第26話 星空のテラスへのお誘い
エルナがキース村から屋敷に戻った頃には、夕方になっていた。
両腕いっぱいに抱えられた桃を落とさないように気をつけながら、クラウスの部屋の扉をノックする。
「エルナです!」
「ああ、入っていいぞ」
「失礼します!」
行儀が悪いとは思いつつも肘を使ってなんとか扉を開けると、部屋にはクラウスとキルダートがいた。
「ただいま戻りました」
「エルナ様、おかえりなさいませ」
キルダートはそう言うと、桃の入った麻袋をエルナから受け取った。
「では、こちらの桃でシェフに依頼してきますね」
「ああ、頼んだ」
クラウスがアイコンタクトで指示すると、キルダートは頷き部屋を後にした。
「父親とは話せたのか?」
「あっ! はい、本当のお父さんの写真も見せてもらいました。でも、私の中で、お父さんはお父さんなので、それはずっと変わりません」
エルナはさっき会ったジェイドのこと、そして今までの思い出を感じながら笑った。
「そうか」
ただ一言それだけ、クラウスは呟いた。
彼はどこか安堵したようにわずかに笑みを零した。
すると、クラウスは立ち上がって窓の外から天気を気にするように空を覗く。
「大丈夫そうだな」
そう呟くと、彼はバルコニーへ続く扉を開いて、エルナに声を掛ける。
「夕食はまだなんだろう? 一緒にどうだ」
「え、いいのですか?」
「ああ。今日は星がよく見えそうだ。バルコニーで食事をするのもいいだろう」
そんな話をしていると、キッチンから戻ってきたキルダートが扉をノックして入ってきた。
「クラウス様、準備が整いましたので、順番に料理をお持ちします」
「ああ、料理は一度に持ってきてもらえるか」
「かしこまりました。そのようにシェフに申し伝えます」
料理を一度に持ってきて欲しい、というのはその後二人きりにして欲しいという合図。キルダートはクラウスのその意図を読み取り、返事した。
「すごい……」
大きめに作られたバルコニーには、ローテーブルとふかふかのソファが置かれていた。
「母親が星を見るのが好きだったんだ。それでソファでくつろぎながら食事もできるように特別につくったらしい」
「素敵です……お母様は星が好きだったんですね」
「ああ、月とか星とか、空を見るのが好きな人だった」
クラウスはソファに腰かけると、隣へ座るようにエルナに促す。
(ふかふかなソファ……)
屋敷にあるどのソファよりもふんわり柔らかく、そんな優しい心地は、遠出の疲れを癒してくれるようにエルナは感じた。
そんな心地よさに感動していると、クラウスがエルナに告げる。
「背もたれに身体を預けてみろ」
(背もたれ……)
よく見ると普通のソファよりも少し後ろに倒れる形で背もたれがついている。
エルナはクラウスに言われたように身体を後ろに傾けてみた。
「うわあ……!」
そこには満天の星空が浮かんでおり、エルナの視界いっぱいが星で埋め尽くされる。
「綺麗……」
「ああ、ここの景色は好きだ」
その一瞬、エルナの心臓は大きくひとつ跳ねた。
『好き』という言葉が彼の口から出るのが、珍しいように思えたから。
しかし、それよりもエルナは彼の『好き』が別の意味に思えてしまう。
(違うのに、そんな意味じゃないって思っても、なんだかクラウス様から好きって言われたみたいでドキドキした……)
それにいつもと違い、少年みたいな顔を浮かべるクラウスを見て、エルナの鼓動が速くなる。
(なんだか、お父さんへの大好きとは違う。ちょっと恥ずかしくて、ドキドキして、呼吸が苦しくて……)
その時、昔見た絵本の女の子のセリフを思い出した。
『胸がドキドキしてその人のことをずっと見てしまう』
(クラウス様をずっと目で追ってしまう……)
エルナはちらりと横目でクラウスの横顔を見る。端正な顔立ちで真っ直ぐに空を見ていた。
どこか哀愁漂う部分もあって、でも今日はその瞳がとても輝いているように思える。
『呼吸が苦しくて、どうしようもなく好きって気持ちが溢れてくる。これは恋』
(恋……)
エルナはその言葉を心の中で呟いた時に、ドキリとしてしまった。
(初恋、なのかな?)
気が付けばいつの間にか彼がいる生活が当たり前で、いないと寂しいと思ってしまう。
(初恋、なのかもしれない……)
エルナの頬がわずかに赤くなった頃、キルダートの声がした。
「お料理をお持ちしました」
テーブルに前菜やスープ、そしてメインの肉料理が並べられていく。
配膳が完了すると、キルダートは一礼して部屋を後にした。




