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第11話 この子だけを傷つけるのは絶対許しません!

 そこにはメイド長の姿は見当たらない。


(おかしいな、奥の方かな……?)


 エルナはゆっくりと草木をかき分けて奥の方へと進んでいく。


「うう~」

「レオくん?」


 奥へ進みだした頃、レオが突然怒ったように唸り声を上げだした。

 エルナは立ち止まってレオの声に耳を傾けたが、それが命取りになってしまう。


「きゃっ!」


 突然、エルナは誰かに背中を強く押されて前に転んでしまう。

 彼女が転んだ先は、今は使われていない噴水だった。


「うわっ!」


 エルナの身体は泥水で汚れてしまい、服はおろか顔や髪もびしょ濡れになってしまった。


「レオくん!」


 急いで背中にいるレオの無事を確認すると、レオにもわずかに泥水がついている。


「ふえ……」

「ごめんね! すぐに綺麗にするから!」


 エルナは汚れていない胸元あたりの服でレオの頬についた泥をとってあげる。


(レオくん、怪我してないよね!?)


 くまなく彼の身体を確認するが、泥汚れが一部ついているのみで怪我などは見当たらなかった。

 ひとまず安堵したエルナのもとに、三人のメイドがやって来る。


「あらやだあ~! 汚いこと!」

「リリアさん……」


 エルナの前に立っていたのは、リリアとその友人二人であった。

 三人はエルナとレオの様子を見て嘲笑している。


「もうっ! ちょっと声を掛けようと肩を叩いただけなのに、エルナさんったら噴水に飛び込むんだもの~! びっくりしちゃったわ~!」


(もしかして、リリアさんが私の背中を押したの……?)


 エルナは自らの腕の中にいるレオに目をやった。

 彼は怪我こそしていないが、泥水を受けてしまって不快そうにしている。


(私は構わない。でも、でも……)


 我慢がならなくなった彼女は、立ち上がってリリアに怒りをぶつける。


「私のことを嫌いなのは構いません。私を傷つけるのも構いません。でも、でも……レオくん……この子だけを傷つけるのは絶対許しません!」

「なっ!」


 エルナの剣幕にリリアは圧されて、思わず後ずさってしまう。

 リリアはエルナのことを庶民出身で反論もできない気が弱く、自分の意見を言えない人間だと思っていた。

 しかし、違った。

 彼女は自分自身の大切な存在を傷つけられた時、こうも怒りをぶつけてくる。

 リリアの中で、エルナに言い返された苛立ちがふつふつと湧き上がってきた。


「なによ……」


 リリアは拳をぎゅっと握り締めて、エルナを睨みつける。


「なによ! あんたなんか! なんであんたがクラウス様にお近づきになれるのよ!」

「それは……」


 エルナがそう言いかけた時、裏庭の奥からある人物が姿を現した。


「私の大切な使用人に手を出さないでもらおう」

「なっ……クラウス様……」


 茂みからエルナ達のほうへ近づく彼に、リリアは深々と頭を下げた。


「この者を噴水へ突き落したのを私とメイド長が確認した」


 その言葉を聞き、リリアは大きく目を見開いた。


「それは……」


 言い訳をしようとするリリアの言葉を遮るように、クラウスの後ろに控えていたメイド長が告げる。


「クラウス様、御見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。リリアに関しては、後ほどしっかりとわたくしから処罰をさせていただきます」

「ああ、頼んだ」

「かしこまりました」


 メイド長はクラウスに返事をすると、エルナに声を掛ける。


「エルナ、今日は仕事を終えて構いません。部屋でその子のケアと、そして貴方自身ゆっくりお休みなさい」

「メイド長……」


 エルナの呟きにひとつ頷くと、メイド長はリリア達を連れて宿舎へと戻っていった。

 彼女達の姿が見えなくなった頃、エルナはクラウスに改めて礼を言う。


「ありがとうございました」

「何も礼を言われるようなことはしていない」


 笑顔を見せずに彼はそう言うと、エルナに近づいてくる。

 彼は服や靴が汚れることを気にすることもないままに、エルナのいる噴水へ足を踏み入れた。


「クラウス様!?」


 困惑する彼女をよそに、彼は何も言わずにエルナを抱きかかえた。


「え……!?」


 正確にはレオを抱えるエルナをクラウスが抱えているのだが、彼はそのまま噴水を出て彼女の部屋へと向かっていく。


「クラウス様、お召しものが汚れます!」

「構わない」

「それに、あの……私、重たいですから!」

「そうは感じない」


 クラウスはエルナの心配の言葉を全て打ち消しながら、部屋の隣に備え付けられている風呂へと向かっていく。


 風呂場へ着いた彼は、シャワーをエルナに当てて泥水を流していった。


「わっ! クラウス様っ!?」

「なんだ」


 彼は至って冷静に返事をするが、エルナの頬は真っ赤でドギマギしてしまっている。


「あの、その……! 一緒にシャワーを浴びるのですか!?」

「そうだが」


 彼はエルナのように動揺することなく、彼女の身体を洗っていく。


(うわああああああああ! 恥ずかしい! 恥ずかしい! えっ!? どうしよう!!)


 エルナは恥ずかしそうに胸元を抑えて身体を覆っている。

 しかし、そんな彼女の腕をいとも簡単にはがしてシャワーを当て続けた。


(うう……こんなの無理だよ!)


 恥ずかしさの限界を迎えた彼女は、彼からシャワーを奪うと、クラウスの身体を服越しに洗っていく。


「何をしている」

「メイドの分際で、ご主人様より先にシャワーを浴びる訳にはいきませんから!」


 そう言って彼の泥水を流していく。

 微かに触れた彼の身体が、細身に見えてしっかりと筋肉がついているのが分かる。


(男の人の身体なんて、初めて……)


 エルナは父親以外の男と一緒に風呂に入ったことは、人生で一度もない。

 さすがに女としての自分が、彼を男として意識せざるを得ない。

 彼の身体から綺麗に泥が落ちたところで、風呂場にある布を彼の顔面に押し当てる。


「うぐっ!」


 彼女はメイドして彼の身体をふき上げると、彼を風呂場から追い出すように背中を押す。


「このままお部屋へ急いでください! 私は自分でできますので!」


 エルナは半ば強引に彼を追い出して、シャワーをレオにかける。


「きゃはは!」


 レオ自身は風呂が好きなようで、嬉しそうににこにことしながら身体を揺らしている。


「ふう……ちょっとやりすぎたかも……」


 そう思いつつ、エルナはシャワーを浴びて、レオとともに浴槽につかる。


「あ、そういえば、お礼言ってなかったな……」


 クラウスに感謝の気持ちを伝えていないことに気づいたエルナは、そう呟いた。


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