奇跡の権能 その4
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
704の病室の前に来た。
私、日下 萌々奈は、恩人である伊勢 健之助さんの病室を訪ねることにした。
私のこの力のこと、あの気持ちわるい像のこと、この街に起こってること……彼なら知ってる、そんな気がするからだ。
もちろん、先日のお礼がしたいというのもある。それに、二度も身を挺して私を救い出してくれた彼のことも、純粋にもっと知りたくなった。
それで…病室ってさ、なんて言って入ればいいのかな…?
「ご無沙汰してます。」とか?私としては結構間空いたと思ったけど、3日程度じゃそこまでか。
やっぱ「あれからお変わりありませんか?」が無難そうだよね。いや、ここはあえて距離を詰める為に「オッハー!」とかはどうかな。
流石にダメか。
とはいえ。今回は全面的に私のせいなんだから、まずは謝罪だよね。うん。
よし!入るか!
…あ、でもちょっと待って。何か忘れてないかな…?寝癖とかついてない?
一旦鏡見てくる?いやいやいや、気にしたってしょうがないよね…?
でもやっぱ謝罪しながら寝癖はヤバくない?というかこの服装はどうなのよ。
くすんだピンクのTシャツに、ブーツカットのパンツ、ベルトはお気に入りのやつだけど、ボロいローテクスニーカーに紺のリュック。
鏡を見て選んだわけでもない。このダサいリュックだって、出かけついでに背負ってきただけだし。
別に変な恰好じゃないと思うのに、あの人に会いに行くとなるとなんだか気恥ずかしい。
こつん、と廊下の床を蹴る。
「あのー、面会でいらした日下様でしょうか?いかがなさいました?」
看護婦さんに声をかけられ、ハッとした。
「ただいまご案内します。どうぞこちらへ。」
「あっ、はい、今行きますー……」
心の準備…?ではないのかな。
それができないまま病室に入った私は、彼、伊勢 健之助さんと対面した。
「あの…どうも、一昨日は大変ご迷惑おかけしました…お体のほうは…」
「いえ、お気になさらず…日下さんのせいじゃないですから…」
返す言葉が思いつかない。痛くはないみたいだけど、どことなく弱っているようだった。
そして、この10秒が2分くらいに感じられた。
無言が嫌だった。彼の心の奥で責められているかもしれない、と思ったから。
もし彼が私を許しても、私は……なんて想像している、甘えきった私のことを私が許せなかった。
話題を変えなきゃ。
「それで、思い出せる範囲でいいんですけど、あの日、何があったんですか?」
よし、よく切り出したぞ萌々奈。
「僕からもちょうど、そのことを話そうと思ってたんです。」
「あ、はい。」
伊勢さんは何かに気づいたような、静かな目で、病室の壁を見て言った。
「まず、あの町役場前の奇妙な像、『珍能像』が、日下さんに特殊な力を授けたようです。」
「ええ。薄々そんな気はしてました。でもなんで…」
「その仕組みはわかりませんが、あなたの中の望みが届いたからだと思います。」
「そういえば、あの時私はそれを望んだ気がします。…今思うと、ちょっとヤバい力ですね。」
「ははは。あの状況だと体を温めたくもなりますからね。」
なんか乾いた笑いに聞こえた。考えすぎかな。
「ああ、能力を貰うとき、そのちんのうぞう?のタマの部分に、不思議な模様が見えたんです。」
うわ、言っちゃった…私、下品な女だと思われたかな。
「ほう、どんなものだったんでしょうか?」
ツッコまれなかった。
「太陽と薔薇の紋章?みたいなのが見えて、それを見た瞬間、私がもらった力は『熱』だって、直感でわかったんですよ。」
とにかく、そのことについては彼は知らなかったらしい。興味深そうに目を丸めて言った。
「そうなんですか。珍能像には、権能を授ける力と、その中身を教える役割がある、と考えてよさそうですね。」
どう見てもアレにしか見えないのに、そういう役割って…ちょっと下品じゃね?と思ってしまった。真剣に話してくれているのに、すいません。
一呼吸おいて、彼は言った。
「そうそう、その力のこと、正しくは「権能」と言うらしいんですよ。」
「はあ。…ところで、どうしてそれを?」
「それは、僕も権能をもつ者、権能者だからです。」
タダモノじゃないだろうな、とは思っていたけど、やっぱり。
「伊勢さんのは、どういう権能なんですか?」
「僕は珍能像で授かったわけじゃないんで、よくわからないんです。もしかしたら違うのかも。」
珍能像じゃない?どういうこと?
「でも、僕の権能でわかっていることがあって。まず、珍能像や、権能という存在をなぜか知っていること。」
ええと……ちょっと地味だな。
「あとは、何者かが、不思議な力で他人の行動に干渉したり、僕自身の行動に干渉したりしていることが、感覚的にわかること……この2つです。」
あれ?なんか難しいな?
「それじゃあ、私が唯ちゃんとその彼氏サンに襲われた時にも、権能を使ったんですか?」
「はい。僕じゃないんですが、猫崎さんと冷田さんを珍能像の前に連れていくよう、僕を使って誰かが干渉した気がします。」
「何か、ふわっとしてますね……」
ちょっと可笑しくて笑ってしまった。
「そうですよね……」
「それで、伊勢さんは私がこの権能を得るための方法を知っていたんですか。」
「知っていたというより、なぜか誰かに教えられていたというか。」
「もしかして、病室での出来事も?」
「はい、干渉された?……ような気がします。」
そう。
難しいことはよくわからないけど、彼自身が何かを自在に操るとか、そういうことはできないみたい。
でも、彼が何かの小さな導き、僅かな働きかけによって、考えられない行動と結果をもたらしたのは、なんとなくわかった。
多分、ものすごく強力な何かの力。
私や冷田が持つ邪悪なものとは反対の概念だと感じた。
彼の権能が呼び寄せる、強くて、幽かなもの……
「……奇跡。」
「え?」
「伊勢さんの権能、名前がないんなら、私が付けますよ。」
「『奇跡』の権能、というのはどうでしょう。」
「僕のが、『奇跡』、ですか……?」
「たぶん、そうなんです!そうだ!私にも、奇跡を起こしてみてくださいよ!」
「え、ええ……」
彼の目がすこし泳いだ気がした。
私は、その奇跡が見たい。
彼の、権能のことが知りたい。
……彼と、奇跡を起こしてみたい。
また長めの説明回になってしまいました。
健之助の権能について、ある程度知っていただくための「奇跡の権能」編でした。
いちおう、世界観をできるだけ丁寧に説明しておきたいのです…