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第29話 リリアの危険な誘い

「リリアさん!?」


 ここは基本的に一般のメイドは立ち入れないはずである。

 リリアの突然の訪問に驚いていると、彼女が口を開く。


「ついて来て」

「え……?」


 リリアは虚ろな瞳をしており、いつものような活発さはない。


(リリアさんの様子が変……?)


 エルナもそう感じたが、彼女は繰り返し「ついて来て」としか言わない。


「どうして、ですか……?」

「メイド長が、呼んでる……」


 そう言って彼女はエルナに背を向けると、そのままどこかへ向かおうとする。


「えっ!? リリアさん!」


 声を掛けるが、彼女は振り返らずにそのまま進んでいく。

 しかし、エルナがついて来ていないと分かると、後ろを振り返ってじっとエルナを見つめていた。


(ついてこいってこと……?)


 エルナはベッドで寝ているレオに視線を向けた。


(さっき寝たところだし、まだ大丈夫かな……)


 そう思いつつも脱走した時のことを思い出し、扉を閉めおく。


(正直、何か企みがあるんじゃないかって思っちゃうけど、でも、なんだか今日のリリアさん、様子が明らかに変だし……)


 彼女の様子が気になったエルナは、リリアの言葉に従ってついていくことにした。


 リリアについていくと、本邸を出て裏庭へと続く道に出た。


(どこまで行くの……?)


 リリアは何かに操られるように、何も言わずに真っ直ぐどこかへと向かって歩いていく。


「あの、リリアさん。どこに向かうんですか……?」

「…………」


(やっぱり返事がない……)


 エルナは質問を変えて何度か話しかけてみるも、彼女は黙ったまま。

 一向にどこへ向かうのか知らされずに、エルナはリリアについていくことになったが、ついにそんな彼女がある場所の前で立ち止まった。


(ここ……井戸があった場所……?)


 エルナがメイドとして働きだした初日に掃除していた井戸のある裏庭であり、この井戸の中でレオを拾った。

 そして、その井戸の近くにあった小さく古びた小屋の扉の前で、リリアは立ち止まったのだ。


「ここ、入って」

「え……この小屋、ですか?」

「そう」


 リリアは小屋の中を指さして、エルナに入るよう促す。


「メイド長がここにいるんですか?」

「…………」


 再び黙って何も言わないリリアに、エルナは困ってしまう。

 しかし、メイド長が何か用事なのかもしれないし、なによりリリアの様子がおかしい。

 その真相を知るためにも小屋を覗いてみるほかないのかもしれないと、エルナは考えた。


「分かりました」


 エルナは少し警戒しながらも、小屋の扉をゆっくりと開く。

 何年も使っていない小屋なだけあり、扉の建付けは悪く、力いっぱい押して扉がようやく開いた。


「うわっ!」


 小屋の中は薄暗く埃で充満していた。


「ごほっ! ごほっ!」


 咳払いをしながらなんとか足を踏み入れるも、歩く度に床の板が悲鳴を上げている。

 奥の方に目を凝らしてみるが、そこにメイド長の姿はない。


「あの、リリアさん。メイド長はいらっしゃらない……うわっ!」


 その瞬間、エルナの足が無理矢理何かに押されるようにして強引に小屋の中へと押しやられた。

 リリアの動きに警戒していたエルナは扉を閉められないように足をかけていたはずなのに、その足が何かふわっと風のようなもので動かされたのだ。

 急いで扉のドアノブを引っ張るが、びくともしない。


(え、どういうこと……!?)


 エルナは必死に扉を叩いて、外に向かって叫ぶ。


「リリアさん、あの、開けてください!」


 しかし、外から何も返事はない。


「リリアさん、いるんですか!? 返事してください!」


 何度声を掛けてもリリアからの返事が返ってくることはなかった。


(やっぱり閉じ込められた……!?)


 脳裏に蘇る彼女に虐められた出来事の数々──。

 初日から井戸の掃除を押しつけられ、そして別の日には噴水に落とされてびしょ濡れになった。


(また、虐められた……?)


 しかし、レオの子育てに専念してからというもの、リリアとの接点はひとつもなかった。


(どうして……)


 そう疑問に思うが、ひとまずこの小屋に閉じ込められてしまったとういう事実は変わらない。


(とにかく、なんとかして外に出ないと……)


 小屋からなんとか脱出しようとエルナはもがき始めた。



 一方、その頃執務で王宮にいたクラウスは、書庫室で作業をしていた。


「これは前に見た。この史料は……」


 そうして史料の棚をいくつか見るが、探しているものが見当たらない。


(禁書室にあるか?)


 禁書室とは、王国の重要史料などを保管している場所であり、王宮で仕える貴族の中でも王族から許可を得ている数人しか中に入ることが許されていない。

 クラウスは王国でも指折りの歴史学者でもあり、資格保持もしていることから、禁書室への出入りが許可されている。

 クラウスは隠し扉の仕掛けを解除すると、禁書室への階段を下りていく。

 地下の薄暗い場所にある禁書室に立ち入ると、灯りをつけて棚を探していった。


(このあたりのはずだが…)


 王国でも最重要史料の区画に移動すると、いくつかの史料を確認していく。


「これか」


 探していた史料を見つけて手に取ると、ページを慎重にめくっていく。

 そこには魔術についての歴史や古代魔術のことが書かれており、クラウスはしばらくそれに目を通した。


「やはり、古代魔術の復刻は難しいか……」


 そう呟いて本棚に史料を戻した時、隣にある史料に目がいった。


(精霊伝承……精霊とはレオのことか?)


 クラウスは『精霊伝承の伝記』と書かれた史料を手に取ると、中を開いてみる。

 しばらく開かれていない古い史料のため、鼻にツンとくる臭いがする。

 それは史料を読み慣れているクラウスでも少し目を細めて、眉を顰めるほどだった。


 かなり古い史料のようで、ページがところどころ破れたり、擦れたりしている。

 クラウスは慎重にページをめくりながら、中身を確認していくとある記述に目がいった。


「『災厄の魔女』?」


 魔女の伝承は多くの史料に触れてきたクラウスでも魔女の史料は初めて触れる。


(物語の何かか?)


 伝承をもとにした物語か何かだと予想して読み始めたが、読み進めるうちにクラウスの顔色がどんどん変わっていく。


「なんだ、これは」


 そこにはクラウス自身初めて知る伝承について書かれていた。


「まずいな。これが精霊レオの本当の役割なのだとしたら……」


 クラウスは史料を閉じて棚に戻すと、急いで屋敷へと馬車を走らせた。


(あの史料が事実なら……エルナが危ない。間に合ってくれ)


 クラウスはエルナの無事を祈りながら、屋敷へと急ぐ。


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