第6話 魔法が使えない『親』と国一番の魔術師様
部屋に響き渡ったエルナの叫び声──。
初めこそ彼女の発言の勢いに驚いたクラウスだったが、徐々に彼女の言葉を理解していく。
やがて、全てを把握した彼は、頭を抱えてぶつぶつと呟き始めた。
「魔法が使えない『親』だと……? そんなことは伝承上で一度もない。唯一の魔力供給源である『親』が魔法を使えない。どういうことだ。何を示唆している?」
クラウスは必死に考えを巡らせるが、答えを導き出すに情報があまりにも少なすぎる。
『親』としてなぜ彼女はレオに選ばれたのか。
そうして考えていると、レオが声を上げた。
「ふえ……うう……うえ~ん!」
深刻で重い空気を裂くように、レオが泣き始めたのだ。
「まずい」
その瞬間、空は暗雲に覆われ、遠くから雷の音が聞こえてくる。
「えっ! まさか!」
「ああ、レオが泣いた影響だろう。このままでは、国が滅びかねない」
「そんなっ!」
エルナの頭の中に先程のクラウスの言葉がよみがえってくる。
『彼の怒りを買った王族は一族ごと滅び、そして、王国は一夜にして滅亡した』
(どうしよう、どうしよう、どうしよう! このままじゃ、このままじゃ……)
エルナは恐ろしさで膝が震え始める。
そうしているうちに、窓には大粒の雨が当たって稲光が大きな音とともに響き渡った。
「クラウス様、どうすれば……!?」
焦るエルナの言葉を聞きながら、必死にクラウスは良い手だてはないか考える。
「ふえ~ん! ひくっ! うう~!」
(どうしよう、泣き止まない。どうしたら、どうしたら……)
このままでは国が滅びるかもしれない。
伝承の本を漁り何か方法はないか考えるクラウスと、必死に揺り動かして泣き止ませようとするエルナ。
その時、彼女はあることを思い出した。
(もしかして、これなら……!)
エルナはすうっと息を吸うと、静かに歌い始めた。
「ねんね~母はここに~さあ、お眠り~可愛い子よ~」
エルナの歌が本棚に向かっていたクラウスの耳にも届く。
振り向いたクラウスの視線の先には、レオを揺り動かして歌うエルナの姿があった。
「ね~むれ~母はここに~賢い子よ、さあおねむりなさい~」
エルナの歌声はとても穏やかで優しいものだった。
ゆったりとした心地よい歌声、レオをあやす手はとんとんとリズムよい。
「ふえ……ふっ…………」
レオの泣き声はみるみるうちに小さくなっていき、だんだん穏やかで安心した寝息に変わっていく。
「そんな、まさか……」
クラウスは思わず目の前の出来事が信じられずに、そう呟いてしまった。
子守歌ですやすやと眠りについたレオを、エルナは優しい眼差しで見つめる。
「よかった……」
「お前……」
「クラウス様、なんとか眠りました」
エルナはふうと一息つくと、クラウスは静かに告げる。
いつの間にか外の雷雨もおさまっており、雲間から日差しが見えていた。
「やはり、お前が『親』に選ばれたのには何かありそうだ」
彼は机の中から鍵を取り出すと、エルナに手渡した。
「これは……?」
「廊下の角部屋の鍵だ。掃除が必要だが、その部屋を使っていい」
「ですが、宿舎のお部屋は……」
「レオの伝承は限られた者しか知らぬ。それに、宿舎よりもここにいたほうが都合がいい」
そう言って彼はエルナに近づくと、じっとレオを見つめている。
「クラウス様……?」
「魔力供給を『親』以外から受け付けるか分からないが」
そう言って、クラウスは掌を広げて、レオにかざした。
(す、すごい……)
クラウスの手から何か光が出ている。
「これは……?」
「魔法だ」
その言葉を聞き、エルナは彼についての噂を思い出す。
(そうだ、この方はヴァイラント公爵様であり、この国では魔法省の総帥を務めているすごい人……)
魔法は貴族しか使えない。
エルナのような庶民は使うことができず、王宮でも位の高い魔法省は高貴な貴族しか勤めていない。
その中で総帥を務めて、トップに君臨しているのがクラウスなのだ。
やがて、魔力の供給を終えたクラウスはエルナに告げる。
「『親』以外からでも供給できるか。なるほど、これは救いだな」
クラウスはエルナに向かって告げる。
「暫定対応として、お前は『親』としてレオの世話をしろ。魔力供給は俺が行なう」
「つまり……」
「俺とお前、二人でなんとかレオを育てる」
「クラウス様と私で、この子をお育てする!?」
エルナは驚いてクラウスを見たが、彼の瞳が今言ったことが冗談ではないことを物語っていた──。




