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第33話 魔女の記憶

 暖かい春の陽気の中で、メイリスは笑っていた。


「ジャドラス様、これは?」

「グユアの花というらしい。この地方では幸運の花としても知られている。君にぴったりだと思って」


 ジャドラスはそう言ってメイリスの髪にそっと飾りつけた。

 花の甘い香りが漂う中、彼の眩しい笑顔がメイリスの瞳に映り込む。


(貴方が好きですと、言えない自分がもどかしい……)


 メイリスという少女は旅人であるジャドラスという青年に恋をしていた。

 好きな人からの贈りものに、メイリスの頬は赤くなり、心は満たされる。


(ずっと、この人の笑顔を見ていたい……)


 そう彼女は心にひっそりと願いを呟いた。

 しかし、彼女の恋は残酷な終わりを告げることとなる。


 ある日、メイリスが帰宅すると家族に加えて、ジャドラスとその眷属レオがいた。


(みんな揃ってどうしたの?)


 不思議に思っていた時、メイリスの妹ニアが嬉しそうに口を開く。


「メイリスお姉様! 私、ジャドラス様と結婚することになったの!」

「え……?」


 メイリスとニアの両親によって、二人の結婚が決まったのだという。


「お前が所帯を持つとはな」


 ジャドラスの傍にいた男がからかうようにそう声を掛ける。


「レオ、俺を馬鹿にしてるな?」

「いいや、お前に助けられてからお前に仕えて二年。こんな日が来るとは思わなかっただけだ」

「つまり、レオは感動して泣いてしまいそうだということだな」

「うるさい!」


 羽が背中に生えた精霊レオは、主人であるジャドラスから目を逸らして不満そうにしている。

 そんな彼をよそに、嬉しそうなニアとその横で彼女を優しい目で見つめるジャドラスを見て、メイリスの胸は締め付けられる。


(私は最初から、ジャドラス様と結ばれる運命になかったの?)


 彼を好きな気持ちが届かなかった。

 翌月に行なわれた二人の結婚式では、ジャドラスとニアが祝福される様子をじっと見守っていた。


「新郎ジャドラス、貴方は永遠に新婦ニアを守り抜き、愛すことを誓いますか?」

「誓います」

「新婦ニア、貴方は新郎ジャドラスを生涯支え続け、愛すことを誓いますか?」

「誓います」


 永遠の愛を誓い合うその光景が、メイリスの瞳に焼きつく。


(ニアには幸せになってもらいたい。それに、ジャドラス様にも……)


 そうメイリスが心の内で思った時、ジャドラスがニアのベールを上げて、口づけをする。

 少し胸がチクリとしたが、メイリスの心は二人の幸せを願う気持ちのほうが大きくなっていた。


(二人が幸せなら、それでいい。大好きな二人が幸せならそれで……)


 メイリスはそう願い、ジャドラスとニアの新しい門出を祝った──。



 結婚式の帰り道、教会から家へと帰る瞬間にメイリスの耳に誰かの声が届く。



『来て……』



「誰……?」


 メイリスは声のした森のほうへと歩いていく。



『そのまま、こっち……』



 誘われるように森の奥深くに入っていくメイリスは、自分が魔女の結界の中に招かれていることに気づかなかった。

 すると、突然メイリスの後ろに誰かが立つ。


「誰!?」

「怖がらなくていい。私はお前の幸せを願う者だ」

「幸せ……?」


 メイリスにそう言った彼女は、腰の曲がった老婆だった。


(魔女、みたい……)


 そう思った時、魔女はメイリスの目をじっと見て暗示をかける。


「お前には好きな男がいたんだね。その男は妹と結婚した。可哀そうに……」


 魔女がメイリスの「負」の感情を引き出そうとするも、彼女の心は清らか。


「いいえ、可哀そうじゃないわ。私は二人が大好き、幸せになって欲しいの」


 そう言って結婚式での笑っていた二人を思い出した。

 しかし、魔女は諦めずに問いかける。


「そうかえ。おや、そのグユアの花、綺麗だね~」


 その瞬間、メイリスは自分がジャドラスに恋をしていた時のことを思い出してしまう。

 目を大きく見開いたメイリスを見て、魔女はニヤリと笑った。


「可哀そうに。お前が最初に好きだったのにねえ。妹が横取りしたんじゃないのかい?」

「違うわ!」


 明らかに動揺してきたメイリスの心がどんどん魔女に伝わってしまう。

 そして、魔女は追い打ちをかける。


「お前のことを『愛しい』と笑いかけたあいつは妹を選んだ。妹も姉のお前が憎くてわざとお前の好きな人を盗んだ」

「違う!」

「じゃあ、お前はなぜ泣いている? 悲しいんだろう。苦しいんだろう。そこまでお前を追い詰めたあいつらは『悪』だ」

「違うわ……違うの……憎みたくない!」

「お前は何も悪くない。お前こそが幸せになるべきだ。さあ、私の力をお前に分けよう。それで一緒に『悪』を倒そう」

「憎みたくない、違うの! 幸せにならなきゃいけないの! 二人は幸せに……」


 頭を抱えて苦しむ彼女の両頬を魔女はぐっと掴んで、目を合わせて暗示を強める。


「いいや! お前はあいつらが憎い! お前こそ幸せになるべきだったのに! あいつらは『悪』だ! このまま『悪』が生き続けていいのか!?」

「でも、でも……幸せに……『悪』……憎い……幸せに……」

「さあ! 『悪』を倒せ! そうすればお前は苦しみから解放されて幸せを掴める!!」


 その瞬間、メイリスの瞳が濁っていく。

 魔女はそんな彼女を見て懐から小さな小瓶を取り出して、メイリスに差し出した。


「それは私の血を混ぜた薬だ。飲めばお前も魔女になって力を得ることができるだろう。ただし……」


 メイリスは魔女のことをじっと見つめている。


「魔女には弱点が存在する。それは自らのみが知るもの。魔女となったと同時にお前は一番大切にしていたものが弱点となり、その大切なもので心臓を貫かれた時、お前は死ぬだろう」


 その言葉に何も言わず、メイリスは小瓶を魔女の手から奪って飲み干した。

 次の瞬間、メイリスの瞳は燃えるような赤に染まっていた。


「解放される。『悪』を滅ぼして、私は……幸せになる」


 静かに言い放ったメイリスに、魔女はニヤリと笑った。


 これがジュエリナード王国に伝わる伝承の真実のお話──。




 心臓をグユアの花の蜜がついた羽で貫かれた時、メイリスの奥深くに眠っていた感情が戻った。


 メイリスの魔力の影響でエルナ達も魔女の記憶に触れ、彼女が叶わぬ恋をしたことを知る。

 特に彼女の気持ちに共鳴したエルナの心は、切なさと悲しさとそして、愛しい想いが伝わってきた。


(痛いほど伝わってくる。どれだけメイリスがジャドラスを好きだったのか……)


 メイリスはその場に倒れ込んで、か弱い声で呟く。


「好きだった……好きだったのに……」


 その姿は純粋に恋をする少女そのもので、彼女の頬に涙が伝っていく。

 エルナはそんなメイリスに近づき、彼女の手を握った。


「エルナっ!」


 心配で叫ぶクラウスに「大丈夫」だと告げると、エルナはメイリスに語りかける。


「辛かったでしょう」

「お前に何が分かる! 光に包まれたお前に何が……」

「私も初恋をしたから」

「え……?」

「恋をしたの。その人のことを想うと苦しいくらい好きでたまらなくて。貴方から感じた気持ちはそれと同じだった」


 メイリスはじっとエルナの言葉に耳を傾ける。

 すると、エルナは彼女のことを優しく抱きしめて囁く。


「大好きだったんだね。辛かったんだね。大丈夫、私が傍にいるから」

「お前……」


 メイリスの身体はゆっくりと消えかけており、もう永くないことを告げている。


「今はゆっくり眠って。そして、また生まれ変わって幸せな恋をして。貴方ならできる」


 その言葉にメイリスは目を見開き、そしてわずかに笑ってみせる。

 そして、彼女の身は花びらとなって消えていき、晴れ渡った空に舞い上がっていった──。


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