第一話、剣道部の勧誘
この春に寂小高校に入学した戒井条は、平穏な生活を望んでいる。
カーテンの間から差し込む淡い日光で目が覚めた。
ぐっと伸びをして、一気に体を弛緩させる。
柔らかい布団の感覚が気持ちよくて、その体勢のまま少しぼーっとしてしまう。
うーむ...まだ少し眠いな...。
そんなことを思いつつも、二度寝などをしている時間はない。しかたがないので、頭の上に挙げた腕を振り下ろし、勢いをつけて起き上がった。
そして、ふぅ...。とまた一息をつく。
朝はつい、まだごろごろしていたい衝動に駆られてしまう。
上半身だけ起こした状態で、また少しまどろむ。
すると、すぐ近くから、すうすうという寝息と、小さないびきが聞こえてきた。
この部屋は、俺の通う私立寂小高等学校の寮の一室なのだ。一部屋四人まで住めるように、一部屋に普通のベッドと勉強机が二組、システムベッドが二組設置してある。
俺たちの部屋は、人数の都合で唯一の三人部屋である。
まだ寝ているルームメイトたちを尻目に、机の上のデジタル時計を確認すると、もう朝の7時20分であった。
まったく、点呼10分前だというのにのんきな奴らだ。
少し呆れつつも、俺はそんな彼らを無視して、歯磨きセットと洗顔セットを手に洗面所まで向かった。
寮で暮らし始めて約2週間。ここでの生活にも慣れてきた。
最初は風呂や洗濯機やトイレが共有されるということに多少の抵抗があったが、今では日常以外の何ものでもない、いたって普通のルーティーンと化してしまった。
朝は点呼10分前に起きて歯磨きと洗顔をし、点呼に出た後は食堂で朝ご飯を食べて学校に行くというのが、俺の朝のルーティーンである。
8時に寮を出れば、10分後には学校につく。
そこで授業を受けてから、自転車で図書館まで行くと、すぐに夕方になり、頃合いを見て、また寮に帰る。
そして、晩ごはんを食べ、風呂に入り、歯を磨いて11時には床につくのだ。
まさに平穏。嫌なことなんて一切ない、極めて安定した日々である。
穏やかな春風の吹く放課後、俺も穏やかな気持ちで読書を楽しんでいた。ここ、荒足市立図書館には、珍しくテラスがある。このような日に、どっかりと椅子に座って、ゆったりと読書をする。思わずまどろんでしまう心地よさに、心底満足できる時間である。
まだこちらで寮生活を始めたばかりではあるが、この時間を毎日過ごすことは俺の日課になっていた。図書館という空間が元々好きではあるし、部活にも入ってはいないので、放課後は自由なのである。
(さて、そろそろ帰るか)
もう夕方だ。寮の食堂は開いている時間が決まっているので、夕食を食べ逃すことがないように気を付けなければならない。
カウンターで本を借りてから図書館をあとにする。早く続きが読みたくてうずうずする気持ちを抑えながら自転車にまたがろうとしたとき、背後から声をかけられた。
「戒井条だな」
いきなりフルネームを呼ばれて、自転車に乗ろうと挙げた足が止まった。振り返ると、知らない男が二人、こっちを向いて立っていた。
坊主頭の二人組だった。一人は背が高く、ガタイの良い男だ。年は俺よりもいくつか上だろう。もう一人は細身で背が低い。身長は俺の方が頭一つも高そうだ。年は、俺と同年代といったところか。
二人とも、黒一色の袴姿であることを除いては、普通の二人組である。...なんだこいつらは。
不審人物に絡まれた。早急に退散しなければいけない。そう思い、自転車にまたがって奴らとは反対方向に漕ぎ出す。
「あ、ちょっと...」
か細い静止の声が聞こえたが、振り返らずに足に力を籠める。だが、自転車は徒歩に比べて初速が遅い。さっきの大きい方の男がいち早く回り込み、進行方向をふさいできた。
「少しぐらい話を聞いてくれてもいいじゃないか」
非常に落ち着いた声音で言われたので、少しこちらも冷静になる。少なくとも、声からは敵意を感じなかった。
よく見たらこの格好、何かの武道着ではないだろうか。この男も特段荒れた性格をしているわけでもなさそうだし、二人が坊主頭で統一されていることから察するに、何かの部活の先輩後輩といったところか。
「俺たちは、寂高の剣道部だ」
この作品に登場する人物、団体、地名等は現実のものと一切関係ありません。
次回の「勝負一瞬」!
剣道部に勧誘された条。断固として拒否する彼に迫りくる影とは...。
第二話「あきらめ」




