第3話 精霊の子を拾いました
「ん……?」
エルナは草木か何かに当たったのだろうと思ったが、どうも感触が違う。
自分の身身体を動かして井戸の中に太陽の光が入るようにすると、彼女はその「何か」を凝視した。
「たま、ご……?」
エルナの足もとにあったのは、彼女が両手で抱えられるほどの「何か」の卵であった。
その卵はまん丸い形をしており、羽のようなものに覆われている。
こんな大きな卵をエルナは生まれて初めて見たのだが、それ以上になぜこの井戸の中に卵があるのか不思議であった。
(たまご……なんだよね?)
彼女がそう思うのも無理はない。
誰が枯れ井戸の中にこんな巨大な卵があると思うだろうか。
それでもどうしようかと思案した結果、彼女はその卵に触れてみることにした。
ぷにっ。
その卵はエルナが想像していなかった感触だった。
(柔らかい……!?)
足で触れた時は羽に当たったため気づかなかったが、卵の部分は極めて柔らかい。
(柔らかい卵なんてあるの……?)
そんな風に考えていたその瞬間、エルナの視界はまぶしい光に包まれた。
「うわっ!」
やがて、その光はどんどん強くなり、井戸の中を一気に明るくしていく。
そのあまりの眩さに咄嗟に目を閉じたエルナだったが、うっすらと目を開けてみる。
すると、なんと光はその卵から発せられていたのだ。
柔らかい卵に少しずつヒビが入り、卵はどんどん温かくなっていく。
(何が起こってるの!?)
突然の出来事に、エルナの頭は混乱する。
しかし、不思議と彼女の中に「怖い」という感情は起こらなかった。
(なんだか、あたたかい……)
そう思っていた時、エルナの腕の中にあった卵がふわっと浮き上がる。
そして、卵は一際強く光を放った。
「きゃっ!」
エルナは思わず目をぎゅっと閉じてしまう。
──次に彼女が目を開いた時、「彼」はそこにいた。
「子ども……?」
エルナの腕の中には小さな子どもの姿があった。
その子どもは赤ちゃんと表現される頃合いの姿である。
まん丸い顔立ちに、ぷにっとしたほっぺ。手足は短くむちっとしているではないか。
エルナの腕の中で彼は目を覚ますと、にっこりと笑った。
「えへっ」
(うわ、可愛い~!)
落とさないように慎重に抱きかかえながら、エルナはその魅惑のほっぺに触れてみる。
ぷにっ。
(ああああーーー! ぷにぷにしてる!!)
突然現れた子どもに、エルナは一気に心を奪われる。
「えへ、きゃはは!」
なんとも子どもの機嫌は良い。
そして、ようやく理性が戻ったエルナは首を左右に振って考えを巡らせる。
(いけない、つい可愛さで正気を失ってしまうところだった。この子……卵から生まれた……?)
冷静になって子どもを観察してみると、不思議な点がある。
(この子、人間じゃない?)
彼の背中部分には、羽のようなものが生えている。それは純白で美しい。
しかし、それ以外は人間の子どもと同じように見える。
「どうしよう、この子……」
エルナは少しの間考えると、子どもを抱きかかえながら慎重に梯子を上り始めた。
(とりあえず、メイド長かリリアさんに報告しないと!)
梯子を伝ってなんとか井戸を昇りきった彼女は、急いで宿舎へと駆けだした。
宿舎へとたどり着いた時には、もう夕日が沈む頃になっていた。
(メイド長……メイド長……)
メイド長の姿を探すが、キッチンや食堂、執務室にも見当たらない。
子どもを抱きかかえながら宿舎を走り回るエルナの姿を見て、皆怪訝な顔をしている。
「なにあれ」
「え、拾い子?」
仕事を終えたメイド達のそんな声が、エルナの耳に届いてくる。
(すみません、私にも分からないんです……)
心の中でそう返答していると、後ろからふいに声を掛けられる。
「貴方、ここで何してるの?」
「あ、リリアさん!」
エルナに声を掛けたのは、リリアだった。
両腕を組んで苛立ちを見せたリリアは、エルナを責め立てる。
「井戸の掃除終わるまで帰るなって言ったわよね?」
「そ、それが……」
エルナが腕の中の子どもに視線を送ると、リリアも同じように見た。
子どもの姿を見たリリアはなんとも不愉快そうな顔をする。
「なに、その子ども」
「その……井戸の中で見つけて……」
「はあ? ふざけるのも大概にしなさいよ、あんた。子どもが井戸の中にいる訳ないでしょ? なに、あんたの子?」
「ち、違います!」
エルナはリリアの問いを否定すると同時に、子どもを拾ったことの顛末を説明する。
「井戸の中に卵があって、その卵が急に光り出して……それで、気づいたらこの子がいて……」
エルナは必死に説明するが、話を進めれば進めるほどリリアの顔は歪んでいく。
そして、呆れた顔をした彼女は、エルナに問いかける。
「あんた、それ本気で言ってるの? 頭おかしくなったんじゃないの?」
「本当なんです! 信じてください! あの、確かに羽が生えてて人間じゃないですけど、あのまま放置してたら死んじゃいます! お願いします! この子をここに置いてもらえませんか?」
エルナは勢いよく頭を下げた。
しばしの沈黙の後、リリアから意外な言葉が返ってくる。
「羽? なに言ってんの? ほんとに頭でも打ったんじゃないの?」
「え……?」
エルナは困惑してもう一度子どもの姿を見るが、やはりあの特徴的な羽は確かにある。
(なんで? え……? もしかして、見えてない……?)
エルナは子どもの脇に手を入れると、抱き上げてみる。
くるりと後ろ向きにさせてみるが、やはりそこには真っ白な羽があった。
(やっぱりあるよね? この羽……)
エルナが首を傾げていると、リリアは大きなため息をついて告げる。
「だから、その子どもを早く捨ててきなさい!」
「でもっ!」
「いい加減にしてよ! 私に逆らうっていうの!?」
リリアのあまりにも強い口調とすごみに、エルナはビクリと肩を揺らした。
(どうしたらいいの……?)
罪のない子どもを捨てることなど、エルナには到底できなかった。
なんとかこの子を育てる方法はないのか。
(一度実家に戻って預ける……? でも、お父様にお任せするのは負担になってしまうし……)
必死に子どもの保護先を探していたその時、宿舎の入り口から声がしてきた。
「何を騒いでいる」
「クラウス様……!」
エルナが声のしたほうへ向くと、ゆっくりと彼がこちらに向かってきた。




