第13話 不機嫌なレオくん
エルナが育児に専念するようになってから数日が経過した。
彼女の体調はすっかり良くなり、レオとの新しい生活にも慣れてきた頃である。
「あ~う~」
「ん……? どうしたの? レオくん」
エルナに手を伸ばしながら、レオは何度も何かを訴えるように話している。
(なんだろう、今日はいっぱい話してくれるな……)
レオはよく声を出す子どもではあった。
しかし、今日は特に多く話しているように、エルナは感じる。
(何か、欲しいのかな……?)
「よしよし~」
ひとまず遊んで欲しいのかと思い、おもちゃを渡してみる。
(どうだろう)
じっと様子を見ていると、レオは不満なのかすぐにそれを投げてしまう。
「あら……」
おもちゃでもないとなるとなんだろうか。
エルナは必死に考えてみた。
(機嫌悪い訳ではなさそうだけど、なんか不満げな顔をする時があるんだよね。なんだろう……)
数分間、部屋の中をうろうろしながら、何度もエルナは考えてみた。
そして、ひとつの答えにたどり着く。
「あっ! 魔力不足か!」
エルナは自分の手をポンとして閃いたといった様子で顔を明るくする。
実は昨日はクラウスが仕事で王宮から帰宅することがかなわず、レオへの魔力供給ができなかった。
数日前に一度、エルナとクラウスでレオへの魔力供給はどれだけの間隔空いても大丈夫なのか、という調査をおこなった。
すると、魔力供給をおこなわずにいられる時間は四十八時間、つまり二日間であることが分かった。
(前回の魔力供給から四十時間ってところだから、そろそろレオくんがきついのかも……)
エルナはレオを抱っこして部屋を出ると、クラウスを探しに向かう。
クラウスの部屋の前にたどり着き、扉をノックしてみるが、返事がない。
(やっぱりまだ戻っていらっしゃらないか……)
諦めて自室に戻ろうとしたところで、執事長のキルダートに話しかけられる。
「エルナ様、どうなさいましたか?」
「キルダートさん! あの、実はクラウス様に用事があるのですが、本日は戻られますでしょうか」
エルナがキルダートに尋ねた時、彼の後ろから探し求めていた「彼」が姿を現した。
「俺ならここにいるが」
「クラウス様!」
丁度彼は戻ったところだったらしく、キルダートが玄関まで迎えに行っていたのだ。
「何か用事があるようだったな。中に入れ」
「あ、ありがとうございます!」
エルナは深々とお辞儀すると、クラウスに招かれて彼の部屋に入った。
キルダートがクラウスのコートと鞄を置いたところで、クラウスが彼に告げる。
「悪い、食事は後で食べる」
「かしこまりました」
クラウスとエルナにそれぞれお辞儀をして、彼は部屋を後にした。
彼が去った後、クラウスはエルナのほうに視線を向ける。
そして、そのまま彼女に近づきレオをじっと見つめた。
「魔力が切れたのか」
「え!? は、はい……」
エルナが言葉にする前に、クラウスは彼女の言いたいことを瞬時に察していた。
(すごい、まだ何も言ってないのに……レオくんのことすごい見てるんだな……)
クラウス自身が「魔力供給」の用事でエルナが訪問したのだと理解できたのは、エルナがレオを心配そうに見つめているからだった。
しかし、彼女はまさか自分の様子を見られて推察されたとは気づいていない。
「少し待てるか」
「は、はい!」
クラウスは目を閉じてじっとその場で精神統一を始めた。
(すごい、集中なさってる……)
魔力を扱える者であればクラウスの身体の魔力が上がっている様子が分かるのだが、魔力が出せない彼女は感じることができていない。
やがて、彼は目を開けるとレオに手をかざす。
「あう?」
レオは魔力の気配を感じ取ったのか、クラウスをじっと見つめている。
その間、じっとエルナは二人を見守った──。
魔力供給が終わる頃、わずかにクラウスは目をピクリとさせた。
「終わったぞ」
そう告げた瞬間、クラウスはその場に膝をついた。
「クラウス様っ!?」
「はあ……はあ……」
彼の額には汗がびっしょり、眩暈で目を閉じて息を荒く吐いている。
「クラウス様! 私の身体に捕まってください!」
レオをソファに寝かせた彼女は、彼に手を貸した。
クラウスは苦しそうな表情のまま、ソファにたどり着いてそのまま身体を預ける。
(すごい汗……それに、身体も熱い……!)
エルナはキルダートを呼ぼうと立ち上がるが、クラウスが彼女の腕を掴んで止めた。
「クラウス様……?」
「大丈夫だ、休んでいれば戻る」
「ですが……!」
「魔力が一時的に尽きただけだ」
彼の言った通り、彼の呼吸はだんだん落ち着いてきた。
(お仕事も忙しかったのに、ご負担をかけてしまった……)
エルナは彼に頼りきりになってしまった悔しさで唇を噛みしめた。
魔力供給を十分に受けたレオは、目をうとうととさせていく。
そして、レオはゆっくりと目を閉じて眠っていった。
(やっぱり、魔力不足だったんだ……)
レオの穏やかな顔を見て安心すると同時に、クラウスの疲弊した姿に胸が痛む。
(私も魔力が使えたら……クラウス様にばかり負担を強いてしまっている……どうにかできないの!?)
エルナの心の叫びは、ある出来事を思い出させた。
「あ……葉っぱ……」
突然のエルナの言葉に、クラウスは目を細めた。
エルナは「これだ!」といった様子でクラウスに先日起こったレオの異変について伝える。
「実は少し前にレオくんが葉っぱを食べたことがあって」
「葉を食べた?」
「はい。それで、『おいしい』って言葉をしゃべって! それから葉っぱを食べた影響なのか、少し言葉を話すようになったんです。『いやっ!』とか、たまに『ううん』と言ったりもします」
それを聞いたクラウスは、顎に手を当てて考え込んだ。
伝承を詳しく知る彼でも、精霊レオが魔力以外を食べて成長したという事例に心当たりがない。
「いや、可能性としてなくはないな」
「もしかして、魔力以外でも食べることで成長するのではないでしょうか?」
クラウスはエルナの意見を聞くと、本棚にある伝承についての文献を手に取った。
ページをめくり、レオの成長についての部分をエルナに見せる。
「今までは全ての『親』が魔力持ちだった」
エルナが文献を覗き込むが、古代文字で書かれているため読むことができない。
彼女はクラウスの通訳に耳を傾ける。
「しかし、今回の『親』……つまりお前は魔力が使えない。これがすでにイレギュラーなことだ。今までの文献にないイレギュラーが他に起こっていてもおかしくはない」
「じゃあ……」
「ああ、葉を食べて成長した。そして、食べることで成長を促すことができるというのは、一定の信憑性がある」
エルナは彼の言葉を聞いて、表情を明るくする。
「では、私でもレオくんの成長のお手伝いができる、ということですね!?」
「ああ、そうだな」
「よかった……これでクラウス様のご負担を減らせる……」
「は……?」
エルナの言葉が意外だったようで、クラウスは気の抜けた声を上げてしまう。
そんな彼とは違い、エルナは嬉しそうにクラウスにぐいっと迫って告げる。
「はいっ! 私でもレオくんを成長させる方法があると分かって嬉しいです! これで、クラウス様の身体に負担をかけなくて済みます! だから……」
エルナはクラウスを無理矢理立ち上がらせると、中で繋がっている隣の部屋の彼の寝室へと向かう。




