瞬の権能 その1
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
2000年7月27日。
日下 萌々奈が僕の病室を訪れた日から、2日が経った。
幸い、僕の火傷は奇跡的に化膿はしていないから、明日にはもう退院できそうだ。
この治りの速さが僕の、「奇跡」の権能によるものかどうかはわからない。
さて、以前彼女に聞きそびれたことが2つほどある。
一つは、猫崎 唯との間にどんな確執があって、約2週間前のあの件が起こったのか。
もう一つは、彼女の権能を、どのように使うのか。つまり、「熱」の使うタイミングや強度を自分自身でコントロールできるのかだ。
どちらも、知っておいた方がいいことのように思った。
一昨日、彼女とはフィーチャーホンの番号をなんとなく交換したから、連絡して聞くことはできるのだが。
いやいや、成人男性が、女子高生にいきなり電話だなんて……
別にやましいことはないんだが……なんか……いや、良くない気がしてしまう……
夕方だからダメじゃないんだろうが、やめておこう。
よし、もう寝よう。
ほぼ寝たきりの入院生活で、既に僕の体内時計は狂っているからな。
2000年7月27日。
夏休みは高校が休みなので、バイトのシフトを増やしている。
バイトと言っても、私は町役場前の寂れた本屋、「いっしき書店」でボーっと店番をするだけ。
ちょうど私がいるレジからは、入口のガラス戸越しに小さく珍能像が見える。
昼3時頃の外はうだるように暑いし、エアコンは常に調子が悪い。
それでも、私はあの件から熱さ………暑さには強くなったから、レジ横の小さな扇風機一台でも十分だ。
ああ、伊勢 健之助さんの怪我はもう治ったかな。
他に考えることも特にないし。まあ精神衛生上、こういう状態は良くないってわかってるんだけど。
お、本日初めてのお客さんは、いつもパチスロ本とエロ本を立ち読みして帰る、30代後半くらいのおっちゃんだ。
なんか、ああいう大人にはなりたくないな。
レジに来た。今日はちゃんと買っていくなんて珍しい。
ふうん。パチスロ本でエロ本挟んでしょうもないサンドイッチ作ったって、お前の買った本は全てお見通しだ!……なんてね。
「3点で2200円でーす。」
「うす。」
「またのご来店お待ちしておりまーす。」
サンドイッチの具、熟女モノでよかった。もし女子高生モノとかだったら……嫌だな。
そういや健之助さんは元気かな。どういう本買うんだろ。
そのとき、ふと目に入った珍能像に、人が近づくのを見かけた。
あの異様なオーラは、あたかも人間を選別しているかのように人を寄せ付けない。だから、たまに近づいていく人がいると、つい気になってしまう。
ああ、観光客か。物好きもいるもんだなあ。
ただ写真に撮って、帰っていった。
数少ない物好きが珍能像の近くにいても、よほどの何かがない限り、珍能像は力を授けないらしい。
中には珍能像前でお祈りみたいなことをする人もいるけど、権能を授けられているようには見えないから、何か選ばれるための基準があるのかな。
なんて、遠くの人影を見ている間に、店内に人が入ってくるのを見た。
夏場にはそぐわない黒い服と帽子で、顔は隠れているがたぶん男。
明らかに怪しい。そして男は、成人誌コーナーで立ち止まった。表紙に女子高生らしき人物が描かれた本を手に取った。
私は目を合わせないようにしながら、キョロキョロと周囲を見渡すそいつの動きを観察した。
ちらと横目で、その男がエロ本を上着の隙間にスッと入れるのを……
見た。万引きだ。
男はそそくさと立ち去ろうとする。
私は身を乗り出した。
「ドロボー!!」
どうにかして捕まえなきゃ。
レジの横には入荷したての本が山積みになっていて、少しもたついてしまった。
やばい。あと2メートルほどで、店から泥棒が出ちゃう。
急げ、私。
掌に熱を込める。
この距離じゃ届かないことはわかってる。
それでも、どうにかして止めなきゃ。
そう、殺さない程度に。
あと、ここが火事にならない程度に…
そう思った瞬間。
思えば、一瞬の躊躇いだった。
刹那。
影が視界に入る。
すると、本棚から飛び出た数多の本が宙を舞った。
次の瞬間、空中の本と店の入り口は大量の血飛沫に染められた。万引き犯の血だ。
そして万引きを企てた黒ずくめの男は、血まみれになってそこに倒れこんだ。
男が大事そうに抱えていたその本では、セーラー服を着た女の子が、赤黒く染まっている。
「……遅いよ。君は。」
店の入り口から顔を覗かせた男は、私にそう言った。
そういえば、この時期はTRICꓘの第1シーズンが深夜枠で放送していた頃です。
万引き犯の現場を目の当たりにした萌々奈。万引き犯を自らの権能で仕留めようとした瞬間、犯人は血まみれで倒れていた。何が起こったのだろうか…?