1-2
「…………」
「…………」
私たち勇者一行は街中を歩いています。先頭をあー様。続いてわたし。後ろにアレクスさんら。
あー様は一歩一歩が綺麗で、よくよく見て気付いたのですが、すごく等間隔に歩を進めてらっしゃいます。なるほど、これが罠を迅速に察知し回避する秘訣なのですね。わたしは早速それにならいます。
あー様が角を曲がりました。わたしたちも続きます。鋭角です。あー様は速度を保ったまま華麗にターンを決めました。これもよくよく見れば、とても綺麗な移動です。ほぼ90度。わたしのような素人目には完全な直角に見えます。なるほど、これが敵を迅速に察知し回り込む秘訣なのですね。わたしは早速それにならいます。
見ればアレクスさんは重い巨体が遠心力に引っ張られ、たたらを踏んでいます。マーリンさんなど、減速したうえ明らかに弧を描いている始末。
わたしはほくそ笑みます。それに気付いてか、
「マリアどのは小回りがききますな」
「ほっほ、勇者どののようじゃわい」
と言ってきました。ちょっとちょっと。あー様みたいですって!
少しずつでもあー様に近付けたなら、と思っていましたが、早々にいけちゃうのかもしれません。急接近です。衝突するかもしれません。あー様避けて。
わたしは嬉しくなって、あー様を真似てあー様にチョップします。
ぺしっ!
「……?」
今のチョップも我ながら結構堂に入った良いチョップだったと思います。こう、角度とか。
なんだ。案外あー様になるのは楽勝っぽいですよ。伝説の勇者だからと色々納得してきましたが、その考えは偏見でした。ごめんなさいあー様。わたしは神にお仕えする身でありながら、あー様を色メガネ越しに見ていたようです。これからは気をつけます。わたし自身があー様と一体化することによって、自然と考えは改められるでしょう。
鼻息荒く、想いを新たにしたところで、わたしたちは船着き場へと到着しました。
「わー、おっきいですねー、あー様」
巨大な船を前にしてわたしは言いました。一隻で家五軒以上ありそうです。船を間近で見るのは初めて。乗るのももちろん初めてです。全貌を視界に収めきれません。こんな巨体を水に浮かせたままに出来るなんて、船乗りの人達の法力凄すぎです。
わたしは田舎者丸出しでキョロキョロしてしまいました。
「ほとんど木で出来ているんですね。こんなに切ったらどこかの森は今ごろ砂漠になってそうで――はっ!」
こちらをじっと見るあー様。
「興味津々ですな、マリアどの」
「ほっほ、いつもどおりの騒がしさじゃわい」
なんたることでしょう。せっかく完璧に勇者様になりきれていたというのに、船に興奮して化けの皮が剥がれてしまいました。勇者たるもの、好奇心を押し殺して初めて見る出来事にも冷静に対処しなければいけないんですね。これはハードルが高いです。しかし、わたしには出来る。
「……わたしはそうりょだ ふねがどうした なんてことないし」
完璧に取り繕えました。
ぺしっ!
わたしは念のため、あー様に一つチョップを入れると、みんなと一緒に船へと乗り込みました。
●
ザザーン。
船が波を切り裂くようにして進んでいます。
「ふねのうえ たまにななめるますね あーさま」
わたしは船上でじっと佇むあー様の隣に控え、話しかけます。
キュイー。
謎の声がしました。じっと前方を爽やかな笑顔のまま見つめて意に介さないあー様をちらりと見やり、わたしは声の元を探します。チラチラ。
(あれだ。海の鳥)
上空をつがいで飛ぶ鳥を発見。うまくぶつからずに並んで飛んでいました。左から右へ。それを追ってわたしの首も左から右へ。
「…………」
「はっ!」
右にいたあー様と目が合います。深く澄んだ瞳がわたしを捉えました。やだ、あー様カッコいい。じゃなくて。
わたしは気をつけの姿勢を取って、
「うみのとりが とんでいまして つまりその けいかいを おこたらないのも ゆうしゃとして あるべきすがたと おもうわけで」
完璧に取り繕えました。
「…………」
あー様の視線が痛い。
しかしながら、わたしは一体何をしているのでしょう。一度会ったきりの女勇者様に嫉妬して、自分が勇者様のようになろうとして。
あー様は結果的に女勇者様のお尻を追いかけて行くことなく、今も隣にいてくださるじゃないですか。慣れない勇者様のモノマネなどいずれは限界がくるでしょう。完璧に取り繕えているのでだいぶ先の話だと思いますが、いずれは限界がくるでしょう。もう会うこともないかもしれない女勇者様への対抗意識は、分不相応なモノマネによってわたしの身を滅ぼすかもしれません。勇者様を真似ておこなった敵への攻撃はミスを頻発するかもしれません。回復呪文を使えない勇者様を真似て回復を怠ったゆえに、ピンチを招くかもしれません。長い船の時間を動かずに過ごしたために、いざという時に体が言うことを聞いてくれないかもしれません。初めての船旅をただ怠惰に過ごしたがために、後で後悔するかもしれません。船のへりから海面を覗きこんでみたならば、それは心躍る眺めかもしれません。水平線の向こうに消え行く陸の景色がどう見えるのか、気になるかもしれません。甲板も各船室も見て回りたいかもしれません。もうジッとしていられません。
「あ、あー様!」
「……?」
「ちょっと、船のなかを探険……探索してきていいですか?」
グッと親指を立てられるあー様。
「わーい」
もろ手をあげて駆け出していくわたし。
わたしは意志が弱い子なのでした。
小一時間が経過して。
わたしは満喫していました。各所を回り終えたわたしは、スタッフオンリーの場所にこっそり侵入しています。いい匂いがしてきました。この辺は調理場なのでしょう。
「――そういやさ、お前見た?」
「ああ、あれだろ。伝説の勇者様」
廊下にいるわたしの耳に、話し声が聞こえてきました。そっと部屋の中を覗き込みます。そこは調理場で、コックの男性が二人、話をしていました。
「そうそう。勇者様」
「いやー、カッコ良かったなー」
「ああ、キレイだったわー」
どうやらわたしたちのことを話しているようです。やっぱり伝説の勇者様ともなると、そこに居合わせるだけで話の種となります。
「強いんだろうな」
「若く、キレイで、強い。憧れるなあ」
「お仲間さんらも勇者様に抜擢されただけあって強者揃いなんだろうな」
「仲間か。オレが見た時は一人だったな。歩く姿が優雅でさ。見惚れたよ」
あー様はお一人になられた後に船内を歩かれているのでしょうか。それならばお伴しましたのに。好奇心を抑えられず一人抜け出してしまったわたしは、ホントダメな子です。
「よーし、腕を振るうぞー。スタミナつけてもらうことで陰ながら魔王討伐に協力できるわけだ」
「そうだな。頑張るぞ。頑張るから料理と一緒にオレも食べてほしい。なあんてな」
「…………」
「じょーだん。じょーだん」
「……ああ、うん。よしっ、船長用の高級ひよこ肉使っちまおう。バレて怒られてでも、カロリーたっぷりの肉料理を出してやろう」
「いや待て、それはどうだろう。いい肉は使うとしても量は控えめにして、ここは野菜と魚重視でいこう」
「え、でもよ」
「いやいやいやいや。なんせ勇者様といってもムキムキなマッチョじゃなく、あんだけキレイでカワイイ容姿をなされているんだぞ。その美容に気を使ってやるべきだろう。カロリーコントロールもしてるぞ、きっと。ああ……だからこそのあのキレイな肌。キューティクルばっちりな黒髪。スラリとした美脚なのに、それでいてムッチリとしたフトモモなんだよ……うっとり」
「……お前、さっきから、その……」
「なに?」
「いや」
そっと男性から距離を取るもうひとりのコックさん。
「なんだよ。どうした」
「……例えばよ。例えばな。勇者様が使ったハシやフォークがここにあるとする。それをお前はそのう……舐めたいとか……思うか?」
「おいバカ!」
「!」
「そんなことするわけないだろう! なんてことを言うんだ!」
「あ、いや、わりぃ。冗談だ。俺がどうかしてたよ。許してくれ」
「わかればいいんだよ。飲食を預かる者として、いただけない発言だが、オレとオマエの仲だ。許してやる」
「ああ、すまない。口にしていい冗談じゃなかった。ホントすまない」
「そうだぞ、気をつけろ。それにな、間接キス程度で喜ぶとか子どもじゃねーっての」
「?」
「そんなせせこましいことするくらいならな――」
男性が近寄り、耳元に口を寄せて言いました。
「ムリヤリにでも唇を奪うさ! ディープにな!」
「へ、変態だー!」
騒がしくなった調理場の顛末を見守ることなく、わたしは猛ダッシュであー様を探し始めました。
●
あー様が歩く。
女勇者様が歩く。
一歩で進む距離は同じ。何歩歩いても並んで歩かれるお二人の距離は同じ。
ビシィッ!
あー様が女勇者様をチョップ。
ビシィッ!
女勇者様があー様をチョップ。
振り上げた腕の高さ、角度。振り下ろす速度に、当たって響く音まで同じ。
クルリとあー様が方向転換。
クルリと女勇者様が方向転換。
全身を使ってキレイに90度回り、全く同じ方向を向くお二人。
走って、船尾にあった宝箱の前に立つあー様。開けて、
【ああああは やくそうを てにいれた】
次いで、走ってきた女勇者様があー様の隣に立ちます。並んで置いてあった宝箱を開けて、
【けいこは やくそうを てにいれた】
手に入れ方まで同じ。偶然ですが、箱に入っていた物まで同じ。
クルリと回って向き合い、しばし静止。……あー様が逡巡している?
(っ!)
ああ、やめて、あー様。それ以上いけない。
あー様が女勇者様を抱きしめる。
女勇者様もあー様を抱きしめる。
もちろん型に嵌めたように同じ。同じというか、お似合い。
それを見ていた乗客たちのため息のような感嘆の声がしました。そして崩折れるわたし。
わたしがその場に駆けつけた時、お二人は再び出会われていました。わたしは足をガクガクさせながら、その息のあった動きを見ていることしかできませんでした。
なんていう人でしょう。ちゃっかり同じ船に乗り込んでいたなんて。わたしがいない隙をついてあー様とコンタクトを取るだなんて。僧侶兼秘書兼恋人予定兼お嫁さん予定のわたしにアポを入れることなく直に会いに来るなんて、ファン失格です。
しかしこれ以上相手のペースでいるわけにはいきません。もう泣き寝いることはないのです。防具屋にいたかつて(昨日)のわたしではもうないのです。
抱き合っていたあー様が、近づく足音に気づいてか腕を解き、クルリと振り向かれました。女勇者様も同じようにして向きます。お二人の視線の先にはわたしがいました。わたしは言います。
「わたしはそうりょだ あーさまとたびをしている」
言うが早いか、素早く女勇者様の前へ駆け寄ります。そして、
ぺしっ!
反撃の間を与える暇なく女勇者様にチョップ。洗練されたわたしのチョップがお見舞いされました。そして言ってやります。
「おんなゆうしゃのやくわりは わたしでもできる つまり まにあっているんです かえれ」
――勝利宣言。勝ちました。
「…………」
「…………」
場を静寂が支配します。やがて、
トストス、クルリ。
あー様がわたしの隣に立ちます。
「あーさ」
ビシィッ!
「ふぎゃっ」
チョップ。いつもより強い気がするのは気のせいじゃないかもしれません。
トストス、クルリ。
女勇者様もわたしをあー様と挟むように移動して立ちます。
「あ、あなたには負け」
ビシィッ!
「てぎゃっ」
反撃の間を与える暇なくわたしにチョップ。洗練された女勇者様のチョップがお見舞いされました。そして言われます。
「わたしはゆうしゃだ」
――勝利宣言。負けました。
トストス。
トストス。
女勇者様が歩くと、遅れてあー様がその後をついていきます。
わたしは数歩離れてあー様の後ろを歩いていました。
嫉妬に駆られたわたしはいけません。悪い人になってしまいます。悪魔神官です。こんなことではあー様に嫌われる一方です。勇者様になれない以上、精一杯僧侶を頑張りましょう。神様ただいま。わたしは僧侶として、神様の嫌いな魔物をいっぱい退治します。応援よろしくお願いいたします。
トストス。
トストス。
相変わらずあー様は女勇者様のお尻を追いかけています。しかし、女勇者様はもうあー様に興味がなくなったのか、振り返りもしません。あてもなく船内を歩いたり、立ち止まったり。暇をもて余している様子。
ああ、おいたわしや、あー様。そんな薄情な女狐の後など追わずに、わたしの後を追いかけてくださればいいのに。わたしのお尻は空いてますよ。追いかけ放題ですよ。なんならちょっとくらい触ってもいいですよ。二人でお互いのお尻を追いかけましょうか。クルクル回って永遠に楽しいですよきっと。うふふふふ。
――ワー……ワー……
わたしが妄想のメリーゴーランドに跨がりかけたところで、甲板の方からざわめきが聞こえてきました。
ピシッ。
ピシッ。
そして動きが固まる二人の勇者様方。同時にクルリと声の聞こえる方向に向き直ります。
『このさわぎはなんだ』
二人が言います。
『あっちからきこえる』
二人して親指を立てられます。
『ぼく(わたし)はゆうしゃだ いくぞ』
仲良く並んで全力疾走していました。
「な、なんですか、二人して! さすがに息が合いすぎです。こんなこともあろうかと、お二方で打ち合わせていたのですね。ヒドイ! わたしは行きませんからね。ヘソを曲げさせていただきました。悪魔神官と謗られようとも知りません。お二人でどうぞ仲良く事件解決に当たられればよろ」
【しゅうごう】
わたしは既に姿の見えなくなっているあー様の元へと、全力疾走したのでした。