第10話 筆頭魔術師様の魔力供給と彼が遅れた理由
そこには仕事を終えたクラウスが立っており、彼は彼女に尋ねる。
「レオに魔力供給をしに来た」
「あ、すみません! 御足労おかけします! こちらへどうぞ!」
エルナは急いでクラウスを部屋に入れて、レオのもとへと案内する。
「レオくん、クラウス様がいらっしゃったよ」
エルナはレオを抱き上げると、クラウスと対面させる。
まだ挨拶のできないレオに代わって、レオの頭をちょこんと下げさせてお辞儀させた。
「別にレオに挨拶をさせなくてもいい」
「そうですか? でも、レオくんにもご挨拶はできるようになって欲しいな、って私は思います!」
エルナの『親』としての信念に、クラウスは「そうか」と小さな声で呟いた。
「すまない、キルダートの話が長くて手間取った」
(どんな話をしていたんだろう……)
あまりにも疲れた顔をしているので、エルナは気になって尋ねる。
「あの、どんな話をされていたんですか?」
「…………夕食のピーマンを残したことだ」
「へ……?」
エルナのきょとんとした顔を見て、「ほら言わんこっちゃない」といった様子でクラウスが頭を抱えると、そのまま苦々しい顔で仔細を伝える。
「ピーマンをシェフに返したら、それをキルダートに見つかった。『これは私自ら端正込めて、それはそれは坊ちゃんの分身のように大切に(以下略)』と泣き落とされた」
(ああ~キルダートさんらしいな……)
「粘られて俺が折れて食べた。それだけだ」
(いやそれだけなの?)
なんてエルナは内心思うが、これ以上言ったら藪蛇だと思い、話を切り替える。
「で、では! 今日も魔力供給をお願いできますでしょうか!?」
「ああ、そうだったな。悪い」
クラウスはレオの身体に手をかざすと、昨夜と同じように魔力を放出していく。
クラウスの手からレオへ魔力が注がれ始めると、レオの身体を温かい光が包み込んだ。
どのくらい魔力を一度に与えれば良いのか。
クラウスはじっとレオの様子を観察しながら、魔力を与えていく。
「このくらいだろう」
一定の魔力を与えたところで、レオがすやすやと眠り始めた。
それを合図としてクラウスは魔力供給を終えて、ふうと一息つく。
「かなりこいつ魔力を食うな」
「そんなに大変なんですか?」
エルナは魔力が使えないため、魔力の感覚が分からない。
彼女の純粋なる好奇心と、クラウスへ過度な負担をかけていないかという心配から、エルナはクラウスに尋ねた。
「そこらの魔術師であれば、気絶するだろうな」
「え……?」
「今、注いだ魔力は魔物討伐の精鋭部隊ですら一気に使うのは難しい魔法の量だ」
「そんな量を……」
エルナはクラウスの言葉に驚くと同時に、クラウスの「並外れた実力」を実感する。
(でも、クラウス様は涼しい顔して魔力供給してくださった。やっぱり、この人がこの国で『氷の筆頭魔術師』と言われるのは、伊達じゃない……)
クラウスは若くして公爵家を継いだばかりでなく、高い魔術の才能と実力、そして知性から王宮で魔術省の筆頭魔術師を務めている。
魔法で他の追随を許さない魔術力と、何事にも冷静沈着に対処して笑顔を見せない彼は、皆からこう呼ばれていた。
『氷の筆頭魔術師』と──。
レオがすやすや眠った後、エルナは彼が起きないように小さな声でクラウスに尋ねる。
「もしかして、お仕事、今終わったんですか?」
「ああ」
エルナはそれを聞くと、彼の両肩を押して無理矢理ソファに座らせる。
「何をする」
「顔の下にクマができています。それに、今肩を触ったらガチガチでした。ちょっと失礼しますね」
そう言うと、エルナはクラウスの後ろに回り込み、再び彼の肩に手を置いた。
そして、クラウスの肩をゆっくりとマッサージし始めた。
「何をしている」
「何って、マッサージです。私、お父さんの肩をいつも揉んでるからうまいんですよ?」
エルナは得意げに笑うと、思いっきり力を入れて揉んでいく。
(うわあ……すごい凝ってるな、これ……)
彼の肩は日頃の仕事のせいからか、ひどく凝っていた。
エルナは自身の父親の肩をいつもマッサージしていたが、クラウスの肩はそれに父親の肩に匹敵するほど……いや、それ以上に凝っている。
「お父さんでもこんなに凝ってないですよ」
「そうか。最近、痛いような気はしていた」
「こんなにガチガチなら痛いのも当たり前です!」
思わず声が大きくなってしまったエルナは、レオが起きていないかひやひやしながらちらりとベッドのほうを見た。
「すーすー」
(よかった……起きてないみたい……)
そうしてレオの眠りを妨げていないことを確認したエルナは、日中のことを思い出す。
(そういえば、レオくん葉っぱ食べたのよね。しかも「おいしい」って言ったし)
そのことをクラウスに報告していないことに気づき、彼女は声を掛ける。
「あの、クラウス様。実は報告したいことがありまして」
「…………」
(あれ、返事がない……)
エルナの問いかけにクラウスは返事をしない。
おかしいなと思って彼の顔を覗き込むと、彼は戸惑った様子で頬をわずかに赤くしている。
「クラウス様……?」
彼はエルナのマッサージで思わずうたた寝してしまったことが、恥ずかしかったよう。
エルナの手を振り払って立ち上がったクラウスは、エルナに告げる。
「もういい。明日もこの時間に魔力供給にくる」
そう告げると、彼はエルナの部屋を早々に後にした。
部屋に残されたエルナは、彼が去った扉を見つめながら呟く。
「怒らせちゃった、のかな……?」
エルナの呟きは、静かな部屋に消えていった──。
それからエルナはレオの子育てとメイドの仕事を平行しておこなっていった。
新人メイドとして、掃除や洗濯を基本として進めていく。
本邸にあがることができるメイドになると、食事の準備や配膳などもおこなっていくのだが、エルナはまだまだそれをおこなうにはほど遠い。
「ふう……」
ある日の午後、食事休憩を終えたばかりのエルナにリリアが声を掛けてきた。
「メイド長が仕事の依頼があるから、裏庭に来て欲しいって言ってたわよ」
「あ、かしこまりました! ありがとうございます。すぐに向かいます!」
エルナは急いで食堂を出ると、その足で裏庭へと向かった。
「あれ……?」
エルナは首を傾げた。




