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第24話 オニオングラタンスープが飲みたいな

 キルダートに連れられて馬車を停留している玄関横へと向かうと、そこには馬車の手入れをしている御者がいた。

 キルダートは御者の傍まで行くと、エルナの送迎と桃を買うことを告げるために声を掛ける。


「マーク殿、馬車は動かせますかな?」


 キルダートの声を聞いた御者はすぐさま立ち上がり、返事をする。


「キルダート様! もちろんでございます。おや、こちらは……」


 そう言って御者のマークはエルナのほうへ視線を向けた。

 見慣れない顔に加えて、どこかの貴族の令嬢でもないだろう服装をしているため、不思議に思ったのだ。

 そんな彼の疑問に答えるように、キルダートは返答する。


「こちらのご令嬢は、うちで働いてもらっているエルナ様です」

「エルナと申します」


 紹介された彼女が挨拶をすると、マークも慌ててお辞儀をした。


「これはこれは! ご挨拶が遅れました、マークと申します。こちらで御者を担当させていただいております。よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いいたします!」


 マークは三十歳になったばかりで、明るめの茶髪が良く似合う。真面目さではこの家でも随一と言われるほどである。

 それゆえ、クラウスからも信頼されており、彼の送迎は全てマークがおこなっていた。


「マーク殿、キース村までエルナ様の送迎をお願いできますか。それから、帰りに桃を買ってきて欲しいとクラウス様が仰っておりましたので、そちらの運搬もお願いできますか?」

「キース村まで、ですね。かしこまりました」


 御者はキルダートからエルナの送迎と桃を買うことを聞くと、急いで馬の手綱や車の確認をおこなうと、階段を設置して扉を開けた。


「さ、エルナ様、こちらへどうぞ」

「ありがとうございます。キルダートさんも、お見送りありがとうございます」

「とんでもございません。それに、きっと貴方様をお見送りしているのは、私だけではありませんよ」

「え……?」


 キルダートの視線はわずかにクラウスの部屋へと向けられているが、そのことにエルナも、そして視線の先でエルナを見つめていたクラウスも気づいていなかった。


「少し口が滑りましたね。それでは、気をつけていってらっしゃいませ」

「はいっ! いってきます!」


 扉が閉められると、馬車はゆっくりと動き出した。

 屋敷からしばらくは静かな街道沿いを進むことになるが、その先は賑やかな王都へと繋がる大通りに入っていく。


(貴族の乗る馬車なんて、一生乗ることはないと思ってたわ……)


 さすがヴァイラント公爵家の馬車なだけあり、椅子の座り心地もよい。

 そこらの庶民の馬車とは違って、大きな揺れもなく快適に過ごすことができる。


 やがて、しばらくして大通りを通り、馬車は王都へと入った。


(わあ、今日は賑やか……!)


 今日はマーケット開催日なこともあり、王都にある市場はとても賑やかだった。

 野菜や果物、アクセサリーなどの雑貨や古本を売っているお店など数多く軒を連ねている。


(あ……お父さんに何か買って帰ろうかな……)


 手土産に何か買っていきたいと考えたエルナは、中からマークに話しかけた。


「あのっ! マークさん」

「エルナ様、どうかなさいましたか?」

「少しマーケットに立ち寄りたいのですが、いいでしょうか?」

「もちろんですよ。少々お待ちくださいね」


 マークは馬車の速度を緩めて、市場の近くに馬車を停めると、馬車の扉を開いた。

 エルナはマークに頭を下げると、マーケットの店舗へと走っていく。


「マークさん、すぐに戻りますので!」

「こちらは大丈夫ですから、転ばないように歩いていってくださいませ!」


 マークの言葉は目的地しか見ていない彼女に届いていなかった。


(えっと、確かこの辺りに……あっ! あった!)


 目的の店を見つけると、エルナは一目散にそこへ向かっていき、店主に話しかけた。


「こんにちは!」

「おや、エルナじゃないか! どうしたんだい、久しぶりじゃないか」


 ここは織物専門店でエルナがマーケットに出店している時に、帰りに買いものをする店だった。

 ジュエリナード王国の南の地方の伝統織物でルーベシア織物と呼ばれている。カラフルな羊毛で織られており、温かく肌触りがよいことで知られている。


「今日も何か買っていくかい?」

「えっと……薄手の羽織なんかあるかな? 家で着られるようなくらいの……」

「ああっ! 丁度あるよ!」


(あ……この色……クラウス様に似合いそうなだな……)


 エルナは思わず青と白のチェックの羽織を手に取った。

 すると、それを見た店主がにやにやしながらエルナに尋ねる。


「おや~? なんだい、恋人にかい!?」

「こ、恋人!?」


 エルナは首を一生懸命左右に振って否定するが、店主のにやにや攻撃は止まらない。


「あらそう? エルナの顔が愛しい誰かを思い浮かべてるようだったからさ」

「愛しい……」


 エルナは頬を染めながら、クラウスのことを考える。


(でも、いない時にふとクラウス様のこと考えることが増えてる気がする。なんで?)


 そんな疑問を抱きながらも、御者を待たせている事を思い出してもう一度陳列された品物に目を通していく。

 そして、明るい色の羽織を手に取ると、店主に渡す。


「これ、お父さんに似合うかな?」

「ああ! あの人には良く似合うよ!」

「じゃあ、これにする!」


 そう言ってお金を支払うと、品物を受け取って急いで馬車へと戻った。


「遅くなってすみません!」

「いいえ、大丈夫ですよ。この分だとお昼前にはキース村に着きますから」


 エルナはマークに促されて再び馬車に乗ると、再びキース村へと出発した。


 王都から離れるにつれてだんだん穏やかな畑の風景が見えてきて、だんだん見慣れた景色に変わってくる。


(もう懐かしいなんて感じてしまう……)


 エルナはじっと窓の外を眺めて、数ヵ月ぶりに見る故郷の村を目に焼きつける。

 やがて、村の入り口に到着すると、エルナは馬車から降り立った。


「では、僕はこちらで待っておりますので」

「ありがとうございます! あの、よかったらこれ、お昼に食べてください」


 そう言ってエルナはマーケットで買っておいたお弁当をマークに差し出す。


「いいんですか?」

「はいっ! お待たせしてしまうと思うので……一時間ほどで戻ります」


 申し訳なさそうにするエルナに、マークは首を左右に振って笑顔で言う。


「ゆっくりしてきて構いませんよ」

「ありがとうございます」


 マークは帽子を脱いでお辞儀をしてエルナを見送ると、馬車のメンテナンスを始めた。

 彼に見送られたエルナは、五分ほど歩いて実家にたどり着いた。


(緊張するな……)


 数ヵ月ぶりに訪れた実家になんとなく心がそわそわとして落ち着かず、エルナは大きく深呼吸をひとつしてから扉を開けた。


「ただいま」

「エルナ……?」

「お父さん、ただいま」


 突然の帰省に驚いたエルナの父親は、その場に立ち尽くしている。

 エルナ自身も久しぶりに会う父親にどう話しかけていいか分からず、目を泳がせた後で照れ臭そうに言う。


「やだなあ、もう! そんなにびっくりしなくてもいいじゃん! 私、幽霊みたいじゃない!」

「そうだな……」


 その声は震えており、目を何度も瞬きしている。


(やだ、そんな顔したら私まで泣いちゃうじゃない……)


 エルナは父親の涙につられるように目を潤ませる。

 そして、二人はどちらからともなく駆け寄って抱きしめた。


「お父さん……!」

「エルナっ!」


 父親の温かい腕の中が心地よく、そして懐かしく、彼女の涙はどんどん溢れてくる。

 父親もまた背の低い彼女の頭を何度も優しく撫で、ぎゅっと抱きしめた。


(お父さん……会いたかった……)


 エルナはそんな想いを込めるように父親の背中に回した手に力を込めると、彼の胸の顔をうずめて温かさを感じる。

 再会を喜び合った二人は、ゆっくりと身体を離すと、エルナは父親に言う。


「久々にお父さんの作ったオニオングラタンスープが飲みたいな」

「奇遇だな。丁度昼飯にとつくっていたところなんだ。一緒に食べようか」

「うんっ!」


 二人は頬を寄せて笑い合った──。

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