第14話 『彼女をもっと知ってみたい』
タイトルを変更いたしました。
エルナは彼をそのままベッドに押し込んだ。
「お、おいっ!」
彼の戸惑いの声も気にせずに、彼にシーツをかけた。
「とにかく! クラウス様は働きすぎなんです! 魔力もたくさん使ってお疲れだと思うので、寝てください!」
「魔力が切れただけだと言っただろう。俺はこれから仕事を……」
「だーめーです!」
エルナは立ち上がろうとする彼をベッドに押し戻す。
彼女のあまりにも強引な行為に、クラウスも半ば呆れている。
しかし、彼女はじっとベッドにいる彼を見たまま、目を離さない。
「おい」
「はい、なんでしょうか」
「まさか、お前ここにずっといるつもりじゃないだろうな」
「そのつもりですが、何かおかしいでしょうか?」
「お前なあ……」
クラウスが眠るのを厳しい目で監視しているエルナに、彼は降参と言った様子で告げる。
「二十分だけ寝る。絶対に起こせ」
「もう少ししっかり眠っていただきたいところですが、お食事もまだとのことでしたので、二十分で起こさせていただきますね」
「ああ、頼んだ」
「かしこまりました、ではゆっくりお休みくださいませ」
そう言ってエルナはベッドの近くにあったソファに座った。
クラウスはため息をひとつ吐くと、ゆっくりと目を閉じる。
どうして彼女はここまで自分のことを気にかけるのだろうか。
そんな疑問がクラウスの頭をよぎる。
家族でも恋人でもない、つい最近メイドになった彼女は、なぜここまで他人のことを思いやれるのか。
他人のために一生懸命になれるのか。
それが彼女の良いところであり、一人間として素晴らしいことなのかもしれない。
彼女の何がそうさせているのだろうか。
クラウスは目をつぶりながらも、エルナのことを考えずにはいられなかった。
『彼女をもっと知ってみたい』
今まで他人への興味が薄かった彼が、珍しくそう思った。
しかし、一介のメイドにどこまで尋ねてよいものだろうか。
(お前は何が好きなんだ? 普段、プライベートな時間は何をしている? いや、こんな聞き方をしたら、ジュリエットから鉄槌を食らわされるな……)
彼の脳内に昔、自分の父親が妻へのプレゼントの相談にメイドに女性への贈りものの好みを聞いていたのをジュリエットに見つかって誤解され、ジュリエットからは「メイドへの必要以上の詮索」を、そして妻からは「浮気疑惑」で両者から鉄槌を食らったことがよみがえる。
(詮索しすぎても駄目か? いや、でも聞きたい……)
彼の中でそうした葛藤が起こった矢先、彼の耳に何かが聞こえてきた。
「すーすー」
話し声ではなく、その音は「彼女」が向かったソファから聞こえてきていた。
クラウスがまさかと思い、目を開いて視線を向けると、なんと彼女はソファに座ったまま寝ているではないか。
どうやらクラウスを監視しようという思いが強かったのだろう。
信じられないことに姿勢よく真っ直ぐに座ったまま、彼女は口をポカンと開けて寝ている。
「嘘だろ……」
「眠れ」と指示しておきながら、まさかその監視役が寝るとは、彼自身も想定外だった。
クラウスはどうしたものかといった様子で頭を掻いて、そのまま大きなため息を吐く。
丁度その時、部屋の扉が開いた。
「クラウス様、お食事はそろそろお召し上がりになります……おや……」
彼を呼びに来たのは、執事長であるキルダートであった。
「キルダート、今日の食事は構わない。代わりにレオをこっちのベッドに連れてきてくれるか」
その一言で彼の意図と、今の状況を理解したキルダートは笑みを浮かべてお辞儀する。
「かしこまりました、仰せのままに」
そうして、彼の指示通りにすやすやと眠っているレオが載った移動型のベッドを押してくる。
その間、キルダートはクラウスの視線がソファで眠っている彼女に向かっていること気づいていた。
「クラウス様、レオ様におかけする布団を持ってまいります」
「ああ、頼む」
キルダートは再びクラウスにお辞儀をすると、そのまま部屋を後にした。
執事長が部屋を後にしたのを確認したクラウスは、ソファへと向かっていく。
そこにはまだ口を開けて眠っているエルナがいる。
「たくっ……こんなところで寝たら風邪引くだろうが」
悪態をつきながらも彼は優しく彼女の髪を撫でた。
そして、ゆっくりエルナの膝と背中に手を回すと、そのまま逞しい腕で抱き上げた。
「んっ……」
その衝撃でエルナがわずかに身体をよじった。
軽々と抱き上げられた彼女の身体は、クラウスの逞しい腕によってベッドへ連れていかれる。
その時、エルナが寝ぼけて彼の胸元に顔をうずめた。
「んっ!」
クラウスの口からわずかに驚きの声が漏れ、思わず肩がビクリと跳ねた。
どうしたらいいんだとばかりの戸惑いの中、彼女はか弱い声で口にする。
「お父さん……」
エルナの呟きを聞いたクラウスは、わずかにため息をついてぼやく。
「俺はお前の親父の代わりか」
そうして、彼女をベッドに寝かせようとした時、もう一度彼女は呟く。
「お父さん……どうして死んじゃったの……」
その言葉を聞いて、彼は一瞬手を止めてしまった。
クラウスの調べでは彼女の父親は郊外の村で健康に過ごしている。
それなのになぜ彼女はそんな言葉を口にしたのか。
わずかに涙で濡れる彼女の目尻を、彼は優しく拭ってやる。
「どうしてそんなに悲しそうな顔をする」
クラウスの呟きは、夜の闇の中に溶け込んでいく。
しばらく、レオの隣に眠るエルナの姿をじっと彼は見つめていた──。
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