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第4話 『親』としてその子どもを育てろ

 彼はゆっくりとこちらへ歩いてくる。


(クラウス、様……? どこかで聞いたことある名前……)


 そうしてしばらく考えた後、エルナは彼の正体にようやく気づく。


「ヴァイラント公爵様……」


 若くして当主となった噂の公爵様であり、この屋敷の主人でもある彼であった。

 深い海の色を混ぜたような黒髪の奥から、青と碧の瞳が片方ずつ覗いている。


 そんな彼を見て、メイド達は皆うっとりとしていた。


「クラウス様~! どうしてこちらに?」


 リリアの甘ったるい声が宿舎に響き渡った。

 そんな彼女と視線を合わせることなく、クラウスは用件だけを述べる。


「騒がしい。執務の邪魔だ」

「も、申し訳ございません……!」


 リリアは焦った表情でクラウスに頭を下げた。

 すると、彼女はエルナを指さしてつらつらと言い訳を始める。


「新人メイドが訳の分からぬことで騒ぎ立てておりまして、わたくし達も困っていたのです」

「え……!」


 突然、矢面に立たされたエルナは目を丸くした。


(どうしよう。私のせいになってしまっている。いえ、それよりもそのことでお屋敷を追い出されてしまったら……)


 せっかく働き口を見つけたのにも関わらず、初日で職を失ってしまう。

 そんな最悪の未来を考えてしまったエルナの顔は、どんどん暗くなっていく。


(ごめんなさい、お父さん……。私、お屋敷を追い出されてしまうかもしれません……)


 悲嘆に暮れる彼女の瞳に、涙がたまり始め、それは彼女がぎゅっと目をつぶった拍子に床に落ちた。

 そんなエルナに、クラウスから意外な言葉がかけられる。


「お前……その子ども、どうした」

「え……?」


 エルナがクラウスを見ると、彼の視線は自分の腕の中にいる子どもに向けられていた。


「こ、これはその……」


 そう言いかけたエルナの言葉を遮り、リリアが割り込んでくる。


「この赤子は新人メイドが勝手に連れ込んだのですわ! 羽があるとかやら、人間ではないなどと奇妙なことばかり申しまして……でも、安心してくださいませ。このような身の上の分からぬ赤子は今すぐに孤児院に預けてさせますわ!」


 リリアはエルナにも返事をさせようと睨んだ。


(す、すごい目力……)


 彼女の圧力に負けて口を開こうとしたエルナだったが、彼女が言葉を発することは叶わなかった。


「まさか……」


 そう呟くと、彼はエルナの腕を掴んだ。


「へ……?」


 クラウスの突然の行動に、リリアを始めとしたメイド達は口をあんぐり開けている。

 そして、エルナ自身も何が起こったのか分からずきょとんとしていた。


 一方、冷静さを崩さないクラウスはエルナの腕を引くと、彼女を宿舎から連れだす。


「ど、どちらに……?」

「黙ってついてこい」

「は、はい!」


 彼の有無を言わせない言葉にエルナは反射的に返事をしてしまう。


(いったい、どこに連れていかれるの!?)


 後ろのほうからメイド達の騒がしい声が聞こえてくるが、今のエルナにその声は届いていない。


(やっぱり、お気を悪くされて処罰を受ける、なんてことに……?)


 悪い予感が頭をよぎった時、腕の中にいた子どもが声を発する。


「うう~あ~?」


 その子はとてもあどけない顔でエルナを見つめており、目が合うと、にっこりと嬉しそうに笑って手を動かした。


(そうだ、この子だけでも助けてもらわないと)


 自分はどうなっても構わない。

 ただ、この小さな命だけはなんとしても救いたいとエルナは思った。


 やがて、エルナはクラウスに連れられて屋敷の一室に入る。

 クラウスは扉を閉めると、ようやくエルナを解放した。


「お前、新人メイドといったな?」

「は、はい! 本日から働かせていただいております」


 クラウスはエルナを品定めするようにじっくり見つめると、彼女に告げる。


「お前、『親』としてその子どもを育てろ」


 彼はそう言い放ったのだった──。

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