生き返らせろ、と?」

 勇者様は、我が意を得たりというように、グッと親指を立ててきました。

(うそ)

 勇者様の様子は、本気そのものです。法力が回復したわたしは、低確率で人を生き返らせる魔法を何度か唱えられます。しかし、それはこの子どもには効果がありません。何故なら、

「……勇者様。知っていますよね? この子を生き返らせることは……できないことを」

 ピタリ、と勇者様が動きを止めました。勇者様が驚かれたことが分かりました。本当に知らなかったようです。

 勇者様は私の方を向いたまま。わたしは責められているような心地がして、つらくなりました。


【おかね:8192G】


 持っているお金を示してきました。

「っ! お金の問題じゃないんです。人の手によって殺された人は、神様が生き返らせてはくれないんです。それは人間の業で、神様はお許しになりません!」

「…………」

「…………」

 わたし達は見つめ合い、押し黙ったままでした。どれだけそうしていたかは覚えていませんが、勇者様がクルリと背を向けて出口へと歩き出したので、やがてわたしもそれに続きました。


 港町。子どもの家。


【こどものくつを わたした(x0)】


 勇者様は形ばかりの慰めの言葉を喋り、靴を母親に渡しました。

 母親は靴を胸に抱いて、初めて涙をわたし達の前に見せました。ありがとうの言葉はありませんでした。

 わたし達は宿へと帰り、眠るまでの間、ずっとお互い黙ったままでした。


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