空飛ぶ刃
雲が疾い。
湿った風が奴の向こうから吹く。静かに抜かれた刀は、当然のように上段へ。雲の切れ間から差す光で、掲げられた刃が輝く。
眼は逸らせない。抜刀し損ねた。出遅れたのだ。
距離は三十歩。息が漏れる。その隙に一歩迫られた。
これまでの鍛練の中に不利を覆す解決策を探した。見当たらない。
それでも退けぬ。己が負ければ、別の誰かが餌食にされる。
前へ出た。静かに、覚悟を込めて。その覚悟が、客観的に見て自棄で無いのだ、と信じながら。
胸から響く脈は速い。互いの一歩は緩い。開いた瞳孔が暗い。距離が詰まる。重なりあった射程の中で、先に振り降ろされた刃の凶刃。立ち向かわなければ。
右手で鞘を目一杯握り、引き抜く。……手元が狂う。血迷った軌道で泳ぐ柄頭が、適切な軌道を辿る刀身を打った。
耳に痛い音。何人もの生き血を吸った妖刀が、踊るように空を飛ぶ。
それを見上げた奴は、溺れる者が水面に向けるように手を伸ばした。俺は今度こそ適切に刀を振るう。首筋を押さえながら、奴は仰向けに倒れた。
俺の背後で、落ちた刀が地面に刺さる。
脅威は去った。
罪を憎んで人を憎まず、とはよく聞く。
奴は道端に咲く雑草さえも避けて歩く男だった。剣術とは無縁の穏やかな人生だった。
だとしても、犯した罪は、償えないほどに積み重なっていた。死なねば、遺族は納得すまい。
横たわる奴にはまだ息がある。胸を突き、押さえる指の隙間から喉を突き、流れる涙を見ぬ振りで額を突く。
首ははねない。奉行所に遺体は渡す。
……ふさわしい墓標とばかりに、背後の妖刀が存在感を放つ。
惑わされる前にへし折らねば。
ここで終わらせるのが、友への弔いか。




