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第23話 「お前に『母の日』をやる」

 それから数日が経過した頃、エルナはクラウスに呼ばれていた。


(魔力供給も昨日したばかりだし、何かあったのかな?)


 抱っこ紐でレオを抱きかかえながら、クラウスの部屋へと向かう。


「なんか、少し重くなったね」

「あう?」

「成長したのかな~!」


 むちっとした手をふにふにと触ってみると、少し手が大きくなっているような気がした。


「今度、体重測ってみようか~」


 そんな会話をしながら部屋についてノックをした。


「エルナです」

「入れ」


 その言葉を合図に、彼女は部屋へと足を踏み入れた。


「あれ、メイド長……それに、キルダートさんも……」


 エルナの言葉にメイド長はわずかに頷き、キルダートは丁寧に頭を下げた。

 そして、窓際にいたクラウスがエルナのほうを向いて告げる。


「レオを渡せ」

「え……?」


 その言葉に思わずエルナは身構えてしまう。


(何か、私よくないことした……?)


 エルナの頭の中に瞬時に『親失格』の文字が浮かび、身体がどんどんこわばっていく。


(この前、ヨーグルトを零してしまったレオくんを怒ったから? それとも、私が体調管理できずレオくんの子育てによくない影響が……?)


 脳裏に次々とああではないか、こうではないか、とエルナの推察が浮かぶ。

 しかし、そんな数々の不安を払拭するように、キルダートがクラウスに注意する。


「クラウス様、言葉が足りません。それでは、エルナ様がご不安に思われます」


 注意された彼は少し不満げだが、納得したようで言葉を付け足した。


「お前に『母の日』をやる」

「『母の日』……?」


 この国では一年に一度、『母の日』と『父の日』が存在する。その日はそれぞれ子ども達が感謝をしてプレゼントをしたり、一緒に家族で過ごしたりするのだ。

 しかし、クラウスから『母の日』をプレゼントすると言われたエルナは目が点になっている。

 それもそうで、クラウスはエルナの息子でもない。


(どういうこと……?)


 クラウスの言葉の意図が分からず困惑するエルナに、彼が説明していく。


「お前はレオの『親』だ。つまり、母親の代わりとして働いている。だが、レオはまだ幼い。レオからお前に何かをやるのは難しいだろう。だから、俺達が代わりにお前に『母の日』をやる」

「『母の日』を……私に……?」

「ああ」


(そんなこと、考えたこともなかった……)


 エルナは腕の中にいるレオを見つめる。


「あう?」


 じっと見つめてくるエルナの様子を見てレオは不思議そうに首を傾げると、にこっと笑った。


(レオくんからの『母の日』……)


 エルナは成長したレオが「ママ、母の日のプレゼント!」と言って笑う少し先の未来を想像する。


(ふふ、可愛い!)


 あどけなさの残るレオが一本のカーネーションを持ってエルナに渡すその画は、子育てを頑張った先のご褒美のように思えた。


「レオくんから、『母の日』か~」

「あう? えへ!」


 嬉しさの中にある恥ずかしさで思わず笑みを浮かべてしまったエルナと、そんなエルナを見てご機嫌なレオを見て、クラウスは続けて言う。


「今日一日、好きに過ごしてこい。レオはジュリエットとキルダートが面倒を見る」

「ですが、レオくんには『親』である私しか触れられません……」

「部屋に結界を張る。それで脱走はできないだろう。この数週間でレオもジュリエットとキルダートには慣れている。一日くらい問題ない


(確かに、レオくんもだんだんお二人に懐いているのよね。でも……)


 なんとなく後ろ髪引かれる思いもあったが、彼女は自室で二人にレオを預けることにした。



 レオがキルダートとジュリエットに見守られながら、積み木で機嫌よく遊んでいる頃、エルナは本邸の庭のベンチで座りながら『母の日』をどう過ごそうか考えていた。


(何しようかな……)


 風でゆらゆら揺れる草木を眺めながら、必死に考えてみる。

 考えてみると、レオが彼女の手元から離れたのは数週間ぶりだった。


(何がしたい……何がしたい……)


 実家でも農業をしていて休む間もなかった彼女は、どう休んでいいか分からない。

 青い空とゆったりと流れる雲をじっと見つめてみるが、どうにも気が休まらない。


(何か、したいことって言ってもな……)


 そう考えながらじっと座っていられず、おもむろに屋敷の中に戻っていく。


「したいこと……休み……」


 ぶつぶつと呟きながら、屋敷の中を歩いていると、ふと彼女の中にひとつやりたいことが見つかった。


(クラウス様のお仕事を手伝えないかな……?)


 そう考えた彼女は、今度は足早にクラウスの部屋へ向かっていく。

 彼の部屋の前に着いたエルナは、身だしなみを整えて、ドアをノックした。


「エルナです」


 いつものように名乗ると、中から彼の返事が聞こえてくる。

 彼のいつも通りの声に安堵しながら、エルナはゆっくりと中を窺うように扉を開いた。


「どうした」

「いえ、その……」


 休みをあげたばかりの彼女が戻ってきたことで、何かあったのかと心配でクラウスは仕事の手を止めた。

 エルナはそわそわとした様子でクラウスに尋ねる。


「何もしていないのもなんだか落ち着かないというか……なので、よかったらクラウス様のお仕事を手伝わせていただけませんか?」


 彼は再び書類に目を通しながら、冷たい声で一言告げる。


「断る」

「そ、そんなきっぱりと断らなくても……! 確かに私は戦力にならないかもしれませんけど、資料の整理とかならお手伝いも……」

「ジュリエットならともかく、お前には無理だ」

「そ、そんなことないですよ……って、メイド長はお仕事のお手伝いもするのですか!?」

「ああ、ジュリエットは元々俺の父親の仕事補佐もしていたからな」

「す、すごい……!」


 そんな彼女の活躍を聞き、より一層興味を示したエルナはきらきら輝いた目でクラウスを見つめる。

 そんなエルナを見てため息を吐くと、署名している手を止めて一冊の本を彼女に見せた。


「見て、いいのですか?」

「ああ」


(やった! どんなことが書いてあるのだろう! お仕事のお手伝いができる!)


 そう考えたエルナはクラウスから差し出された本の中身を見た。


(あ……)


 本を数ページ見た瞬間、なぜその本を自分に渡してきたのか、クラウスの意図が分かった。


(よ、読めない……)


 クラウスが今している仕事は、王国の歴史文献の整理と読解であった。

 それゆえに古文書や古語の知識が必要となるのはもちろん、その時代の専門知識や伝承についての予備知識も必要であった。

 たとえ、資料整理だとしても古語で書かれた年代の記述が読めなければ整理のしようもない。

 エルナはがっくりと肩を落として、クラウスに本を静かに返す。


「すみません、無理でした……」

「ああ、諦めて休め」


 クラウスはそう言うと、再び古語で書かれた文献に目を落とした。


(そう言われてもなあ……)


 やりたいこともない、やれることもないと告げられたエルナは、ぼうっと窓の外を眺めては、「はあ……」とため息を吐く。

 そんな彼女の悲壮感漂う姿に目もあてられないといった様子で、クラウスは助言する。


「実家に顔を出したらどうだ」

「え……」


 クラウスからの意外な提案に、エルナは驚きつつも、確かにこの屋敷に働きに出てから一度も帰っていないことに気づく。


(確かに、お父さんの顔見たいな……)


 エルナの郷愁の表情を見逃さなかったクラウスは、引き出しから財布を取り出した。


「お前の村はキース村だったな」

「あ、はい。そうです!」

「では、父親の顔を見た帰りに、そこの桃を買ってきてもらえるか。行き帰りはうちの馬車を使っていい」

「いいのですか?」

「使いを頼むのだから当たり前だ。キルダート、いるか?」

「はい、おります」


(え、いらっしゃったの……!?)


 キルダートは部屋の外に控えていたようで、クラウスの呼びかけで入室する。


「こいつにキース村までの往復の馬車を用意してやってくれ。それから、帰りに桃を頼んでいる。そのことも御者に伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 キルダートは胸の前に手を当てて姿勢よくお辞儀をすると、エルナに視線を向けて声を掛ける。


「エルナ様、馬車までご案内いたしますので、こちらへどうぞ」

「は、はいっ!」


 エルナは早速キルダートについて行こうとするが、クラウスにお礼を言っていないことに気づき、振り返って深々とお辞儀をした。


「ありがとうございます! いってきます」


 エルナの声に耳を傾けてはいるものの、もうすでに彼は作業を進めており、右手だけ上げて彼女に返事をした。

 エルナは笑顔でもう一度お辞儀をして挨拶をすると、キルダートとともに部屋を後にした。


 二人が去った後、仕事の手を止めて彼が窓の外を見ながら、エルナの載った馬車を静かに見送っていた──。

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