惑星観察
小さな箱の中には様々な物質が用途別に分けられており、気が遠くなるような分厚いマニュアルが添付されていた。マニュアル通りに操作すれば誰でも簡単に成功するのだけど、大半は読まないまま操作を進めてしまう。結果、お決まりの大失敗。それはそんなものだった。
「お、星の種か。お前、この前失敗したばかりなのに、性懲りもなくまたやるのか」
「うん、今度こそ最後までやる。お父さんやり方教えてよ」
息子は父親にマニュアルを差し出しながら言う。
「こういうものは自分の力でやらないとダメなんだぞ」
そう言いながら父親はマニュアルをパラパラとめくった。
「お父さんの子供の頃はなぁ、色々チャレンジしてみんなの失敗した話とか聞いて、そりゃぁ工夫したもんさ。まず何よりも最初が肝心なんだ。最初の設定を間違えると珪素系になっちゃうんだぞ」
「友達も珪素系になっちゃったって言って、すぐに捨てちゃったみたい。何でダメなの?」
「ダメってことはないけどね。炭素系だと色々変化があって楽しいだろ。でも珪素だと全然動きが無い。鉱物生命体の地味ぃ~な進化をずっと見てなくちゃいけない。つまらないんだよなぁ。大抵途中で飽きて捨てちゃうんだよ。最初は肝心、しっかり炭素でやらないと」
父親の言い方だと以前最初で失敗した経験がありそうだ。
「この前のも途中でダメにしちゃったろう? 何が悪かったんだ」
「いいとこまでいったんだよ、しっかり文明も発達して。この後いよいよ宇宙に出るのかなぁ~って思った途端に核戦争なんだもん、やんなっちゃった」
「ああ、ありがちなパターンだよ。最初はみんなそれやるんだ。戦争多くすると進化が早まるから。でもほどほどにしておかないと、すぐ自滅しちゃうのさ」
「だってさぁ、ホントにモノグサなんだよ。平和にしとくと努力とかしないし。戦争させてやると途端に活き活きしちゃってさ。コイツらもしかして戦争してる方が楽しいんじゃないかと思って、つい戦わせちゃうんだよね」
「それだってタイミングってのがあるのさ。核や生物兵器の開発が始まったら、同じタイミングでモラルの方を上昇させてやらないと。ちゃんと判断が出来るまではそういうの使わせないように注意してやらないとね。でも、核戦争しちゃったからって捨てたらもったいないよ。その後は色んなミュータントが出てきて、それはそれで観察のし甲斐があるんだぞ」
「えー、でもあれ気持ち悪いよね。もとの生き物からどんどん違う生き物になってくんだもん。先生もそうなったら捨てちゃった方がイイって言ってたよ」
汚染された星の上では、辛うじて生き残った知性体も、結局は醜悪な生物へと堕していく。しかもその醜悪さはその生命体本人には何ら責任がない。その憐れさを思えば、いっそ消し去ってもらった方が嬉しいに違いない。
「まぁ生かすも殺すも、どっちでも良いんだよ。それが生き物の宿命なんだしな。それを教えるためのキットが“星の種”なんだから」
「うん、分かった。じゃあ後は自分でやってみるよ」
「どんな感じにするんだ?」
「今度は猿にしてみる」
「猿かぁ、狡賢いから結構大変だぞ」
猿は進化は早いけど、その分扱いが難しいそうだ。
「とりあえずは大きい戦争も二回だけに抑えて、核も使わないように設定してみる」
「どうかなぁ、その通りに行くのは難しいぞ」
「うん。でも、ミュータント化しても、今度は最後まで観察するよ。先生は嫌がるけどね」
少年の手により新しい世界は始まったが、実際に世界を造ることを託されたのは、その地に根付く生命体だった。