第25話 ある一枚の写真
「今日はすぐ帰るのか?」
「うん、そうなんだ。少しだけ寄ったんだけど……あ、桃って今お店にあるかな?」
「ああ、丁度今週くらいから見かけたよ」
「そっか、お使い頼まれててね。ここの桃を買って帰るんだ!」
「うちの村の桃はうまいからな」
「そうなの! お屋敷の皆さんに早く食べてもらいたいな!」
昼食の準備をしている父親の後ろで、エルナは棚に並ぶ写真立てを見ていた。
(小さい時の写真だ……)
エルナが生まれてすぐの頃の写真や、村の運動会の写真、そして大きな魚を釣り上げるエルナの写真があった。
(あれ……?)
写真立てに目がいっていて分からなかったが、棚の上に一枚の写真が置かれている。
(これ、何の写真だろう)
見たことがない写真を手に取り、エルナは何気なく裏返してみた。
「お母さん……?」
そこにはエルナの亡くなった母親と見知らぬ男性が映っていた。
仲睦まじそうに肩を寄せ合って笑っている二人。
すると、後ろから声を掛けられる。
「エルナ、昼食ができたぞ」
「…………」
見つけた写真に夢中で、エルナは父親の呼びかけに気づいていない。
なかなか来ない彼女の様子を見に、父親はエルナに近寄っていく。
「エルナ、何を見て……」
その瞬間、どうしてエルナが返事をしなかったのか、彼女の父親は理解した。
「エルナ、それ……」
父親と目があったその時、エルナは切ない目をしながら彼に尋ねる。
「これ、誰……?」
エルナはそう尋ねてみるが、心の中では写真の中の男性が「誰」なのか、なんとなく想像がついていた。
「食べながら話そう。それを持ってこっちにおいで」
エルナは頷くと、食事が並べられたテーブルについた。
「黙っていてすまなかった。それは……お前の本当の父親だ」
「そっか……やっぱりそうなんだね」
「気づいていたのか」
「うん、役所に行った時にたまたま知ったの。私がお父さんの本当の子じゃないって」
「そうか」
父親に冷めないうちにとスープを促されて、エルナは一口食べた。
「美味しい」
「よかったよ」
久しぶりに食べた父親のスープに、エルナの心はほっとする。
(ずっと変わらない、この味……)
塩コショウで味をつけているものの、ほとんどが野菜の甘み。じっくり煮込まれたスープに溶け出したうま味が、身体に温かく染み渡っていく。
すると、エルナの父親が写真を手にして口を開いた。
「お前のお父さんはミリア……お前のお母さんと結婚してすぐに病気で亡くなったんだ。ミリアが小さなお前を抱えて雨の日に帰ってきた時のことはよく覚えているよ。それから、俺が父親役としてしばらく面倒を見てやれば大丈夫。そう思ってたんだ。だけど、ミリアも病気で亡くなり、俺がお前を育てることにした」
「お父さん……」
「やめてくれ、俺はジェイド。お前にお父さんと呼ばれる資格は──」
その瞬間、エルナは立ち上がってジェイドを抱きしめた。
「お父さんはお父さん。私にとって、ずっと変わらない。育ててくれた大事な人。本当のお父さんでなくても……だから、これからもお父さんって呼ばせて?」
「エルナ……」
ジェイドは後ろから抱きしめているエルナの手を優しく包み込み、そしてその手を頬へ持っていって、愛おしそうに摺り寄せながら涙を流した。
「お前のお父さんでいいのか?」
「うん、お父さんがいいの」
「本当にいいのか?」
「うん……今の私にとって、お父さんは貴方です。育ててくれて、ありがとう」
「そうか……」
目が合った二人は互いの思いを確かめるように笑い合った。
エルナは名残惜しい気持ちあるが、マークを待たせる訳にもいかず、食事を終えてすぐに支度をした。
「もう帰るのか」
「うん、お仕事が溜まっててね」
「そうか……また、帰ってこい」
「うんっ!」
メイドになるためにこの家を出発した時と同じように、家を離れるエルナをジェイドはじっと見つめていた。
(もう、いつまでも過保護なんだから……)
ジェイドはエルナの姿が見えなくなるまで、手を振るでもなくそっと見守っている。
「ミリア、あいつは立派になったな……」
彼の言葉は心地よい晩夏の風にさらわれて消えた──。




