第27話 これはきっと恋。初恋だ
「これ、桃ですか?」
「ああ、お前が買ってきたものを使っている」
(すごい……サラダに桃がのってる)
桃はそのままで食べたことしかなかったエルナにとって、形が合わって料理で出てきたことに胸を躍らせた。
「食べるか」
自分が手をつけないことには食べ始めない彼女の性格を知っているクラウスは、わざとそう口にした。
「いただきます!」
エルナは早速前菜の桃のサラダを口にしてみる。
(うわっ! 美味しいっ!)
甘い桃のじゅわっとした芳醇な果汁にサラダのシャキッという食感が癖になる一品である。
「ほお、甘みが強いな」
「はいっ! でもサラダのドレッシングや食感と相性が良くて、こんな桃の食べ方初めて知りました!」
嬉しそうに頬張る彼女を横目で見て、クラウスはふっと笑った。
「美味しいですっ!」
エルナの手は止まらず、どんどん料理を口に運んでいく。
サラダに舌鼓を打った後は、今度はスープに視線を向けた。なんとスープの真ん中に桃が添えられていて、エルナは美味しさでため息が漏れる。
「この時期の冷製スープは美味しいですね」
「ああ。俺はこれが好きなんだ」
その瞬間、エルナの手が止まった。
(まただ、またドキッとした……心臓がうるさい……)
クラウスの言動から目が離せないエルナが、じっと彼が食べる姿に見入ってしまう。
「なんだ」
「あっ! すみませんっ! その、えっと……星! クラウス様も星が好きなんですか?」
その声は上ずっており、明らかに動揺していたが、そんな彼女の様子に気づかないふりをした彼は、ゆっくりと空を見上げた。
「星を見ていると安心する」
「安心……?」
クラウスは空に向かって手を伸ばすと、星を掴むように手をぎゅっと握った。
「見えるのにつかめない。届かないが、確かにそこにある。ただ動かずにじっとこちらを見守っている。そんな気がする」
「クラウス様って、意外とロマンチストですね」
彼女にそう言われたクラウスは、同じように星を見上げていた彼女の横顔を見つめる。
すると、エルナは笑みを浮かべて星を眺めていた。
「エルナ……」
「え……?」
彼の言葉に、エルナは激しく動揺してしまう。
(名前、初めて呼ばれた……)
彼に名前を呼ばれてから、エルナの頬はどんどん赤くなっていく。
(クラウス様のこと、見れない……)
恥ずかしさから目を逸らしてしまったエルナは、それを隠すように料理を一口食べた。
さっきまで色んな味が感じられたのに、今は何も感じない。
(何を話そう。何か話さないと……)
照れていることを悟られまいと何か言おうとするが、何も出てこない。
すると、クラウスがエルナにぐいっと近づく。
「え……?」
膝が当たりそうなほど近い距離。彼の手がゆっくりとエルナの唇に伸ばされる。
時が止まったように感じた瞬間、満天の星の下で二人はじっと見つめ合う。
「クラウス様……」
迫ってくるクラウスにエルナの胸のときめきは止まらない。
そして、伸ばされた手は彼女の唇にたどり着いた。
「ソースがついている」
「へ……?」
桃のソースがついていたのを手に取ると、彼はそれを指で拭ってぺろりと口にした。
「なっ!」
色っぽいその行動にエルナの体温は上がっていく。
(そ、それはずるいです……)
エルナは唇を噛みしめて俯いてしまう。
そんな様子の彼女に、クラウスは悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
「なんだ、意外とお前うぶなんだな」
「そ、そんなことないですっ!」
恥ずかしさで身体を彼から離してしまった彼女は、必死に自分の熱を冷まそうとする。
(うう……クラウス様にドキドキしてるなんて言える訳ないじゃない!)
彼女が必死に自分の照れを隠そうとしているのがおもしろくて、クラウスはふっと笑った。
「母の日、楽しめたか?」
「はい、すごく……」
か細い声で答えた彼女は心の中で、確信した。
(ああ、完全に恋をしてしまった……)
彼女の初恋の誕生を祝うように、空で流れ星が流れた──。
二人が星空を見ていた頃、リリアは王都から帰ってきている途中だった。
「今日も楽しかったわね~」
非番だった彼女は王都の街で楽しくお酒を飲んでいたのだ。
すっかり門限もすぎており、夜も深くなってきており、道中も暗い。
「今度行った時は、あのお酒を飲んでみようかしら~」
気に入ったが今日飲めなかった酒を思い出して、ふらふらと頼りない足つきで帰る。
そんな時、森のほうから何か声がした。
『────を連れてこい』
「え……?」
リリアは森の方を見るも、誰もいない。
「気のせい、よね?」
少し怖くなってきた彼女は、屋敷へ向かって走り出した。
その時、彼女の身体に衝撃が訪れる。
「きゃっ!」
その場に転んでしまったリリアは森からやって来た『彼女』を見た。
「あ、あ、あ……」
恐ろしさで声も出ない。
真っ赤で長いふんわり髪と妖艶で女性らしい身体つきの『彼女』は、瞳が赤く光っており、とても人間には思えなかったからだ。
「さあ、私の可愛いお人形になりなさい」
そう言って真っ赤なルージュの引かれた唇をにっと上げると、リリアに手をかざした──。




